書籍・雑誌

Feb 15, 2016

『百人一首の謎を解く』/オーレル・ニコレ

 草野隆『百人一首の謎を解く』(新潮選書)を読んだ。百人一首の「前身」にあたる「百人秀歌」(これは戦後発見された)を紹介しつつ,これが何のために作られたのかを探るもので,前に話題になったいろは歌についてのトンデモ本のようなものではなく,至ってまっとうな本である。
 百人一首については,「各歌人の代表作が採られていない」「歌人としてほとんど実績のない人が含まれている」という評言が古くからあった。この本では言及がないが,百人一首と同じ100人のもっと優れた歌を選んだ塚本邦雄『新撰 小倉百人一首』という本さえある(ただし,安倍仲麿と陽成院の2名は他の歌が伝わっていないので百人一首のまま)。塚本によれば,百人一首の歌は二条院讃岐以外は代表歌と呼べず,式子・定家等数首を除けば「一切凡作」だという。
 このように秀歌集とはいえないのはなぜか,また不幸な歌人の歌が多いのはなぜかといった謎は,結局,何のために作られたのかという謎に帰着する。これに対するこの本の回答は,もちろんすっきりと証明できるような性質のものではないが,なるほどそういうことがあっても不思議ではないなと思わせる。

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 1月29日,フルートのオーレル・ニコレ死去。
 1970年ごろ,東京文化会館でリサイタルを聴いたことがある。たぶん無伴奏の夕べだったと思う。バッハの無伴奏ソナタがあったこと,若い奥さんとのデュエットがあったことをかろうじて思い出す。
 1950年代,つまりフルトヴェングラー,チェリビダッケからカラヤンに移りゆく時代のベルリン・フィルの首席をつとめた。1957年にオーボエのローター・コッホが入団し,59年にニコレが去って,ベルリン・フィルの木管の音色は大きく変わっていった。
 ニコレは楽器の掃除をちっともしないので,管の内部は非常に汚いという話を聞いたことがある。そのしっとりした落ち着いた音色は汚れのせいだなどと,仲間で噂した。

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Nov 09, 2014

種村直樹・徳大寺有恒氏死去

 徳大寺有恒氏が死去した。著書『間違いだらけのクルマ選び』は,最初単発の本だったが,やがて毎年「○年度版」が出るようになった。
 クルマはおもしろいものだと思うが,毎年読むような趣味はなく,自分がクルマを買い換えるときしか買わなかった。でも,著者がほんとうにクルマが好きで,乗って楽しいクルマを紹介したいという思いが伝わってきて,希有の実用書だった。

 徳大寺氏の訃報の隣をふと見たら,種村直樹氏の訃報が載っていて,驚いた。そういえば最近は種村氏の著作に接していなかった。
 種村氏は,毎日新聞の記者として鉄道関係の取材にあたっていたが,やがて物書きとして独立し,レイルウエイ・ライターを名乗る。代表作「気まぐれ列車」のシリーズを初めとして,若者との接触を大事にし,旅の一部の同行者を募集したりすることもあった。
 よく読んだのは1990年代だった。氏の著作はノンフィクションが多数を占めるが,フィクションもあり,読んだ中では『長浜鉄道記念館殺人事件』がおもしろかった。

