心と体

Nov 13, 2016

コチシュ死去/集中管理

 11月8日の新聞で,ピアニストのゾルタン・コチシュ(ハンガリー人だから本来はコチシュ・ゾルターン)の訃報が出ていてびっくりした。まだ64歳。私より少し下の世代のハンガリーの三羽烏,デジュー・ラーンキ,アンドラーシュ・シフ,コチシュは,いずれも音が美しくさわやかで,でもじっくり歌っていて,LP/CDを比較的よく聞いていた。
 3人のうちでコチシュは,1977年夏にたまたまダブリン(アイルランド共和国)に行ったときにリサイタルのポスターを見て聴きに行ったという縁がある。小さな会場だった。曲は,前半は覚えていない(モーツァルトなどだったような気がする)が,後半はなんとベートーヴェンの交響曲第5番の独奏用編曲だった。
 コチシュは管弦楽曲の編曲をよく演奏する人で,リストまたは自分の編曲によるワグナーの曲だけのCDも出している。その中で特に愛聴しているのは『ローエングリン』の「エルザの大聖堂への行列」。

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 会社勤めを終えてから初めての成人病健康診断に行った。これまでは会社で受けていたので,並んだ順に決まった順番で進んでいったのだが,今回は様子が違った。
 指定の番号の席に30数人座ると,前に立った看護師さんが「では1番と2番の方,後ろの心電図の部屋にお願いします。3番,4番,5番の方は視力検査に行ってください。9番,10番の方は…」という具合に,各項目の検査が並行して進むよう「指揮」する集中管理方式なのだった。モニターにだれがどれを済ませたかが表示されるらしく,検査室から1人出てくると次の人が指名される。全体として,最初の受付の順に終了していった。

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Oct 25, 2015

歩数計 改め 活動量計

 歩数計をいつもつけて歩数を記録をするようにしてから来春で10年になる。この間,歩数計は2回買い換えた(→「甘い万歩計」)。その3台目はいつの間にか電池蓋がなくなり,ガムテープでふさいで使っていたのだが,9月のある日,表示が乱れるようになったので,まあ潮時だと思い,新しいのを買いに出かけた。
 売り場に行って戸惑ったのは,歩数計または万歩計(これは商標)のコーナーが「活動量計」という表示になっていたことである。見ると,どうやら,歩数はもちろん測れるが,体を動かしたことによる消費カロリーの計算に重点があるらしい。
 買って帰って,今までと同じようにズボンの前のポケットに入れるようにしたのだが,念のため説明書を見たら,それでもいいのだが,「階段上り歩数をより精度よく測定するためには胸ポケットへの装着」が推奨されていた。この階段上り歩数の計測というのも今回の新機能のひとつで,いろいろやってみたところ,確かに胸ポケットの方がきちんとカウントする。
 1か月使ってみて記録を見たところでは,今までの機械の多めにカウントする傾向や不可解な歩数の変動はなくなり,1日の平均は8500歩ほどだった。

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 0/3 という不思議な分数が,野球の投球イニング数をいうときにのみ登場する。あるイニングで,アウトをひとつも取れないで降板すると投球イニング数は 0/3 と記録されるわけだが,次のピッチャーがそのイニングの残り3アウトを取ると,その投球イニング数は 3/3 とはしないで1とされるようだ。

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Oct 23, 2015

カバンの持ち方とヒトの二足歩行

 少し前の新聞に「肩こりしづらいカバンの持ち方」という記事が出ていた。それによると,ポイントは前後のバランスを保つ,つまり顔が体より前に出ないようにすることで,いちばん肩こりの悪化につながりやすいのは肩掛けカバン,マシなのは手に持つタイプだという。長年肩に掛けるカバンを使っていたが,さっそく,ストラップを使わないで手に持つようにすることにした。
 その記事にはさらに,手持ちのカバンは「親指と人差し指に力を込め,他の指は添えるだけ」にするのがよいとある。これはやってみて理由がわかった。こうするとカバンの重心が体の真横よりわずかに後ろにきて,背中が丸くなりにくいのだった。しかも,このように持つと親指と人差し指に負担がかかるので,しょっちゅう左手と右手の間で持ち替えることになり,左右を均等に使うことにつながる。

