音楽

Nov 09, 2017

「真白き富士の根」と「高校三年生」――悲しくない短調 再び

 前に,昔の日本の歌には「悲しくない短調」の曲がけっこうある,という話を書いたことがある(→参照)。
 そのとき挙げなかった例として,「船頭さん」(村の渡しの船頭さんは…)と「森の小人」(森の木陰でどんじゃらほい…)のことをちょっと調べてみたら,この2曲は,ともに開戦の年1941年の曲で,歌詞の軍国的な部分を戦後改変したという共通点があるとのこと。私の子供のころにはみな知っている歌になっていたのは,NHKラジオの「うたのおばさん」などを通じて広まったからだと思う。(今だったら「おばさん」などというタイトルはつけないでしょうね。)
 「船頭さん」の作曲者は河村光陽という人で,この人は「うれしいひなまつり」「仲良し小道」「りんごのひとりごと」といった悲しくない短調の曲を残している。

 短調と長調ということでおもしろいのは,「真白き富士の根」(七里ヶ浜の哀歌)である。1910年1月に逗子開成中学の生徒ら12人が乗ったボートが鎌倉・七里ヶ浜沖で転覆して全員死亡した事件があり,その追悼会で,鎌倉女学校(現鎌倉女学院 逗子開成と創立者が同じ「姉妹校」だった)の生徒たちによって“初演”された。原曲はアメリカの賛美歌で,鎌倉女学校の教諭だった三角錫子が詞をつけたものである。この曲,たしかに楽しげな曲ではないが,長調だし,哀歌という感じではない。しかし,『日本唱歌集』(岩波文庫)の解説ほかによると,後に演歌師などが短調で歌って全国に広まったという。
 逗子開成も鎌倉女学院もほぼ地元なので,この事件のことは私は中学のころぐらいから知っていたが,後に聞いたところでは,この事件は,生徒たちが勝手にボートを持ち出して強風の吹く冬の海に漕ぎだして起きたという。とすれば,この歌がなかったら世の人の涙を誘うようなことにはならなかった可能性が高い。

 「青い山脈」の系譜に属する「悲しくない短調」としては,「高校三年生」(1963)が思い出深い。サビの「ああ」は女声コーラスをバックに2小節延ばされ,8分音符のキザミと共に盛り上がる。レコードのジャケットの舟木一夫は学生服姿だった。
 その後も,たとえば1975年の「我が良き友よ」(吉田拓郎)も,短調で青春を歌っている。しかし,歌詞の内容は「青い山脈」などより上の年代であり,かつてのような青春賛歌とは趣を異にしている。
 いま,明るい短調の曲は書かれているのだろうか。

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Oct 20, 2017

3拍子に変身

 三菱東京UFJ銀行の支店内のATMコーナーで,あまり音のよくないスピーカーから軽やかなワルツ風の曲が聞こえてきた。3/4拍子で階名で書くと以下のような具合:
 ソーー|ーファミ|レーー|ーミレ|ドーー|ーレミ|/ソー/ラ|/ソーー(中略)
 レ・8レレ|レドレ|ミーファ|ソーー|レーミ|ファーー|ミーレ|ドーー
   ◇カタカナと「ー」(長音)は1字が4分音符1つ分
      (「ファ」も1字扱い)
   ◇「/ソ」は(ドより)下のソ
   ◇「|」は小節線
   ◇「レ・」は付点4分音符のレ
   ◇「8レ」は8分音符のレ
 よく知っている曲なのに,曲名が出てこない。やはり,年のせいか。でも,ワルツの途中を聞いて曲名を答えるのはけっこう難しいんだよな。しかも,聞こえてくるのは上記の部分ばかりでイントロ部分などはない。
 銀行を出てしばらくして,ようやく気づいた。ワルツではない。シューベルトの「軍隊行進曲」の1曲目(ニ長調)を3拍子にしたものだった。この編曲,いくつかの支店で流れていたから,銀行がオリジナルで制作したものかもしれない。元がシューベルトだし,ウィンナ・ワルツより古風なしゃれたワルツに仕立てることもできそうだ。

 4拍子・2拍子から3拍子への編曲というと,唯一思いつくのは,パチンコ屋などの閉店のときの「蛍の光」である。ジンタの伝統によるのか,あれは昔から3拍子だ。
 逆に3拍子から2拍子系への編曲で有名なのは,バッハ『アンナ・マグダレーナの音楽帖』の中の「メヌエット ト長調」を原曲とする「A Lover's Concerto」である。(ただし,この曲は今ではバッハの曲ではないとされている。)[他の例は →参照

