音楽

Jul 31, 2019

ドラム缶のベースギター――夏の思い出

 夏が来れば思い出す――中学のとき,というのは五十何年も前のことだが,毎年3泊4日の海のキャンプに出かけた。場所は三浦半島の先端近い小さな湾の奥にある合宿施設。学校にプールはなくて,このキャンプが水泳を習う唯一の機会であり,それまで泳げなかった私は,そこで中学1年のときに特訓を受けてやっと泳げるようになった。
 水泳以外の時間には,歌を歌ったり,ゲームやレクリエーションに興じた。このときに登場した年配のA先生は,生徒に歌を歌わせるために,なんと自作の楽器を持ってやってきた。それは,ドラム缶を立てて,上面に木の棒を水平に取り付け,そこに弦を張ったベースギターだった。
 弦は3本で,フレットはない。で,どうするかというと,弦を適当な調のド,ファ,ソに調弦し,主要三和音(ドミソ,ファラド,ソシレ)の根音を弾くのである。もちろん,簡単な歌でも主要三和音以外の和音を使うことはよくあるが,そのときは根音でなくともその和音に含まれている音で代用してしのぎ,最後をソ→ドと進行して終止すれば,けっこうそれらしくなる。で,私も弾かせてもらった。それまでメロディ楽器しか知らなかったので,ベースを弾くのはまったく初めてで,短い時間だったが低音楽器の快感を味わった。
 そのときの曲で覚えているのは「こおれる月影,空に冴えて」という歌詞で始まる「灯台守」である。原曲はイギリス民謡で,勝承夫の作詞だという。

 A先生は,中学生からするとかなりのおじいさんに見えたが,当時たぶん六十少し手前ぐらい。すでに学校を定年になっていて,嘱託かなにかで理科や技術家庭の授業をし,そのときは海のキャンプの手伝いにやってきたらしかった。ずっと後で知ったところでは,A先生の父は海軍の軍人でかつ東京帝大の教授,A先生自身も海軍の軍人で,A先生の弟は一人は戦前から戦後にかけて活躍した音楽評論家,もう一人の弟は古代日本語の音韻の研究で名を残して早世した言語学者なのだった。

| | Comments (0)

May 28, 2019

東京メトロの改札外乗り換え

 東京メトロの複数の路線を乗り継ぐとき,乗り換えの回数が少ない経路を選ぶ方が早く着くことが多いが,運賃は,実際の乗車経路と関係なく,最短距離の経路による合計の距離によって計算される。路線が密集した都心部では,1駅ずつ乗って3回乗り換えるといった非現実的なルートが最短距離だったりすることもよくあり,最低料金で行かれる範囲はかなり広い。
 ここで少し問題が生じうるのは「改札外乗り換え」である。東京メトロ同士の乗り換えでも,改札を一度出なければならない駅は,現在14ある。このうち,人形町駅(日比谷線)と水天宮前駅(半蔵門線),築地駅(日比谷線)と新富町駅(有楽町線)は2018年3月に乗り換え駅として追加された。

 この改札外乗り換えについての「掟」のうち,「オレンジ色の改札口から出る」「乗り換えは30分以内」というのはよく知られていると思うが,もうひとつ「乗り換え駅までの運賃が,所持している切符の料金を超えている場合は精算する(追加料金を支払う)」というルールがある。これは,少なくとも私は,10年ぐらい前まで知らなかった。
 例えば,丸ノ内線の御茶ノ水から有楽町線の護国寺までの運賃は,2駅目の後楽園で南北線に乗り換え,1駅乗って飯田橋で有楽町線に乗り換えるという距離 5.9km のルートで計算され,170円(切符の場合)である。しかし実際には,池袋乗り換えなら乗り換えは1回ですむので,こちらを選択する人は多いだろう。ところが,池袋駅は有楽町線と丸ノ内線とが別改札であり,しかも御茶ノ水・池袋間は200円なので,170円の切符で改札を出ようとすると精算,つまり30円支払うことを求められる(乗り継ぎの精算券が出るので,それで有楽町線の改札に入ることができる)。
 最短距離で計算することはお互いにとって利益があるのに対して,別改札かどうかは乗客と関係なく東京メトロの事情であり,そのために30円余分に払わなければならないのはおかしいと思う。とはいうものの,もしここで精算しないで出ることを認めると,200円の区間を170円で乗れることになってしまうので,これはこれでまずいということなのだろう。

