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Oct 16, 2019

天変記2019――台風19号

 東日本大震災以来久しぶりに,自然災害の記録を残しておく。
 超大型の台風19号《ハギビス》による風雨のため,10月12日午後,関東地方のほとんどの鉄道が止まった。デパート,大手コンビニも多くは休業,わが家の近くのスーパーも午後は閉店になった。一度だけ経験したヨーロッパのクリスマスの日のような状態である。
 ラグビーワールドカップのプール戦はこの日の2試合と翌日の1試合が中止になった。
 新国立劇場では,今シーズンの開幕を飾る新制作のオペラ『エウゲニ・オネーギン』の公演(5回のうちの最後の回)が中止になり(私は6日に3回目の公演を見た),東京宝塚劇場では星組公演のマエラク(千秋楽の前日の公演)が中止になった。
 わが家ではつい1週間前に停電を経験しているので(→2つ前のエントリー参照),そのまま食べられる食料を2日分確保し,懐中電灯やラジオの動作を確認した。そのあと,やや高い位置にあった植木鉢を低い所へ避難させて準備は完了。風雨が強まってからの重要な任務は,雨水の排水口を落ち葉がふさいでいないかを確認することだった。

 今回の台風の進路や大きさを言うのに,「狩野川台風以来」という言葉が何度か登場した。狩野川台風は1958年,私の小学生のときで,怖かったということ以外なにも覚えていない。後から知ったところでは,この台風が上陸したのは,私の故郷の三浦半島付近だった。
 数年前,修善寺へ行く予定の前日に台風がやってきたことがあった。修善寺を流れている川は狩野川の支流なので,狩野川台風を思い出して前日には少し心配だった(結果としては問題なく行かれたが)。
 狩野川台風の翌年やってきたのが伊勢湾台風だった。関東地方には狩野川台風ほどの風雨はもたらさなかったが,来襲前後のことを作文に書いたせいもあって,古い家の「雨戸を閉めて心張り棒を交(か)う」風景が記憶に残った。

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Sep 19, 2019

なお続く千葉の停電

 ブログ更新の間隔が空いてしまっている間に,関東地方南部で大規模な停電が発生した。9日未明に台風15号が南からやってきて,三浦半島をかすめて千葉県に上陸,記録的な強さの強風で鉄塔・電柱が倒れるなどして停電が発生し,10日たった今も千葉県では3万軒以上で停電が続いている。
 昨年9月の北海道胆振東部地震では,発電所が停止して一時北海道全体が停電になったが,まる2日ほどでだいたい復旧した。このときは送電設備はほぼ無事だったので,発電所が復旧すれば送電できたが,今回は,送電鉄塔だけでなく電柱が多数倒れ,倒木による架線切れも多く,車が入れなくて被害の状況もつかめないとのこと。
 先週会った友人は,停電地域で一人暮らしをしていた義母をなんとか「救出」したと言っていた。彼が現地の関係者に聞いた話によれば,長距離の送電線は「一本道」なので被害を把握しやすいし,送電幹線にはバイパスも用意されているが,末端の電柱はひとつひとつ調べて手作業で立て直すしかなく,非常に時間と手間がかかるのだという。
 電気がないと,携帯電話の基地局の非常電源がなくなれば電話が通じなくなるし,水道もポンプが動かなくて送水・給水できないことが多い。東日本大震災のとき,東京では電気はほとんど停まらなかったので大きなパニックにはならなかったが,大規模な停電が起きていたらと思うとあらためて恐ろしくなった。

 鉄道各社は,台風が来た9日朝は始発から計画運休を行った。しかし,多くの社では運転開始が予告通りにできず,だいぶ混乱した。
 不通になった路線もあったが,JRの内房線,外房線は13日までに復旧した。しかし,久留里線(木更津―上総亀山)は19日現在全線止まっていて,復旧の見通しは立っていない。小湊鐵道は五井から途中の里見までは18日に復旧したが,その先,終点の上総中野まではバス代行となっている。

