昔話

Sep 04, 2020

スアレス,エスコバーが2人ずつ/みんな16番――プロ野球後半戦へ

 6月19日に始まったプロ野球の今シーズンは,交流戦(例年各24試合)なしで各チーム120試合の予定で進んでいる。交流戦もオールスター戦もないので区切りというものがないが,8月末で半分が終わった。
 今年だけの特別ルールのうち,延長戦は10回で打ち切りというのが,試合の進行にとってはいちばん影響が大きいようだ。7回以降は細切れの継投が多いし,代走・代打がどんどんつぎ込まれる。

 今年,ロベルト・スアレス(Robert Suarez)がソフトバンクから阪神へ移籍し,クローザーとしてなかなかの活躍をしているが,ふと,ヤクルトにもスアレスという投手がいるのに気づいた。こちらはアルバート・スアレス(Albert Suarez)で,昨年入団だったらしい。今年は3回先発して2勝,防御率 0.53と好調。
 と思っていたら,DeNAのエスコバー投手(Edwin Escobar)のほかに,ヤクルトにも今年入団のエスコバー(Alcides Escobar)という選手がいるのに気づいた。こちらは内野手で,先発メンバーにほぼ定着し,打率 .289 を打っている。
 なお,この4人はすべて,DeNAのラミレス監督と同じくベネズエラ出身。

 9月1日,巨人・DeNA戦を途中から見たら,巨人のピッチャーは菅野。しかしなんとなく変だ。あれ,菅野の背番号が16番! よく見たら,巨人は他の選手もみな16番をつけていて,この日は川上哲治生誕100年の記念試合なのだった。
 川上の引退は1958年,私が小学校3年のときだから,私の世代でも現役時代のことはよく知らないが,「川上2000本安打」のニュース映画の記憶はある。(→参照

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Aug 28, 2020

60年前の夏

 小学生のころ,というのは1960年ごろだが,個人の家はほとんどすべて木造で,もちろん冷房はなく,夜になると畳に布団を敷き,蚊帳を吊って寝る,という生活だった。
 1959年だったと思うが,私の故郷・横須賀の古くからの商店街が共同で長さ180メートルほどの細長いビルを建て,「通りを丸ごとビル化」した。このとき1階の商店街で冷房がある店は6,7軒に1軒ぐらいで,冷気を外へ吹き出しているのが誇らしげに見えた。学校の帰りには,冷房のある店の前はゆっくり歩いて涼みながら帰った。

 「goo天気」というサイトに昔の各地の天気・気温が出ていたので,横須賀に近い横浜の8月の記録を見てみた。その中でいちばん古い1961年,62年と今年の最高・最低気温の様子は以下のとおり:

◇最高気温33度以上の日数(横浜)
1961年8月   7日
1962年8月   8日
2020年8月  12日 [8月27日まで]

◇最低気温25度以上の日数(横浜)
1961年8月   6日(26度台2日,他は25度台)
1962年8月   9日(26度台2日,他は25度台)
2020年8月  18日(27度以上10日) [8月27日まで]

 最高気温33度以上の日は昔も意外と多かったことがわかる。しかし今年は27日までですでに12日に達した。
 昔ともっと違うのは最低気温で,今年の熱帯夜(という言葉はなかったが)の日数は27日までで61年の3倍になった。しかも,61,62年には27度以上の日はなかったのに,今年はすでに10日を数えている。
 ――口に出すとますます今日の暑さかな

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 コンビニのコーヒーがけっこううまいと知ったのは,2年前ぐらいだっただろうか。最近は,自分の1杯分のコーヒーを入れるのが面倒なときは,ファミマのコーヒーを愛用している。レジで紙コップを買い,コーヒーの機械のボタンを自分で押して淹れる方式で,レジでの支払いと機械は連動しているわけではない。
 ファミマのコーヒーの機械でちょっと不思議なのは,同じサイズのブレンドに「レギュラー」と「濃いめ」があること。値段も仕上がりの量も同じなので,豆(というより粉)を増やして濃くしているとも思えない。少しゆっくり淹れるなどしているのだろうか。

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Jul 13, 2020

「野ばら」の赤砂/専門家の名前/ディンブラ

 シューベルトの,というよりゲーテのというべきだが,「野ばら」を歌うための訳詞は「わらべは見たり…」という近藤朔風による古いものが今も親しまれている。
 この冒頭を「わらべはニタリ」だと思っていた人の話を前に書いたが(→参照),私が中学生のころまでわからなかったのは5行目の「あかずながーむ」という部分である。小節が「あかずな|がむ」と分かれているし,シューベルトの曲は「がむ」の小節の最初に頂点があることもあって,「赤砂ガム」のような字を思い浮かべたりした。さすがにガムが出てくるわけはないと思ったが,「飽かず眺む」とはなかなか気づかなかった。