 もう一つの問題は,「不可逆性」である。上記のルートを逆に,つまり護国寺から乗って池袋で乗り換え,御茶ノ水で降りる場合は,護国寺・池袋間が170円なので,170円の切符で問題なく有楽町線からの乗り換え改札口を出ることができ,そのまま御茶ノ水で下車できる。つまり,同じルートが,行きは200円,帰りは170円ということが起きる。これは公共交通の料金としては異例の事態である。
 ICカード(Pasmo等)だったら,最初の線の改札を出るときにとりあえず(いや正確には「敢えて取る」?)30円差し引き,30分以内に乗り換えて170円区間の駅で降りるときに精算,つまり30円払い戻す,ということもできると思うのだが。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 先に書いた山手線上野駅の発車メロディーを,先日聞いてきた。
 予想通り「だれも寝てはならぬ」のメロディーで,

_CDEDCDH|A---|_DEFEDEC|H-C-DDEF|G---
   半角1字が8分音符の長さ,「_」は8分休符,
   「-」は8分音符分の伸ばし

という具合に,2・5小節目の全音符を短くして無理やり4小節の長さにしてあった。

| | Comments (1)

May 20, 2019

クリムト,シューベルト,シェーンベルク

 東京ではいま,クリムトを中心とした展覧会が2か所で開催されているが,そのうちのひとつ「ウィーン・モダン クリムト,シーレ 世紀末への道」(国立新美術館)を見てきた。クリムト,エゴン・シーレ,ココシュカが中心だが,タイトルのとおり「そこに至る道」についての展示が充実しているのがミソ。
 音楽家もいろいろ登場していて,シューベルトの有名な肖像もあった。しかし,予備知識なく見てびっくりしたのは,シューベルトの眼鏡(!)が展示されていたことだった。

 ほかにおもしろかったのは,シェーンベルクが描いた3点の絵。うち1枚はアルバン・ベルクの肖像,もう1枚はマーラーの葬儀を描いたものだった。さらに,オーギュスト・ロダンの描いたマーラーの肖像があった。
 クリムトは「エミーリエ・フレーゲの肖像」だけ特別待遇で「個室」に展示され,写真撮影可になっていた。

 同展は東京は8月5日まで。引き続き8月27日からは,国立国際美術館(大阪・中之島)で開催されるとのこと。ただし,クリムト,シーレ等は東京より少なくなるらしい。
Aap5059967

| | Comments (0)

Mar 14, 2019

カレー屋のマーチ/デストロイヤー,森山加代子

 1年以上前に,神保町1丁目の北端,錦華通りをずっと行った左側のカレー屋「仙臺」に入ったら,吹奏楽の音が聞こえてきた。いずれもマーチで,食べている間に4,5曲聞いたが,曲名がわかったのは,ベネットの「ミリタリー・エスコート」と須磨洋朔「大空」のみだった。たまたま中学・高校のときにやったことがあったので知っていたのだが,それにしても,なんとも渋い選曲だ。
 先日久しぶりで行ったら,やっぱりマーチが鳴っていて,こんどはまったく知らない曲ばかりだった。ただし,うち1曲は,タイトルは分からないが,「キラキラ星」のテーマによる変奏曲マーチだった。

 先週,プロレスのザ・デストロイヤーの訃報が出た。本名が Richard John Beyer というのは初めて聞いた。
 日本で活躍していたのは私が中学からの10年間ほどだったようだ。当時,プロレスは人気があったが,一方では俗悪番組としてやり玉にあがったりしていた。だからというわけではないが,プロレスはあまり見なかったけれど,見なくてもよく知っている有名な存在だった。
 NHKのニュースでも「デストロイヤーさん」の死去を報じ,昔の映像を流していた。

