本と雑誌

Oct 08, 2017

居酒屋の会話帖

 居酒屋での知人Nさんが,喉の手術をして話すのが難しくなり,「会話帖」を使っている。ホワイトボード薄くしたようなつるつるの厚紙を綴じたノートで,Nさんが話したい内容を書いて相手に示すと,耳は問題ないので,相手は声で応える。だから,正確には「発話帖」で,Nさんは用が済むとどんどん消してしまう。しゃべるのと同じ感覚である。
 Nさんとよく連れ立ってやってくるKさんは,ときどきつられて自分も会話帖に書き込んで,「あ,オレは書く必要ないんだよな」と言って自分で苦笑したりする。
 当然思い出したのはベートーヴェンの会話帖。もしこれがNさんのようなノートだったら後世に残らなかった。しかし,よく考えると,ベートーヴェンの場合は耳が聞こえないのだから,会話帖に書くのは主にベートーヴェン以外の人である。こちらは「受話帖」というべきか。

 昔,職場の先輩で,だれかの訃報をきくと必ず「季節の変わり目だからね」とか「この気候じゃね」という人がいた。こういう感覚も,季節の移りゆきへの敏感さの表れかもしれないと思うようになったのは,だいぶ後になってからである。日本の季節は,真夏・真冬の一時期を除いては,「いつも変わり目」とも言える。
 ここ数日,急に涼しくなったり,また暑い日が戻ってきたりしている。そういえば昔の学校では6月1日と10月1日が「衣替え」の日で,この日に一斉に制服を夏服または冬服にしていた。6月1日には女子高生のブラウスがまぶしかった。今は機械的に一律にとはしない学校も多いようだ。

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 郷里・横須賀にちなむ田中宏巳『横須賀鎮守府』(有隣新書)という本を読んだ。さすがというべきか,発行日は5月27日,つまり昔の海軍記念日になっていた。
 ちなみに,横須賀鎮守府の略称・愛称は「ヨコチン」だったという。
 立川談四楼のシリーズ(→参照)第3弾『もっとハゲしく 声に出して笑える日本語』(光文社知恵の森文庫)が出た。2009年の1冊目・2冊目以来である。

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Sep 06, 2017

岩波文庫の新しい源氏物語/京浜急行特集の臨時増刊

 書店を歩く時間が昔より減っていて8月になってから気づいたのだが,岩波文庫の新しい『源氏物語』の第1冊が7月に出た。原文が右ページ,注が左ページの対注式で,内容は『新日本古典文学大系』を基にしている。第1冊は「末摘花」(54帖のうちの6帖目)までが収録されていて,全9冊の予定だという。ということは、第1冊だけ読んでも「須磨源氏」の半分にしかなれない。
 高校生のとき,精一杯の背伸びをして,岩波の古い方の古典大系の『源氏物語』の第1巻(全5巻のうち)を,学校の図書館から借りて読んだ。もちろん,大ざっぱにさえわかったとはいえなかったが,なんだかすごい世界があるんだなと思った。確か「須磨」まで入っていたと思うので,一応「須磨源氏」の仲間入りをしたことになる。
 その後,与謝野晶子による現代語訳で全帖を読んだ。敬語を大胆に省略したり,登場人物の呼び名を原文にないものにしていたりしていて(実際には一貫した呼び名がないとわからなくなってしまう),原文の面影があまりないことは素人にもわかったが,ともかく物語として読み通した。その中で,物語というより小説としておもしろかったのは宇治十帖だった。
 新しい文庫本で読んでみたいが,本を置くスペースがますます窮屈になっていて(かといってこの手のものは電子書籍で読む気はしない),しかもほかに未読の本の山がある現状では,さてどうしたものか。

 同じく8月になってから気づいたのは『鉄道ピクトリアル』の8月臨時増刊号「【特集】京浜急行電鉄」である。
 『鉄道ピクトリアル』は,ほぼ毎年,大手私鉄1社を特集した臨時増刊号を出しているが,今年は京浜急行に順番が回ってきた。これまでの京急の増刊号は,私の知る限りでは,1970年10月,1980年9月,1988年9月,1998年7月の4回あり,今回は19年ぶりになる。1970年のは全94ページ,うちカラーは巻頭1ページだったが,今回は316ページ,カラーは64ページにもなった。
 この19年では,京急蒲田駅の高架化がいちばん大きな出来事だった。次の10年は大師線の地下化が大きなトピックスになるだろう。