 人間の腰痛というのは,元をたどれば二足歩行が原因だという。といわれても,二足歩行はやめるわけにはいかないが。
 赤ん坊が立って歩くようになるのを見ていると,大部分の人が二足歩行という高度な技術を習得できるというのは不思議なことだと思ってしまう。脚がすらっと細い女性が軽やかに歩くのも,曲芸を見ているようだ。
 ついでにもうひとつ,ヒトのお産は哺乳類でいちばん「難産」なのだが,これも二足歩行が原因だという。

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May 17, 2015

白内障手術始末 (3)左の巻

(承前)
 翌週の木曜日,こんどは左目の手術である。前週とまったく同じ手順で順調に進み,無事に終了した。左目に眼帯をし,「普通の近視」になった右目だけで帰ってきた。
 翌金曜日,手術後の診察。眼帯が外れ,8日ぶりに両眼の見え方が同じになった。視力は各0.5ぐらい。外へ出ると青空と木々の緑が鮮やかで,「美しき5月」の風景が広がっていた。
 50年近くにわたってつきあってきた度の強い凹レンズを通さずに物を見ると,すべての物が大きく見える。帰りにドトールに寄って,いつものSサイズのブレンドを飲んだのだが,Lサイズよりも大きく見えた。

 視力を含めて目の状態が安定するまでには1か月以上かかるというので,それまでの間使う仮の眼鏡を翌日ぐらいに作ろうと思っていた。しかし一応想定通りの視力が出ているので,どうせ仮ならもう作ってしまおうという気になり,その日の夕方に,デパートの高級眼鏡売り場でなく,デパートに入っているチェーンの安い眼鏡屋に出かけた。(大手航空会社が格安航空会社を持つようなものか。)
 老眼は治らないが,近くのものは裸眼でよく見える。遠近両用にするかどうかはまた考えることにして,仮の眼鏡は近眼専用とし,少し度を弱くしてパソコン画面の距離のものが普通に見えるようにした。レンズはこれまでのものよりはるかに薄くなった。裸眼のときほどではないが,物がすべて従来より大きく見える。
 1日4回の目薬は両眼にさす。寝るときの保護用の眼帯も両眼になった。(その後11日目の診察を経て,目薬は2種で1日3回になった。)

 所期の目的通りもやが晴れたほか,2メートルから10メートルぐらいの距離の物がはっきり見えるようになったのが大きな変化である。家の床のゴミやほこりがよく見えるし,人の顔も鮮明に見える。鏡の中の自分の顔のしわやしみもよく見えて,「実態」なのでやむを得ないとは思うが,少々がっかりした。テレビ画面も鮮明になって,テレビやDVDが楽しくなった。
 車の運転は1か月後ぐらいからとされている。これまでも矯正視力は1.0ぐらいあったので視力としては変わらないはずだが,細かいところがよく見えてたぶん運転しやすくなるだろう。

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May 06, 2015

白内障手術始末 (1)右の巻

 4月下旬に,懸案の白内障の手術をした。
 2008年に網膜の手術をしたとき(→参照)に,すでに白内障が始まっていた。その後しだいにもやもやの密度が濃くなって,たとえば天気がよく気持のいい朝に外へ出たときや,劇場の客席から休憩でホワイエに出たときに,もやが広がってよく見えないのにまぶしいという状態になった。網膜の定期的な診察に行く眼科医によれば,白内障は「不便を感じたら手術」と考えるのがよいということだったので,今年2月に相談の結果,4月に最初に右,1週間後に左を,日帰りで手術をすることにした。
 白内障は要するに水晶体が濁る病気なので,手術は,水晶体の隅に2,3ミリの穴を開け,そこから水晶体を(少し固い中心部はレーザーで破壊して)吸い出し,プラスチックのレンズを代わりにはめる,というもの。新しいレンズによって近視を治してしまうこともできるが,これまでずっと強度の近視だったので,いろいろなバランス上,「近視を残す」ことにした。ただし,強度ではなく,普通の近視になる。
 2週間前に事前の診察を受け,打ち合わせ。薬の処方をもらう。1週間前から1日4回,準備の目薬をする。
 手術は木曜日。当日は,2時間前から30分おきに別の目薬を入れた。バスに乗って,朝9時,病院へ。血圧・体温の測定以外検査等はなく,3人の看護師さん等に取り囲まれて名前と診察券の番号,右目の白内障手術であることが何度も確認された。さらに,右の手のひらにマジックインキでマーク。
 10:10にケアルームを出て,歩いて別棟の手術室へ。点眼による局部麻酔なので,医師の会話などはすべて聞こえる。まな板のコイになって,手術は正味10分ぐらい。終わって大きな眼帯をされる。10:55,こんどは車いすで,元の場所に帰着。11:30ぐらいまで様子を見て,異常がないので解放となった。帰りは付き添いが登場し,昼食・夕食を買って帰宅。
 眼帯の上から眼鏡をかけると,眼鏡の左のレンズが目から遠く,見にくい。この日のみ禁酒の指示があり,おとなしく過ごす。

