« February 2017 | Main | April 2017 »

March 2017

Mar 28, 2017

新国立劇場の『ルチア』/開いたチューリップ

 定番名曲路線を走る新国立劇場の今シーズンの演目の中で,「指輪」以外の唯一の新制作演目が3月の『ルチア』だった。もともと持っていた切符を振り替えて,行ったのは5回公演の最終日。主要歌手4名はいずれも,美しいメロディがとめどなくあふれてくるドニゼッティ節を堪能させてくれて,客席は大いに沸いた。歌手はカーテンコールではかなり弾けて,オケピットやプロンプターボックスに手を伸ばして握手したり,合唱のメンバーの手を引っ張って前に出るように促したりしていた。
 「狂乱の場」のオブリガートは,フルートでなく大型のグラスハーモニカで演奏された。これが作曲者の元々の意図だという。フルートのようにソプラノにぴったり寄り添って溶け合うのではなく,神秘的な音でほわっと包み込むような非現実的な響きで,「狂乱」というより「幻視の場」だった。奏者のレッケルト氏は,50以上の歌劇場で『ルチア』を演奏してきたとのこと(→参照)。
 演出家はモナコのモンテカルロ歌劇場の総監督で,この『ルチア』はモンテカルロでも上演されるが,それはまだ2年半も先のことである。(モンテカルロ歌劇場のサイトには,東京初日の映像つきニュースが出ている。)

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 東京・靖国神社の標本木の桜はいち早く開いたようだが,その後は寒い日が続き,開花はあまり進んでいない。見ごろは来週になるのでは?

 春が来ると思い出す。今は昔,息子が3歳ぐらいのとき,ベランダに置いてあった鉢植えのチューリップを見て,「チューリップ,開いてきたよ」という。そうか咲いたかと見に行ったら,花の形がなんとなくおかしい。実は恐ろしいことにこの「開く」は他動詞で,「チューリップ(を,僕が手で強引に)開いてきたよ」という意味だったのである。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Mar 14, 2017

ブログ記念日/『ビブリア古書堂の事件手帖』最終巻

 このブログをスタートさせたのは,2004年の今日3月14日だった。それからの13年は,その時々に書いてきたとおり,退職,2回の引っ越しなど,自分史上のけっこう大きな出来事と,そして何よりも大震災と原発事故があって,それ以前に比べてかなり変化に富んでいた。
 私が生まれるまでの13年というと,日中戦争から太平洋戦争と敗戦,戦後の復興の始まりまでの年月である。それに続く私が生まれてからの13年というと戦後の復興の主要部分であり,そのすぐ後には(前の)東京オリンピックがやってくる。
 今から13年後には,先日生まれた孫が中学生になっているはずで,やはり短からぬ年月であることをあらためて思わせる。

 第6巻で「次で完結」と示唆されてから2年あまりを経て,三上延「ビブリア古書堂」シリーズ最終巻の『ビブリア古書堂の事件手帖7 栞子さんと果てない舞台』(メディアワークス文庫)が2月下旬に出た。楽しみながらなるべくゆっくり読もうと思ったのだがやはり先を急いでしまい,最後は駅のホームのベンチで読み終えた。
 このシリーズの舞台は,横須賀線の北鎌倉駅のそばにある古書店。主人公たちが歩き回るのは主に鎌倉・藤沢と横浜南部で,横須賀から横須賀線で高校に通っていた私にとってはなじみの場所ばかりである。ヒロインの栞子さんが卒業した女子高のモデルもすぐに思い浮かぶ。
 古書にかかわるミステリーというと,梶山季之『せどり男爵数奇譚』とか,紀田順一郎『古本街の殺人』などが古典的な作品だと思う。そうした中でこの「ビブリア古書堂」シリーズは,ふつうはおじさんの趣味と思われている古書をネタにしながら,若者を主人公にしたミステリーになっているのがおもしろいところ。カバーはおじさんにはちょっと恥ずかしいようなイラスト入りで,読者も若い人が多いらしい。本に親しむ若者が増えるきっかけになってくれるといいのだが。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Mar 11, 2017

