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Oct 12, 2017

衆議院解散 1980と2017

 首相の思いつきによる「思いつき解散」によって衆議院議員選挙が公示され,選挙戦が始まった。今回の衆議院解散はかなり突然だったにもかかわらず,28日の解散から5日後には近所に選挙ポスターの掲示板が立派にできていた。――うーん,日本人は真面目だ。
 衆議院議員の任期は4年だが,たいていはそれ前に解散がある。前回の選挙からもう2年半以上たっていたから,関係者は少しずつ準備をしていたのだろうが,全国規模で誤りなく整えるのは容易ではないだろう。しかも今回は選挙区の区割りの変更があったし。

 私が選挙権を得て以来,今回は18回目の総選挙になるらしい。その中で,あまりの突然の解散にもっとも驚いたのは,1980年5月の通称「ハプニング解散」である。
 当時私は一人暮らしでテレビを持っていなくて,解散のニュースを知らないまま寝た。翌朝は土曜日だった。寝ぼけまなこで新聞を広げたところ(今の多くの若者と違って新聞は取っていた),「大平内閣不信任案可決」「衆院解散へ」という大見出しが踊っていて目が覚めた。
 不動の自民党政権の時代で,不信任案が提出され否決されるのは儀式のようなものだった。しかしこのときは,自民党内の反主流派の多くが採決を欠席したために,通るはずのない内閣不信任案が可決されたのである。大平首相は,当然総辞職はしないで衆議院を解散,予定されていた参議院選挙と初めての同日選挙になった。

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 うかつにも先週初めて気づいたのだが,東急東横線の日吉駅の駅メロは「若き血」だった。なるほど。

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Apr 02, 2017

続『ルチア』/東京新聞の4月1日

 前項の『ルチア』の続き――
 私はベルカントは必ずしも得意種目ではないが,中ではドニゼッティをいちばん多く見ている。その中でも『ルチア』はトップで,今回が7回目だった。最初に見たのは1977年の二期会で,ルチアは去年亡くなった中沢桂氏。ほかに,印象に残っているルチアは87年藤原歌劇団の出口正子氏で,世界に通用するルチア歌手として話題になった。
 新国立劇場は2002年秋にも『ルチア』を上演している。そのときの演出は1回でお蔵入り,いやお蔵に入ればいいのだが,入らずに終わったことになる。このとき私が見た日のルチアは(当時はダブル・キャストだった)チンツィア・フォルテという声の大きそうな名の人だった。
 ところで,『ルチア』の筋立ては『運命の力』に似ている,と今回思った。共に,ヒロインの兄が家のことをのみ考えていることが悲劇の源になっていて,最後は主要人物3人が死んでしまう(『運命の力』初版の場合)。

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 たくましく反体制路線を貫いている東京新聞の4月1日朝刊「こちら特報部」面は,(たぶん久しぶりに)エイプリル・フール記事だった。トップ記事は「「AI町議」大暴走 カジノ開設で伝統の梅林破壊 「歳入ファースト」設定原因?」。おもしろかったのは「ツイッター 起源は奈良時代? 木簡に140字制限 「忖度」や「#」の記述も」。
(エイプリル・フール記事については,このブログの最初期の2004年4月1日に書いたことがある。→参照

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Oct 09, 2016

シュザンヌ・ヴァラドン/ネヴィル・マリナー

 横須賀芸術劇場と共に郷里・横須賀が誇るべきハコもの,横須賀美術館へ,「女性を描く――クールベ,ルノワールからマティスまで」展を見に行った。
 行きは京急・馬堀海岸駅から観音崎行きのバス。このバスの行く道には,古いレンガの水道施設があったり,走水神社が見えたりして,変化に富む。海沿いの小さな峠を越えて走水の港を見下ろすあたりは,子供のころと同じようにわくわくする。久しぶりに晴れて,芝生の斜面の上の美術館から見下ろす東京湾がきらめいていた。
 「女性を描く」展は,おもにフランスの美術館からの60点あまりによるもので,じっくり見てもあまり疲れない手頃な規模の展示だった。珍しい題材で印象的だったのは,シュザンヌ・ヴァラドンの「コントラバス奏者」(今回はこういうタイトルになっていたが,「コントラバスを弾く女」とすることが多いと思う)。当時女性のコントラバス奏者はもちろんプロはいなかっただろうし,アマチュアだってどういう人がどういう機会に習って,弾いていたのかと思ってしまう。
Valadon_contrabass
 作品の説明に,作者のシュザンヌが未婚で産んだ息子が長じてモーリス・ユトリロになった,とあった。そういえばそんな話を読んだことがあったが,母の名はまったく記憶になかった。あとで調べたら,シュザンヌはエリック・サティやロートレックと愛し合ったり,後に息子の友人と結婚したり,と波瀾万丈,自由奔放な生涯を送ったとのこと。
 美術館からの帰りは,バスでそのまま京急・横須賀中央駅へ。名店「中央酒場」で遅い昼食とした。