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Oct 07, 2010

創痍録

 8月下旬に引っ越しの「補遺」があってかなりの段ボールを運んだが,そのときに右腕をひねってしまい,肘のすぐ下が痛むようになった。何もしなくても痛いというわけではないのでうっかり重いカバンを持ち上げてしまい,あっ,しまった,腕を痛めていたんだ,と思い知らされる。
 1か月ぐらいたっても,例えば,生ビールのジョッキを持つとき,肘を張って右腕を水平に近く上げると痛かった。それで,にわか「左党」になって生ビールは左手で飲むようになった。朝の紅茶の大きいポットもなるべく左で持つ。
 ほかに,歯磨きのときも,歯ブラシ(電動)を持って肘を持ち上げるので痛む。これは左手ではどうもうまく磨けないから,肘を上げなくていいように,顔を必死に右へ傾けたりする。
 それでも,今週あたりからやっとだいぶマシになった。

 腕を痛める2週間ぐらい前には,包丁で左親指をかなり深く切ってしまった。早くビールが飲みたくて,冷や奴の薬味にするネギをあせって刻んでいるときだった。
 何事も回復が遅いのは年のせいだろうが,なんとももどかしい。

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Sep 16, 2009

材料としてのコラーゲン

 すね肉とか豚足などのメニューには,しばしば「コラーゲンたっぷりでお肌がつるつるに」といった「効能書き」がついている。
 しかし,医療関係者に聞いたところによると,体内で生成されたコラーゲンが肌にうるおいを与えるのは事実だが,コラーゲンを含む食品を食べたからといって,それがそのまま体内のコラーゲンになるわけではないのだそうだ。
 食品中のコラーゲンは,他のすべてのタンパク質と同様,体内でいったんアミノ酸に分解されてから,いろいろなタンパク質に再度合成される。その過程で,一部が必要に応じてコラーゲンにもなる。したがって,食品中のコラーゲンは,タンパク質として吸収されてコラーゲンを作る「材料」にはなるが,直接コラーゲンとして役立つのではない,というわけである。
 少なくとも「材料」になるということなら,まったくインチキな健康食品よりずっとマシではあるが。

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Nov 13, 2008

甘い万歩計

 篠の風さんほかを見習って,2006年3月下旬から万歩計をつけ,「ある日記」に記録している。この間2度トイレで落として水没させてしまい,1回目のときは表示がおかしくなって買い直した(2回目のときはすぐ引き上げて無事だった)。2006年の1日平均は約10900歩だった。
 何人かの話を聞いたり,ブログを見たところでは,かなりの努力をして1日1万歩を達成している人が多いようだが,私の場合,一応意識はするが,それほど特に余分に歩いたりという努力をしているわけではない。それなのに1万歩になっているということは,私の万歩計の判断が甘くて少し多めにカウントしているのではないかと思った。それで,感度調整のスイッチがあるので,それを鈍くする方向に動かしてみたのだが,その後も300歩ぐらい減っただけである。
 確かに,篠の風さんのように家の前に路面電車の停留所があるというわけではない。バスを降りて駅の入り口まではたった6歩(!)なのだが,駅の入り口からホームまで行くだけで150歩ほどを要するし,会社ではエレベーターをあまり使わないようにしているので,「基礎票」,つまり会社まで普通に往復し,仕事をするだけで6500歩ぐらいになる。昼食をごく近くですませるとプラス1000歩以下ですんでしまうが,たいていはあちこち歩き回るので,2500歩見当となり,夜少し上積みされて1万歩というわけである。したがって,大部分はぶらぶら,ふらふら,あるいはとぼとぼ歩きで,「しっかり歩き」(普通の歩行と別に記録される)はごくわずかである。

