Jun 05, 2008
このごろ,以前よりは映画を見る回数が増えている。まだ単独でシニア割引になる年ではないが,50歳以上の夫婦の割引があればありがたく利用させてもらっている。
先日行った映画館で表題の映画の予告編を見た。「予告編」は英語で trailer というらしいが,文字通りこれに引っ張られて,夜9時から始まる「レイトショー」で見てきた。原題は Music From The Inside Out で,フィラデルフィア管弦楽団のメンバーへのインタビューをモザイクのように構成したドキュメンタリーである。
オーケストラ(サヴァリッシュ,エッシェンバッハなど指揮)と室内楽の演奏の断片を挟みながらインタビューが続く。ただそれだけなのだが,オーケストラではチームプレーに徹している彼らが,淡々と仕事をこなすスレた職人ではなく,音楽を楽しんでいる様子が伝わってきて,どんどん引き込まれてしまう。
今回の上映は13日まで(7日以降は朝だけ)なので,とり急ぎ報告した次第(→参照先)
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Apr 20, 2008
続いて,南北線・東横線で日吉へ。日暮里・舎人ライナーと同じ3月30日にグリーンラインという名で開通した横浜市営地下鉄4号線に初乗車した。(既存の1・3号線は「ブルーライン」となった。なお,2号線は計画中止になったため欠番である。)
東横線の日吉駅で降りたのは20数年ぶりだった。駅構内はまだ工事が続いていて,片隅の地下鉄の入口は目立たなかった。しかし,後で見ると,地下の改札口は大きく,東横線の地下改札からすぐ乗り換えられるようになっていた。
両端を含めて10駅,13キロを21分で快走した。こちらは新交通システムではなく普通の地下鉄だが,途中のセンター北,センター南あたりでは地上に出て,ブルーラインと並行する。ただし,それほど景色が見えるわけではない。
終点の中山はJR横浜線との連絡駅である。横浜線は,かつては本数も少なく,首都圏の田舎電車というイメージがあったが,今は昼間も1時間に8本(うち2本は快速)の電車が走る。せっかくなので横浜線に乗り,町田で小田急に乗り換えて,藤沢方面を歩いた。
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Apr 17, 2008
土曜日,車で出かけ,午前中にひとつ用事をすませた。続いて,午後,某ターミナル駅の駐車場に車を置いてから,旧友のヴィオラ奏者が主宰する室内楽の演奏会へ。大いに楽しみ,かつ休憩のときには久しぶりに会った友人何人かと言葉を交わした。
終わって駐車場にとって返し,途中で黒いネクタイをして,伯父の通夜にかけつけた。ぎりぎりになってしまい,お坊さんの入場と同時に着席。親戚の食事にも出席した。
翌朝,再び車で同じ葬祭場へ。こんどは葬式で,前夜はお坊さんがデュオだったが,この日はカルテットだった。
昼に出棺になったあと,火葬場は失礼して,こんどは新国立劇場へ急ぎ,『魔弾の射手』を見た。充実した合唱に支えられた演奏だったが,第1幕はだいぶ居眠りをしてしまった。序曲の前にセリフによるプロローグがあった。
早い夕食のあと,夜はさらにちょっとした打ち合わせがあった。長い2日間だった。
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Apr 09, 2008
昔の日本の歌には,「美しき天然」「鎌倉」(七里ヶ浜の磯伝い…)「嗚呼玉杯に花受けて」「リンゴの唄」「青い山脈」など,特に悲しい内容ではない歌詞に短調のメロディーがついているものがけっこうある。特に「リンゴの唄」「青い山脈」のように,短調の曲が戦後の「明るい日本」を象徴する歌とされていたのは,後の感覚とはだいぶ違う。
たとえば「同期の桜」など軍歌に短調が多いのは,日本人的感覚としてはよくわかるが,童謡にまで「仲よし小道」「うれしいひなまつり」「りんごのひとりごと」「ないしょ話」「かわいい魚やさん」など「楽しい短調の曲」があるのは不思議だ。ただし,このうち前の3つと後ろの2つはそれぞれ同じ作曲者だから,作曲者による偏りはあるのだろう。
ずっと昔,珍しい短調の校歌を聞いたことがある。確か,伊豆大島の中学校の校歌だった。
バロック時代には,短調はそれほど暗いものとされてはいなかった,という話を読んだことがある。こうした感覚は意外と短期間に変化するのかもしれない。
ところで,短調の曲が長調になって終わるのはよくあるが,長調の曲が短調で終わるのはメンデルスゾーンの4番《イタリア》しか思い浮かばない。この曲の第4楽章は舞曲サルタレロで,これも悲しい短調ではないが。
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Apr 06, 2008
カラヤン生誕100年の前日は,キャンディーズの解散コンサート30周年だった。このコンサートの日については,前に書いたように,ちょっとした思い出がある。
しかし,キャンディーズ自体には特に深い思い入れはない。70年代後半はテレビを持っていない生活をしていて,日常的には流行歌に接する機会がなかった。それでも耳に入ってくる「トシシータの男の子」とか「もうすぐはーるですねえ」とかいう曲はきっと大ヒット曲なんだろうな,と想像するばかりだった。
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Apr 05, 2008
今日(4月5日)はカラヤン生誕100年の日だそうだ。
1966年の来日のときの初日は,今では考えられないが,NHKの総合テレビで夜7時から2時間にわたって生中継された。曲は,ベートーヴェンのコリオラン序曲,6番,5番だった。このときは5日間にベートーヴェンの交響曲が全曲演奏され,FMでは毎日生放送があったので,当時高校生だった私は,部活(吹奏楽)のあと,間に合うように走るようにして帰った。
