日記・コラム・つぶやき

Nov 21, 2018

神保町だより 2018年11月

 8月に白山通りに面して出版クラブビルが竣工(神保町1-32),10月から本格的に稼働している。テナントは主に出版関係の業界団体で,パーティーができる部屋もあるようだが,飲食店は1階に「鶏 くるり」という店ひとつだけ。
 そこの昼食は「チキンブロススープセット」「から揚げセット」「鶏そばセット」の3種。前2者はご飯が(普通の)白米,雑穀米,今井米(というプレミアム米)から選べるということになっているが,私が行った日は白米しかなかった。で,食べたのは「チキンブロススープセット」1180円。鶏と大きめの野菜が入ったポトフのようなスープがメインディッシュで,良い味だった。量はやや少なめ。
 なお,brothは澄んだスープのことなので,「ブロススープ」は冗語気味。
 Dsc_0453
 
 
           (Click to enlarge)
 久しぶりにすずらん通りへ行ってみたら,白山通りへの出口の南角のビルが壊されて,更地になっていた。昔は「理髪一番」という床屋があって,比較的速くて昼休みでもなんとか行けたので,QBハウスが進出する前はときどき行っていた。
 Dsc_0457
 
 
 
 
 
 その近くの向かい側,揚子江菜館の隣りのコンクリートの建物の「酔っ手羽」は,建物に「24時間営業」と書いてあるが,昼に通ったら閉まっている。扉を見ると貼り紙があり,いわく,「まことにくやしながら しばらくのあいだ 営業時間を17:00~翌5時 と させていただきます」。くやしながら,か。
Dsc_0458
 
 
 完全禁煙の飲み屋として6月に開店した「酔いの月」(→参照)があえなく閉店し,「テナント募集中」の表示が出ている。心の中のエールだけだったのが申しわけない。

 先日書いた錦華通りの「五ノ井」の立て看板に,ある日,店名の説明が書いてあった。
 Dsc_0436
 
 
 
 
 


| | Comments (0) | TrackBack (0)

Nov 14, 2018

トイレいろいろ

 多数の人が出入りする建物では,トイレの内装は,男子用は水色,女子用はピンクという場合が圧倒的に多い。
 ところが,ある貸し会議室に行ったとき,男子トイレの内部のタイルがピンクなので驚いた。うっかり女子用に入ってしまったかと思って,あわてて外に戻って表示を確認した。その後何度か行ったので戸惑わなくなったが,なんとなく場違いな感じは今も少しある。

 最近,孫を送ってよく保育園へ行く。あるとき保育園でトイレに行きたくなり,保母さんに「大人のトイレはどこですか」と聞いたら,「あそこの子供のトイレの奥です」という返事。行ってみたら,幼児用のオープンなトイレの向こうに確かにブースがあったが,もちろん1つだけだし,普通は保母さんしか使わないから完全に女子用の仕様で,なんとも落ち着かなかった。

 地下鉄の神保町駅は,都営新宿線も東京メトロ半蔵門線もトイレの工事中である。新宿線のはまったく使えないが,半蔵門線は多少面積に余裕があるようで,本来の場所の先に仮設のトイレができている。仮設にしてはまあ立派だ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Nov 07, 2018

鉄道の復旧 11月号

 7月の西日本豪雨で被害を受けた鉄道の復旧は,その後かなり進んで,まずJR四国は9月中に全線復旧した(→参照)。
 JR東海では高山線の坂上駅~猪谷駅間が不通だったが,11月21日(水)に復旧の予定となった。飛騨古川駅~富山駅間で運休していた特急「ワイドビューひだ」も全線運転を再開する。
 JR西日本は被害を受けた路線がもっとも長かったが,10月に大動脈の山陽線が全線復旧し,呉線もあと少しとなった。さらに,残りの路線の再開予定もだいぶ早まってきて,同社のウェブサイトによると,現在の見込みは以下のとおり(《 》内は引用者注):
[芸備線]
 12月中:備後落合―備後庄原 《10月時点の予定「2019年1月~3月中」が早まった》
 工事が順調に進捗すれば2019年秋ごろ:三次~狩留家 《これまでの「被災時期から少なくとも1年以上」が「改訂」された》
[福塩線]
 12月中:府中―上下 《10月時点の「2019年1月~3月中」が早まった》
[呉線]
 12月中:三原―安浦 《元の「2019年1月」が早まった》