 2月ぐらいから感染症の専門家の名前を見ることが多くなったが,そこではやや珍しい名字の比率が高いような気がする。尾身氏(「名字由来net」によるとランキング4580位),忽那(くつな)氏(同 6293位),釜萢(かまやち)氏(同 13406位)といった具合。
 釜萢という名字は,かまやつひろし(本名釜萢弘)とその父・ディープ釜萢という有名人がいたから「かまやつ」と読める人は多いが,こちらは「かまやち」である。漢和辞典によれば,「萢」は国字(日本製の漢字)で音はなく,訓は「やち」で湿地の意。

 藤沢の紅茶の名店「ディンブラ」の磯淵猛氏の急逝に驚かされたのは去年の2月のことだった(→参照)。その後移転したものの休業を余儀なくされていたようだが,このほど,7月15日にリニューアルオープンするとの知らせが届いた。場所は,小田急江ノ島線の終点・片瀬江ノ島駅から弁天橋を渡ってすぐのところらしい。

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Jul 07, 2020

7月上旬のニュースから

◇水郡線一部復旧
 6/30の項に書き忘れたが,昨年の豪雨による被害で一部不通のJR水郡線は,西金駅~袋田駅間が7月4日に復旧,開通した。残る袋田駅~常陸大子駅の1駅間の復旧は「2021年夏ごろ」の予定。

◇藤井聡太 タイトル戦2つ進行中
 将棋の藤井聡太7段の快進撃が止まらない。棋聖と王位への挑戦権を勝ち取り,すぐに始まった「本選」では,棋聖戦(5番勝負)で2勝してタイトル獲得まで「あと1勝」とし,王位戦(7番勝負)でも第1戦に勝った。今年度の藤井は,4月に2戦した後はコロナ休業,その後一転して6月に9戦,7月に1戦という密なスケジュールの中で,計11勝1敗と驚異の勝率をあげている。
 将棋でも囲碁でも,プロとアマは同じルールでゲームをしている。最初の5手ならだれだってプロと同じことができるのに,その後まもなく,どうしてこんなにすべてが違ってしまうのだろうといつも思う。

◇オリンパスが映像部門を売却へ
 オリンパスが,デジカメ等の映像部門を日本の「ファンド」に売却するというニュースは,長年のオリンパスユーザーとしては衝撃だった。医療分野(内視鏡では世界でトップの圧倒的シェア)に集中するということのようだが,その基幹となるのは映像の技術ではないのかと思ってしまう。
 70年代半ばのこと,私が最初に買った一眼レフカメラはオリンパスの名機 OM-1で,その後の OM-2と合わせて十数年使った。その後オートフォーカス一眼レフとコンパクト・デジカメの時代には他メーカーに浮気したが,2009年からオリンパスのデジタル一眼(ミラーレスなので一眼「レフ」ではない)にして,今は PEN-F を使っている。
 オリンパスの同じマウントの一眼カメラ OM-D は,昔の OM-1 の子孫のような存在ということもあって興味があり,これを生涯最後のカメラにしてもいいかなと思っていたのだが,またわからない要素が加わってどうするか。

◇薬味5点セット
 冷や奴や厚揚げ焼きの薬味には,ネギ,ミョウガ,青じそ,ショウガ,かつお節を愛好している。先日は久しぶりにこの5点を揃えることができた。
 この中で,以前は青じそがネックで,新鮮な状態に保つのが難しかったのだが,「少量の水を入れたびんに立てて冷蔵庫に入れておく」という方法を2,3年前に聞いて,これを採用。1週間ぐらいはじゅうぶん使える。

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Jun 27, 2020

六月後半日乗

◇在宅勤務の後
 用事があって,昔の職場に電話した。2か月続いていた「原則在宅勤務」が終了し,6月からは「何ごともなかったかのように通常勤務してます」ということだった。ただ,「まず毎朝電車に乗って通勤するところからすでにつらいです。数十年やってきたことがこんなに大変に感じるとは。」とも言っていた。

◇土休日回数券
 3月までは休日に出かける用事がけっこうあったので,東京メトロの土曜・休日専用の回数券を以前から使っていた。14枚で10枚分の値段で,28%以上割引になる。しかし,4月から,特に休日にはぱったりと出かけなくなり,先日気づいたら使用期限(3か月)が迫っていて,結局3枚無駄になってしまった。それでも11枚使ったので,通常の回数券と同じ割引率になった計算になる。