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Mar 14, 2017

ブログ記念日/『ビブリア古書堂の事件手帖』最終巻

 このブログをスタートさせたのは,2004年の今日3月14日だった。それからの13年は,その時々に書いてきたとおり,退職,2回の引っ越しなど,自分史上のけっこう大きな出来事と,そして何よりも大震災と原発事故があって,それ以前に比べてかなり変化に富んでいた。
 私が生まれるまでの13年というと,日中戦争から太平洋戦争と敗戦,戦後の復興の始まりまでの年月である。それに続く私が生まれてからの13年というと戦後の復興の主要部分であり,そのすぐ後には(前の)東京オリンピックがやってくる。
 今から13年後には,先日生まれた孫が中学生になっているはずで,やはり短からぬ年月であることをあらためて思わせる。

 第6巻で「次で完結」と示唆されてから2年あまりを経て,三上延「ビブリア古書堂」シリーズ最終巻の『ビブリア古書堂の事件手帖7 栞子さんと果てない舞台』(メディアワークス文庫)が2月下旬に出た。楽しみながらなるべくゆっくり読もうと思ったのだがやはり先を急いでしまい,最後は駅のホームのベンチで読み終えた。
 このシリーズの舞台は,横須賀線の北鎌倉駅のそばにある古書店。主人公たちが歩き回るのは主に鎌倉・藤沢と横浜南部で,横須賀から横須賀線で高校に通っていた私にとってはなじみの場所ばかりである。ヒロインの栞子さんが卒業した女子高のモデルもすぐに思い浮かぶ。
 古書にかかわるミステリーというと,梶山季之『せどり男爵数奇譚』とか,紀田順一郎『古本街の殺人』などが古典的な作品だと思う。そうした中でこの「ビブリア古書堂」シリーズは,ふつうはおじさんの趣味と思われている古書をネタにしながら,若者を主人公にしたミステリーになっているのがおもしろいところ。カバーはおじさんにはちょっと恥ずかしいようなイラスト入りで,読者も若い人が多いらしい。本に親しむ若者が増えるきっかけになってくれるといいのだが。

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Jan 22, 2017

立川談四楼『声に出して笑える日本語』

 2009年発売なのに去年秋まで知らなかったのが,立川談四楼『声に出して笑える日本語』とその続編『もっと声に出して笑える日本語』(ともに光文社知恵の森文庫)。続編は文庫オリジナルだが,正編は2002年に単行本で出たものなので,もう15年近く前の本だ。主にテレビでの言い間違いなどを集めたもので,糸井重里他による『金の言いまつがい』『銀の言いまつがい』と趣旨は似ているが,こちらは,落語界の楽屋話なども織り交ぜてなかなか読ませるエッセイになっている。ぬかりなく,冗語(→参照)も扱われている。
 こういう本は,内容を紹介するとネタバレになってしまうので,Amazonに書いてある例(帯に書かれているものと同じ)を書いておく。
  悲惨な事件を伝えた女性キャスターがまとめのコメント。
  「ご遺族は今、悲しみの<ズンドコ>に沈んでいます...」

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 もう10回以上準優勝していた大関・稀勢の里が,ようやく初優勝を決めた。去年は後輩大関の琴奨菊,豪栄道が優勝したのに,一人取り残されていた。

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Sep 17, 2015

高校理科4部作

 講談社ブルーバックスの「現代人のための高校理科」4部作を今春から読んでいる。最初に『新しい高校物理の教科書』を読み,次いで化学,地学を制覇し,いま最後の生物の巻が進行中である。
 私の高校時代というのはもう50年近く前で,内容は当然大きく変わっているが,その変わり具合は科目によってかなり違う。物理は,ニュートン力学や基本的な原子の構造の部分はもちろん不変だし,ここ10年で量子論や宇宙論の本をだいぶ読んだので(→参照),まったく未知の事項はさほど多くなかったのに対し,地学は,高校時代にまじめにやらなかったせいもあって,すべてが新鮮だった。いま読んでいる生物がこれに次ぎそうである。
 昔の感覚では,物理と化学は原子・分子の構造その他共通の要素がかなりあるが,地学と生物と物理・化学とは,互いにまったく無関係のものだった。地学は,岩石やマグマなど生物のいない世界の話だと思っていた。しかし,こんど読んだ地学の教科書には,生物に関わる記述がかなりある。それによれば,地球というのは単に生物のすむ場所ということではなく,いまの地球の構造ができあがる上で,生物というものが大きな役割を果たしているのだった。
 中でも重要なのは,海や大気に含まれる酸素をバクテリアの一種が光合成によって作り出したことである。さらに,岩石は長年かかって地中と地表の間を「循環」するのだが,その際にごく小さな生物の死骸が海底に積もり,その成分が変成岩を作ることが,この壮大な輪廻の重要な要素になっているという。
 生物の巻が終わったら,もう一度地学の巻を読んでみたい。