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Oct 12, 2014

「みをつくし料理帖」シリーズを読了

 髙田郁「みをつくし料理帖」の最終巻(10冊目)が8月に発売になり,名残を惜しみつつ,1週間ずつ間隔を空けて4編を読んだ。池波正太郎以外の時代小説のシリーズを読んだのは初めてである。
 4月に1冊目をたまたま買って気に入ったのが始まりで,すぐにそれまでに出ていた8冊と別冊1冊をまとめ買いした。文庫本だが書き下ろしのシリーズで,10冊目が最終巻になることは前の巻で1年前に予告されていた。8月下旬の書店では,最終巻と既刊本が盛大に平積みされていた。
 舞台は文化文政時代の江戸,大坂からやってきた主人公の澪が女料理人として成長していくビルドゥングス・ロマンである。武士も町人も,また金持ちも庶民も登場し,それぞれなかなか複雑な過去を持ち,舞台は私にとってはなじみのある神田明神下,俎橋(まないたばし)(神保町3丁目の靖国通りに今も橋があり,交差点名にもなっている)から吉原の郭に及び,スケールが大きい。
 「料理帖」の名のとおり,澪が作る料理がおいしそうなのがこのシリーズの大きな魅力である。冷蔵庫がない時代,新鮮な食材の入手はたいへんだが,その様子が季節のうつろいを鮮やかに描き出す。ただし,実際には,この時代に女料理人というものが存在するのは非常に困難だったように思うが。

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 10月1日の東海道新幹線開通に続いて,50年前の10月10日には東京オリンピックの開会式があった。当日は土曜日で,普通なら午後は部活(吹奏楽)があったはずだが,テレビをナマで見た記憶があるので,部活は特別に休止になったのだろうか。
 開会式で演奏された古関祐而「オリンピックマーチ」は,翌年自分たちで演奏することになる(→参照)。

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May 14, 2013

野尻抱影『天体と宇宙』再び

 2009年4月の当ブログに,子供のころ野尻抱影『天体と宇宙』を暗記するほど読んだと書いた(→参照)ところ,それから3年半後の昨年秋に,「オペラ大好きの天文学者」さんからコメントをいただいた。『天体と宇宙』を「暗記するほど読んだ」方で,結局本職の天文学者になったとのことだった。
 それから半年後の今週5月12日の朝日新聞の読書欄の「思い出す本 忘れない本」というコーナーで,多くの著書のある天体写真家がこの『天体と宇宙』を紹介している。その文中に「全頁の文章をそらんじられるほど,しつこく何度も読み返しました」という一節があり,思わず「あ,またひとり」とつぶやいてしまった。

 最近の宇宙論関係で(もちろんわからないところはたくさんあったがそれでも)おもしろかったのは村山斉『宇宙になぜ我々が存在するのか』(講談社ブルーバックス)だった。この著者は,大学のオーケストラでコントラバスを弾いていた人らしい。

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May 03, 2012

『サロメ』の新訳

 オスカー・ワイルドの『サロメ』の平野啓一郎による新訳が4月に出た(→参照)。以前「カラキョー」で話題になった光文社古典新訳文庫の最新刊である。ご承知のように短い作品なので,戯曲本体より付録部分の方が大きく,ページ数は以下のようになっている。

  本体 75 [献辞等を含む]
  注(田中祐介)  39
  訳者あとがき 28
  解説(田中祐介) 60 [書誌を含む]
  『サロメ』によせて(宮本亜門) 12
  ワイルド年譜 4

 宮本亜門が登場しているのは,新国立劇場での上演(オペラではない)のために平野に新訳を依頼したのが宮本だからである(宮本演出の『サロメ』上演は5月31日~6月17日;→参照 いきなり音が出るので注意!)。
 サロメのせりふは,過度にイマ風にしているわけではないが,現代の15歳ぐらいの女の子がしゃべるとしたらこんな感じだろうという口調になっている。それだけに,ヨカナーンへの妄想が広がっていく過程が直接的に感じられ,恐ろしい。「解説」も渾身の作というべきもので,資料としても貴重である。

 オペラの原作となった古典的戯曲の新訳としては,先ごろ,ボーマルシェの『フィガロの結婚』(鈴木康司 訳,大修館書店)が出た(→紹介)。現代の日本語上演が可能な訳を目指したものだが,こちらは原作がやたらと分量が多く,『サロメ』より字詰めの多い組版で本体は224ページある。日本語で上演したら正味4時間では終わらないのではないだろうか。

