映画・テレビ

Apr 27, 2017

イヤホン通話に立ちふさがる警察署前

 少し前まで「自撮り棒」は,外国人がよく使うものというイメージがあったように思う。中国・韓国などからの観光客が使っているのが目立ったせいかもしれない。今は量販店にはかなり大きな自撮り棒売り場がある。
 これに対して,今でも外国人の使用率が高いと思うのは,携帯電話でハンズフリーで通話するシステムである。携帯電話以降,電話をしながら町を歩くのは珍しいことではなくなったが,電話を耳にあてずにイヤホンで話をしている人を見ると,昔,路上などで一人でしゃべるのが異様な光景だったことを,一瞬思い出してしまう。(→参照

 エレベーターで,日本人はドアが自然に閉まるのを待たずに「閉じる」ボタンを押す人の比率が高いという。逆に(というのも変だが),2つのフロアの間を往復しているエレベーターなどの場合,乗ってもだれも行き先階のボタンを押さず,出発しないで不思議な静寂が訪れるということがたまにある。
 よく利用する某駅に,階段もエスカレーターもなくてエレベーターしかない出入口がある。しかも地上に出たところがビルの構造に余裕がなくて,乗る人が待っているスペースがほとんどない。そこで普通の人はビルのすぐ外の脇で待つわけだが,時々,出口の正面に立ちふさがって待つ人がいる。そうすると中の人が出るのが遅くなって,結局自分が乗るのが遅くなるということは子供でもわかると思うのだが。

 テレビのニュースで,「逮捕された容疑者がいる○○警察署の前」から中継があったりする。ほかにネタになる映像がなくてテレビ局は苦労しているのだろうが,ニュース映像としての意味はほとんどない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jul 24, 2016

大橋巨泉の死去

 訃報が先週流れた大橋巨泉は,大学在学中にジャズの解説者・司会者として活動を始めたという。そういえば,最初の妻はジャズ歌手のマーサ三宅だった。
 テレビ番組の司会者として華やかだったのは1960~70年代で,ちょうど我々団塊の世代が十代後半から三十代にさしかかるころだった。特に「11PM」は,高校生・大学生にとって「必修」となった。巨泉が司会する日の麻雀や競馬などは,他の番組がほとんど扱わなかった時代である。高校の時だったが,眼鏡の度を強くしたときにフレームを黒ぶちに替えたら,「お,巨泉だな」とからかわれたりもした。
 巨泉死去を伝えるNHKのニュースの中で,巨泉が司会した「11pm」「クイズダービー」など民放番組のオープニング画面が流れ,さらに「はっぱふみふみ」のCMまで登場したのは,希有の事態だった。

 今日(24日)の「題名のない音楽会」(テレビ朝日系)は,5月に亡くなった富田勲の特集だった。ここでは上記と逆に,NHKの「勝海舟」「きょうの料理」「新日本紀行」などのテーマ音楽が民放で放送された。

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 「ポケモンGO」の配信が22日10時ごろから始まった。昼になる前に職場の人が気づき,すぐにダウンロードしていた。
 夜,池袋の西口公園を通りかかったら,ざっと300人ぐらいがスマホを見ていて,異様な雰囲気だった。近くの居酒屋のオジサンたちの間でも「ここにも酔っ払ったモンスターが出てくるぞ」などと話題になっていた。
 なお,ポケモンは横文字では「Pokémon」とeにアクセントがつく。これがないと英語での普通の発音は「ポウクマン」ということになってしまう,という事情もあるのだろう。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Jul 16, 2016

永六輔と伊藤ユミ

 永六輔とザ・ピーナッツの伊藤ユミの訃報が同じ日に伝えられた。
 永六輔は,昔から爺さんふうの顔つき・言動だったが,享年83歳と意外と若かった。いろいろな活動をしていた人で,著書も100冊以上あるようだが,印象が強いのは作詞家としての永六輔である。そのリストを見ると,「黒い花びら」「上を向いて歩こう」を初めとして,「帰ろかな」「見上げてごらん夜の星を」「おさななじみ」など,私の少し下の世代までの人だったら誰でも知っている曲ばかりだ。
 ただし,作詞をしていたのは若いときだけで,最大のヒット曲「上を向いて歩こう」も28歳のときのものだった。