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Aug 08, 2017

ラヴェルのピアノ協奏曲を演奏――母校の記念コンサート(下)

承前
 ラヴェルのピアノ協奏曲は,今回の「両手」ト長調と「左手のための」の2曲。このうち,「左手」は40年以上昔にコーラングレ(イングリッシュ・ホルン)を吹いたことがある。「両手」の方のコーラングレもいつか吹いてみたいと思っていたが,アマチュア・オケが滅多に演奏しない曲であり,吹く機会はないだろうと思っていた。その機会が今回突然訪れ,急いで応募した(ほかにベートーヴェンの協奏曲の第2オーボエを担当した)。
 「両手」のオケは少々変わった編成で,ピッコロ/フルート,オーボエ/コーラングレ,Es管クラリネット/(普通の)クラリネットがそれぞれ「専任」(持ち替えなし)で各1,ファゴット2,ホルン2,トランペット1,トロンボーン1,ハープ,ティンパニ&打楽器,弦5部。練習では常にどこかのパートが欠けている状態で,本番前日のゲネプロでようやくメンバーが揃った。
 この曲,第2楽章のテーマ(アダージョ・アッサイ,3/4拍子)は,最初はピアノのソロで演奏されるが,後半で再現する際にはコーラングレが旋律を吹く。楽章全部で108小節のうち,このソロは33小節,つまり30%を占め,演奏時間は2分半以上で,ほとんど『トリスタンとイゾルデ』第3幕の無伴奏のソロに匹敵する長さである。コーラングレのソロというと「新世界より」の第2楽章がもっとも有名だが,これとて3回合わせて正味1分半ちょっとである。
 ただ,この曲が新世界やトリスタンと違うのは,終始ピアノの華麗な装飾句に彩られていることである。幸か不幸か,普通の聴衆はもっぱらピアノを聴いていて,テーマを演奏する楽器のことはほとんど気にしていない。
 ソリストのS君は27歳,高校を出たあとすぐフランスへ留学し,今回は本番1週間前に帰国した。ちょうど10年前,S君が高校2年のときに,同じく高校の関係者によるオーケストラでベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番を演奏したことがある。そのときも素晴らしかった(→参照)が,今回はもちろんさらに輝きを増し,激しいリズムの部分からシンプルな歌まで,余裕たっぷりにラヴェルの多様な世界を見せてくれた。
 協奏曲の演奏のとき,ソロにあまり聴き惚れていると,自分が出損なったりトチったりすることがある(長い間にはいろいろなことがあった…)。今回の本番では,心を鬼にして(?)冷静に聞くように努めた。そして,第2楽章。間にまったく休符のない2分半のソロは,スタミナ切れにならずになんとか「完奏」することができた。

 急いで付け加えるが,もう1曲のベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番も名演だった。こちらは「メサイア」以外の指揮をしたN君の弾き振りである。N君はS君より4学年上で,ピアニストとしての実績を着実に積んでいる。オーケストラの大部分のメンバーは弾き振りが初めてだったようで,練習のときは途中で破綻することもあったが,本番はピアノも聞きやすく,コンサートマスターもよく見えたので,なんとかきちんとした演奏になった。
 「ソリストが弾きたい曲を全部並べ」た(プログラムより)ごたまぜコンサートではあったが,お客さんにも楽しんでもらえたのではないかと思う。母校からは,音楽以外の芸術・文芸分野にも多様な人材が送り出されているが,音楽家の層が厚くなっていることにあらためて感慨を覚えた。

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Feb 21, 2017

誕生の日に壮大なレクィエム

 わが家の大きな出来事2つ,思いがけず同じ日に重なった。ひとつは,同居人が合唱のメンバーとして出演するヴェルディ「レクィエム」の演奏会で,これはもちろん前から予定が決まっていたのだが,その本番が始まる8時間前に,初孫が誕生したのである。誕生の日にレクィエムというのも取り合わせが悪いが,予定日は2週間後だったので,まさかこの日になるとは(前日まで)思っていなかった。
 午前中,無事生まれたという知らせが,誕生からわずか36分後にスマホに届いた。ちゃんと写真付きで,まったく便利な世の中になったものだ。やや小さめの元気な女の子で,助産師さんが撮ってくれた両親と3人の写真もあった。