生で聞いたのは1回だけ,1970年の日比谷公会堂で,曲はベートーヴェンの2番と5番。抽選で2000円ぐらいで聞ける青少年のための特別演奏会だった。どちらかというと,カラヤンより,ベルリン・フィル,特にそのダイナミック・レンジの広さに感嘆した。
レコードでは,70年代のすべすべなでなでという感じの音が何とも不自然に思えて,気に入らないことが多かった。しかし,オペラをよく見るようになると,あらためてすごい指揮者だと思うようになった。特に印象的なのは,『サロメ』のLPと,『ドン・カルロ』のLDである。「別格」は古い方の『ばらの騎士』で,最初はヤマハ・ホールでの上映を見たが,後にLDで発売になったときは飛びついて買った。
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Mar 22, 2008
久しぶりにシルヴィ・バルタンの名を目にした。近く来日公演があるという。
シルヴィ・バルタンは,1965年ごろ「アイドルを探せ」でブレークした。レコードなんて買えず,ラジオで聞くだけだったが,フランス語の響きというのを初めて知った。「ラプバリプアレドスィー」という歌詞の断片は今も耳に残っている。
続いてもう少し子供っぽいフランス・ギャルの「夢見るシャンソン人形」がヒットした。こちらはたしか,日本語バージョンも出たと思う。
フランス語の歌がひとつのきっかけになって,高校2年の春,ラジオのフランス語講座を聴き始めたが,これは二十日坊主ぐらいで終わった。
それから十数年後,伯父の法事で行った鎌倉のお寺で,そのラジオ講座の担当だったA先生の名を寄進者名の掲示の中に見つけた。
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Mar 12, 2008
昔の私の周囲のアマチュアオケ関係者の間では,「トラベルセット」という言葉は,バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番 E-dur のガヴォットを指す。
1970年ごろだと思うが,資生堂のテレビ・コマーシャルで,このガヴォットの初めのところを女声のグループが「トラベルセットがあ・た・る~」という歌詞で歌っていたのである。
先日,たぶん十数年ぶりにこの無伴奏ソナタとパルティータ(各3曲)のCDを聞いた。
パルティータは舞曲からなる組曲である。その第2番の終曲が有名なシャコンヌで,確かにシャコンヌは舞曲だが,第2番のそれまでの4曲を合わせたのと同じくらいの長さがあり,なんともアンバランスで,もはや舞曲集の枠を大きくはみ出している。
ソナタの方はいずれも第2楽章がフーガになっている。昔初めて聞いたときに,ヴァイオリン1つだけで精巧なフーガになっているのに驚いたが,その後何度聞いても感嘆するほかはない。重音を使って2つめ,3つめの声部を奏するわけで,その書法はきわめて不自由なのだが,骨格を示して聞き手の想像力を刺激し,スケールが大きい。特に好きなのは「ロンドン橋フーガ」――というのはソナタ第3番 C-dur の第2楽章で,「ロンドン橋が落ちる」に似たテーマによる壮麗なフーガが繰り広げられる。
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Feb 16, 2008
昨年の結婚記念日にはオペラ『ダフネ』を見た。今年はその日の予定は特になかったのだが,前日に急に思い立って,ミュージカル『ウェディング・シンガー』(日生劇場;2月28日まで上演)を見ることにした。
貧乏な歌手と成金ビジネスマンの2組のカップルがすれ違いもつれていくドタバタコメディだが,ほのぼのとした落ち着きもあって,楽しい。舞台が85年のアメリカという設定がおもしろく,肩にかける巨大な携帯電話が登場したりする(これを見て思いだしたのは→これ)。
成金ビジネスマン役OKはKRの元夫のダンサーということしか知らなかったが,歌も演技も立派だった。
そのすぐ前に見たオペラが『サロメ』だったので,悲喜こもごも(?)の anniversary week となった。
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Jan 21, 2008
前回書いた『くるみ割り人形』と同様に,ナレーション付きで『ペール・ギュント』の第1・第2組曲を演奏したことがある。こちらは,元が劇の付随音楽だから,筋書きと関係のない曲が続くということはなく,曲を物語の順序にしてナレーションを入れること自体はそれほど難しくなかった。
しかし,ファミリーコンサートなのに,話がまるで子供向きではないことが問題だった。結婚式場から花嫁イングリッドを拉致し,そのイングリッドに飽きると放浪の旅に出,戻ると母オーゼが死に,また放浪して山師となり…という具合で,なんともはやひどい話なのである。しかも,第2組曲の最初の「イングリッドの嘆き」というのも,イングリッドは拉致されたことを嘆いているのではなく,拉致したペール・ギュントが相手にしてくれないことを嘆いているのだった。
筋書きを見ただけではさっぱり魅力がわからないこの『ペール・ギュント』の付随音楽は,26曲もあったという。もしこれをフルに使って劇を上演したら,何時間かかるのだろうか。
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Jan 19, 2008
チャイコフスキーの三大バレエの音楽に,最初は組曲の形で親しんだ。とめどなくあふれ出してくる美しい旋律と,鳴りのよいスカッとしたオーケストレーションが,オーケストラを聞く楽しみを味わわせてくれるのは,聞き始めた中学生のころも今も変わらない。また,アマチュアの演奏者にとっても魅力的な存在である。