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Sep 09, 2019

京急快特の事故

 9月5日(木)の午後,家族から LINE で「お父さん,京急には乗っていませんよね」という連絡が入った。よくふらふらと用事もないのに電車に乗りに行く私を心配してのことだったが,そのとき私はまだ京急の事故のニュースを知らなくて,何のことだろうと思った。長年京急を見つめてきた者としてはまことにつらい事故のことを知ったのは夕方になってから。
 同日昼前,京急の下り快特が,神奈川新町駅のすぐ先の踏切で立ち往生していたトラックに衝突し,電車は前3両が脱線,トラックの運転士が死亡,電車の乗客・運転士など30人以上がけがをした。京急本線は上大岡・京急川崎間が不通となり,上大岡から横浜までは先に開通したが,横浜・京急川崎間は結局約50時間にわたって不通になった。
 念のために注記するが,快特というのは元は快速特急の略で,京急のいちばん速い列車種別である。停車駅は,品川を出ると京急蒲田,京急川崎,横浜で,この区間は高架の直線部分が多く,東海道線に対抗して最高時速120kmでひた走る。事故があった神奈川新町駅は横浜の3駅手前で,検車区がある運転上の拠点駅だが,快特は通過する。

 京急が長く不通になったのは,2012年9月,追浜・京急田浦間のトンネル入り口で崖崩れがあって特急が土砂に乗り上げた事故以来のこと。このときも先頭の3両が脱線し,金沢八景・逸見間の開通に55時間を要した。このときネット上で「がんばれ京急」という復旧応援のメッセージが飛び交ったことは,鉄道ファンの間で語りぐさになっている。
 今回も,駅に掲示された不通のお知らせに「水を飲んで熱中症予防をして,がんばれ」という付箋が貼られ,その写真が Twitter で出回った。

 京急の車両につき,他社にはあまり例がない特徴として「京急は先頭車を重い電動車(モーターのある車両)にしている」ということがときどき話題になる。これにより,衝突などの際に転覆したり跳ね飛ばされたりする危険が少なくなっているという。
 事故の翌日,ニュース番組に出演した川島令三氏(鉄道アナリスト)もこのことを説明していたが,はたして一般の人に伝わったかどうか。
 なお,京急ファンとその「京急愛」については,それを扱った「専門書」がちゃんとある:佐藤良介著 交通新聞社新書『なぜ京急は愛されるのか――“らしさ”が光る運行,車輌,サービス』(交通新聞社)[電子版もあり]

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Jun 10, 2019

税務署はサンマルコ広場

 今年3月,税務署に税金の申告に出かけた。所轄の税務署は民間ビルに仮住まい中で,駅を降りると,「→税務署(所得税申告会場)」という貼り紙が出迎えてくれた。それが5メートルおきにエレベーターまで続き,目的階で降りてからも続いていて,迷うことなく行くことができた。
 しかし,帰りは,駅までの案内を税務署が追加したりはしていないので,曲がり角などがあるたびに,どっちから来たのだったかときょろきょろしてしまった。

 それで思い出したのは,40年前に一度だけ行ったヴェネツィアである。
 ヴェネツィアの街は,他の都市の大通りにあたる大運河がS字状にうねっていて,無数の路地と小さな水路が勝手な方向に向いている。それでも,ヴェネツィアの中心サンマルコ広場まで行くのは簡単で,街の至る所に出ている「→Piazza St.Marco」という黄色の標示をたどっていけばいい。すべての道はサンマルコに通じている。
 しかし,サンマルコ広場から他の場所へ行こうと思うと,それは不可逆の矢印であることに気づかされる。地図と首っ引きで道を探すことになるが,道は微妙に曲がっていて方角の見極めが難しく,しばしば水路に突き当たって行き止まりになっている。――行きはよいよい,帰りはこわい。

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 前回書いた金沢シーサイドラインは,3日後の6月4日に有人運転で運行を始めた。新聞記事によると,同社には運転士の資格を持つ社員が63人いて,そのうち30人ほどが運転にあたるという。こんなにいる「運転士」さん,ふだんは何をしているのだろうと,逆にちょっと心配になった。
 逆走した車両の衝突時の速度はそんなにたいした速度ではなかったのだろうと想像していたが,実際には時速20キロほど出ていたようだ。――すぐれた加速性能。