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Jul 09, 2008

初めての入院 (3)

 食事はずっと「常食」で,その日(土曜日)に翌週の食事のメニューが配られ,翌日の日曜日からの食事を各2種類の中から選択できるようになっていた。朝はパン2枚,昼・夜はかなり大きな茶碗のごはんで,けっこうボリュームがあった。
 朝,および時に夜にも,フロアに設けられた眼科の診察室で診察があった。さらに,外来の診察室に呼ばれて,車いすで出かけることもあった。看護師さんは交代勤務だが,医師は早朝から夜までの長時間勤務である。
 ナースステーションに近い部屋だった。ナースコールのボタンが押されると電子音の「エリーゼのために」が鳴り,エリーゼたちが走っていく。

 その後経過はほぼ順調で,少し腫れが出て朝夕点滴を受けることもあったが,それ以外はフロア内は自由に歩いてよいということになった。といっても行くところはデイルームというサロンのような部屋しかない。そこではケータイが使えるので,メールと電話で仕事上の連絡をとったりした。
 テレビも少しは見た。野球のほか,ふだん見られない囲碁・本因坊戦の中継を見た。

 火曜日,外来の診察室での主治医と違う医師の診察などを経て,翌水曜日または木曜日に退院してよいということになった。右目はまだぼんやりとしか見えないが,次第に濁りがとれて見えるようになるという。その後の調整の結果,水曜日午後退院が決まった。
 水曜日,朝,最後の診察。入院中は洗髪,電動歯ブラシ,電気カミソリなど,頭に直接振動を与えるような動作は禁止だったが,それも「解除」となり,「ダイビングと格闘技はダメだが,普通の日常生活を送ってよい」ということになった。
 結局,5泊6日の入院初体験だった。

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Jul 08, 2008

初めての入院 (2)

 夕方,何本か注射をされ,6時過ぎに車いすに乗せられ(これも初体験),手術室へ移動した。別の椅子に乗り換えると,背が倒れてそれがそのまま手術台だった。点滴の針や心電図のセンサーがつながれて複雑ひも付き状態になり,何度も何度も「右目」という確認が行われて手術が始まった。
 局部麻酔なので,右目の周辺以外は感覚があり,音も聞こえるし,話そうと思えば話すこともできる。右目も,もちろん痛くはないが,もしかしたら何かで突き刺されたのかなというような感じが伝わってくる。恐怖感はあるが,まさにまな板の鯉でどうしようもない。腹が減ったな(夕食は抜きだった),明日の朝は食事できるのかな,などということを考えるようにした。左目も眼帯で覆われているので何も見えないが,若手の2人の先生に次々と指示する声が聞こえ,緊張が高まったあと,1段階終わって少しほっとしたりするような様子がわかる。

 さすがに空腹も忘れ,何も考えない状態がかなり続いて,ようやく終了した。帰りの車いすの上で看護師さんに時間をきいたら「もうすぐ9時です」という。予定より長く,2時間半かかったことになる。
 病室に戻るとまず,2時間うつぶせで安静にし,その後は,朝までうつぶせまたは右を下にして寝るように指示された。

 少しの間寝付けなかったが,結果的には朝までぐっすり寝た。検温・血圧測定,診察など「朝飯前」の行事があったあと,8時過ぎ,18時間ぶりの食事にありつく。
 午前中の主治医の診察で,結果は「バッチリOK」とのことで,まずは一安心。フロアに1つケータイを使える場所があるので,このブログを初めてケータイから更新し,「速報」を掲出した。

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