スポーツ

Jun 20, 2018

ワールドカップ短信

 このブログを始めて以来,4度目のワールドカップを迎えた。で,これまでと同様,「短信」で――
 昨夜,6日目にようやく登場した日本は,コロンビアに2-1で勝ち,南米チームにアジア勢初勝利。夜9時からという見やすい時間で,じっくり堪能。
 前日までに,ドイツが敗れ,アルゼンチン,ブラジルが引分けという番狂わせがあったから。日本も便乗して引分けにできないかなと思っていたが,始まってみると,相手が早々に10人になったということはあるにしても,終始落ち着いた試合運びだった。シュート数は14:8,ボール支配率は58%:42%。
 南米5か国で,グループリーグ初戦に勝ったのはウルグアイのみだった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Apr 29, 2018

鉄人の死去

 4月24日,鉄人・衣笠祥雄氏死去。享年71歳はあまりに若い。今年1月に死去した星野仙一と同年代だなと思ってよく見たら,この2人,生まれた日が4日違いだった。星野のときと同じく,長嶋よりも王よりも野村よりもずっと若いのに,と思ってしまう。
 TBSラジオの野球中継で,ときどき衣笠の解説を聞くことがあった。インタビューのときなどと違って,解説者のときは声が高くなって少ししわがれ気味だった。あまり鉄人の貫禄はないなと思っていたのだが,それも病気の影響があったらしい。最後の解説者登板となったのは,死去のわずか5日前の4月19日だったとのこと。
 1975年,それまで下位の常連だった広島がセリーグ初優勝を飾った。衣笠はその牽引者のひとりだった。(→参照

【神保町だより】
 1丁目,靖国通りの北側の金沢カレーの店「ゴーゴーカレー」が閉店した。お茶の水店はもっと前からあって,今もあるのだが。
 神保町交差点北西角のケータイ店が4月22日に閉店した。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Apr 17, 2018

年度末・年度始めの備忘録

◇3月2日~24日 朝日新聞夕刊のコラム「各駅停話」で,横須賀線のシリーズが掲載された。
◇3月17日 あのマイナス4度から2か月足らずで,東京でソメイヨシノが異例の早さで開花した。そのあと,21日にみぞれが降る。
◇3月25日 大相撲三月場所が千秋楽を迎える。優勝は鶴竜。前場所優勝の栃ノ心は関脇で10勝と好調。
◇3月30日 プロ野球ペナントレース開幕。序盤はDeNA,広島/西武が好調。
◇3月―― 高校卒業から50年を迎える。
◇3月31日限りで,山陰本線の江津(ごうつ)と芸備線・福塩線の三次(みよし)を結んでいたJR三江線が廃止。営業キロは108.1キロ。乗ったことのない線が廃線になってしまった。
◇4月1日 ビールの定義変更。
◇4月1日 JR両毛線に「あしかがフラワーパーク」駅開業。前に一度フラワーパークへ行ったときは,隣の富田駅から歩いた。
◇4月4日 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師殺害から50年。死去の前日,I've seen the Promised Land. と演説。
◇4月某日 東京・竹橋のパレスサイドビルに,加計学園東京事務所があるのを発見。
◇季節の「はずはない」3題:
 仕事で人に会うのなら,その記録を何も残さないはずはない。
 トップの指示で多くの人が動く組織で,日々の業務報告がないはずはない。
 心臓マッサージ等をしないで1分以上もぼーっと立っていていいはずはない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Apr 09, 2018

April Show オータニとアイーダ

 大谷翔平がすごい。今朝(4月9日)は,途中からだが,生中継で快投を見た。It's Sho Time!
 1週間で,投手としては2試合13イニング投げて,奪三振18,被安打4,与四球2,失点3,防御率 2.08,打者としては指名打者で3試合に出て,6安打,3本塁打,7打点,打率 .461。けっこうやるだろうだろうと思っていたが,日本ハムでの2017年は出場が少なくていまひとつだったこともあり,大リーグで最初からこれほど活躍するとは思わなかった。
 もちろん,相手も大谷の投球・打撃に慣れてくるだろうからずっとこのペースで行けるわけはないが,いろいろな状況に騒がずあせらず対処するのに十分な度胸も身についてきているようで,頼もしい。