 伊藤ユミは,双子の妹の方。姉の伊藤エミは2012年に亡くなっている。ザ・ピーナッツも知っている曲が多いが,印象的なのはまずは「恋のバカンス」,次いで「ウナ・セラ・ディ東京」「恋のフーガ」,あとは映画『モスラ』挿入歌(タイトルは「インファントの娘」というそうだ)。
 初期の「情熱の花」を初めとして「洋楽」の曲を歌うことが多かったが,その中ではテレビの「シャボン玉ホリデー」の最後にいつも歌っていた「スターダスト」が思い出深い。「スターダスト」の作曲者ホーギー・カーマイケルが来日したときに,たまたま「シャボン玉ホリデー」を見てザ・ピーナッツの歌が気に入り,それが縁で「シャボン玉ホリデー」にゲスト出演した,という話を聞いたことがある。
 今回,シングルレコードのリストを見ていたら,「若い季節」があった。NHKテレビの同名連続ドラマの主題歌で,作詞は永六輔である。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 できたてのヱビスビール(350ml缶)が1年間毎月1ケース,工場から直送される会員になり,6月下旬に第1回が届いた。蒸し暑い中の至福のとき。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Apr 15, 2016

切れ目なく,よどみなく――震度7の地震のニュース

 今日は予定(たいした予定があるわけではないが)を変更して,昨夜の地震の件――

 昨14日夜,なんとなくニュースをつけていたNHKテレビで,普通のニュース速報と違うチャイムの音がした。見ると緊急地震速報で,窓画面に九州の各県の名前が並んでいる。3秒としないうちに,鈴木奈穂子アナウンサーがニュースを中断して緊急時の放送を始めた。「緊急地震速報が出ました。強い揺れに警戒してください。地域は…県,…県,…です。該当地域の皆さんは,すぐに安全を確保してください。あわてて外に出ないでください。……」といった具合で,この原稿が自動的に表示されるようになっているのだろうが,それを読む鈴木さんは落ち着いていた。
 それが1回終わるか終わらないうちに,地震発生のニュース画面になった。鈴木さんが各地の震度を言うのとほぼ同時に,九州の地図に震度が表示されていく。そしてついに,さすがにひときわ緊張した声で「震度7が観測されました。熊本県益城町(ましきまち)です」。すかさず,「震源が海底の場合,津波の恐れがあります。…」という注意が挟まれる。NHK熊本放送局の屋上カメラや局内のカメラの地震発生時の映像も,すぐに登場した。
 間もなく震源地を示す×印が地図上に表れ,陸上の深さ10kmと浅いところであることが判明,「この地震による津波の心配はありません」ということになった。一段落して現地の記者など他の人が画面でしゃべるまで10分ぐらいだっただろうか,この間鈴木さんはまったく切れ目なく,よどみなく,「初見」の原稿で立派にニュースを伝え続けた。通常だとこの時間のニュースは9時から10時までだが,後の番組が全部中止になったので,鈴木さんの出番は10時を過ぎても続いた。

 この地震が今までの大地震と違っていたのは,余震の規模が大きく,回数が多かったことである。ニュースの間に,何度も何度もニュース速報が入った。さっきのだろうと思ってよく見ると新しい余震だったりした。翌朝にもかなりの規模の余震が何回かあった。

    [参照] 緊急地震速報を初体験(2008/6)

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Apr 20, 2014

『イーゴリ公』と『ウェルテル』

 メト・ライブビューイングの『イーゴリ公』『ウェルテル』を2週続けて見た。
 『イーゴリ公』(井伊呉利公って書くとちょっと殿様みたい?)は,事前に一面に赤いポピーの咲く野原の場面が特に宣伝されていた。それは確かに美しい舞台だったが,幻想の場面に置き換えたにしてはなんだか幻想的ではなく,全体から浮いた感じだった。歌は立派。
 『イーゴリ公』の上演はメトではほぼ100年ぶりだという。日本では少なくとも2回,ボリショイ劇場とマリーンスキー劇場によって上演されている。
 この物語,ロシアが他民族に侵攻して失敗する話である。イーゴリ公が出陣して行方不明になったあと,義弟のガーリツキイを擁立すべく「民衆を集めて新しい公を選ぼう」という場面があり,住民投票を経てロシア編入という最近の動きを思い起こさせずにはいられなかった。ちなみに,ヤロスラーヴナ役はウクライナ人だった。

 『ウェルテル』は,歌はさらにすばらしく,舞台も美しく機能的で,今までのメトのシリーズでも屈指の好演だった。特にタイトル・ロールのヨナス・カウフマンはフランス語も自然。(昔,正月のテレビのスター隠し芸大会でフランス語劇があったとき,英語劇に比べて著しく水準が低かったのを思い出してしまった。)
 幕間のインタビューで指揮者が,オーケストラの特徴としてサクソフォンの使用を挙げていた。前に同じメトのライブで,トマの『ハムレット』でもサクソフォンが活躍していた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 少し前のことだが,当ブログに毎週30~40ぐらいやってくるスパム・コメントを削除するときに,間違えてスパムでないコメントを,たぶん2つぐらい削除してしまった。コメントをお送りいただいた方,申しわけありません。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Nov 21, 2013