 これに対し,JR九州については,原田線の桂川―原田間は「運転再開には期間を要する見込み」という表示のままで変化がない。また,2016年の熊本地震で不通となった豊肥本線の肥後大津―阿蘇間,2017年の九州北部豪雨で不通となった日田彦山線の添田―夜明も同じく変化がない。

 JR北海道は,9月の北海道胆振東部地震地震で被害があったが,釧網線の摩周―網走間は開通し,日高線の苫小牧―鵡川間は12月上旬運転再開の見込みとなった。ほかに室蘭線の遠浅―三川間で徐行運転をしていて,これは解除まで「数か月程度の見込み」だとのこと。
 日高線のその先,2015年1月の高波に襲われて不通となっている鵡川―様似の状況には変化がない(バス代行実施中)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Oct 31, 2018

神保町・錦華通り

 神保町の飲食店の興亡はについては折に触れて書いてきたが,実際にはいろいろありすぎて,週2~3日の探訪では追いかけるのは難しい。そんな中で,錦華通り(靖国通りのマクドナルドの脇の道)の同じ側の狭い範囲に,この夏3軒の店が相次いで開店したのはちょっと珍しいできごとだった。
 最初は「ねいろ屋」。いつも行列のつけ麺「勝本」の先に,7月に開店した。看板がラーメン屋らしくない地味なもので,小さく書かれた店名の「ろ」の字の先がちょっと丸まっていたので,最初「ねいる屋」と読んでしまい,一瞬ネイルアートの店かと思った。
 瀬戸内レモンラーメンというのが看板商品らしい。ほかに瀬戸内しょうゆラーメン,汁なしレモンそば,弓削塩ラーメンなど。最初に食べたのは瀬戸内しょうゆラーメンで,まだ暑い時期だったが,比較的あっさりしていてさっぱり食した。なお,私は興味ないが,甘味処でもあるらしい。
 続いては,その隣に「五ノ井」が8月開店。ねいろ屋とは対照的に,赤い派手な壁面に金文字で店名が出ている。こちらの看板商品は排骨担々麺で,ほかにしょうゆ味の排骨麺があり,それぞれ排骨なしのラーメンがある。これに夏はそれぞれの冷やしが加わり,冬は味噌味が加わる,という構成らしい。斜め向かいには担々麺の店が2軒あり(→参照),担々麺通りになってきた。
 もうひとつは,「勝本」を挟んでもっと靖国通り寄りの「阿つみ食堂」で,8月下旬開店。最初はランチだけの営業だった。フレンチの雰囲気だが,土鍋ご飯がつくランチがある。ほかにパスタのランチもあり,いずれも実だくさんのスープとサラダ,およびデザートまたはコーヒー付きで1280円。ご飯のつくランチを2回食べたが,共に充実の内容だった。

 錦華通りをもう少し北へ行って左に入ったところにある古い店「菊水」は,何年か前から昼食のみになったが,その昼食も去年ぐらいから金曜日休みで週4日の営業になった。
 先日久しぶりに行って,箸袋に「海の幸 山の幸 街の幸」と書いてあることに初めて気づいた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ちょっとしたニュースをメモしておく。
 10月中旬だったと思うが,将棋のプロの対局で,6日間に3回の反則負けという異例のできごとがあった。そのひとつは,通り道にある他の駒を飛び越えて角を動かしてしまったというもので,ルールを覚えたばかりの子供のような珍事である。あとの2回は二歩で,二歩は反則の中ではいちばんよく起きるものだが,今回の2回の二歩のうちの1回は,2手続けて歩を同じ筋に打ったというもの。これもおよそプロらしからぬ事件である。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Oct 25, 2018