チャイコフスキー以外のバレエ音楽にも,もちろん美しい旋律に満ちた曲があるが,いろいろ演奏してみると,チャイコフスキーの音楽の充実ぶりがあらためてわかる。たとえば『ファウスト』の舞踊音楽はそう何度も練習する気がしなかったのに対し,チャイコはそんなことはない。
あるとき,組曲をばらして物語での順序にし,合間にナレーションを入れて音楽物語として演奏しようということになった。その台本を書くことになったのだが,困ったのは『くるみ割り人形』のときである。組曲の大部分を占めるいろいろな国の踊りは,第2幕の少女の夢の中のパーティでの出し物であり,その間物語は何も進行しないのである。
結局,組曲に入っていない曲も加え,踊りの曲は一部を「前倒し」し,最後は物語とは違うが組曲と同様「花のワルツ」で華やかに終わるようにした。
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Jan 07, 2008
1973年10月,「ドレスデン国立歌劇場管弦楽団」を初めて聞いたときの驚きは大きかった。今はふつうドレスデン・シュターツカペレと表示されるオーケストラの初来日のときの演奏会(東京文化会館)で,指揮はクルト・ザンデルリンク,曲は「マイスタージンガー」前奏曲,ベートーヴェンの8番,ブラームスの1番だった。
まず,「マイスタージンガー」前奏曲の冒頭の清澄ともいうべき響きに驚いたが,さらに驚いたのは,マイスタージンガーの行進の動機のところで,管楽器と重なっているハープの音が4階(あたりだった)の席までちゃんと聞こえてきたことである。ここは楽譜では確かにフォルテが1つだが,しばしばかなり堂々と演奏され,ハープが聞こえるような演奏に接したことはなかった。アマチュア・オケの演奏では,「どうせ聞こえないから」とハープのトラを頼まないで済ませることも多かった時代である。(後にカラヤンがこのオーケストラと共に録音した『マイスタージンガー』のレコードが出たときには,飛びついて買った。)
ベートーヴェンとブラームスでも,もちろん楽譜通りなのだが,響きには透明感があり,一方で低音がしっかりと支えて骨格は揺るぎなく,レコードで聞いていたどのオーケストラとも違う個性を持っていた。
「海外オーケストラ来日公演記録抄」にある記録を参考に思い出したところでは,その後,1978年にブルックナーの5番,1981年にブルックナーの4番,95年に演奏会形式の『エレクトラ』,2000年にワグナー名曲集を聞いた。時によって「ドレスデン国立管弦楽団」という表記もあったように思う。(そのほかに,ピット内の演奏を81年と2007年に聞いた。)
ブルックナーの2曲では,共に第2楽章の弦の深々とした響きと,決して怒鳴らない金管のフォルテとの対照と調和が壮大な世界を現出させた。4番のときには,指揮者のブロムシュテットが,ホルンのトップのペーター・ダムのところまで行ってその名演を称えた。
78年の時だったと思うが,プログラムに掲載されたメンバー表に,コンサートマスターとして4人の名前が載っていた。そのうち3人はヴァイオリン奏者としても名前があるのだが,もう1人がなぜか載っていない。なおよく見たら,4人目の人はチェロ奏者だった。チェロの首席をコンサートマスターの1人として遇していたのだった。
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Jan 05, 2008
今は,テレビのニュースなどのテーマ音楽はたいていオリジナルのものだが,1960~70年代には「既成」の曲がよく使われていた。
今でもたまに聞くと,朝日新聞社の旗が出てくるタイトル画面を思い出してしまうのは,バレエ『コッペリア』の「マズルカ」。テレビ朝日は昔は日本教育テレビ(NET)といっていたが,その「朝日新聞ニュース」のテーマ音楽だった。旗は,いかにも扇風機という感じの風にばたばたとはためいていた。
ビゼーの交響曲ハ長調の第3楽章をテーマ音楽にしていたのはなんだっただろう。TBSのニュースか? 番組の始めにはこの楽章の始めを,終わりには楽章の終わりの部分(ごく短かったが)を使っていた。
フジテレビの「今日の出来事」のテーマは行進曲「ウィーンはいつもウィーン」だった。タイトルには列車が登場していたような記憶がある。
いずれも,曲名を知ったのはだいぶ後のことである。
行進曲といえば,ラジオのスポーツ番組ではよく行進曲が使われていた。たとえば,文化放送のナイター中継はスーザの「エル・キャピタン」,ニッポン放送はガンヌの「ロレーヌ州行進曲」だったと思う。
これに対し,NHKは古関裕而の「スポーツショウ行進曲」,ラジオ東京(今のTBS)はレイモンド服部の「コバルトの空」というオリジナルもので,両者ともその後テレビにも引き継がれた。また両者とも,放送では最初の部分(NHKのはイントロなしの短縮版もあった)しか演奏されなかったが,実際にはトリオをもつ通常の行進曲として作られていた。楽譜も出版されていて,中学のときに体育祭で演奏したことがある。
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Jan 04, 2008
初めてオーケストラのナマ演奏を聴いたのは中学生のとき,結成間もない読売日本交響楽団の演奏会だった。そのとき,見た目でいちばん驚いたのは,ファゴットが茶色だったことだった。それまでオーケストラをモノクロのテレビか写真でしか見たことがなくて,ファゴットはなんとなくグレーだと思いこんでいたのである。
当時すでに吹奏楽部に入っていたが,そこにはファゴットはもちろんなかった。(オーボエもなかったが,クラリネットの類推で,黒い木でできているのだろうと,一応正しく想像していた。)他の管楽器は吹奏楽部にあったし,ヴァイオリンは知っていたから弦楽器の色はまあわかっていた。となると,まったく見たことがなかったのは,ファゴットだけだったわけである。