 夜のヴェルディ「レクィエム」の演奏会は,東京某区の主催で,公募したメンバーによる合唱団が歌うというもの。去年の6月ごろ募集があり,同居人は今年3月末で定年退職なので,自分で退職を記念して,長年のあこがれだったこの曲を歌いたくて応募した。定員250名のところ,数日で270名に達して締め切りになったという。
 オーケストラは東京フィルハーモニー,指揮は昨秋29歳(!)で東フィルの首席指揮者になったアンドレア・バッティストーニ,ソリストは安藤赴美子,山下牧子(つい10日前に新国立劇場で蝶々夫人・スズキを歌ったコンビ),村上敏明(予定の人がインフルエンザになって代役。当日のゲネプロから参加),妻屋秀和という一流メンバー。
 バッティストーニは,見た目はずんぐりしていて熊みたいな感じだが,指揮は切れがよくて,かつ遅いテンポのところも味があって,大いに堪能した。現場感覚にもすぐれているようで,「ディエス・イレ」でトランペットの別働隊が客席で吹くところでは,トランペットのために左手をわずかに早いタイミングで振って遅れないようにしていた。すでにバイエルン,スカラ座,ベルリン・ドイツオペラなどでも振っているそうで,オペラをよく演奏している東フィルとしてはいい人をつかまえたものだ(秋には演奏会形式の『オテロ』がある)。
 最後の音が消えたあと,指揮者がゆっくりと手を降ろし,なおしばらく祈りを捧げて,感動的な長い静寂は40秒(たぶん)に及んだ。それからようやく拍手が急速なクレッシェンドでわき起こった。アッバード=ベルリン・フィルの『トリスタン』(2000年,東京文化会館)の約15秒を大きく上回る最長静寂記録である。
 合唱は,まったくの寄せ集めで経験もばらばら,平均年齢はかなり高く,男声が少なくて(本番ではトラが入っていた),合唱指揮者は大変だっただろうと思う。バッティストーニ氏は,終演後,合唱団の前であいさつし,来年の(合唱付きの曲の)予定を熱く語ったという。

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Feb 17, 2017

南へ西へ,お得きっぷで

 京浜急行の「みさきまぐろきっぷ」,京王電鉄の「高尾山きっぷ」は,共に行き止まりの終点まで行く往復乗車券とその先の交通機関の運賃がセットされたお徳用切符である。2月の平日に,この2つの切符を相次いで使った。
 まずは,京急の「みさきまぐろきっぷ」。食事券と,施設利用またはお土産の券もセットになっていて,値段は,電車とバスで三崎港まで往復する運賃プラス600円ほど(品川からの場合)なので,3枚目の券をお土産に引き替えれば元がとれて,食事の分はまるまる得,という計算になる。
 食事券の使える店は30店ほどあって,三崎港の付近に多いが,電車の終点・三崎口のひとつ手前の三浦海岸駅周辺にも何軒かある。こちらの方が空いているのではと思って三浦海岸で降りたのだが,どこの店も平日なのにけっこう混んでいた。それでも入れるところに入って(混雑具合はスマホでわかる),海を眺めながらゆっくり酒を飲んで,「まるまるお得」の食事をして満足。
 三浦海岸駅前では河津桜が満開で,桜祭りのテントが出ていた。三浦海岸と三崎口の間には線路際に河津桜が咲く鉄道名所があり,こちらも,車中から見ただけだが,見事だった。河津桜は,ソメイヨシノよりずっと花のボリュームがあって色も濃く,雰囲気は陽春である。

 その数日後に,こんどは「高尾山きっぷ」で終点・高尾山口へ。日差しは比較的暖かかったが,やはり山の中で底冷えがする。こちらは食事券はないが,各駅で配布されているパンフレットに割引券がついていて,19店でそばが100円引きになる。
 前にも入ったことのある店で,「天狗の耳たぶ」の天ぷらを食べた。天狗は高尾山のシンボルで,「天狗まんじゅう」「天狗ドッグ」などそこらじゅうに天狗関係の商品があるが,この天狗天狗の耳たぶというのは,地元の特厚キクラゲのこと。これと自然薯豆腐ともりそばで,これまた満足という次第。

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 テノールのニコライ・ゲッダ氏が1月8日に死去したことが,先週新聞で報じられた。享年91歳。生で聞いたことはないが,オペレッタのCDなどを何枚か持っていて,なじみのある名前だった。
 これより先,指揮者のジョルジュ・プレートル氏が1月4日に死去した。享年は1つ違いの92歳。こちらも生で聞いたことはないが,プーランク作品集のCDなどを愛聴していた。ウィーン・フィルのメンバーによるブログ(今は休止中)にも,プレートルが振りにくるのを楽しみにしていることが何度か書かれていた。