 もうひとつ速報。昨日(4月8日),新国立劇場の『アイーダ』を見た。今回は堂々の7回公演で,昨日はその2回目。
 20年前のオープニング時に制作された壮大なゼッフィレッリ演出の上演は今回が5回目だが,私はプレミエは買う努力をせずにパス,2回目は申し込みはがきを上着のポケットに入れたまま投函するのを忘れてしまって見られなかったので,見るのは2008年,2013年に続いて3回目だった。
 今回の歌手(韓国出身のアイーダ,ウズベキスタン出身のラダメス,ロシア出身のアムネリス)の特徴は,いずれも声が非常に大きいこと。しかも,十分美しい声で,トゥッティの強奏の上をどんどん越えてくる。これに妻屋秀和さんのランフィスも立派に対抗していた(温和な丸顔がちょっといかめしくないけれど)。
 カーテンコールでは,指揮者が,オーケストラのオーボエ奏者(第3幕の美しいオブリガートを吹いた)を立たせたのがちょっと珍しい場面だった。
 もうひとつ珍しかったのは,帰りの出口で,協賛会社から缶ビールが配られたこと。好まないビールだったが,もらえるものはありがたくいただいた。
 (『アイーダ』第3幕については →参照

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Feb 27, 2018

白内障補遺/平昌補遺

 2015年春に白内障の手術をしたあと,目は快調だったのだが,去年の秋ぐらいから右目がちょっとにじんだような感じになってきて,視力が少し落ちた。11月の運転免許更新のときの視力検査は合格だったが,右目の視力にはあまり余裕がなかった。
 1月の眼科の定期健診のときに見てもらったら,「後発性白内障」だという。手術で水晶体はなくなっているので白内障が再発することはないが,水晶体の入っていた囊(袋)は残っていて(中に眼内レンズが入っている),そこにしわが寄ったり他の細胞が付着したりして見えにくくなっているのだとのこと。短時間のレーザー手術で治るというので,すぐ予約した。
 で,2月上旬の某日,レーザー手術。いろいろ検査や準備があって待たされたが,点眼で麻酔して,手術自体はレーザー6,7発,正味1分ほどであっけなく終わった。
         --------------
 平昌オリンピック,女子スピードスケート500mで金メダルの小平奈緒が,オランダのテレビ局のインタビューを受けて,オランダ語で立派に答えていた。これも快挙。SNSにもオランダ語で投稿していたとのこと。
 ネット情報によると,オランダ語をもっともよく話す日本のスポーツ選手は,かつてサッカーのフェイエノールトに在籍した小野伸二だそうだ。――関係ないけど,伸二という名前を見るとウクレレ漫談の牧伸二を思い出してしまう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Feb 20, 2018