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Apr 24, 2019

金沢シーサイドライン 京急金沢八景駅に「接続」

 金沢シーサイドラインの新しい金沢文庫駅が完成し,年度末ぎりぎりの3月31日に開業,線路は150メートルほど延長された。これに先立って京急の駅も1月に橋上駅となっていて,橋上の改札口とシーサイドラインは通路で結ばれ,乗換がぐっと近くなった。
 乗りに行ったのは4月2日。周囲にはまだ工事中のところがたくさんあるが,駅前はだいぶすっきりした。
 京急の駅の西口側にも初めて行ってみた。駅の階段はできたが,周囲は工事たけなわだった。かつて真ん前にあった茅葺き屋根の沿線名物「旧円通寺客殿」(旧木村家住宅主屋)は横浜市が買い取って解体・保存してあり,この周辺を公園として整備してその中に再建する予定らしい。

 金沢シーサイドラインの開通は20年ぐらい前だったような気がしていたが,資料を見たら1989年7月で,もうすぐ30年になるのだった。この間ずっと,金沢八景駅は国道16号線の海側にあり,京急の駅までは約200メートル,乗換は地上に降りて信号待ちをして国道を渡る必要があった。当初から,いずれは国道を越えて京急駅に直結する計画だったが,結果としては30年がかりになった。
 ただし,延伸部分は今は単線で,今回は暫定的な開通,複線化は「2019年度中」の予定だとのこと。この間に,旧駅の撤去なども行われる。

◇シーサイドライン新金沢八景駅

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◇旧駅を振り返る

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◇京急西口の階段

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◇工事中でも桜は咲く

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 4月19日,87歳の人が運転する車が暴走し,2人が死亡した。場所はなじみのある東池袋で,しかも運転者は同姓で驚いた。わが家では老人や乳幼児を乗せる用事が前より多くなったこともあって,昨年末「最後の車」を買ったばかりだった。せめて75歳まであと5年半ぐらいは乗りたいと思っていただけに,衝撃は大きい。

 

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Apr 09, 2019

改元と文書作成

 4月1日,官房長官による新元号発表の記者会見が終わった後も,ネット中継は少しの間つながっていて,「いま資料をお渡しします」という声が聞こえてきた。当然,すべての元号候補について,出典等を記した資料を,あらかじめパソコン(上のワープロ)で作成してあり,閣議が終わるとすぐ「令和」の部分を事務方がコピーしたのだろう。
 選定作業の過程でも,資料はすべてワープロで作成されたに違いない。

 平成への改元(1989年)の際は,記者会見は今回と同様の形でテレビ中継されたが,資料作成はどのように行われたのだろう。そのころ,パソコンは PC9800シリーズ,ワープロは一太郎 Ver.3 の時代である。縦書きが可能で第2水準漢字が使えるようになっていたころだと思うので,文書の作成・配布については今回とほぼ同様のことができたはずだ。
 しかし,印字品質はどうだったのだろう。Windows前だから,アウトラインでない24ドットのフォントのみだったのではなかったか。あるいは,ワープロ専用機の方がプリントはきれいだったころだったかもしれない。
 当時ケータイはまだ黎明期だった。インターネットは個人が使える状況にはなく,「パソコン通信」サービスが普及し始めていて,電子メールはその会員同士でのみ使える仕組みだった。

 昭和への改元は1926年で,記者会見などが行われた形跡はない。官報などは活字組版だったが,それ以外の文書は手書きか和文タイプで作られたと思われる。もちろんコピーなどないから,数部ならカーボン紙をはさんで書くかタイプし,それ以上ならガリ版(謄写版)で印刷していたのだろう。
 こうした文書作成の事情は,基本的には1960年代まで同じである。私の年代だと,小学校から高校まで,学校からの配布物はほとんどすべてガリ版だった。60年代後半には街でコピーができるようになったが,最初は1枚80円ぐらい,つまり食堂で昼食が食べられるくらいの値段だった。

