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September 2018

Sep 25, 2018

今日のニュース

 25日午後3時半ごろ,地下鉄副都心線○○行きの電車が△△駅を発車したところで,女子高校生A子さんがアーモンドチョコレート15個(推定)を電車の床にぶちまけました。爆弾テロかと一時車内が騒然と…はしないで,乗り合わせた乗客2人が協力して拾い集めました。A子さんは恐縮しつつも,何個か口に入れていました。

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N響のシベリウス「クレルヴォ」

 21日(金)夜は,NHK交響楽団定期演奏会(NHKホール)へ。パーヴォ・ヤルヴィ指揮で,シベリウスの短い曲3曲と初期の大作「クレルヴォ」というすべて男声合唱つきの曲によるプログラム,合唱はエストニア国立男声合唱団。近くの客席には,フィンランド人らしい人がたくさんいた。
 前半の最後は交響詩「フィンランディア」の男声合唱入りの版。中間部の旋律を無伴奏の合唱曲にしたものと原曲を組み合わせたもので,こういうのがあるということは知っていたが,初めて聞いた。感動的。

 「クレルヴォ」は40年ぶりだった。前回は1978年,渡辺暁雄が東京都交響楽団の常任を退任するときの特別演奏会で聞いた。そのときは歌詞は日本語で,合唱の始まりの部分の歌詞と旋律は今でも覚えている。そのときも,また多くのCDでも,曲名は「クレルヴォ交響曲」と表記されていたが,今回のプログラムでは単に「クレルヴォ」となっていた。初演時は「交響詩」と表記されたが,何回かの演奏ののち,シベリウスは生前の演奏・出版を禁止してしまったため,作曲者の意図がはっきりしないらしい。
 「カレワラ」を題材にした5楽章の大曲で,ソプラノとバリトンの独唱が兄妹(かつ恋人同士)役を歌う。そう,『ワルキューレ』のジークムントとジークリンデを思わせる。で,音楽は若々しく適度に野性的で,演奏も,「カレワラ」の世界にふさわしく雄弁かつ雄渾。最近では珍しく,眠くならなかった。
 合唱は見たところ47名で,豊かな響きを堪能できた。演奏後,オーケストラが退場したところで,再び拍手が起こり,合唱団を拍手でお見送りした。

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Sep 20, 2018

西日本豪雨 鉄道の復旧 9/20版

 西日本7月豪雨で不通になったJR線の復旧は着実に進んできた。いくつかの資料によって,9月20日現在の状況をまとめておく。

 まず,JR四国。予讃線の卯之町~宇和島が9月13日に開通し,これでJR四国の鉄道はすべて復旧した。

 もっとも大きな被害を受けたJR西日本では,山陽線の柳井~下松,八本松~瀬野が9月9日に開通した。残っている三原~白市も9月30日開通の予定で,これで大幹線が甦る。岩徳線も9月22日に周防高森~徳山が開通して,全線復旧となる。
 呉線は9月9日に呉~坂が開通し,これで西半分の広から呉・海田市(かいたいち)を経て広島までがつながった。安芸川尻~広が10月,安浦~安芸川尻が11月中,残る三原~安浦は1月開通の予定。
 福塩線は,吉舎(きさ)~塩町で10月4日から,上下~吉舎で10月18日から「部分運転を実施」するという。部分運転というのは耳慣れない用語だが,区間は明示されているので,本数を減らして一部の列車を運転するという意味だろうか。残る府中~上下は「2019年1月~3月中」の予定。
 被害がもっとも大きかったのは芸備線。10月4日から備後庄原~三次で同じく「部分運転」を実施,備後落合~備後庄原は来年1月~3月中開通とされている。しかし残る三次~狩留家(かるが)は,鉄橋の流出などもあり,再開には「少なくとも1年以上」かかるという。7月末には備後落合~狩留家間はまとめて「運転再開まで長期間」となっていたので,これでも区間ごとに見通しが少しはっきりしたことになる。

 JR東海の高山線は,富山寄りの坂上~猪谷が不通で,開通は11月下旬を見込んでいるとのこと。特急「ワイドビューひだ」は飛騨古川止まりになっている。

 次はJR九州。原田線の桂川(けいせん)~原田(はるだ)が「運転再開には期間を要する見込みです」という状態が続いている。JR九州では,このほかに,豊肥本線肥後大津~阿蘇が2016年の熊本地震により,日田彦山線添田~夜明が2017年の九州北部豪雨による被害を受けて,同じく運転再開の予定が立っていない。異なる天災による被害が3年にわたって累積してしまった。
 このほか,九州では,平成筑豊鉄道田川線の崎山~田川伊田が不通になっていて,開通は10月中が目標となっている。

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 昔,眼鏡屋の人に聞いた話――眼鏡のレンズをシリコン布やティッシュペーパーなどで拭く人が多いが,汚れにはときどき硬い成分があり,それをこすりつけてレンズに傷をつける結果になることがある。眼鏡は,じゃぶじゃぶ水洗いするのがいちばんよい。
 でも,眼鏡のレンズって,手で触るわけではないのに,なんでしょっちゅう汚れるんですかね。