 その少し前,歌手の森山加代子が死去した。新聞の訃報は意外と小さな扱いだった。「じんじろげ」「パイのパイのパイ」などは私が小学校のころのヒット作。小学生から見ると大人に見えていたが,9歳半ほどの違いだった。
 なつかしいのは,「じんじろげ」より9年後の「白い蝶のサンバ」。訃報でも代表作となっていた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Oct 18, 2018

最後の公演が日本

 シャルル・アズナブールが10月1日に死去したと聞いて,来日公演のニュースを見たばかりだったので驚いた。享年94歳。そのわずか12日前,9月19日の大阪公演が生涯最後のステージになった。
 それで思い出したのは,マリア・カラスのこと。1974年12月11日の札幌での公演(ピアノ伴奏)が,最後の公演となった。当時51歳。ただし,カラスの場合は亡くなったのは2年半以上後の1977年9月だった。
 そうか,この2人は同じくらいの世代だなと気づいてデータを見たら,カラスは1923年12月,アズナブールは1924年5月の生まれで,誕生の日は半年ほどしか違わないのだった。なお,イヴ・モンタンは少し上で1921年,エディット・ピアフはさらにその6年上で1915年生まれである。

 偶数月の15日は年金の支給日である。今回は今週の月曜日で,客の平均年齢の高い某居酒屋は,いつもにも増してにぎやかだった。豊洲の魚が入荷し,早くも鍋物が始まっていた。
 飲み屋でなくても「15日」は意識されていて,「ぱぱす」の老人サービスデーは毎月15~17日だし,某中堅チェーンのスーパーでは15日をシルバーお宝デーとしている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sep 25, 2018

N響のシベリウス「クレルヴォ」

 21日(金)夜は,NHK交響楽団定期演奏会(NHKホール)へ。パーヴォ・ヤルヴィ指揮で,シベリウスの短い曲3曲と初期の大作「クレルヴォ」というすべて男声合唱つきの曲によるプログラム,合唱はエストニア国立男声合唱団。近くの客席には,フィンランド人らしい人がたくさんいた。
 前半の最後は交響詩「フィンランディア」の男声合唱入りの版。中間部の旋律を無伴奏の合唱曲にしたものと原曲を組み合わせたもので,こういうのがあるということは知っていたが,初めて聞いた。感動的。

 「クレルヴォ」は40年ぶりだった。前回は1978年,渡辺暁雄が東京都交響楽団の常任を退任するときの特別演奏会で聞いた。そのときは歌詞は日本語で,合唱の始まりの部分の歌詞と旋律は今でも覚えている。そのときも,また多くのCDでも,曲名は「クレルヴォ交響曲」と表記されていたが,今回のプログラムでは単に「クレルヴォ」となっていた。初演時は「交響詩」と表記されたが,何回かの演奏ののち,シベリウスは生前の演奏・出版を禁止してしまったため,作曲者の意図がはっきりしないらしい。
 「カレワラ」を題材にした5楽章の大曲で,ソプラノとバリトンの独唱が兄妹(かつ恋人同士)役を歌う。そう,『ワルキューレ』のジークムントとジークリンデを思わせる。で,音楽は若々しく適度に野性的で,演奏も,「カレワラ」の世界にふさわしく雄弁かつ雄渾。最近では珍しく,眠くならなかった。
 合唱は見たところ47名で,豊かな響きを堪能できた。演奏後,オーケストラが退場したところで,再び拍手が起こり,合唱団を拍手でお見送りした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 09, 2018

あと1年

 4月30日,平成という年号は「あと1年」となった。
 大正,昭和,平成の始まりは,いずれも天皇の崩御の翌日だった。各代とも新しい天皇が即位すると,その次の年号の選考はすぐ始まっていたはずだが,なにしろ崩御が前提の話なので,おおっぴらの議論などない。「平成の次」についても前から準備が進んでいたはずで,今回は生前退位が決まって違う要素が加わったということだろう。当然,来年4月末より前に万一のことがあったときの手筈も決まっているに違いない。
 今回,最初は新年号は早めに(当時の想定では半年前ぐらいに)発表すると言っていたのに,最近は来年2月発表が有力だという。私自身は自分からすすんで和暦を使うことはないが,年度末にそのとき限りの作業が生じるのは全体として大きな損失になる。早くしてなにもまずいことはないと思うのだが,何をもったいぶっているのだろう。さらに言えば,本当は元日改元がいちばんすっきり便利だったのに。