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Feb 11, 2017

ガヴォット「アマリリス」/山手線の新駅

 JR赤羽駅の埼京線ホームの発車メロディーが少し前から「アマリリス」になり,何十年ぶりかでこの曲を耳にした。昔はけっこうよく知られていた曲で,私は小学校の器楽合奏で演奏した覚えがある。
 大人になってから,「アマリリス」はガヴォットであることに気づいた。ガヴォットは4分の4(または2分の2)拍子で,小節の真ん中から,つまり半小節というちょっと長めのアウフタクトで始まるのが通例。この曲もそうだ。
 最近ネットを検索してみたら,「アマリリス」の作曲者は,かつてはルイ13世と伝えられていたこともあるが,今はアンリ・ギス(Henry Ghys 1839-1908)というフランス人とされているとのこと。アンリ・ギスは,モーリス・ラヴェルの最初のピアノの師だという。
 ネット上にはこの曲の演奏も何種類かあって,聞いてみたらABACBCAというちょっと変則のロンド形式になっていた。私が中間部として知っていたのは下属調のCの部分で,短調のBの部分は聞き覚えがなかった。とすると,小学校のときにはどういう演奏をしたのだろう。当時,小節の真ん中から始まって中間部で転調するような楽譜を演奏できたとは思えない。A部分だけ,2拍移動して小節の最初からという形で演奏したと推測するのが穏当なところか。A部分は,ガヴォットであることを意識しなければ,1拍め始まりにしてもまあ大きな違和感はないのに対し,C部分は3拍めから始めないとサマにならない。

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 山手線の品川・田町間に作る新駅の起工式があった。暫定開業予定は2020年。山手線では,西日暮里駅(1971年開業)以来約半世紀ぶりの新駅となる。ちなみに,西日暮里の次に新しい駅は御徒町(1925年開業)である。
 駅名についていろいろな案が出ているが,周囲の地名の分布からは「高輪」が順当のように見える。対抗は「泉岳寺」,穴は「品田」といったところか。

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Nov 17, 2016

さいたま芸術劇場でバッハ・コレギウム・ジャパン

 11月12日,彩の国さいたま芸術劇場(与野本町)でバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)のバッハ「ロ短調ミサ」を聞いた。ここは,大ホールと別に「音楽ホール」があり,当日は会場の音楽ホールの正面入り口は「楽器保護のため」閉められていて,脇のほうから入るようになっていた。
 BCJを生で聞くのは初めてで,定員600人のホールで合唱とピリオド楽器のオーケストラを聞くのは,まことに贅沢な経験だった。合唱(ソリスト5人も合唱に加わる)が25人,オケが24人。オケは,ピリオド楽器だからどうこうということをまったく超越して,みなもちろん自在に自然に演奏していたが,特に素晴らしかったのは通奏低音のチェロ(エンドピンなしで足で挟んで弾く)2人とヴィオローネで,3人ぴたりと一緒に,全体を支えていた。
 合唱は,清澄でかつまっすぐ訴えかけてくるような強さがある。各声部が2つに分かれて最大8声部の二重合唱になるが,全体としては5部合唱の部分が多く,これに応じてソプラノは左端と右端に分かれていた。アルトのソロは男性(カウンターテナー)で,合唱のアルト7人のうち,このソリストとあともう1人が男性だった。

 さいたま芸術劇場は,蜷川幸雄(今年5月に死去)の劇場でもある。駅からの通りを曲がって劇場へ上がっていく道の左側の歩道の柵には,蜷川と,蜷川のシェイクスピア等に出演した俳優たちの手形が飾られていた。
 帰りに暗くなって知ったのだが,反対側(劇場に向かって右側)の歩道の路面には,シェイクスピアの名台詞を書いたガラスがはめ込まれていて,下からライトで照らされているのだった。

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Nov 13, 2016

コチシュ死去/集中管理

 11月8日の新聞で,ピアニストのゾルタン・コチシュ(ハンガリー人だから本来はコチシュ・ゾルターン)の訃報が出ていてびっくりした。まだ64歳。私より少し下の世代のハンガリーの三羽烏,デジュー・ラーンキ,アンドラーシュ・シフ,コチシュは,いずれも音が美しくさわやかで,でもじっくり歌っていて,LP/CDを比較的よく聞いていた。
 3人のうちでコチシュは,1977年夏にたまたまダブリン(アイルランド共和国)に行ったときにリサイタルのポスターを見て聴きに行ったという縁がある。小さな会場だった。曲は,前半は覚えていない(モーツァルトなどだったような気がする)が,後半はなんとベートーヴェンの交響曲第5番の独奏用編曲だった。
 コチシュは管弦楽曲の編曲をよく演奏する人で,リストまたは自分の編曲によるワグナーの曲だけのCDも出している。その中で特に愛聴しているのは『ローエングリン』の「エルザの大聖堂への行列」。