◇イエローカード
 感染が増えていない国との間の出入国制限が,順次緩和される方向に向かいそうである。その場合,国によっては入国時にPCR検査による「陰性証明」が求められることになるかもしれないという。
 それで思い出したのは元祖「イエローカード」である。40年余り前には,ヨーロッパとの間に「南回り」,すなわち中東,インド,東南アジアを経由する定期便があった。これに乗る場合は,コレラの予防接種を受けたことを証明する黄色のカードを提示する必要があった。途中の空港はトランジットのみだったが,それでも必要だった。(→参照

◇オペラ劇場で寄席
 わが故郷の横須賀芸術劇場でも,少しずつ公演が再開されようとしているが,こんど届いた知らせによると,小劇場で予定されていた9月のコンサート1件,10月の寄席2件を,大ホールに移し,客同士の間隔を空けて実施するという。なるほど,大は小を兼ねる,か。
 ここの大ホールは,馬蹄形(口がすぼまってはいないので,どちらかというとU字型)の客席を持つオペラ劇場仕様である。オペラ劇場で寄席というのは,演者も客も初体験だろう。

◇マイスタージンガー忌
 今日6月27日は,本来なら新国立劇場で『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を見る日だった。このオペラは聖ヨハネ祭,すなわち夏至の日(midsummer)の物語なので,この時期にふさわしい上演のはずだったのだが。
 なお,新国立劇場では「2021年度に改めて開催することを検討」しているとのこと。

◇今ごろ訃報: ザックスさん
 ついでのようにここに書くのは申しわけないが,マイスタージンガーで思い出したのでご報告:
 「パソコン通信」の時代から mixi まで,オペラ・音楽・旅などのグループで活躍してこられた「ザックス」さんことS先生が,今年2月に90歳で亡くなった。
 S先生とは,昔住んでいた場所の近くにあったバーで知り合った。ザックスと名乗る前,40年以上昔のことである。話してみると,同じ演奏会に行っていたり,共通の知人がいることがわかったりして,長年,年の差はあるが飲み友達としてご厚誼をいただいた。
 葬儀が行われたのは,まだ普通に狭い式場に集まることができたころだった。

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Apr 25, 2020

皆川達夫,ジャッキー吉川/家のほこり/柏餅の季節

 4月22日の新聞には,音楽学者の皆川達夫(92),ブルーコメッツのジャッキー吉川(81),オムロンの元社長立石義雄(80)の3氏の訃報が並んでいた(立石氏は新型コロナ関連)。
 NHK-FM「バロック音楽のたのしみ」のテーマ音楽「忠実な羊飼い」のメロディをたまに聞くと思い浮かべるのは,皆川達夫先生の声だった。訃報に付されていた略歴によれば,1965年から85年まで担当していたという。(当時,まともな音質の音楽の供給源として,FM放送の地位はきわめて高かった。)学生時代には,非常勤で来られていた皆川先生の音楽史の講義を受講したこともある。
 昔テレビで見ていた人の訃報に接すると意外と自分と年が近いと思うのが常だが,ジャッキー吉川は81歳でだいぶ年上だった。ザ・タイガースなど当時のグループサウンズのメンバーは,団塊のいちばん下の世代の私のすぐ上の人が多かったが,このたび知ったところでは,ブルーコメッツは他の大部分のグループサウンズのバンドより10年近く前の1957年から活動していたバンドなのだった。

 テレビは,新収録ができなくて再放送が多い。特に旅番組。これはこれでおもしろいこともあるけれど。
 先日は,家事の番組で,家の中のほこりについて専門家が説明していた。それによると,普通の住宅で繊維などのほこりがもっともたまるのはエアコンだが,それに続くのは意外にもトイレだという。衣類の着脱の際やトイレットペーパーをちぎるときに繊維類が出て,掃除機をかけると排気口から家の中にひろがってしまうとのこと。あわてて,しばらく使っていなかったスチームの掃除機でトイレを拭き掃除した。

 某日,アベノマスクが届いた。昔なら恩賜のマスクというところか。

 某日,近所の老舗和菓子店で柏餅を買った。
 和菓子も洋菓子も,食べればおいしいと思うことはあるが,特に必要なものではなく,仮に世の中から消えてしまってもまったく困らない。したがって,ふだん甘いものを自分で買うことはないが,季節を感じさせる桜餅と柏餅は,少しは買う。