冬の短信

 ブログの更新ができないまま,10日以上たってしまった。以下,いくつかまとめて,短く記す。

 横浜美術館で,「石内都 肌理(きめ)と写真」という写真展を見た。作者は1947年に桐生で生まれた女性写真家。私の郷里・横須賀で育ち,デビュー作も横須賀の古いアパートなどをモノクロで写し,粗い粒子でプリントしたものだった(その連作「絶唱・横須賀ストーリー」は同館内の常設展として展示されている)。今回のテーマのひとつはこうした廃屋であり,もうひとつは作者の母や広島の被爆者の遺品の衣類である。「社会派」的な訴える力と同時に不思議な明るさもあって,ひとつひとつ立ち止まってしまった。同展は3/4まで。
         --------------
 同じく横浜のもっと南,根岸線本郷台駅からすぐの県立地球市民かながわプラザ(あーすぷらざ)で,「天野尚写真展 未来へ残すべき美しい自然」展(→参照)を見た。こちらは,上と対照的に,最大8×20インチの特大フィルムを使った超高精細のカラー風景写真で,美しさも迫力も満点。3/25まで,入場無料。
         --------------
 神保町で,昨年秋には担々麺の店が2つできた(→参照)が,今年は海鮮丼の店が2つできた。ひとつはマクドナルドから錦華通りに入って間もなくの左側「杉玉」,海鮮居酒屋で昼は海鮮丼ランチを出す。もうひとつは,マクドナルドから靖国通りを渡ったところ,ラーメン屋だった場所にできた「<海鮮丼>きときと」。チェーン店のような感じだが,店長・店員はかなり年配の人だった。
 いま大学入試の季節で,先週は地下鉄神保町駅の出口前に明治大学への案内の人が立っていた。
         --------------
 平昌の冬季オリンピックで,日本のメダル第1号となったモーグルの原大智の名前にかなが振ってあるのをみて,一瞬「はらたいら」かと思ってしまった。
 ハーフパイプで金メダルのショーン・ホワイトの名ショーン(Shaun)はアイルランド系の名で,John(ヨハネ)に相当する。ショーンといえば思い出す俳優ショーン・コネリーも同じ名だが,綴りはSeanである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Aug 28, 2017

横浜DeNA,3連発&3連続サヨナラ

 先週,横浜DeNAベイスターズが,首位広島を相手に3試合連続サヨナラ勝ちをおさめた。
 最初は22日(火)の3者連続ホームランである。5-2で負けていた横浜は,9回裏,筒香(2ラン)・ロペスの連続ホームランで同点とし,次の宮崎がサヨナラ・ホームランを打って勝った。3連発といえば,伝説となっているのは阪神のバース・掛布・岡田の「バックスクリーン3連発」(1985)だが,そのときと同様に,負けていたチームの3番から5番の選手による3発で追いつき,逆転した。しかも今回は,2発目でちょうど追いつき,3発目がサヨナラ・ホームランとなったので,劇的という点ではバックスクリーン3連発に十分に匹敵する。
 それだけでも歴史に残る事件だったが,翌日もサヨナラ勝ちだった。
 3日目は私はスマホのテキスト中継(→参照)で見ていた。この日は6回表まで4-1で広島リード。それが,6回裏から横浜が毎回1点ずつ入れて,同点で9回裏を迎えた。それでも,まさかまたサヨナラなどということなどあるはずもないと思いながら見ていたところ,やがて表示された「1X」の文字。そのまさかが起こった。

 3連続の「中日」の23日(水)のスポーツニュースは,高校野球の決勝で埼玉県代表が初優勝,イチローが代打で特大の3ラン,本田のメキシコデビュー&ゴール,と印象に残る出来事が次々と伝えられた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Aug 17, 2017

珍しい応援歌――2017年盛夏

 8月9日,東京の最高気温は37度を超えた。この日に用事で外出したが,ふだんなら歩いていくところを地下鉄で遠回りし,駅からは日陰を探しながらゆっくり歩くしかなかった。2020年のオリンピック期間中にはこんな日も当然あるだろう。こんな時期に開催なんて,狂気の沙汰だ。

 しかし,その後は雨ばかりで,半袖では寒いような日もある。
 8月16日,仕事場へ行くべく電車に乗ったら都心方向はがらがらだった。
 神保町も夏休みの飲食店が多く,歩いている人は少ない。しかし,比較的新しい店は張りきって(または借金を返すためにやむを得ず?)ふだん通り営業しているところが多い。休むにしても,11日が「山の日」になって,いろいろな休みのパターンができたようだ。

 高校野球の放送をつけたままパソコンに向かっていたら,昔からなじみの曲が聞こえてきた。原曲よりテンポが速いが,まぎれもなく“Love Me Tender”である。野球の応援では非常に珍しい選曲なのであわててテレビの画面を見たら,天理高校の応援団だった。吹奏楽でも名門の天理高校がもうひとつ演奏していたのはビートルズの“Ob-La-Di, Ob-La-Da”で,どちらも今の生徒はもちろん,多くの学校の監督さんも生まれていないころのヒット曲である。
 知っている曲で,テレビから多く聞こえてきた応援の曲は「アフリカン・シンフォニー」(→参照)。「あまちゃん」のテーマも何校かが演奏していた。