 1988年秋,テレビのニュースではほぼ毎日,天皇の病状を報じていた。当時5歳だったうちの息子も,テレビに見立てた段ボールの枠から顔を出して「テンノウヘーカのヨーダイは…」などと言っていた。
 1989年1月,わが家は信州某所で3泊し,1月7日の昼前に車で帰京の途についた。宿泊施設の客室や食堂にテレビはなく,ケータイもない時代で,ニュースはまったく知らないままだった。出発してまもなく,早めの昼食にしようと寄った食堂でふとテレビを見上げると,なにやら黒いスーツに黒いネクタイの人が次々に登場する。福田元首相もいた。店の人に「もしかして…?」と聞くと「そうなんです,今朝」という簡潔な返事が返ってきた。
 その後はずっとラジオをつけて走った。午後,中央高速で,あの「平成おじさん」小淵官房長官が次の年号が発表するのを聞いた。ラジオだから,すぐに文字の説明が入ったのだと思う。昭和64年は7日間で終わった。
    [追記: 日付の誤りを2018/5/17訂正]
【連休短信】
◆4/29 ヴィオラ奏者の友人が主宰する室内楽の演奏会へ。大部分ハープ入りのフランスもの。――ハープって,譜めくりが必要なんですね。
◆4/30 自オケの本番。ホールの響きに助けられた。某居酒屋での知り合いが3人来場。
◆5/2 「クラフトビール新酒解禁祭り2018」へ。体育館のような場所に屋台が40軒。
◆5/5 「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO2018」の一環として池袋西口公園で開かれた無料のコンサートへ。女性ばかりのサックス3重奏(Sop,Sop,Ten)でモーツァルトを聴く。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Mar 07, 2018

パーヴォ・ヤルヴィ&N響『ウエスト・サイド・ストーリー』

 3月6日,パーヴォ・ヤルヴィ&N響『ウエスト・サイド・ストーリー』(演奏会形式)に出かけた(Bunkamura オーチャードホール)。平日なのに3時開演なのが謎。当日夜,ホールがふさがっているというわけでもない。パーヴォがその夜の飛行機に乗らないと,というようなこと?
 主要歌手7人は米語話者(たぶん)を招き,日本人は6人,あと東京オペラシンガーズの男声が10人,新国立劇場合唱団の女声が8人が参加した。アニタ役は Bottoms という不思議な姓。さんざんからかわれてきたに違いない。
 全員暗譜で,出入りあり。それらしい衣装で,最小限の演技あり。「シンフォニー・コンサート版」と表示されているのは,どうやら台詞をかなりカットしたということらしい。正味は95分。
 で,結果は快演。特に金管はけっこう弾けていた。金管奏者はみなかつて吹奏楽でジャズをやっていただろうから,故郷に帰ったような気がしたのでは。一方で,ピアニッシモの精妙な部分もたくさんあるのが並のミュージカルと違うところで,特に最後は,美しい祈りの音楽だった。

 演奏会形式のいいところはオケがよく見えること。編成は,どの程度バーンスタインの意図によるのかはわからないが,なかなかおもしろかったので下に記しておく。
[木管前列]フルート3(ピッコロ1―以下かっこ内は持ち替えの楽器と人数),オーボエ1(イングリッシュ・ホルン1),ファゴット1
[木管後列]クラリネット3(バスクラ3(!)),サックス3(ソプラノ,アルト,テナー,バリトン,バス(!)の5種を分担,1人はクラにも持ち替え)
[金管]ホルン2,トランペット3,トロンボーン2
[打楽器・キーボード]ティンパニと他の打楽器が6人,別にドラム(セット)1人,キーボード1人
[弦]第1・第2ヴァイオリン,ヴィオラが3プルトずつぐらい(人数よく見えず),チェロが多くて4プルト,コンバス2プルト
 バス・クラリネットが3本も置いてあってなぜだろうと思ったら,第2部の真ん中あたりで確かに3重奏があった。オーボエは茂木さんで,Tonight では珍しい首席奏者のイングリッシュ・ホルンが聞けた。