オペラ関係の訃報――クルト・モル,アルベルト・ゼッダ

 バス歌手クルト・モル氏と,音楽学者・指揮者アルベルト・ゼッダ氏の訃報を相次いで聞いた。
 クルト・モル氏は1984年から2002年まで8回も実演に接した非常になじみ深い歌手である。まだ78歳だった。2006年7月に引退したときのことはこのブログにも書いたが,当時67歳だったことになる。以下はそのとき書いたもの:

 モルは,1984年,ハンブルク州立歌劇場来日公演の『魔笛』のザラストロを聞いたのを皮切りに,ポーグナー,騎士長,オックス男爵,マルケ王,ロッコ,グルネマンツなどで,深々とした声を堪能させてくれた。
 思い出の中で頂点をなしているのは,1988年秋のバイエルン州立歌劇場が当時のミュンヘンのフェスティバルと同じ超豪華メンバーで上演した『マイスタージンガー』のポーグナーと,1994年のクライバー=ウィーン国立歌劇場『ばらの騎士』のオックス男爵である。共に,もはや伝説の舞台となった。

 アルベルト・ゼッダ指揮のオペラを見たのは,このブログにも書いたが,2008年,藤原歌劇団のロッシーニ『どろぼうかささぎ』1回だけである(→参照)。しかし,ゼッダ氏はロッシーニ・ルネサンスの立役者であり,『どろぼうかささぎ』のほか,『アルジェのイタリア女』『ランスへの旅』『湖上の美人』などに接する機会を得られたのは,元はといえばゼッダ氏によるところが大きい。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 相変わらず,週2~3回,神保町近くへ通っている。古書店の街,スポーツ用品店の街,カレーの街であり,またオフィスビルも多い神保町だが,学生の街という側面は今も「健在」である。
 2月の上旬・中旬には,地下鉄の出口に,明大・日大などの受験生のための案内人がプラカードを持って立っていた。3月になると,こんどは就活スーツの学生が街に多くなった。間もなく卒業式,入学式と,季節は移りゆく。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Mar 07, 2017

フィルム・カメラの時代

 「いつでも,だれでも,カメラとビデオカメラを持っている」という状態になったのは,(20)00年代の半ばぐらいからだろうか。Wikiによると,カメラ付きの携帯電話の発売は2000年秋だったという。以後携帯電話のカメラは急速に高性能化し,やがて動画まで撮れるようになった。今はどんな事件・自然現象が起こっても,必ず動画を撮っている人がいる。フィルム・カメラの時代には,カメラを手にするのは旅行や運動会など「撮るものがあるはず」のときというのが原則で,小さいカメラといえども日常的に持ち歩いている人は少数派だったと思う。
 1970年代の終わりごろ,当時所属していたオーケストラで,貸し切りバスで地方へ演奏に出かけたことがある。途中の景色のいいところで休憩したとき,約60人のメンバーの中でかろうじて1人だけカメラを持っていたので記念写真を撮ることができ,快晴の富士山を背景にした写真が今に残っている。演奏のために出かけたので,みなカメラなど持っていなかったのだった。
 もうひとつ今と大きく異なるのは,アナログ時代はフィルムと現像・焼付に金がかかったということである。物価の上昇に逆らってだんだん安くなったけれども,たとえば36枚撮りのフィルムが1本600円,現像が1本350円,サービス判のプリントが15円×36枚,計1490円という具合だった。私は,コンパクト・カメラに続いて一眼レフをデジタルにするまでの約30年間に,フィルムと現像・焼付には総計200万円以上費やしたのではないかと思う。
 今,だれかにシャッターを押してもらうときに,1枚撮った後「もう1枚撮りますね」などと言うのを聞くと,昔はそんなに気軽には言えなかったんだよと思ってしまう。

 スマホのアプリ「プロ野球速報」は,昨年の日本シリーズ最終戦を報じたのち冬眠に入っていたが,2月初めに目覚めてバージョンアップが行われ,今年からオープン戦とWBCの試合もテキスト生中継されるようになった。今夜はそのWBC初戦である。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« February 2017 | Main | April 2017 »