ケネディ大統領暗殺から50年

 今年11月22日は,ケネディ大統領暗殺から50年の日である。その日,海外から初めてのテレビ生中継で事件が伝えられたために,衝撃は倍加し,忘れられない日となった。
 それまで,いや,その後もしばらくは,海外のニュースは「電送写真」と音声でまず伝えられ,飛行機で運ばれたフィルムで(重要ニュースの場合は)2日後ぐらいに動画が放送されるというのが通常だった。その前年の「キューバ危機」のときも,音声と字幕で伝えられる“あわや核戦争”というニュースを,ふだん世界情勢にあまり興味のない中学生といえどもさすがに,固唾をのんで見た。

 以下,当ブログで2008年11月(オバマ大統領選出のとき)に書いたもの(→参照)を再掲する。
 "I have a dream" と同じ年1963年の11月22日(日本時間では23日朝),初めて米国からテレビ映像の衛星生中継実験が行われることとなっていた。中学生だった私は,早起きしてテレビ(モノクロ!)をつけた。米国側の衛星中継基地のパラボラアンテナの映像が映っていて,ああ,ずいぶん鮮明に見えるんだなと思った。
 予定ではたしか,大統領のメッセージが送られてくることになっていた。しかし,アナウンサーが妙に押し殺したような調子でなにか言っている。初めての生中継で飛び込んできたのは,よりによってケネディ大統領暗殺のニュースだったのである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jul 11, 2013

ポケットに物を入れない

 あっけなく梅雨明けを迎えた猛暑の中を,冬物のスーツをクリーニング屋へ運んだ。夏の年中行事である。
 常に背広にネクタイでないといけないという仕事ではないので,若いころはスーツは2,3着で間に合わせていた。しかし,ある時期から,スーツの方が「簡単」だと思うようになって,一時は毎年のようにスーツを作っていた。簡単というのは,スーツなら上を決めれば下が決まるので着るときに組み合わせを考える要素が少ないということと,突然お客さんが来てもお通夜に行くことになっても問題ない,といったことに加えて,服の中に含んでいる空気が多いせいか,暑くても寒くてもけっこう幅広く対応できるということがある。
 作ることについても,いつも同じ店で作っていれば,サイズが登録してあるからオーダーは微調整だけですむ。
 スーツの値段にピンからキリまであるのは昔も今も変わらないが,私の作るスーツの値段は長年あまり変わっていない(むしろ勤め始めて最初の冬に作ったのがいちばん高かった)。値段は変わらなくても、質は良くなっているような気がする。

 たいして高級でないスーツを長持ちさせるために実行していることが2つある。ひとつは上記の定期的なクリーニング,もうひとつはポケットに物を入れないということである。背広型の上着にはポケットがたくさんあって,その気になればかなりの量の物が入るが,入れるのは紙切れ(レシートなど)のみにしている。
 その代わり,財布や定期券を入れるバッグが常に必要になる。通勤用の肩掛けかばんのほかに,私は昼休み用の小さい布のバッグを用意し,ケータイはベルトに取り付けている。

 ところで,テレビの街歩き番組で,タレント等が商店や飲食店を訪ねるとき,手ぶら,つまりバッグ等を何も持っていないことが多いのにはいつも不自然さを感じてしまう。大人の,特に女性が何も持たずに街を歩くのは,普通ではない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 25, 2013

メト・ライブビューイング『ジュリオ・チェーザレ』

 メト・ライブビューイング(「原題」は Live in HD という)の今シーズン最後の演目,ヘンデルの『ジュリオ・チェーザレ』(「主催者側発表」は『ジュリアス・シーザー』)を東劇で見た。客もまあまあの入り。正味229分の長い上演だが,無類のおもしろさだった。
 主要な7人の役のうち,カウンター・テナーが3人,ズボン役が1人なので,倒錯組が多数派。一応タイトルロールのカエサルもカウンター・テナーで,声はあまり勇壮ではない。そんな中で,少数派のひとりクレオパトラのナタリー・デセイが踊りまくるのが最大の特徴だった。最初グラインドボーンで上演されたプロダクションだという。