[追記] 私のちょっとした自慢は,ミュージカル初演のわずか7年後に,中学の吹奏楽で「『ウエスト・サイド・ストーリー』ハイライト」を演奏したこと(→参照)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jan 09, 2018

共に70歳で――星野仙一とフランス・ギャル

 1月6日の朝は,なんとなく朝のニュースを見ないで過ごし,昼過ぎに会った人から「星野さんが亡くなったわね」と聞いた。「えっ,星野って,あの?」「そう,野球の星野仙一」と確認して,遅ればせながら驚愕。死去は4日,膵臓がんだった。まだ70歳,長嶋よりも王よりも野村よりもずっと若いのに。
 常に「闘将」という称号が冠される星野だが,最初中日の監督のときにはほんとうに泥臭い闘将だったのに対し,楽天の監督のときには,もちろん闘志にあふれていたが,かなりスマートな闘将になったような印象がある。
 2013年に楽天がリーグ優勝したとき星野監督は66歳で,リーグ優勝の最年長監督となった。昔の大監督はかなりの年齢のような感じがしていたが,最後に優勝したとき川上は53歳,三原,水谷はもっと下,野村も62歳(ヤクルト,97年)だった。

 7日,フランス・ギャル(France Gall)が乳がんで死去。若いころしか知らないからまったくぴんとこなかったが(新聞の訃報の写真も1965年撮影だった),奇しくも星野と同じ70歳だった。
 このブログでは10年前にシルヴィ・バルタン来日の話題のついでに書いたように(→参照),フランス・ギャルといえば「夢見るシャンソン人形」。フランス語の歌詞で,-son,および -waa という音の語尾が韻を踏んでいるのが,高校生の耳にも甘美に響いた。日本語版(岩谷時子によるらしい)でも,-waa の部分は「…わ」と訳していた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Dec 24, 2017

今秋以降に読んだ本の中から

 まず,飯間浩明『小説の言葉尻をとらえてみた』(光文社新書)では,国語辞典編纂者が,現代日本語の用例を求めて小説の中の世界に入っていく。対象になるのは,1960年以降生まれの作者による,2004年以降に発表された小説15編。
 新語やいかにも若者言葉といったものも出てくるが,それよりも「さっきの今」「売るほどある」「見物しいの,拝みいの」といったフレーズや「刹那」の副詞用法(単独で「その刹那に」の意味で使う)など,人の目で見ないと採集が難しそうなものがおもしろい。新しい言葉とされるが実は昔からある言い方だったり,方言の断片だったり,その姿は多彩である。先日書いた「綺羅星」のことも出てきた(→参照)。

 読売日本交響楽団編『オーケストラ解体新書』(中央公論新社)は,プロのオーケストラの活動はどのようにして進められていくのかを,事務局が中心になってまとめたもの。指揮者や楽団員の発言はいろいろな形で伝わってくるが,事務局,特に制作部,ライブラリアン,ステージマネージャー,楽器運搬など,裏方のプロ集団の仕事がこれだけまとめて紹介されたのは希有のことだ。

 もうひとつ読売がらみで,読売新聞文化部『唱歌・童謡ものがたり』(岩波現代文庫)は,90年代に読売新聞に連載されたものが,1999年になぜか岩波書店から単行本で出たのが元版である。2013年に岩波現代文庫になってからも版を重ねているロングセラー。
 連載は大部分20年以上前なので,取材を受けている人々(おもに作詞者・作曲者)には今は故人となっているであろう人も多く,貴重な証言ばかりである。それぞれの歌に物語があり,それぞれ目頭が熱くなる。先日書いた「真白き富士の根」もとりあげられている(→参照)。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 少し前にNHKのTVで,阿久悠を回顧するコンサートに岩崎宏美が出て「思秋期」を歌っていた。だいぶ顔がふっくらして,かわいいおばさまになっていた。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