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Sep 19, 2018

ラッキョウの地位

 日本的なカレーの付け合わせとして,不動の定番の地位にあるのは福神漬けである。福神漬けにはとてもかなわないがそれに次ぐ存在は,ラッキョウの甘酢漬けだと思う。店により,大きさも甘さ・酸っぱさも微妙に違うのがおもしろい。しばしば,大きめのラッキョウを挟むのが難しい小さなトングがついていて,せめて5つは取ってやるぞと意地を張ってみたりする。
 ところが,自由に取れる付け合わせのラインナップからラッキョウをはずすカレー店が,ここ10年ほど,多くなったような気がする。若者の間で人気が落ちたのか,あるいは経費が上がったのか。有料のオプションにした店もある。有料だと,店としてはさすがにあまり少量にするわけにもいかないから,ある程度以上の量があって,愛好者としてはこれはこれでありがたい。
 7月にちょっと紹介した神保町の「いずみカリー」(住所は西神田 →参照)でもラッキョウは有料である。あるときこの店で,入り口脇の立て看板に「ラッキョウ50円」と書いてあるのに,店内の食券自販機では80円になっているのに気づいたので,「看板に偽りあり」というのはまずいと店員さんに言っておいた。最近通りかかったら,前の看板は見当たらず,代わりに神田カレーグランプリの看板が出ていた。カレーグランプリが終わった後,元と同じにならなければいいが。

 8場所休場明けで出場した横綱・稀勢の里は,10日目に勝ち越しを決めた。横綱だから勝ち越しなど当たり前過ぎて気にするようなことではないはずだが,中継の画面からはほっとしたような雰囲気が伝わってきた。
 今場所,横綱白鵬,鶴竜,稀勢の里の3人が5日目までそろって白星を重ねた。これは1989年3月場所以来だという。つまり,平成の初めと終わりに起きた出来事ということになる。29年半前の横綱は千代の富士,北勝海,大乃国で,11日目まで3人全勝だったとのこと。
 先場所優勝の御嶽海は10日目までで4敗,大関取りは苦しくなった。栃ノ心も4敗で,カド番脱出への戦いが続く。

 関西空港連絡橋は,鉄道が予定より早く,18日に復旧した。めでたい。
 しかし道路については,18日の報道では,橋桁2本を建造してかけ直すため,完全復旧は来年の大型連休前になるという。

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Sep 12, 2018

台風21号と北海道胆振東部地震

 先週は,「天変」と「地異」に相次いで襲われた。こんな大災害でもどんどん記憶が薄れていくから,こうしてメモしておけば少しは思い出す手がかりになる(かもしれない)。
 まず,9月4日,関西を台風21号が直撃,尋常でない強風が吹き荒れた。そのあと関西空港の件が起きたのでその前のことは忘れてしまいそうになっているが,泉南市だったか,なぎ倒された電柱の写真は衝撃的だった。トラックが衝突しても倒れそうもない電柱が,軒並み9本,同じ方向に倒れていた。
 同じ日,関西空港が高潮で冠水して使用不能になり,さらに連絡橋がタンカーの衝突で破損して通行できなくなって,文字通りの孤島になった。かつてヴェネツィアが高潮で水浸しになったのを思い出す。

 そして台風のニュースを吹き飛ばすように,6日未明,北海道で大地震が起きた。北海道では,十勝沖,奥尻島など,海の方で何度か大地震が起きているが,札幌など北海道中央部はあまり地震のイメージはなかった。
 こちらで衝撃的だったのは,厚真町の山崩れの写真。何十もの山がすべて同じ方向に崩れて,半分土を露出させていた。
 最大の火力発電所が止まって,北海道はほぼ全体が停電した。ひとつ止まると需給のアンバランスが生じて周波数が安定しなくなり,他の発電所も自らを守るために停止するのだという。かつて電力会社の人に,電気は使用量が増えるとリアルタイムで増産するという話を聞いたことを思います。

 7月豪雨で大きな被害のあったJR西日本は,姫新線,因美線などが運転を再開し,呉線も一部運転を始めた。JR四国は残っていた予讃線の卯之町駅~宇和島駅間が,明日13日運転再開だという。めでたい。
 なお,関西空港連絡橋は,鉄道線路は9月中に復旧。道路は片側のみで対面通行をしていて,もう片方の復旧の見通しは立っていないとのこと。

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Sep 04, 2018

伊勢湾台風の日に

 今年は台風が早い時期から「毎号」のように近づいているが,今日は非常に強いままの21号が襲来した。関西のJRは,「本数を減らしていき,昼以降は全面運休」というあまり聞いたことのない措置をとっている。
 台風についての古い記憶は,まずは1959年の伊勢湾台風である。被害が大きかったのは愛知県・三重県だが,関東地方でもかなりの雨と風に見舞われた。当時私が住んでいたのは古い木造の家で,雨戸を早くから閉めたが,一晩中風で家ががたがた揺れて怖かった覚えがある。ラジオなどでは「超大型」という意味で「マンモス台風」という言い方をしていたので,あとでこの夜のことを「マンモス台風」という作文に書いた。

 伊勢湾台風というと思い出すのは,伊勢湾台風がやってきたその日1959年9月26日に開店したというバーFである。
 東京某所,街道沿いだが裏は住宅地という静かな場所にあったその店に私が通うようになったのは,開店から16年後のことだった。美しい上品なママさんにはファンの客が多く,開店25周年・40周年のときには,開店の日以来の客などが発起人になって盛大な記念パーティーが開かれたりもした。
 ママさんには双子の娘がいて,開店当時は小学生だったはずだが,私が行き始めたころには学校を出て店を手伝うようになっていた。後に,ママさんが倒れて入院したときも,娘たちの手で店は立派に守られた。
 2003年6月のこと,間もなく息子が成人するのでいっしょにFで飲みたいと思い,その「下見」に久しぶりにFへ向かった。しかし,店に明かりがついていない。扉に近づくと貼り紙があり,曰く「F店主N…子は1月18日に死去しました」。その前から同年9月に閉店する予定と聞いていたのだが,予定より少し早い閉店となってしまった。翌年,「FとN…子さんを偲ぶ会」が開かれた。

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