 火事のニュースで,「この家に住む67歳の男性と連絡が取れなくなっているということです」などという。昔だったら単純に「行方不明になっています」と言っていたところだ。
 事故のニュースで「2人が心肺停止の状態で発見されました」などという。これは昔なら「死亡」に含まれていたものだろう。そういえば,「重体」というのもあまり言わなくなったような気がする。
  「捜査関係者への取材で…」については →参照
  「容疑者」という「敬称」については →参照

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Jan 31, 2017

ポケベルの第1期/直前の2場所に優勝していなくても横綱

 移動中に連絡がつく手段を,一般人が歴史上初めて手に入れたのは,ポケットベルによってだった。ネット上の資料によると,携帯電話の前身の自動車電話(→参照)が登場する10年前の1968年ことだというから,もう50年近く前のことである。
 最初は,後の自動車電話と同じく,ごく限られた人が利用するものだったが,やがて料金も下がってきて,勤務先の取引先の人たちがポケットベルを持つようになったのは1970年代の後半だったと思う。いつも出歩いている営業担当の人に電話をすると,それ前は「帰りましたらお電話させます」だったのが,「呼び出してすぐお電話させます」「はい,いまポケットします」という返事に変わった。
 同じころ,ある演奏会の会場で産科医院の開業医に会ったら,「いやあ,ありがたい時代になりました。ポケベルがあるとなにかあったら連絡が来るんで,臨月の人がいても安心して演奏会に出かけられます」と言っていた。
 ずっと後に大流行したポケベルは数字なども送れるものになったが,当時のポケットベルは単に合図のベルが鳴るというだけだったから,持っている人は,ベルが鳴ったら自分の「本拠地」(自社,自宅など)に電話して伝言を聞くというのが普通の使い方だった。そのころオフィスの電話は代表電話から内線に人間がつなぐのが一般的で,固定電話も1人1台はまだ先の話,ましてケータイなどはドラえもんの世界のものだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~
 大相撲初場所の結びで稀勢の里は白鵬に逆転勝ちし,新聞等の論調の後押しも得て,ともかく文句のない形で横綱に推挙された。正式に横綱に昇進したのは1月25日,たった1週間前のことである。その翌日には綱打ちが行われ,2日後には明治神宮で土俵入りが奉納された。昔からこんなに手際よく,というより慌ただしく,事が進んでいたのだろうか。
 前に蒙を啓いてくれた長山聡『大相撲 あなたの知らない土俵の奥』(実業之日本社)(→参照)によると,横綱昇進のための「連続優勝またはそれに準ずる成績」という内規ができた1958年以降の横綱27人中,「直前の2場所に優勝していないが横綱になった力士」が7人もいるという。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jan 22, 2017

立川談四楼『声に出して笑える日本語』

 2009年発売なのに去年秋まで知らなかったのが,立川談四楼『声に出して笑える日本語』とその続編『もっと声に出して笑える日本語』(ともに光文社知恵の森文庫)。続編は文庫オリジナルだが,正編は2002年に単行本で出たものなので,もう15年近く前の本だ。主にテレビでの言い間違いなどを集めたもので,糸井重里他による『金の言いまつがい』『銀の言いまつがい』と趣旨は似ているが,こちらは,落語界の楽屋話なども織り交ぜてなかなか読ませるエッセイになっている。ぬかりなく,冗語(→参照)も扱われている。
 こういう本は,内容を紹介するとネタバレになってしまうので,Amazonに書いてある例(帯に書かれているものと同じ)を書いておく。
  悲惨な事件を伝えた女性キャスターがまとめのコメント。
  「ご遺族は今、悲しみの<ズンドコ>に沈んでいます...」

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 もう10回以上準優勝していた大関・稀勢の里が,ようやく初優勝を決めた。去年は後輩大関の琴奨菊,豪栄道が優勝したのに,一人取り残されていた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