北海道新幹線にようやく初乗車

 某平日朝,外出し,9時半に用事が終わって,久しぶりに夜まで自由時間になった。となると,にわかに鉄気分となり,急いでいくつかの候補線区を調べ,開通以来2年半になるのにまだ乗っていなかった北海道新幹線に乗ることにした。
 東京駅を10:20発の「はやぶさ」で出発。東京は曇りで,ほんのわずか雲に隙間があるという感じだったが,北上するにつれて天気が良くなり,仙台から北はほぼ晴れとなった。盛岡で,前につながれていた「こまち」が切り離されて先に発車して行く。座席はだいたい満席だったが,だんだん空いて,新青森では1両に十数人となった。
 新青森からはいよいよ北海道新幹線。車掌さんも代わり,「これより北海道へとご案内いたします」と誇らしげなアナウンスがある。緑の中を快走し,13:47 奥津軽いまべつに停車。ここは元は海峡線の津軽今別駅で,20年近く前の1999年4月に訪れた津軽線の津軽二股駅がすぐ下にあるはずだが,新幹線からは見えない。(参照 →本拠地の「鉄道の章」の「鉄道紀行文 断章」の中の「津軽・秋田 海を見た旅」)
 トンネルについての車掌の説明のあと,13:50 青函トンネルに入る。海峡線で来たときには,いくつも短いトンネルをくぐった上で最後にまったく格が違う大本命の青函トンネルに入ったように思ったのだが,新幹線では格の違いを見る間もなく過ぎ,予告された時刻を見て「これだな」と判断した。全長53.9km。抜けると「みなさま,列車はただいま青函トンネルを抜けました。ようこそ北海道へいらっしゃいました。」とのアナウンスがあり,まもなく木古内に停まり,14:37 終着の新函館北斗に到着した。
 10分後,3両のはこだてライナーが発車,15:02 函館着。
 1999年のときには滞在92分だったが,今回の予定滞在時間はその半分以下の43分。しかし,帰りの切符を買っているうちに残りは35分となり,あわただしく駅近くの岸壁で海を見る。早い夕食用に駅弁を買おうとしたが,函館らしい海鮮の弁当はみな売り切れで,ウニやイクラも少しは入った幕の内を買い,急いでビールを1杯飲んだ。15:45発のはこだてライナーに乗り,16:17 新函館北斗発の「はやぶさ」に乗り継いで帰京。忙しかったが,天気も良くなって,まあまあ充実した往復だった。

 その数日後,改築後行っていなかった小田急の片瀬江ノ島駅へ。函館と同じ海のそばの終着駅に,函館より長く滞在した。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Oct 18, 2018

最後の公演が日本

 シャルル・アズナブールが10月1日に死去したと聞いて,来日公演のニュースを見たばかりだったので驚いた。享年94歳。そのわずか12日前,9月19日の大阪公演が生涯最後のステージになった。
 それで思い出したのは,マリア・カラスのこと。1974年12月11日の札幌での公演(ピアノ伴奏)が,最後の公演となった。当時51歳。ただし,カラスの場合は亡くなったのは2年半以上後の1977年9月だった。
 そうか,この2人は同じくらいの世代だなと気づいてデータを見たら,カラスは1923年12月,アズナブールは1924年5月の生まれで,誕生の日は半年ほどしか違わないのだった。なお,イヴ・モンタンは少し上で1921年,エディット・ピアフはさらにその6年上で1915年生まれである。

 偶数月の15日は年金の支給日である。今回は今週の月曜日で,客の平均年齢の高い某居酒屋は,いつもにも増してにぎやかだった。豊洲の魚が入荷し,早くも鍋物が始まっていた。
 飲み屋でなくても「15日」は意識されていて,「ぱぱす」の老人サービスデーは毎月15~17日だし,某中堅チェーンのスーパーでは15日をシルバーお宝デーとしている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Oct 08, 2018

市場移転 東京日和

 築地市場が,移転のため10月6日昼で営業を終了した。直線距離で2kmちょっと離れた豊洲での営業開始は11日で,まる4日間あまり休みになる。
 某大繁華街の居酒屋Fでも,6日夜に行ったときは店内はふだんと変わりがなかったが,厨房はこの間のメニューに頭を抱えているという話だった。メニューを書いた短冊が壁一面にずらりと並んでいる古典的な店で,魚だけというわけではないので,一時的に刺身が品切れになってもまあ乗り切れるとは思うが。