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Apr 03, 2020

100年前のスペイン風邪/『ジュリオ・チェーザレ』最後のリハーサル

 今回の新型コロナの件で,「スペイン風邪」のことを久しぶりに思い出した。
 通称スペイン風邪という新型インフルエンザが昔世界中で大流行したことを知ったのは,50年以上前の高校時代のこと,武者小路実篤の小説『愛と死』によってだった。『愛と死』が発表されたのは1939年,そこに描かれたスペイン風邪の流行は1918-20年で,作者は約20年前のことを書いたことになる。
 読んだときは感動したことをかすかに記憶している。しかし,後から思うと,婚約者がスペイン風邪で急死するというのは,小説の結末のつけ方としては強引すぎる感じもする。ギリシャ劇などで突然不自然な解決をもたらす deus ex machina(機械仕掛けの神)の悲劇版というところだ。
 このスペイン風邪による感染者・死者の数には諸説あるが,少なめの説でも世界の感染者は5億人,死者は2000万人,日本でも死者(感染者ではない)はなんと30万人に及んだという。

 新国立劇場のオペラは,『コジ・ファン・トゥッテ』『ジュリオ・チェーザレ』に続き,4月後半の『ホフマン物語』も中止になった。(一方で,先月,10月からの新シーズンのチケットが送られてきた。)
 『ジュリオ・チェーザレ』中止発表の翌日,「最後のリハーサル」を行ったという悲しいニュースが劇場のサイトに出ている。
 こうなると,6月の『マイスタージンガー』についても心配がつのる。新国立劇場では6月21日からだが,その前に東京文化会館で6月14日に東京初日を迎える。新制作なので5月中旬には稽古が始まるのだと思うが,あと1か月半では海外からの出演者の来日は難しそうだ。
 宝塚歌劇は中止期間を延長し,宝塚・東京とも今のところ4月12日まで中止の予定。

 そんな中でも,「ぴあ」などからは6月以降の種々の公演案内メールが毎日届く。しかしこの状況では安心してチケットを買うわけにもいかない。
 NBS(日NBS(日本舞台芸術振興会)からは9月のスカラ座来日公演のDMが届いた。しかし9月なら大丈夫とはとても言えない。その前の6月のパレルモ・マッシモ劇場のオペラはもっと危うい。

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 手を洗うのが第一というので,なるべく手を洗うようにしている。そのおかげで,手がだいぶ荒れてきた。
 ガセネタではないと信じて書くが,「手で顔を触らない」守れば「99%感染しない」とニューヨークの医師が提言しているとのこと(→参照)。

 今までは,週2,3回仕事場(借りている机の場所)に通っていたが,そこでの用事は不要不急のものが大部分なので,当然自粛(というより「自縮」か)している。
 夜の居酒屋も自粛せよとのお触れが出ている。それなら昼間飲むしかないか。

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Jan 20, 2020

週末記 1月17日-19日

 1月17日は阪神淡路大震災から25年の日だった。
 20周年のときにも書いたことだが,1999年まで成人の日は1月15日で,1995年は,1月15日が日曜だったので16日が振替休日となり,連休だった。大震災が起こったのは,その連休が終わった17日火曜日の午前5時46分だった。
 当時の仕事の関係者に神戸周辺の人が多かったので,早めに出社してすぐあちこち電話してみたが,西宮から西はまったく通じなかった。しかし午前中のうちに,京都の関係者から,神戸に住んでいるAさんの無事を確認した,という連絡があった。その人によると,地震で飛び起き,神戸の震度が大きかったというニュースを見てすぐAさんに電話したら奇跡的に通じたが,それから少しして神戸には一切通じなくなったという。携帯電話の普及率が低かったころの話である。

 1月18日~19日,今回で最後となる大学入試センター試験が行われた。
 センター試験は1990年から31年間行われたわけだが,その前には「大学共通第1次学力試験」(共通一次,1979-89)が行われていた。かつての国立大学では第一次・第二次と2段階の入試を行う大学が多かったが,そのうちの第一次試験を共通化したものである。
 団塊の世代の最後になる私の世代の大学受験は,その共通一次の始まるさらに10年以上も前のことだった。当時も国立大学の共通試験を目指した「能研テスト」(「能研」は能力開発研究所)というのがあった。高校3年のとき何か全国規模の試験を受けた覚えがあるが,たぶん能研テストだったのだろう。
 当時は大学紛争の時代の前で,多くの国立大学では文部省に逆らう気風が健在だったから,能研テストはまったく受け入れられないまま終わった。そんな時代を記憶している者からすると,センター試験を多くの私大も利用している現状には隔世の感を覚える。