 10月2日,ネヴィル・マリナー死去,91歳。一時名前を聞くことが少なくなっていたが,近年はN響への客演をテレビで見る機会が増えていた(今年6月にも客演の予定だった)。
 ネヴィル・マリナーは,1969年のヴィヴァルディ「四季」のレコードで一躍有名になった。それまで「四季」といえばイ・ムジチ合奏団というイメージを,鮮烈な演奏でひっくり返した。当時だからモダン楽器の範囲内ではあったが,弦楽器の奏法,アクセントの付け方,通奏低音の弾き方など,今の耳にはさほど新しくないことがすべて新鮮に聞こえた。いちばん単純にびっくりしたのは「春」の第2楽章,突然フォルテッシモでヴィオラが奏でる犬の声だった。


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Oct 02, 2016

[祝]日本ハム・豪栄道優勝

 プロ野球パリーグは,28日に日本ハムが優勝を決めた。セリーグは広島の独走だったのに対し,パリーグは日ハムが最大11.5ゲーム差をひっくり返しての21世紀版「メークドラマ」だった。広島と共に,フランチャイズというものを良い形で体現している球団が優勝したのは,プロ野球全体のために喜ばしい。
 最後の競り合いのときは,日ハムの不安要素は「大谷がいないとちょっと危なっかしい」ということだと思っていた。案の定,27日の試合(西武戦)では,大谷の出場は代打1打席のみで,敗れたのに対し,翌28日は大谷が圧巻の15奪三振で完封した(この日は指名打者が出て,大谷は打席には立たず)。
 これからクライマックス・シリーズだが,上記の不安要素はやっぱり残っている。

 大相撲は,今年は3人の三十路大関が交代で活躍している。まず初場所で琴奨菊が初優勝,続いて稀勢の里が3場所続けて次点,そして九月場所では豪栄道がカド番からなんと全勝優勝した。
 このところ,印象としては,大関は最後まで優勝争いに参加することが少なかったが,白鵬の衰えという要素はあるにしても,大関ががんばると場所がおもしろくなる。九月場所ではさらに,平幕の下位のほうの遠藤が最後まで優勝を争った。

 広島の優勝決定翌日の9月11日,前述(→参照)の広島ファンに振る舞い酒をいただいた。

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 朝日新聞夕刊の主要私鉄の各駅を訪ねる連載コラム記事「各駅停話」は,9月20日から京浜急行のシリーズが始まった。本線の終点・浦賀から始まって,10月1日には京急田浦までやってきた。次で横須賀市内の駅は最後になる。

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Sep 06, 2016

台風が東北上陸 西武多摩湖線 チャスラフスカ

 8月後半,台風がいくつも続けて発生した。中でも台風10号は,南の方でさんざん右往左往してから,30日に大船渡付近に上陸した。台風が東北地方の太平洋岸に上陸したのは初めてだと聞いて少し意外な感じがしたが,そうか,今までの台風は,関東に上陸してそのまま陸路を行って東北地方に達していたのか(ほかに,日本海から上陸したことはあった)。台風は上陸すると勢力が弱まるから,今回はこれまでに経験のない事態になったということなのだろう。
 この「初めて」について気象庁は,「観測史上初めて」ではなく,「統計をとりはじめた昭和23年以来初めて」という言い方をしていた。それまでも天気図は作成され,台風の観測も行われていたはずだが,台風の中心の動きをきちんと把握することはできなかったのだろう。また,天気図の要素のかなりの部分は軍事機密とされていたと思われる。
 それで,本来は関係のない話で申しわけないが思い出してしまったのが,夏の高校野球でこれまで東北勢の優勝がないということである。今度はめでたい「初めて」が実現することを祈る。

 これより前の8月22日,台風9号による風雨で,西武多摩湖線の武蔵大和駅―西武遊園地駅間で土砂崩れが発生,国分寺行電車が脱線した。乗客・乗務員に怪我はなかった。武蔵大和駅は同型の巨大戦艦2つの名をつなぎ合わせた駅名ということで,ときどき話題になる。
 西武多摩湖線は国分寺駅から西武遊園地駅までの9.2km,途中駅5つのミニ路線で,西武拝島線との接続駅・萩山から西半分が運休となった。当初,復旧には1か月という話もあったが,約半月で今日9月6日に開通した。