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Feb 26, 2012

「威風堂々」全5曲

 エルガーの行進曲「威風堂々」は第1番が圧倒的に有名だが,実は第5番まである。先日,たまたま全5曲が入っているCD(ショルティ指揮,ロンドン・フィル)を見つけて買った。
 生で聞いたことがあるのは第1番だけ(演奏したこともある)。第2番,第4番は昔LPレコードで聞いたことがあるが,第3番・第5番はまったく初めてだった。第1番にもっとも似ているのが4番で,文字通り同工異曲。このごろCMでも使われているトリオの旋律は,1番と同様に歌詞がつけられているという。
 1番・4番と対照的に短調で繊細なのが第2番。第3番も短調だが,2番より堂々としている。第5番は,作曲が4番の20年以上後で,雰囲気が違う。すっきり明快で,もっとも「普通の行進曲」である。
 故三浦淳史氏の解説によれば,「威風堂々」は6曲セットにするつもりだったという。なるほど,そういえば,かつては楽譜の出版というのは6曲でセットにすることがよくあった。1995年発売のままのCDなので,解説中では指揮者のショルティもまだ生きている。

 2010年の「第1番」に続き(→参照),『バンド・ジャーナル』誌で,ホルストの「吹奏楽のための組曲第2番ヘ長調」の校訂スコアが1月号から隔月で付録についている。

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Jul 27, 2011

2011年夏――ヴィシソワーズと鉄道特集

 今年は早く梅雨入りして,早く夏がやってきた。
 夏はヴィシソワーズの季節である。日曜日に,今シーズン初めてヴィシソワーズを作った。1年近く空くと作り方を忘れてしまうので,昔このブログに書いたレシピ(→参照)をプリントアウトして台所の戸棚に貼って作業をした。
 ジャガイモ,牛乳,バター以外の材料にはいろいろな流儀があるが,今回はセロリを入れた。結果は上々。これで水曜日ぐらいまで毎朝食べられる。
 問題は,特に作った直後,冷蔵庫の中に鍋の入るスペースを作ることである。

 梅雨明け前の7月上旬に,このところごぶさたしていた月刊誌『東京人』の8月号を買った。「もう一度乗りたい なつかしの鉄道」という特集である。
 執筆メンバー(対談を含む)は,山田太一,川本三郎,池内紀,酒井順子,原武史,枡野浩一,今尾恵介というなかなかの豪華版である。
 鉄道写真家の丸田祥三氏(→参照)が少年時代に撮った都電の写真が非常にいい雰囲気で,なつかしいけど乾いた叙情といった感じ。この丸田氏は,将棋の丸田祐三氏の子息であることを初めて知った。

 同じころ,『週刊東洋経済』が「鉄道完全解明」という臨時増刊を出した。このところ,同誌は毎年鉄道関係の増刊を出しているが,今回は当然,震災の被害と復興が大きなテーマである。鉄道ファンにもおもしろい話はたくさん出てくるが,全路線の収支実態,車両部品メーカーの動向,海外での新幹線入札など,やはり経済誌ならではの記事が充実している。
 『週刊東洋経済』の震災1か月後の4月16日号は「徹底検証 鉄道被災」という入魂の大特集だった。4月11日発売だったから,実際の取材期間は20日ぐらいだったはずだが,内容は多彩でかつ行き届いたものだった。

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Nov 27, 2010

時刻表を買う

 12月4日に東北新幹線の八戸―新青森間が開業し,大きなダイヤ改正になるので,久しぶりに時刻表を買ってきた。ちょっと見たところ,最速は,定期列車では東京発9:56,11:56,13:56の「はやて」で,新青森まで710kmを3時間23分で走る。さらに,来年3月には,新型車両の投入によるスピードアップで3時間10分になる予定である。
 東北地方の鉄道については「完乗」しているので,その維持のために,早い機会に乗りに行かなくてはならない。