 前に書いたことがあるが,この曲,1980年のベルリン州立歌劇場(当時は東ベルリン)の来日公演で見たことがある。そのときの曲目は『魔笛』『セヴィリアの理髪師』と『ジュリオ・チェーザレ』(当時の表記も『ジュリアス・シーザー』)で,予想に反して,この伏兵ジュリオがいちばん良かった。テオ・アダム,カサピエトラ,フォーゲル,ロレンツという東独のベスト・メンバーと指揮(!)のシュライヤーによる上演は,かなり大胆な演出(クレオパトラが半裸でシーザーを誘惑したりする)とあいまって,長丁場を飽きさせなかった。それ以来,生の舞台には接していない
 今年になって,メトと同じくナタリー・デセイがクレオパトラを歌ったパリ(ガルニエ)での上演のDVDを買った。こちらは,白い衣装をはだけて,透明度80%のぴったりした薄いシャツ(?)のみの身体をあらわにする。これに比べると,今回のメトでは外見は控えめだったが,歌はより充実していた。
 メト・ライブビューイングでは,これまでに『オルフェオとエウリディーチェ』(グルック),『ロデリンダ』(ヘンデル),『魔法の島』(ラモーほかの音楽)といったバロックのオペラを見た。新しい扉が開いて,老後の楽しみが増えた。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

May 01, 2013

映画『舟を編む』――連休短信(1)

 三浦しをん『舟を編む』が出たときは,辞典の編集という地味な仕事をテーマにした小説というのがありうるのかと驚いたが,それが映画になると聞いてもっと驚いた。どんな具合になるのかなと,連休初日の夜遅い回の上映を見にいった。日本映画を封切りすぐに見るのは何年ぶりだろう。少なくともシニア料金になってからは初めてである。
 とてもうまくできていた。今の映画でどういう細かい工夫をするのが標準なのかよくわからないが,ほんの短いシーンにもかなりの手間がかかっている様子だった。主人公・馬締(まじめ)の恋文に香具矢(かぐや)が応えるシーンは,原作ではかなり幻想的だが,やむをえないことだろうが映画ではまったく現実的だった。途中で,原作通り突然13年後になるのだが,みなあまり年をとらない。
 八千草薫がかわいいおばあさんになっていた。八千草薫は,高校のころテレビで見て名前を覚えた。後から考えると,そのときすでに三十ぐらいになっていたはずだが,回想シーンでは女子高生の役も演じていて,それが美しく,かわいかった。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Jan 20, 2013

メト・ライブビューイング 『ティトゥス』と『仮面舞踏会』

 前回触れたメト・ライブビューイングだが,今シーズン(2012/11-2013/5)は12月のトーマス・アデス作曲の現代オペラ『テンペスト』の後,1月の『皇帝ティトゥスの慈悲』と『仮面舞踏会』を続けて見た。
 『ティトゥス』(主催者は「ティト」とイタリア語表記)はモーツァルト最晩年の曲だが,生で見たことはない。そういえば,メトの昔のレーザーディスクを持っていたと思うが,1回見たかどうか。『魔笛』よりケッヘル番号が1つ後になっているが,実際には『ティトゥス』の方が早く完成・初演されたという。
 ジャン=ピエール・ポネル演出,ということは四半世紀以上昔の演出による格調高い舞台で,歌手もそろって好演。中でも,アンニオ役のケイト・リンジーが歌も姿も美しく,見事なズボン役だった。モーツァルトの音楽は,喜劇のような生気に乏しいがきわめて美しく,退屈しなかった。最後の方にバセットホルンのオブリガート付きの大アリアがあり,終了後の字幕ではバセットホルン奏者の名もクレジットされていた。
 ところで,ティトゥス帝というのは,ポンペイが埋まったヴェスヴィオ山の大噴火のときの皇帝なんですね。在位わずか2年で(公式には)病死。大震災のときの某首相は在任1年だったけれど。

 翌週は『仮面舞踏会』。今までにこの曲を生で見たのは3回で,ヴェルディの中期以降の作品の中ではもっとも少ない。ほとんどメロディーがない『ファルスタッフ』などより上演頻度がずっと低いのは残念なことである。
 今回は新演出で,ボストン版ではなくスウェーデン版ではあるが,史実より1世紀以上後の時代にしてある。特に前半では,合唱がよく動く舞台で非現実的なおもしろさがある。歌手は,みな声に文句はないが,見た目は『ティトゥス』に大きく劣る。アメリアはまったくのおばさんだし,小姓オスカル(ソプラノのズボン役)はずんぐりしていてとても若い男には見えない。
 あらためてすぐれた音楽だと思ったが,敵対勢力がいるのに国王がのんきにしていたり,女占い師の館に民衆がどやどややってきたりという具合で,話の展開はあちこちで間が抜けている。
(次は,来週の『トロイアの人々』に行く予定。なんと6時間)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