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Mar 04, 2019

祝『夕刊フジ』創刊50周年

 2月25日,『夕刊フジ』が創刊50周年を迎え,記念号を発行した。記念の特集は6ページで,第1号の石原慎太郎に始まり,50年間の大ニュースやスクープの1面を27点並べている。
これまでで最大の部数が売れたのは,「麻原逮捕」の日(1995年5月)だという。
 日本初のタブロイド紙だった『夕刊フジ』にライバル『日刊ゲンダイ』が登場するのは,6年半後の1975年10月。この2紙のうち,私はずっと、なんとなく『夕刊フジ』をひいきにしてきた。
 よく買うようになったのは2001年,イチローが大リーグに行ったのがきっかけである。それまでの日本人大リーガーは,野茂など大部分は投手だったので出場は4日以上の間隔があったのに対し,野手のイチローは毎日出て毎日のようにヒットを打つ。大リーグの試合が終わるのは日本時間で朝なので,結果はちょうど夕刊紙で読むことができるのだった。

 当ブログの『夕刊フジ』関係の主な記事:
  ・2007/4/24 夕刊紙の報復
  ・2007/12/17 舞うか,東洋のタクト
  ・2008/10/22 『夕刊フジ』の被写体

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Sep 20, 2018

西日本豪雨 鉄道の復旧 9/20版

 西日本7月豪雨で不通になったJR線の復旧は着実に進んできた。いくつかの資料によって,9月20日現在の状況をまとめておく。

 まず,JR四国。予讃線の卯之町~宇和島が9月13日に開通し,これでJR四国の鉄道はすべて復旧した。

 もっとも大きな被害を受けたJR西日本では,山陽線の柳井~下松,八本松~瀬野が9月9日に開通した。残っている三原~白市も9月30日開通の予定で,これで大幹線が甦る。岩徳線も9月22日に周防高森~徳山が開通して,全線復旧となる。
 呉線は9月9日に呉~坂が開通し,これで西半分の広から呉・海田市(かいたいち)を経て広島までがつながった。安芸川尻~広が10月,安浦~安芸川尻が11月中,残る三原~安浦は1月開通の予定。
 福塩線は,吉舎(きさ)~塩町で10月4日から,上下~吉舎で10月18日から「部分運転を実施」するという。部分運転というのは耳慣れない用語だが,区間は明示されているので,本数を減らして一部の列車を運転するという意味だろうか。残る府中~上下は「2019年1月~3月中」の予定。
 被害がもっとも大きかったのは芸備線。10月4日から備後庄原~三次で同じく「部分運転」を実施,備後落合~備後庄原は来年1月~3月中開通とされている。しかし残る三次~狩留家(かるが)は,鉄橋の流出などもあり,再開には「少なくとも1年以上」かかるという。7月末には備後落合~狩留家間はまとめて「運転再開まで長期間」となっていたので,これでも区間ごとに見通しが少しはっきりしたことになる。

 JR東海の高山線は,富山寄りの坂上~猪谷が不通で,開通は11月下旬を見込んでいるとのこと。特急「ワイドビューひだ」は飛騨古川止まりになっている。

 次はJR九州。原田線の桂川(けいせん)~原田(はるだ)が「運転再開には期間を要する見込みです」という状態が続いている。JR九州では,このほかに,豊肥本線肥後大津~阿蘇が2016年の熊本地震により,日田彦山線添田~夜明が2017年の九州北部豪雨による被害を受けて,同じく運転再開の予定が立っていない。異なる天災による被害が3年にわたって累積してしまった。
 このほか,九州では,平成筑豊鉄道田川線の崎山~田川伊田が不通になっていて,開通は10月中が目標となっている。

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 昔,眼鏡屋の人に聞いた話――眼鏡のレンズをシリコン布やティッシュペーパーなどで拭く人が多いが,汚れにはときどき硬い成分があり,それをこすりつけてレンズに傷をつける結果になることがある。眼鏡は,じゃぶじゃぶ水洗いするのがいちばんよい。
 でも,眼鏡のレンズって,手で触るわけではないのに,なんでしょっちゅう汚れるんですかね。