その読響の演奏会のメインプロはベートーヴェンの7番だった。第1楽章の序奏で,何度もトゥッティの和音が鳴り響き,その合間に管楽器が2小節ずつ交代でソロを奏でるのと,序奏の終わりでフルートがたった一人で(実はオーボエと重なっていたのだが)弦と応答するのが印象に残った。
読響のホームページには記録のページがなくて,このときの演奏会がいつだったのかを特定できない。たぶん,結成披露の特別演奏会の一環だったのだと思う。
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Dec 20, 2007
ミステリーをあまり多く読んでいるわけではないが,クラシック系の音楽家・音楽界が出てくるものでおもしろかったものに,ポール・マイヤーズ(Paul Myers)の2冊
『死の変奏曲』創元推理文庫 1989
『死のアリア』創元推理文庫 1990
がある。イギリス情報部から足を洗って音楽マネージャーとなったマーク・ホランドを主人公とするシリーズである。ミステリーとしては,前に書いたトマス・ハウザー『死のシンフォニー』より正統的で,すぐれたエスピオナージュである。登場する音楽家の行動や発言が実にリアルで,生き生きしていると思ったら,それもそのはず,訳者の解説によると,作者はかなり高名なレコード・プロデューサーだという。
いま手元に『死の変奏曲』の方がなくて確認できないが,この本の解説を書いていたのが,推理小説作家の息子でかつ音楽評論家というまさに「適役」のYR氏だったと思う。
このシリーズは,90年当時,すでに5点が出ていたとのことだが,翻訳が出たのは上記の2冊だけのようである。
(参考情報:音楽ミステリーのかなり完備したリストはここ)
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Dec 17, 2007
前項と同じ1969年に『夕刊フジ』が創刊された。初めてのタブロイド判の夕刊紙だった(それまでにもすぐ消えたものはあったようだが)。
創刊から間もないころの同紙1面トップに「舞うか,東洋のタクト」という時代がかった見出しが踊ったことがあった。ニューヨーク・フィルハーモニックの次の常任指揮者の候補に小澤征爾が挙がっているという記事だった。同年に辞任することになっていたバーンスタインの後任探しが行われていたのである。
当時小澤は34歳,トロント交響楽団指揮者の任期を終えたところだった。その前に,バーンスタインに認められてニューヨーク・フィルの副指揮者をしていたこともあり,ある程度可能性のある話だったのだろうと思う。しかし,日本人指揮者の欧米での実績がほかにはほとんどないころだから,随一の名門とされていたニューヨーク・フィルの常任にという話が出たということだけで非常にびっくりした。その驚きは,後に小澤がウィーン国立歌劇場の音楽監督になると聞いたときを上回るものだった。
結局このときは常任指揮者は空席となった(しばらくしてからブーレーズが就任する)。小澤にとっては結果的にこれが幸いし,サンフランシスコ交響楽団を経て,1973年から29年にわたりボストン交響楽団の音楽監督をつとめることになる。
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Nov 24, 2007
(承前)
ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団は,管弦楽曲の編曲を多く演奏する。普通の吹奏楽団も音楽の糧である管弦楽曲を編曲して演奏するが,その場合原曲を尊重しながらも,吹奏楽の響きを用いて「再創造」をしようとするのに対し,ギャルドは可能な限り原曲をそのまま再現しようとする。
その方法は実にシンプルで,管楽器・打楽器・弦バス(コントラバスを吹奏楽ではこういう)のパートは原曲のままで手を加えず,弦楽器をクラリネット群,サクソフォーン群,サクソルン(中低音金管楽器)で置き換える。そのため,原曲のクラリネットパートの奏者は,ヴァイオリンの役をするトゥッティの奏者と別で,オーケストラと同じく正面中段の右の方に座る。
「ボレロ」ではテナー・サックスとソプラノ・サックスのソロがある。このソリストはもしかしたらオーケストラのときと同様ソロ・クラリネットの左に座ったりするのかなと思ったが,それはさすがになくて,「弦楽器席」の奏者が吹いた。
さて弦楽器役の楽器だが,クラリネットはEsクラ2本が入るだけで,アルト・クラもバスクラもコントラバスクラもなく,サクソフォンはアルト,テナー,バリトンのみでソプラノはない(「ボレロ」のソプラノのソロはアルトの首席奏者が持ち替えで吹いた)。素人考えでは,中低音のクラリネットを使えば,弦楽器群に対応する音色の統一が得られるし,クラリネット群にソプラノ・サックスを加えればヴァイオリンに似た音の厚みが出ると思うのだが。どうもそこにはギャルドの意地があるようだ。
でも,なぜそんなにしてまで,管弦楽曲を演奏するのだろう。先日の演奏会は十分楽しんだし,ギャルドへの尊敬の念は変わらないが,以前は意識しなかったそんな疑問が頭の片隅に残っている。
なお,今回のプログラム冊子のメンバー表では,サクソフォンが書いてなくてびっくりした。よく見ると,Saxhornes(7名),Saxhornes Basses(4名),Saxhornes Contrabasses(2名)と並んでいるので,最初の Saxhornes がサクソフォンの誤りらしい。
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Nov 10, 2007