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 1964年の東京オリンピックの女子体操で大活躍したベラ・チャスラフスカ氏が8月30日に死去した。この大会で活躍した外国選手としては,アベベと共にもっとも印象に残った名前である。
 競技は白黒テレビで見ていたから,大会後に発売された『アサヒグラフ』の表紙で,赤いレオタード姿のチャスラフスカのカラー写真を見たときは,その美しさ,鮮やかさに息をのむ思いがした。今より成長が遅い当時の中学3年生の間でも「チャスラフスカの太もも」は話題となり,鮮烈な記憶を残した。

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Aug 26, 2016

オリンピック中のスポーツ紙

 当ブログ開設以来,4回目のオリンピックが終わった。大会2日目から閉会式の前日まで毎日買っていたスポーツ新聞を見ると,大会の初めのころにメダルをとった競泳や重量挙げは早くもかなり前のことになってしまった。
 名場面はたくさんあったが,いちばん印象的だったのは女子レスリングの1日目の3人連続の逆転金メダル(前回参照)。次いで,女子バドミントンのダブルス高橋・松友の金メダル,陸上男子400メートルリレーの銀メダル。

 期間中,スポーツ紙の1面がオリンピック以外の記事になったのは,ひとつはイチローの大リーグ3000本安打の日(9日)で,スポーツ紙だからこれは当然。しかしこれに加えて,14日のトップ記事はSMAP解散のニュースだった。さらに翌日も,たまたま金メダルのニュースがなかったせいもあるが,SMAPだった。ほとんど関心がないから簡単に言ってしまうが,25年もよく続いたものだ。
 ビートルズの例を見るまでもなく,すべてのグループ活動には終わりがある。だから,『バンド臨終図鑑』(2010,河出書房新社)という「専門書」さえ編まれているのである。

 プロ野球は,セリーグ首位広島が2位巨人との天王山に2勝1敗と勝ち越し,9ゲーム差となった。その前の段階で一時4.5ゲーム差まで迫られていたが,その後踏みとどまって,余裕を持って戦えたのが大きい。
 これに対してパリーグは,最大11.5ゲーム差をひっくり返して日本ハムが首位になった。メークドラマになりそうな勢いである(→参照)。

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Jul 29, 2016

選挙のポスター掲示板

 先の参議院議員選挙の投票日が近づいたころ,東京都知事選挙用のポスター掲示板が,参院選用と別に立てられた。参議院の立候補者は東京の場合30人ほどで,大きさとしては都知事選用に十分だったのだが,流用されることはなかった。それはもちろん,国と都という管轄の違いによるのだろうが,物理的にも参院選後都知事選の公示までの少ない日数の中で前のをはがして「受け入れ体制」を整えるのが無理だったということなのだろう。
 なお,その後参院選の掲示板は撤去され,新しく都議会議員の補欠選挙の掲示板が立てられた。こちらは知事選と同日の投票である。
 都知事選には21人が立候補したが,近所の掲示板ではポスターが出ていたのは半分ちょっとの12人だった。ポスターには,有力3候補を含め,政策はほとんどなくて標語のみという人が多く,ポスターを見ても選ぶ手がかりが乏しい。

 1955年以降,殺人事件の件数はほぼ一貫して減り続けている中で,帝銀事件を人数で上回る殺人事件が起こるとは思わなかった。
 ちなみに,やまゆりは神奈川県の花です。――元神奈川県民

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Jul 24, 2016

大橋巨泉の死去

 訃報が先週流れた大橋巨泉は,大学在学中にジャズの解説者・司会者として活動を始めたという。そういえば,最初の妻はジャズ歌手のマーサ三宅だった。
 テレビ番組の司会者として華やかだったのは1960~70年代で,ちょうど我々団塊の世代が十代後半から三十代にさしかかるころだった。特に「11PM」は,高校生・大学生にとって「必修」となった。巨泉が司会する日の麻雀や競馬などは,他の番組がほとんど扱わなかった時代である。高校の時だったが,眼鏡の度を強くしたときにフレームを黒ぶちに替えたら,「お,巨泉だな」とからかわれたりもした。
 巨泉死去を伝えるNHKのニュースの中で,巨泉が司会した「11pm」「クイズダービー」など民放番組のオープニング画面が流れ,さらに「はっぱふみふみ」のCMまで登場したのは,希有の事態だった。