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Sep 19, 2018

ラッキョウの地位

 日本的なカレーの付け合わせとして,不動の定番の地位にあるのは福神漬けである。福神漬けにはとてもかなわないがそれに次ぐ存在は,ラッキョウの甘酢漬けだと思う。店により,大きさも甘さ・酸っぱさも微妙に違うのがおもしろい。しばしば,大きめのラッキョウを挟むのが難しい小さなトングがついていて,せめて5つは取ってやるぞと意地を張ってみたりする。
 ところが,自由に取れる付け合わせのラインナップからラッキョウをはずすカレー店が,ここ10年ほど,多くなったような気がする。若者の間で人気が落ちたのか,あるいは経費が上がったのか。有料のオプションにした店もある。有料だと,店としてはさすがにあまり少量にするわけにもいかないから,ある程度以上の量があって,愛好者としてはこれはこれでありがたい。
 7月にちょっと紹介した神保町の「いずみカリー」(住所は西神田 →参照)でもラッキョウは有料である。あるときこの店で,入り口脇の立て看板に「ラッキョウ50円」と書いてあるのに,店内の食券自販機では80円になっているのに気づいたので,「看板に偽りあり」というのはまずいと店員さんに言っておいた。最近通りかかったら,前の看板は見当たらず,代わりに神田カレーグランプリの看板が出ていた。カレーグランプリが終わった後,元と同じにならなければいいが。

 8場所休場明けで出場した横綱・稀勢の里は,10日目に勝ち越しを決めた。横綱だから勝ち越しなど当たり前過ぎて気にするようなことではないはずだが,中継の画面からはほっとしたような雰囲気が伝わってきた。
 今場所,横綱白鵬,鶴竜,稀勢の里の3人が5日目までそろって白星を重ねた。これは1989年3月場所以来だという。つまり,平成の初めと終わりに起きた出来事ということになる。29年半前の横綱は千代の富士,北勝海,大乃国で,11日目まで3人全勝だったとのこと。
 先場所優勝の御嶽海は10日目までで4敗,大関取りは苦しくなった。栃ノ心も4敗で,カド番脱出への戦いが続く。

 関西空港連絡橋は,鉄道が予定より早く,18日に復旧した。めでたい。
 しかし道路については,18日の報道では,橋桁2本を建造してかけ直すため,完全復旧は来年の大型連休前になるという。

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Sep 12, 2018

台風21号と北海道胆振東部地震

 先週は,「天変」と「地異」に相次いで襲われた。こんな大災害でもどんどん記憶が薄れていくから,こうしてメモしておけば少しは思い出す手がかりになる(かもしれない)。
 まず,9月4日,関西を台風21号が直撃,尋常でない強風が吹き荒れた。そのあと関西空港の件が起きたのでその前のことは忘れてしまいそうになっているが,泉南市だったか,なぎ倒された電柱の写真は衝撃的だった。トラックが衝突しても倒れそうもない電柱が,軒並み9本,同じ方向に倒れていた。
 同じ日,関西空港が高潮で冠水して使用不能になり,さらに連絡橋がタンカーの衝突で破損して通行できなくなって,文字通りの孤島になった。かつてヴェネツィアが高潮で水浸しになったのを思い出す。

 

 そして台風のニュースを吹き飛ばすように,6日未明,北海道で大地震が起きた。北海道では,十勝沖,奥尻島など,海の方で何度か大地震が起きているが,札幌など北海道中央部はあまり地震のイメージはなかった。
 こちらで衝撃的だったのは,厚真町の山崩れの写真。何十もの山がすべて同じ方向に崩れて,半分土を露出させていた。
 最大の火力発電所が止まって,北海道はほぼ全体が停電した。ひとつ止まると需給のアンバランスが生じて周波数が安定しなくなり,他の発電所も自らを守るために停止するのだという。かつて電力会社の人に,電気は使用量が増えるとリアルタイムで増産するという話を聞いたことを思い出す。

 

 7月豪雨で大きな被害のあったJR西日本は,姫新線,因美線などが運転を再開し,呉線も一部運転を始めた。JR四国は残っていた予讃線の卯之町駅~宇和島駅間が,明日13日運転再開だという。めでたい。
 なお,関西空港連絡橋は,鉄道線路は9月中に復旧。道路は片側のみで対面通行をしていて,もう片方の復旧の見通しは立っていないとのこと。

 

 

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