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Nov 10, 2019

ベルリンの壁 崩壊30周年

 11月9日は,ベルリンの壁崩壊から30周年の日だった。
 当時,「壁」が崩壊すれば東西ドイツの統一も検討されることになるだろうという話も出たが,それはどちらかというと希望的観測だったように思う。それから1年足らずでドイツ統一が実現するとはまったく予想できなかった。まして,2年後に超大国ソ連がなくなるなどというのは,想像すらできなかった。

 以下に,10年前,2009年11月9日に書いたエントリーを再掲する。

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    「壁」崩壊20周年の日に

 11月9日は,ベルリンの壁崩壊から20周年の日である。
 あの年1989年の夏から秋にかけて仕事が忙しかったために,新聞の2面以降の海外のニュースにあまり注意を払っていなかったので,最初はちっとも理解が及ばなかった。しかし,やがて連日新聞の1面に何かしら載るようになって,ただならぬうねりが起きていることをいやでも知らされることになった。

 団塊の世代にとっては,ドイツは子供のころから東西2つの国だった。キューバ危機で核戦争一歩手前になるという出来事があったりして,冷戦に終わりが来るなどということは想像できなかったから,ドイツ統一などわれわれが生きているうちに実現することはないだろうと思っていた。
 学生のころ,たまたま家にあった昭和10年ごろ刊行のドイツの音楽史跡写真集(属啓成(さっか けいせい)編)を開いてみたところ,閉ざされた国・東ドイツの都市だと思っていたバッハゆかりのライプツィヒ,ドレスデンなどが当然「ドイツ」の都市として載っていて,非常に不思議な感じがした。

 高校の時の先生に,ドレスデン出身のS師という神父さんがいた。あるとき生徒が「先生の出身は東ドイツなんですね」とうっかり言ったら,S師は「東ドイツじゃないよ,ドイツだよ」と諭すように言った。お姉さんがドレスデンのオペラのソプラノ歌手だったという話も聞いた。先生自身も声が良く,歌がうまくて,ドイツの登山の歌などを教わった。
 1980年前後だったと思うが,S師は来日から50年近くたってようやく故郷ドレスデンを訪れることができた。そのときのことを書いたエッセイに,西側から乗った列車が,東側に入ったとたんに,線路の保守状況が悪くなってガタガタいいはじめ,スピードも落ちたのは悲しかった,という一節があった。
 S師が2年前に亡くなったとき,通夜に集まった友人たちと,先生はドイツ統一を見ることができて本当によかったね,と語り合った。

 ベルリンの検問所が開放されて東ベルリン市民が西へ押し寄せたのは,現地時間で11月9日夜,日本では11月10日を迎えていた。その10日の未明,わが家では次女が誕生した。「ベルリンの壁「崩壊」」という大見出しと壁をハンマーで壊す若者の写真が載った10日の夕刊は,今も保存してある。次女には,東西を隔てる壁に穴が開いたことに,ちょっと牽強付会だが,少し関係のある名前を付けた。

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Nov 07, 2019

鉄道の不通その後

 10月の台風・大雨の影響による鉄道の不通はまだ続いているが,次の3つの線区は11月中に再開の見込みとなった。
  ・両毛線 岩舟~栃木駅間  11月中旬運転再開見込み
  ・磐越東線 小野新町~いわき駅間  11月中旬運転再開見込み
  ・八高線 寄居~北藤岡駅間  11月下旬運転再開見込み
 しかし,以下の線区はまだ目処が立っていない。来年ということになってしまうのだろうか。
  ・吾妻線 長野原草津口~大前駅間
  ・水郡線 西金~常陸大子駅間
  ・八戸線 階上~久慈駅間
  ・小湊鐵道 上総牛久~上総中野駅間
  ・箱根登山鉄道 箱根湯本~強羅駅間

 小湊鐵道は,9月の台風で不通になって13日後に復旧したのだが,再び不通が続いている。
 特に被害が深刻なのは箱根登山鉄道。最近のニュースの見出しに「年内をめどに」という言葉があったので,あ,よかった,と思ったのだが,よく見たら,年内をめどに「復旧の方針を決める」というニュースだった。

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 首里城の火災(10月31日)から1週間たった。首里城へ行ったのはその2日前だから,まだ9日しかたっていないのに,もはや遠い幻のような思い出になってしまった。
 再建について,前の復元と違って設計図が残っているということを先日書いたが,実際には,木材や瓦の材料の不足,職人の減少などの問題が深刻だという。

 沖縄のモノレールに初乗車してから2日後,上野動物園のモノレールが31日限りで運転を休止した。今の車両は,製造から17年たってかなりの劣化が見られるという。遊園地の乗り物ではなく,東京都交通局によるれっきとした都営の交通機関だった。
 開業は私が小学生のときだが,初めて乗ったのは大人になってからだった。

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