 今日(24日)の「題名のない音楽会」(テレビ朝日系)は,5月に亡くなった富田勲の特集だった。ここでは上記と逆に,NHKの「勝海舟」「きょうの料理」「新日本紀行」などのテーマ音楽が民放で放送された。

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 「ポケモンGO」の配信が22日10時ごろから始まった。昼になる前に職場の人が気づき,すぐにダウンロードしていた。
 夜,池袋の西口公園を通りかかったら,ざっと300人ぐらいがスマホを見ていて,異様な雰囲気だった。近くの居酒屋のオジサンたちの間でも「ここにも酔っ払ったモンスターが出てくるぞ」などと話題になっていた。
 なお,ポケモンは横文字では「Pokémon」とeにアクセントがつく。これがないと英語での普通の発音は「ポウクマン」ということになってしまう,という事情もあるのだろう。

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Jul 16, 2016

永六輔と伊藤ユミ

 永六輔とザ・ピーナッツの伊藤ユミの訃報が同じ日に伝えられた。
 永六輔は,昔から爺さんふうの顔つき・言動だったが,享年83歳と意外と若かった。いろいろな活動をしていた人で,著書も100冊以上あるようだが,印象が強いのは作詞家としての永六輔である。そのリストを見ると,「黒い花びら」「上を向いて歩こう」を初めとして,「帰ろかな」「見上げてごらん夜の星を」「おさななじみ」など,私の少し下の世代までの人だったら誰でも知っている曲ばかりだ。
 ただし,作詞をしていたのは若いときだけで,最大のヒット曲「上を向いて歩こう」も28歳のときのものだった。

 伊藤ユミは,双子の妹の方。姉の伊藤エミは2012年に亡くなっている。ザ・ピーナッツも知っている曲が多いが,印象的なのはまずは「恋のバカンス」,次いで「ウナ・セラ・ディ東京」「恋のフーガ」,あとは映画『モスラ』挿入歌(タイトルは「インファントの娘」というそうだ)。
 初期の「情熱の花」を初めとして「洋楽」の曲を歌うことが多かったが,その中ではテレビの「シャボン玉ホリデー」の最後にいつも歌っていた「スターダスト」が思い出深い。「スターダスト」の作曲者ホーギー・カーマイケルが来日したときに,たまたま「シャボン玉ホリデー」を見てザ・ピーナッツの歌が気に入り,それが縁で「シャボン玉ホリデー」にゲスト出演した,という話を聞いたことがある。
 今回,シングルレコードのリストを見ていたら,「若い季節」があった。NHKテレビの同名連続ドラマの主題歌で,作詞は永六輔である。

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 できたてのヱビスビール(350ml缶)が1年間毎月1ケース,工場から直送される会員になり,6月下旬に第1回が届いた。蒸し暑い中の至福のとき。

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Jun 29, 2016

イギリスのEU離脱

 6月24日昼過ぎ,イギリスの国民投票でEU離脱派が勝利というニュースに驚き,次のエントリーを書こうと思っていたところだったが気勢を削がれて,更新が遅れてしまった。接戦が伝えられていたものの,スコットランド独立の件と同様,最後は反動バネが働いて離脱にはならないと予想していたのだが,考えてみると,特にEU以前を知っている高齢層にとっては離脱が反動でもある。
 イギリスは通貨統合には参加していなかったが,EUの象徴が通貨ユーロである。EUの発足は1993年だが,2002年にユーロの紙幣・硬貨の使用が始まり,EUが誰にも実感される存在となった。2005年暮れに14年ぶりにヨーロッパに行き,オーストリアで初めて「ユーロ体験」をした。前のときに残っていたオーストリア・シリングの紙幣があったので,ユーロに両替できないか銀行で聞いたのだが,中央銀行へ行ってくれという返答だった。
 「理念先行」のヨーロッパ統合だったことが今回の英国離脱を招いた,という論調もあった。その統合の構想の源流はいろいろあるようだが,そのひとつはリヒャルト・クーデンホフ=カレルギー(1984-1972)によるものである。リヒャルトの父はオーストリア=ハンガリー帝国の外交官ハインリヒ,母は青山光子で,リヒャルトも東京生まれである。ミツコは後にヨーロッパでもっとも有名な日本人女性となった。(→参照

 サッカーの欧州選手権EURO2016で,その英国からイングランド,ウェールズ,北アイルランドがベスト16に入り,そのうちウェールズが準々決勝に進んだ。イングランドを破ったのはなんとアイスランド,人口33万人の超小国である。

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