 有楽町のJRの高架の下には個性的な飲み屋がたくさんあるが,中でもいつも混んでいるのは「登運とん」(これで「とんとん」と読む)。外人さんにも人気で,帝国ホテルやザ・ペニンシュラ東京に泊まっていてもここに飲みに来る人が多いらしい。レジ脇には「年中夢中,年中無休」というスローガンが掲げられている。
 レンガのアーチの壁に貼ってあるのは,東京メトロの「東京日和」というシリーズのポスターの2004年ごろの1枚で,この店の写真に「ロンドンのパブも渋いけれど,有楽町のガード下も捨てがたい」という名コピーを配している(→参照)。
 焼きとんともつ煮込みが名物かつ基本。そしてありがたいのは,樽生ホッピーがあること。
 帰りがけに見たら,道をはさんで向こう側には「ドンドン」というお好み焼きの店があった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Oct 03, 2018

10月1日の記

 昔の10月1日は,高校などの制服が一斉に冬服になる衣替えの日だった。
 今年の10月1日,街や電車になんだか子供・未成年が多くて,運動会の翌日で休みなのかな,それにしては多いなと最初は思っていたが,しばらくして,今日は都民の日で公立学校は休みなのだと気づいた。
 同じ日の午後,たまたま通った学生街で目立っていたのは,就活スーツの学生たち。企業の内定式を終えて,大学へ戻ったところらしい。彼らに関してはその就活スーツがしっかり役に立ったことになる。

 この前日の30日,台風が24号がやってきて,首都圏のJRは「計画運休」を行った。細かくは線区によって違うが,「20時をめどに首都圏の在来線をすべてストップ」させた。
 計画運休はJR西日本では9月4日の台風21号のときに実施されているが,首都圏では初めてである。当日は多くの人が早く帰宅して,さほどの混乱はなかったようだ。しかし,翌10月1日は,当初は始発から通常運転としていたが,実際には停電があったり,線路に倒木があったりして,平常ダイヤに戻るのに時間がかかった。

 同じ10月1日夕方,長男の次女が生まれた。昨年2月,今年8月に続き,3人めの孫となる。
 長男の家では,赤ん坊を育てること自体については,上の子で大きな経験値を得ているが,こんどは2人の子を同時に育てるという大きな課題に挑戦することになる。その手伝いで,今週は,上の子の保育園への送迎を担当中。

 これで,暦年の4分の3,年度の半分が過ぎた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sep 25, 2018

今日のニュース

 25日午後3時半ごろ,地下鉄副都心線○○行きの電車が△△駅を発車したところで,女子高校生A子さんがアーモンドチョコレート15個(推定)を電車の床にぶちまけました。爆弾テロかと一時車内が騒然と…はしないで,乗り合わせた乗客2人が協力して拾い集めました。A子さんは恐縮しつつも,何個か口に入れていました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

N響のシベリウス「クレルヴォ」

 21日(金)夜は,NHK交響楽団定期演奏会(NHKホール)へ。パーヴォ・ヤルヴィ指揮で,シベリウスの短い曲3曲と初期の大作「クレルヴォ」というすべて男声合唱つきの曲によるプログラム,合唱はエストニア国立男声合唱団。近くの客席には,フィンランド人らしい人がたくさんいた。
 前半の最後は交響詩「フィンランディア」の男声合唱入りの版。中間部の旋律を無伴奏の合唱曲にしたものと原曲を組み合わせたもので,こういうのがあるということは知っていたが,初めて聞いた。感動的。

 「クレルヴォ」は40年ぶりだった。前回は1978年,渡辺暁雄が東京都交響楽団の常任を退任するときの特別演奏会で聞いた。そのときは歌詞は日本語で,合唱の始まりの部分の歌詞と旋律は今でも覚えている。そのときも,また多くのCDでも,曲名は「クレルヴォ交響曲」と表記されていたが,今回のプログラムでは単に「クレルヴォ」となっていた。初演時は「交響詩」と表記されたが,何回かの演奏ののち,シベリウスは生前の演奏・出版を禁止してしまったため,作曲者の意図がはっきりしないらしい。
 「カレワラ」を題材にした5楽章の大曲で,ソプラノとバリトンの独唱が兄妹(かつ恋人同士)役を歌う。そう,『ワルキューレ』のジークムントとジークリンデを思わせる。で,音楽は若々しく適度に野性的で,演奏も,「カレワラ」の世界にふさわしく雄弁かつ雄渾。最近では珍しく,眠くならなかった。
 合唱は見たところ47名で,豊かな響きを堪能できた。演奏後,オーケストラが退場したところで,再び拍手が起こり,合唱団を拍手でお見送りした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