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 この夏覚えたことば: 「お盆玉」

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Jan 27, 2015

新国立劇場 2015/2016シーズンオペラ演目説明会

 新国立劇場の次のシーズンの演目が1月16日に発表された。驚いたのは新しい『指輪』が始まること。10月の『ラインの黄金』でこのシーズンが開幕する。「新しい」といっても演出はゲッツ・フリードリヒで,ヘルシンキからのレンタルの舞台。ということは、フリードリヒはなにしろ2000年に亡くなっているから、90年代の制作である。後で調べたところ、ヘルシンキではその後も何度も上演されているようだ。
 フリードリヒの『指輪』といえば,初めてのチクルス上演だったベルリン・ドイツオペラの来日公演(1987)の「トンネル・リング」がフリードリヒだった。あのとき私は,仕事上の(結果的には仕事人生最大の)行事で出張することになって,『ラインの黄金』だけ見られなかった。最初の指輪は一端は欠けていたのだった。

 『指輪』があるというので興味がわいて,日曜日の夕方,新国立劇場の「2015/2016シーズンオペラ演目説明会」に出かけた。説明するのは芸術監督の飯森泰次郎氏で,『さまよえるオランダ人』の指揮を終えてわずか30分後だったが,元気に登場した。
 『ラインの黄金』のローゲはなんとヘルデン・テノールのステファン・グールド。もったいない話だなと思ったら,さすがにこれで終わるわけはなく,ジークムントおよび後半2曲のジークフリートも歌って,「全曲制覇」の予定だという。
 注目のその後の上演予定だが、2016年秋『ワルキューレ』、2017年初夏『ジークフリート』、2017年秋『神々の黄昏』だとのこと。飯森氏は「私の(芸術監督としての)任期中にということで、少し無理をして後ろのほうを詰めました」と言っていた。
 他の新制作は『イェヌーファ』『ウェルテル』。

 新国立劇場を支える重要メンバーの一人,合唱指揮者の三澤洋史氏の著書『オペラ座のお仕事――世界最高の舞台をつくる』(早川書房)を読んだ。いろいろな意味でめちゃくちゃおもしろかった。

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Dec 21, 2014

隣人たち

 ある日,朝起きたらのどが痛い。一瞬風邪を引いたかなと思ったが,すぐ思い出した。前夜に,たった2回だが「うるさい」と怒鳴ったためだった。
 ビルの中の中華料理店での会食だった。中華の丸テーブルで,隣との間にはしきりがあるが,ほとんど素通しで音が筒抜けなのがまず誤算だった。それでも,隣が普通の客だったら大きな問題にならない。しかしこの日の隣人は,後で女子大の卒業生とその先生ではないかと想像したのだが,大部分が三十代とおぼしき女性に添え物の中年男が3人ぐらいの2卓のグループ。最初はまあ普通だったが,途中からやたらテンションが上がって,のべつ幕なしの大歓声になった。
 こちらのテーブルでは話が何もできない状態になって,店員さんを通じて何度か注意してもらったが,まったく効果なし。ついには何人かで「うるさい」と叫ぶ直接行動作戦に年甲斐もなく参加したのだが,何も変化はなかった。目的があっての会だから,何人かのあいさつなども予定していたのだが,一同やる気を失って,そのままお開きとなった。

 読んだ本のメモ:
佐々涼子『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている――再生・日本製紙石巻工場』(早川書房)
 震災で壊滅的とも思える被害を受けた製紙工場の再稼働までの物語。海辺の工場の中には,遺体が多数あっただけでなく,家が25戸も流れ着いていたという。あと,無人の被災地の少なからぬ商店の戸が壊されて物が奪われていたというのは,あらためて衝撃だった。なお,この本はもちろん,ここで描かれている工場で作られた紙で作られている。

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Jul 02, 2014

新国立劇場 シーズン最後は『鹿鳴館』

 新国立劇場は,6月下旬の『鹿鳴館』で2013-14シーズンを終えた。シーズン後半は特に,先に書いたように『死の都』『Cav & Pag』『アラベッラ』と上質の上演が続いた。