先日,ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の演奏会に出かけた。ギャルドを聞くのは1993年以来で2回目になる。
吹奏楽におけるギャルドは,たとえていえば,管弦楽におけるウィーン・フィルの256倍とは言わないが,まあ3倍ぐらい特別な,唯一無二の存在である。「ギャルド・レピュブリケーヌ」というのは republic の guard,すなわち「(フランス)共和国防衛隊」であり,軍服を着て演奏するが,その入団資格はパリ音楽院首席卒業(またはそれと同等)で,超一流の管楽器・打楽器奏者の集団である。
当日の客席は,自分を棚に上げて言うが,異様に平均年齢が高かった。
演奏されたのは,トゥーランドットのセレクションを除いてはフランスの管弦楽曲の編曲で,「ローマの謝肉祭」序曲,「ダフニスとクロエ」第2組曲,「ラ・ヴァルス」,「ボレロ」など。その暖かく豊麗なサウンドはやはり独特のもので,特別な存在としてのギャルドを大いに楽しんだ。先代の楽長ブトリー時代にはやや乾いた響きになっていたが,ある意味ではその前のブラン楽長またはそれ以前の響き(レコードでしか知らないが)に回帰したともいえる。
「ボレロ」の各ソロはまことに鮮やかで,ぜいたくな音の宴だった。
ただし,管楽器の音色がインターナショナル化しているのはフランスでも顕著で,昔なら独特のヴィブラートがかかっていたホルンもかなりおとなしかった。ただ,バソン(フランス式のファゴット)は,楽器が独特だということもあって,「健在」である。
指揮者のブーランジェは後半暗譜だったが,アンコールになって譜面台が出てきた。何をやるのだろうと思っていたら,まずは譜面台と関係なく,「熊蜂の飛行」。これが史上最高速ではないかと思われるスピードだった。譜面台が必要だったのはその次で,なんと「涙そうそう」。トランペットが,それまでとはまったく違う音色でメロディを吹いていた。でも,何もギャルドにこれをやらせなくてもと思わずにはいられなかった。(たぶん,トランペットのナカリャコフがソリストとして他のプログラムでは登場するので,彼を入れたアンコールとして用意したものだろうとは思うが。)
その後,前楽長時代からのアンコールピース「カルマニョル」(フランス民謡によるマーチ)でパワーを全開してお開きとなった。
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Nov 05, 2007
先日の『モーゼとアロン』の作曲者シェーンベルクについては,「十二音音楽」というスローガンばかり先に知っていたが,長い間,聞く機会はめったになかった。オーケストラの演奏会では,むしろベルクやウェーベルンの方が時々は演奏されていて,オペラでもベルクの『ヴォツェック』には接する機会があった。
たぶん1976年~78年ごろだったと思うが,マウリツィオ・ポリーニのリサイタルを聞きに行った。メインプロはブーレーズのピアノ・ソナタ第2番だった。なんだかすさまじい響きで,しかも40分かかる大曲,技術的には超難曲だとのことで,圧倒されっぱなしでわけのわからなまま終わった。
その後でアンコールに演奏されたのがシェーンベルクの小品で,ブーレーズの後で聞くと,実にかわいらしく,美しく,ロマンチックにさえ聞こえた。
もっと前,学生時代に,おもしろいところがある,と先輩に連れて行かれたのが中野にあった古い名曲喫茶「クラシック」だった。ギシギシいう階段を上ると,店の中は叙情纏綿の弦楽の響きに包まれていた。だれの曲だろう。マーラーを知っていればマーラーかなと思っただろうが,当時マーラーはかろうじて「巨人」をちょっと知っているという程度だった。
終わって曲名が告げられた。シェーンベルクの「浄められた夜」の弦楽合奏版だった。
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Oct 06, 2007
池袋西口公園(東京芸術劇場の前の広場)を通りかかると,夜はいつもストリート・ミュージシャンが,たいていは複数組演奏している。立ち止まらないでちらりと聞くだけだが,多くの回数・人数を聞いた印象でいうと,その歌唱力の平均的水準はきわめて高い。これはひとつにはカラオケというものの存在が大きいのではないかと考えた。
たとえば私の同世代の女優Nのように,女優として売れたので「レコード・デビュー」しましたというような「ヘタな歌手」が,かつてはたくさんいた。また,NHKの「のどじまん」では,伴奏にどうしても追いつけない人が必ずいた。
今の人たちは,生まれた時からカラオケがあるから,マイクを持って伴奏に乗って歌うのは別に歌手志望の人でなくても本能的にできてしまう。美声でなくてもマイクにノリやすい声を出せる人も多いようだ。
もうひとつ,公園での演奏がサマになっているのは,リズムマシンの「功績」もある。キーボード奏者が担当しているグループが多いが,ギターを弾きながら歌い,ペダルでリズムマシンをコントロールし,合間にハーモニカを吹く器用な歌手もいた。
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「本拠地」に「神保町昼食ニュース」10月号を掲出しました。ついに名前が消えた「橋」のことを少し書きました。
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Oct 04, 2007
ベーム=ウィーン国立歌劇場の『フィガロ』といっしょに,1975年3月のベーム=ウィーン・フィル東京公演のDVDも買った。曲目はベートーヴェン7番,ブラームス1番,未完成とアンコールの「美しく青きドナウ」2種,マイスタージンガー前奏曲で,残念ながらシューベルトのハ長調の大交響曲は入っていない。(このときの演奏は,CDでは前に発売された。)