 ふだん出張などで乗るための列車の時刻を調べるにはパソコンソフトを使っているが,大きなダイヤ改正があるときなどには時刻表を買うようにしているので,平均年に1.5回ぐらい買っている。時刻表の扉には「時刻表は毎月変わっています」という注意書きがあるが,パソコンソフトがない時代でも,季節列車などについて少し気をつければ,実用的には年2回ぐらい買えば十分だった。
 辞典類は紙から電子へかなり移行したものの,まだ紙の辞典も「健在」なのに対し,時刻表はそれよりはるかに早いスピードで電子化・ネット化が進行した。かつては,大型時刻表(『JTB時刻表』または『JR時刻表』)を毎月買う鉄道ファンおよび法人客は少なくなかったはずだ。
 時刻表は雑誌だから定期購読が可能である。昔『JR時刻表』には,普通の雑誌では考えられない「1か月おきの定期購読」という制度があった。私は最大年4冊ぐらいしか買わなかったので,利用しなかったけれど。

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May 08, 2010

困った巨匠たち――シェトレ 著『指揮台の神々』

 2003年に出た『指揮台の神々――世紀の大指揮者列伝』(ルーペルト・シェトレ 著,喜多尾道冬 訳;音楽之友社)を,遅ればせながら読んだ。470ページの大冊だが,読ませる文章につられてどんどん読んでしまった。
 扱われているのは,ハンス・フォン・ビューロー,ハンス・リヒター,ニキシュ,マーラー,トスカニーニ,ワルター,クレンペラー,フルトヴェングラー,クナッパーツブッシュ,ベーム,カラヤン,バーンスタイン,ラトルの13人。このうちラトルはバーンスタインより1世代以上若く,今も「現役」で,なんだか取ってつけたようである(原書は2000年刊)。
 いちばん印象に残ったのは,巨匠たちがそろいもそろって猜疑心のかたまりで,やなやつ・困ったやつであることだ。自分の地位をおびやかすスター指揮者の登場を恐れ,新しい楽員に疑惑のまなざしを向ける。昔の常任指揮者・音楽監督は,そういう「能力」がないと務まらなかったということでもあるのだろうが,周りの人間はたいへんだ。かろうじて個人的につきあってもいいかなと思うのは,ワルターとクナ(とラトル)ぐらい。

 13人のうち,私がナマで聞いたことがあるのはベーム,カラヤン,バーンスタインの3人である(いずれも来日公演;ベームはウィーンでも1回聞いた[参照 →本拠地])。上記リストのそれ以外の人たち(ラトルを除く)は来日していないから,クナ以前の人を聞けた日本人は,ごく限られていたはずである。フルトヴェングラー(1954年死去)を聞いたことがある人で健在なのは,吉田秀和氏ぐらいかもしれない。
 ちなみに,1950~60年代の欧米のコンサートを聞きまくった記録としては,植村 攻『巨匠たちの音,巨匠たちの姿――1950年代欧米コンサート風景』(東京創元社)がおすすめである。

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Dec 17, 2009

鶴我裕子『バイオリニストは目が赤い』

 鶴我裕子『バイオリニストは目が赤い』(新潮文庫)を読み始めたらおもしろくて止まらず,最後は電車を降りた後,駅のベンチに座って読み終えた。2005年に単行本で出ていたというが,これまで知らなかった。
 著者は元N響ヴァイオリン奏者。年齢は明示してなくてもだいたいわかるけど,と思いつつ読んでいたら,好きな演奏家をあげた中で,某ヴァイオリニストと生年月日が同じと書いてあって,正確にわかってしまった。
 他のプロ・オーケストラにいた友人から聞いた話を思い出して,なるほどそうだろうなと思いながら読んだところが多いが,サヴァリッシュ,ホルスト・シュタイン,ブロムシュテットといった巨匠たちの実像などは,やはりN響ならではの話題である。文章は軽妙でリズムがよいが,泣かせる部分もちゃんとある。オーボエの茂木大輔氏に続くN響奏者の名エッセイだ。

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