 池辺晋一郎作曲の『鹿鳴館』は中劇場での上演で,初演から4年後の再演だった。私の見た日のヒロイン腰越満美は前回と同じで,歌声も,また着物姿もドレス姿も美しく,適役。昔の大河ドラマ『三姉妹』での岡田茉莉子のドレスへの変身を思い出した(→参照)。
 原作が戯曲なので,オペラ台本の作成(演出の鵜山仁による)にあたっては,原作のせりふを一部省略したが,生かした部分の改変はしていないという。これは『サロメ』(原作はオスカー・ワイルドの戯曲)の場合と同じ方法である。言葉が聞こえるようよく工夫された作曲だと思うが,典雅華麗な言葉がちりばめられているので聞いてすべてを理解するのは無理で,母語字幕がありがたかった。
 舞台の設定は明治19年の天長節(明治時代だから天長節は11月3日)の鹿鳴館の夜会である。これは,昔,国語の教科書に出ていた芥川の短篇「舞踏会」(およびその下敷きになったピエール・ロティの小品)に描かれているのと同じ日の夜会だという。

 終演後舞台には作曲者も登場,何かダジャレをいうかと思ったらそういうことはなく,作品中のキーワードのひとつの菊の花を,ポケットから取り出して指揮者にプレゼントした。

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Sep 05, 2013

『量子革命』『文人悪食』

 7月のほぼ全部を使って,マンジット・クマール 著,青木薫 訳『量子革命――アインシュタインとボーア,偉大なる頭脳の激突』(新潮社)を読んだ。内容が難しいから,断片的な時間に読んですぐ中断するとわからなくなってしまうので,まとまった時間が30分以上あるときに限って読むというルールを自分に課したために,時間がかかった。
 こんな本に手を出したのは,毎年何冊が読んでいる宇宙論の本につながるものだからだが,名著『宇宙創成』『フェルマーの最終定理』の名訳者である青木薫氏が原著に惚れ込んで訳している(「訳者あとがき」による)ということが大きい。
 話題の中心は量子力学が成立する過程での激しい論争だが,それはしだいに哲学的な様相を帯びた論争になっていく。素人考えでまとめれば,極超ミクロの世界では,素粒子の運動は直接「見える」わけではなく,運動の何らかの痕跡を観察することになるが,その痕跡を残すことによって元の素粒子の運動が変わるから,痕跡を残さないときの運動は決して観察できない,というのが論争の片方の派の主張である。これがさらに進んで,物理現象は観察・測定方法を伴って初めて存在し,測定方法を伴わない「客観的」な現象というのは存在しない,と言っているらしい。うーん,そう言われても…。

 その少し前に,まったく毛色の違う嵐山光三郎『文人悪食』(新潮文庫)を読んだ。漱石,鷗外から檀一雄,三島由紀夫に至る37人の文人の「食」をたどった力作・労作で,同じ著者による『文人悪妻』の姉妹作である。これを読んで思ったのは,「文人」は世間の枠にははまらない奇行の人ぞろいであり,個人的お友達にはなりたくない,ということである。友人たちから借金をして刹那的に贅沢をするというのはほんの序の口で,意地汚く,どろどろ,ねとねと。
 それは,前にルーペルト・シェトレ 著,喜多尾道冬 訳『指揮台の神々――世紀の大指揮者列伝』(音楽之友社)を読んだときに,天才とはつきあいたくないと思ったのと同様である。

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May 02, 2013

短篇小説各駅停車――連休短信(2)

 東武東上線の某駅の改札内の書店で,曠野すぐり『東上線各駅短編集』(まつやま書房 ISBN978-4-89623-078-9)という本を見つけて買い,タイトルにちなんでなるべく電車の中で読むようにした。タイトルのとおり,東上本線の池袋から寄居までの全駅を題名にし,かつ舞台 and/or 題材にした短編小説集である。ただし,東松山は前篇・後篇に分かれている。また,本線と別に,坂戸から分岐する越生(おごせ)線は,全線で1篇となっている。
 それこそ電車の1駅の間に読めるような短いものが大部分である。各篇はまったく独立していて,主人公もばらばら(沿線に住むサラリーマンが多い)であるが,それぞれが各駅の個性の中で息づいている。短いので,そうたいした「事件」が起こるわけではなく,またすべて同じようにおもしろいとはいえないが,かなり手慣れた書きぶりで,そういうことあるよなと思いながら読んだ。
 著者はこれより前に,『だいだい色の箱―中央沿線物語』というやはり1本の鉄道に題材をとった短編集を出しているが,こちらは「各駅」ではないとのこと。

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