『フィガロ』より5年前で,画質は『フィガロ』より劣る。ベームは当時80歳のはずだが非常に元気で,足取りも確かにさっさと歩いているし,指揮台も前に手すりのない普通のもので,立ったまま指揮している。7番の1楽章の序奏など巨匠的に遅いが,3・4楽章は十分に若々しく弾んでいる。
この75年のベーム指揮のプログラムは,ベートーヴェンの4番・7番,レオノーレ序曲第3番・火の鳥組曲・ブラームス1番,シューベルトの未完成と大ハ長調の3種が2回ずつ,ジュピターとヨハン・シュトラウス数曲が1回,計7回だった。チケットはたしか往復ハガキによる抽選で発売された。私はいろいろな人の名前を借りてハガキを出し,前の3つのプログラムを聞くことができた。
いちばん印象に残ったのは今回のDVDに入っていないシューベルトのハ長調の大交響曲だった。未完成のときは楽譜通りの編成だったが,ハ長調交響曲では木管とホルンはアシ付きの倍管となり,特に3楽章のトリオなど,広大なNHKホールがオルガンのような木管の和音に満たされた。
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Sep 23, 2007
今年はシベリウスの没後50年の記念の年である。音楽の語法は保守的だし,有名な曲は20世紀初頭の曲が多いので,ずいぶん昔の人のような気がするが,長命だったのでまだ50年しかたっていない。
今年の2月15日,わが故郷・横須賀市は市制100年を迎えた。1907年といえば日露戦争のすぐあとで,軍港の町としての重要性が高まった結果でもあるのだろう。神奈川県では,横浜に続き,2番目の市だった。
実は,市制50周年のときに,記念のバッジをもらったという記憶がある。50という字を大きく扱ったデザインのバッジだった。――そんな記憶があるということに自ら苦笑しつつ,シベリウスは「まだ50年」かとあらためて思った。(作曲家の没年については →参照)
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Sep 19, 2007
いまニューヨーク・ヤンキースのエースは王健民だが,ニューヨーク・フィルハーモニックの首席オーボエ奏者も王さんである。青島生まれの王亮(Liang Wang)氏,27歳。
昔,中国では東ドイツの楽器をコピーしたオーボエやファゴットが作られていて,一時日本にも輸入されていた。特にファゴットは,これが当時手に入るいちばん安い楽器であり,「支那竹」という愛称(?)でアマチュアのオーケストラで使われていた。
ニューヨーク・フィルのホームページにある楽員名簿によると,管打楽器にはほかにアジア系らしい名前はないが,弦楽器にはたくさんいる。ヴァイオリンには Kim さんが4人もいる。姓名とも日本人的な名前は,チェロ,コントラバスに1人ずついる。
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Sep 06, 2007
台風接近で少し早く帰る途中,駅で見た夕刊紙の見出しに「パヴァロッティ死去」という見出しが躍っていた。あわてて家人にケータイメールを送ろうとして,「ぱう」と打ったとたんに「パヴァロッティ」という候補が出たのには驚いた。
パヴァロッティを生で聞いたのは2回,いずれもメトの日本公演で,93年6月8日のネモリーノと,そのちょうど4年後97年の同日のカヴァラドッシ。57歳と61歳だったことになる。
ひたすら声の魅力だけで聞かせるこの大テノールのオペラを,前者は東京文化会館で,後者はNHKホールだが最前列で聞けたことは,幸せな体験だったというほかはない。昔の「テノールバカ」とは違うのだろうが,姿も演技もどうでもいいと思わせる圧倒的な声という点で,唯一無二の存在だった。
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Jun 27, 2007
新国立劇場の今シーズンの最後は,『ばらの騎士』と『ファルスタッフ』の日替わり公演だった。演出はいずれもジョナサン・ミラーで,『ばらの騎士』は新制作,『ファルスタッフ』は2004年制作の再演である。
印象に残ったのは,共にイザベラ・バイウォーターという女性による舞台装置。どちらも写実的なもので,外から光があたって美しい。『ファルスタッフ』では床が白黒の大きな格子模様で,フェルメールの絵を意識したものだと思う。
『ばらの騎士』の第1幕・第2幕では,大広間の右側に廊下が作られていて,まっすぐ奥へ伸びている。そこで繰りひろげられる細やかな演技が見えるのは,上手寄りの席の聴衆の特権だった。(第3幕では廊下を左側にして公平を期していた。)
ジョナサン・ミラーの演出は,これまでに,ウィーン国立の『フィガロ』,スカラ座の『西部の娘』を見た。『西部の娘』は,天井の高い部屋にやはり外光がふりそそぐ舞台だったという記憶がある。田舎の酒場にしては立派すぎる装置だったが。
今回の2曲の主要人物ファルスタッフとオックス男爵は,こうしてあらためて見比べると,共通点が多い。どちらも好色な中年男で,太っていて,身分が高く,皆にからかわれ,とっちめられる。演出は,この2人をまったくの悪者にはしないで,敬意をもって遇し,かつ没落の予感を漂わせていた。
ファルスタッフはアラン・タイタス。20年に7つの役を見ているが,ベテランの味で今度のファルスタッフがもっとも適役で,余裕たっぷりだった。
マルシャリンは初めて見るカミッラ・ニールント。美人で若く気品があり,実は若いマルシャリンの役(三十代始めの設定だったか)にぴったり。オクタヴィアンのツィトコーワも男役がぴったり。それにひきかえゾフィー役は,なんだかマルシャリンより年上に見えてしまった(プログラムに載せる写真は,20年前のものではなくせめて10年前のものにしてほしい)。でも歌は良くて,第3幕の3重唱もみごとだった。