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 会社勤めを終えてから初めての成人病健康診断に行った。これまでは会社で受けていたので,並んだ順に決まった順番で進んでいったのだが,今回は様子が違った。
 指定の番号の席に30数人座ると,前に立った看護師さんが「では1番と2番の方,後ろの心電図の部屋にお願いします。3番,4番,5番の方は視力検査に行ってください。9番,10番の方は…」という具合に,各項目の検査が並行して進むよう「指揮」する集中管理方式なのだった。モニターにだれがどれを済ませたかが表示されるらしく,検査室から1人出てくると次の人が指名される。全体として,最初の受付の順に終了していった。

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Oct 18, 2016

逆さ言葉

 音楽の主に演奏家の間で使われる隠語を「楽隊用語」ということがある。有名なのは数の言い方で,1をツェー,2をデー,5をゲーという具合にドイツ音名で言い,主に金額に関して用いる。これについては,なぜかジャズ・ポピュラー系の人もドイツ音名で言うらしいが,3は「エー」でなく「イー」ということが多いという。
 もうひとつ,音楽関係者以外にもけっこう広く使われていると思うが,「逆さ言葉」が数多くある。シーメ(食事 <飯),ビータ(演奏旅行 <旅),シータク(<タクシー)といった類である。ただし,ルーモ(女性 <モル(moll 短調))となると「楽隊」専用だろう。

 昔,職場の宴会で,逆さ言葉の歌を歌った先輩がいた。曰く,

  たで たで がきつ
  いーるま いーるま いるまんま
  んーぼの なーよ がきつ

 なんのことはない,「シーメ」と同様にごく短い単位でひっくり返しただけなのだが,酒の席でけっこうまじめに歌われると,特に「いるまんま」のあたりはなんとも言えずおかしくて,笑い転げた。

 これも飲みながらだが,ことわざ・慣用句などを何でも逆さにしてみたことがあった。若かったあのころ,自分たちで言いながら意味のない言葉(文字通りナンセンス)に大笑いし,安酒の杯を重ねた。

  休みもばかばか言え
  敵はぜいたくだ
  人んずれば先を制す
  たんこぶの上の目
  釘に糠
  仏が知らぬ

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Oct 09, 2016

シュザンヌ・ヴァラドン/ネヴィル・マリナー

 横須賀芸術劇場と共に郷里・横須賀が誇るべきハコもの,横須賀美術館へ,「女性を描く――クールベ,ルノワールからマティスまで」展を見に行った。
 行きは京急・馬堀海岸駅から観音崎行きのバス。このバスの行く道には,古いレンガの水道施設があったり,走水神社が見えたりして,変化に富む。海沿いの小さな峠を越えて走水の港を見下ろすあたりは,子供のころと同じようにわくわくする。久しぶりに晴れて,芝生の斜面の上の美術館から見下ろす東京湾がきらめいていた。
 「女性を描く」展は,おもにフランスの美術館からの60点あまりによるもので,じっくり見てもあまり疲れない手頃な規模の展示だった。珍しい題材で印象的だったのは,シュザンヌ・ヴァラドンの「コントラバス奏者」(今回はこういうタイトルになっていたが,「コントラバスを弾く女」とすることが多いと思う)。当時女性のコントラバス奏者はもちろんプロはいなかっただろうし,アマチュアだってどういう人がどういう機会に習って,弾いていたのかと思ってしまう。
Valadon_contrabass
 作品の説明に,作者のシュザンヌが未婚で産んだ息子が長じてモーリス・ユトリロになった,とあった。そういえばそんな話を読んだことがあったが,母の名はまったく記憶になかった。あとで調べたら,シュザンヌはエリック・サティやロートレックと愛し合ったり,後に息子の友人と結婚したり,と波瀾万丈,自由奔放な生涯を送ったとのこと。
 美術館からの帰りは,バスでそのまま京急・横須賀中央駅へ。名店「中央酒場」で遅い昼食とした。

 10月2日,ネヴィル・マリナー死去,91歳。一時名前を聞くことが少なくなっていたが,近年はN響への客演をテレビで見る機会が増えていた(今年6月にも客演の予定だった)。
 ネヴィル・マリナーは,1969年のヴィヴァルディ「四季」のレコードで一躍有名になった。それまで「四季」といえばイ・ムジチ合奏団というイメージを,鮮烈な演奏でひっくり返した。当時だからモダン楽器の範囲内ではあったが,弦楽器の奏法,アクセントの付け方,通奏低音の弾き方など,今の耳にはさほど新しくないことがすべて新鮮に聞こえた。いちばん単純にびっくりしたのは「春」の第2楽章,突然フォルテッシモでヴィオラが奏でる犬の声だった。


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