あとで記録を見たら,ちょうど1年前の同日の新国立劇場で,ツィトコーワのオルロフスキー公爵を聞いたのだった。
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Jun 10, 2007
昔,普通のLPレコード1枚の収録時間は,両面で40分から60分ぐらいだった。「運命・未完成」のように競合品が多いものは60分めいっぱい入っていたが,カラヤンの新譜などというと「強気」で,35分ぐらいの交響曲1曲で1枚ということもあった。(CDになって,1時間裏返す必要がなくなったのは大いなる福音だった。)
オペラのLPは当然複数枚になり,1枚にたいてい60分近く入っていたから,『フィガロの結婚』『アイーダ』は3枚,『魔笛』は台詞が少なければ2枚,『ローエングリン』は4枚などと,曲ごとに枚数がほぼ決まっていた。
もちろん,幕ごとにたいていは新しい面から始まるから,「半端」が出て,3枚だと必ず3時間というわけではないが,LPの枚数が長さの尺度になっていた。
今でも,こんど見るオペラの終演は何時になるかというとき,「3枚もの」だから,休憩を入れて3時間半かな,と見当をつけたりする。
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Jun 02, 2007
先日「ダフニスとク□エ」のことを書いたら,ク□エという店のブログからトラックバックが何回か届いた。特にいかがわしいものではないが,スパムには違いない。ク□エという言葉の出現を常に監視しているのだろう。(念のため,ここでは真ん中の字を伏せ字にしておく――あまり伏せてはいないが)
かつて,曲名のパロディが仲間内ではやったことがあった。「ユベロン序曲」とか「カッコーワルシ」といった類である(もっと傑作があったと思うが,思い出せない)。「ダフニスとク□エ」については誰かが「末次と黒江」と言ったが,あまり理解されなかった。
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May 12, 2007
4月某日,関西に行く用事ができたので,その前になんとか時間を作って,大阪でミュージカル『エリザベート』ウィーンオリジナル版を見た。由緒あるアン・デア・ヴィーン劇場で上演されていたもので,演出はオペラでおなじみのハリー・クプファーである。今回の日本公演は,ちゃんとした舞台での上演は大阪のみ(5月の東京公演はコンサート形式)なので,やや無理をして見ることにした次第。
見ものはまず複雑・精妙,かつ大がかりな舞台で,回り舞台の中にせりがいくつもあり,上からはやすりの形の橋が降りてくる。しばしば電飾が輝くのは,同じクプファーの『ニーベルンクの指輪』の舞台を思い起こさせた。
歌とオーケストラ(三十数名)もさすがで,もちろんマイクを使っているが,よくある耳ががんがんするようなうるささはない。これなら東京のコンサート形式での上演も見る価値がある,と帰ってから周囲に薦めた。歌手の見た目もよく,エリザベートが有名な肖像画(→photo)と同じ白いドレスで額縁にはまって登場したときには,会場全体が息をのんだ(ような気がした)。
このミュージカルは,オーストリア=ハンガリー帝国の皇妃エリザベートの死をめぐる物語で,間には嫁姑の争いや貧困の問題も登場し,多くのミュージカルのように心楽しくメインテーマを口ずさみながら家路につくというようなものではない。しかし,トート(Tod; 死)という「人物」を舞台に登場させることにより,エリザベートがトートと結ばれてフィナーレとなり,皮肉な形ではあるがハッピーエンドとなった。
ただし,前に見た東宝ミュージカルのときなどに比べると,このウィーン版ではトートの地位は少し軽く,普通の若者に近い扱いだった。
会場で買ったプログラムには,この曲の世界9か国での上演の記録が載っていて,そのたびに少しずつ場面が変更になったり曲が増えたりしている様子が書いてあった。古典ではなく生きている作品のおもしろいところだ。
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May 09, 2007
連休の最終日の昼前,今年3回目を迎えたラ・フォル・ジュルネ「熱狂の日」音楽祭2007というのはどんなものだろうと東京国際フォーラムへ出かけてみた。外は雨だったが,内部には熱気に満ちたお祭り空間があった。
プログラムによると,この日の大小さまざまの有料コンサートは26件あり,そのうちまだチケットが販売されていたのは4つだけだった。その中から,ちょっと迷った末,夕方のビルバオ交響楽団(スペイン)の「ダフニスとクロエ」のチケットを買った(\3000)。この音楽祭は,45分ぐらいのコンサートを最高3000円で気軽に,というのが大きな特徴である。
で,地上に上がったところに並んでいた「屋台」の中から,ギリシャ風ハンバーガーとハイネケンのナマで軽めの昼食とした。ハイネケンのナマはたぶん20年以上のごぶさただった。昔は珍しい外国産生ビールとしてありがたくいただいていた。
そのあと,急に思い立って出かけたのは,乃木坂の国立新美術館。地下鉄の駅に直結していていて,東京国際フォーラムと同様,壮大な吹き抜けのあるバブリーな建物だった。
2つの開館記念の企画展のうち,先に終わる「異邦人たちのパリ」を見た。ポンピドーセンターの所蔵する作品によるもので,ピカソ,モディリアーニ,フジタ,シャガール,カンディンスキーなどのほか,マン・レイ,ブラッセイの写真などもあり,20世紀にパリにやってきたというだけの共通項なのでかなり雑然としてはいるが,内容充実の展示だった。
夕方,有楽町へ戻り,会場のホールAへ。ここに入るのは初めてだった。「ダフニスとクロエ」を生で聞くのはこれまた20年ぶりぐらいである。
2階はだいぶ空席があったが,演奏は熱気十分で,特にフルート,コールアングレのソロは立派だった。オーケストラの魅力を堪能させてくれるこの曲を,合唱(晋友会)つきで \3000 はたいへんお買い得。隣の席では,女性が連れの男性にオーケストラというものの初歩を説明したりしていて,こういう音楽祭ならではの雰囲気だった。
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Mar 17, 2007
このところ日ごとに寒くなり,昨日は東京では初雪が舞った。――と,3か月前に書くのだったら普通だが,今は3月も半ば過ぎである。神保町三井ビルのアンズも,咲き始めたところで立ち止まって,寒さに震えている。
中川右介『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬舎新書;→参照)を読んだ。ベルリン・フィルの音楽監督の座をめぐる事件・エピソードは個々にはいろいろ読んだことがあるが,この本の「文脈」の中で読むと,なるほどそうだったのかと興味は尽きない。
タイトルからは外されているが,この本のもう一人の主人公はチェリビダッケである。戦後のベルリン・フィル再建にチェリビダッケが果たした役割を始め,チェリについては知らないことが多かった。
一般に,音楽監督や常任指揮者の地位・権限やオーケストラと指揮者の関係が大きく変わったから,この本にあるような「闘い」は今後はほとんど起こりえない。ただ,一定の地位にある指揮者が,常に若い指揮者の登場を警戒しているということは,今もあるようだ。
昔聞いた話だが,日本の某オーケストラで,西欧系名誉指揮者が,若手の指揮者を客演指揮者にどうかと紹介してくることがあったが,ほとんどがダメ指揮者だったという。しかし考えてみると,有名指揮者は世界中を忙しく飛び回っているから,他の指揮者の演奏を聴く機会は非常に少なく,「業界事情」にうといに違いない。
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Mar 04, 2007
2月下旬の某日,池袋の焼鳥屋(→参照)にいたところ,西洋人のたぶん四十前後の男女が,ドイツ語をしゃべりながら入ってきた。女性は酒を,男性はビールを頼み,料理は,並んでいる串を指さして「This one.」などと言って注文した。
最初は口を出さないでいたが,私の頼んだものが気になるようだったので,これは鶏の挽肉のだんご,これは a kind of green pepper などと英語で説明してやった。
それをきっかけにきいてみたら,来日中のドレスデン・フィルハーモニーの,女性はヴァイオリン,男性はヴィオラ奏者で,池袋のMホテルに泊まっているのだった。今回はドレスデン聖十字架合唱団といっしょの日本・韓国ツアーで,翌日はモーツァルトのレクィエム,その次はマタイ受難曲(最初,真大樹難局と変換された)という予定だとのこと。
2人とも非常にきちんとしたわかりやすい英語をしゃべる。私は,昔ドイツ人の神父さんに英語を習ったことがあり,そのお姉さんは戦前のドレスデンのオペラ歌手だった,という話をした。2人は,この秋にドレスデンのオペラの日本公演があることもよく知っていて,『タンホイザー』とあと何だっけなどと言っていた。
何かお薦め料理はと聞かれて,マスターは「モツ煮はどうですか」と答えた。しかし,豚や牛の内臓だと説明してやったら,「うーん,それは勘弁」という。それで,私は自分が最初に食べた鶏とダイコンの煮物を,うす味でポトフのような感じだと薦めたら,2人とも喜んで食べていた。
たまたま他の客からお茶漬けの注文があり,マスターは,だしをとる作業を始めた。この店では,お茶漬けの注文があると,そのつどカツオ節のだしをとる。これは何をしているのかというので簡単に説明したら,2人は「Interesting!」と言いながら身を乗り出して見ていた。
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Feb 15, 2007
若い才能がきらめいて,気持の良い演奏会だった。おそらくお客さんもそう思っただろう。先日,出身高校の関係者によるオーケストラの演奏会に久しぶりに出演し,コンチェルト2曲の伴奏をしたのである。
曲はハイドンのチェロ協奏曲第1番とベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番という共にハ長調の第1番で,ソリストは共に現役の高校2年生だった。
チェロのM君は,制服の上着を脱いだワイシャツ姿で登場し,細い体を折り曲げながら,朗々と歌うチェロを聞かせてくれた。プログラムでの紹介で知ったのだが,M君は卓球部のキャプテンだという。
ピアノのS君は,制服でなく,タキシードを着て登場した。学校での練習のときもすごいなと思ったけれど,ホールのちゃんとしたピアノで聞くと数倍すばらしかった。細かいところが正確無比なのは当然だが,緩徐楽章もきちんとサマになっていて,余裕を持ってオーケストラと歌い交わしていた。
終わって,「成人」出演者のみで打ち上げへ。ベートーヴェンの指揮をしたT1氏,トレーナーのT2氏(共にプロの弦楽器奏者)も交えて話がはずんだ。2次会と合わせて,計6時間の長丁場になった。
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Sep 30, 2006
BACH のように,ローマ字綴りがドイツ音名に使う文字からなる苗字というのがある。要するに A~H の文字のみを使うということなのだが,日本人では非常に少ない。
このたび初めて私(および団塊の世代)より若い総理大臣となった安倍氏は,その少ない例のひとつである。歴代総理大臣では,戦前の同じ読みの阿部さんという人に次いで2人目