文化・芸術

Feb 03, 2013

『トスカの接吻』

 深水黎一郎『トスカの接吻――オペラ・ミステリオーザ』(講談社文庫)というミステリーがあるのを,文庫になって初めて知った(初版は2008年)。読み始めたらおもしろくて,最後は目的地なく電車に乗って読んだ。キザだけど憎めない探偵役の瞬一郎は,ヨーロッパを何年か放浪していてオペラにも美術にも詳しいという設定である。
 『トスカ』第2幕,トスカがスカルピアをナイフで刺す場面で,小道具が本物のナイフにすり替えられ,スカルピア(役の歌手)が舞台上でトスカに殺されるというのが第1の事件である。主に瞬一郎の口から,オペラの制作過程や舞台裏,演出家や歌手の言動が詳細に語られるが,これが(たぶん)ほぼ正確で,この点「さよなら何とか」(1冊半しか読んでいないが)とは大違いである。
 帯での宣伝や解説によると,これは「芸術探偵」シリーズの第2作で,ほかに『エコール・ド・パリ殺人事件』『花窗玻璃――シャガールの黙示』『ジークフリートの剣』が刊行されているというので,先日,神保町郷愁散歩に出かけた際に3冊とも買ってきた。このシリーズ以外にも『五声のリチェルカーレ』など,気になるタイトルがいくつかある。

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Aug 02, 2009

知恩院からルーブルへ

 関西に出張し,京都に泊まった。翌日は昼過ぎまで時間がある。どこへ行こうかと考えているときに,京都市美術館の「ルーブル美術館展」のポスターが目に入った。東京ではうっかり見逃していたので,これを見ることにし,地下鉄に乗った。

 地図を見ると,地下鉄の東山から美術館と反対側に知恩院がある。大本山なのに行ったことのなかったので,先にそちらに向かった。かつて知恩院の名は,大晦日の「紅白歌合戦」の喧噪の直後の「ゆく年くる年」の冒頭で紹介されることで覚えたような気がする。Img_2573

 川沿いの快適な道を歩いて,最初の門まではすぐだったが,そこから本当の境内までの周辺部分が広大で,「系列」の寺院や,学校,その他浄土宗関連の施設がたくさんある。雲があって日差しはそれほど強くはなかったが,さすがに一汗かいて,三門の前に到着。
 前に東福寺に行ったときにも思ったのだが,見慣れている鎌倉の寺と比べると,京都の大寺院はスケールが大きい。ここでは特に三門と御影堂が壮大である。普通の家がほとんど平屋だった時代には,なおさら圧倒的な存在だったに違いない。

 歩いて15分ほどで,京都市美術館に着いた。入場券(1500円)を買おうとして財布を出したところで,同年配の男性から「よかったら,これ使ってください」と声をかけられた。割引券かなと思ったら,なんと無料の入場券だった。券面には「譲渡・転売はできません」と書いてあるが,発売窓口の前で堂々ともらってしまった。
 入口から2室目ぐらいで,この展示の目玉がいきなり登場した。フェルメールの「レースを編む女」と,レンブラントの自画像が,向かい合っていた。フェルメールはB5判ぐらいの小さな絵だった。
 初めて入った京都市美術館は,古典的な貫禄ある建物だった。トイレが,設備は新しいのにやたら臭かったのには閉口した。
 出るころには,会場内はかなりの混雑になっていた。そして,外はどしゃぶり。バス停がすぐ前にあったので,少し待ってバスで京都駅へ向かった。

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Jun 04, 2009

汐留でヴォーリズの展覧会

 汐留へ行ったついでに,松下電工改めパナソニック電工のミュージアムで開かれている「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ 恵みの居場所をつくる」(→参照;6月21日まで)という展示を見た。建築の写真が中心だが,遺品のほか,軽井沢の山荘の内部の再現もある。20棟あまりの建物がある神戸女学院の模型は,特に印象的だった。
 ヴォーリズは,何よりもまず宣教師であり,布教のために建築家として教会や学校を建て,「メンソレータム」の事業を起こした。建築については,リチャード・ロイド・ライト(自由学園明日館,旧帝国ホテルを設計)のような完成された技術を持つ大家ではなく,結果だけ見ると「素朴派」のように見える。それだけに,展示のタイトルにあるように,大きな建物でも個人の居場所がちゃんとあるようなほっとする空間が快い。なにしろ25歳で来日したのだから,実地経験を重ねながら,持ち前のセンスを磨いてきたのだろう。
 神保町近くにも,ヴォーリズの作品として,「山の上ホテル」と「主婦の友社本社ビル」がある。後者は今残っているのは外観だけだが。ほかに,かつてはお茶の水・水道橋間のお堀端にあった受験生の宿「日本学生会館」もヴォーリズだと初めて知った。これは,元「日本文化アパートメント」という高級アパートだったそうだ。

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Nov 24, 2008

『<名画で読み解く> ハプスブルク家 12の物語』

 前に買ってあった中野京子『<名画で読み解く> ハプスブルク家 12の物語』(光文社新書)を,ようやく読み終えた。「ようやく」というのは,読むのに苦労したわけではなく,自分が読む前に貸した身近な人間から返ってくるのに時間がかかっただけで,読み始めたらおもしろくて,一気に読んでしまった。

 デューラー,ティツィアーノ,エル・グレコ,ベラスケスからマネに至る12の名画を軸にして,高校の世界史にも出てくるスペインの築いた「日の没することのない帝国」と無敵艦隊,マリア・テレジア,マリー・アントワネット,第一次世界大戦の引き金になったサラエヴォでのオーストリア皇太子夫妻暗殺といった人物・事件と,オペラ『ドン・カルロ』,ミュージカル『エリザベート』が,双頭の鷲を紋章とするハプスブルクという1本の線でつながる。
 絵と見比べることによってより生々しく迫ってくるのは,ハプスブルク伯ルドルフが選帝侯によって棚ぼたで神聖ローマ帝国皇帝に選ばれて以来の650年の歴史は,血みどろの戦いと政略結婚・血族結婚の歴史だったことである。著者はこの650年という長さを,時代的に重なる徳川幕府の265年,ロマノフ王朝の300年と比較して「類のない長命」としている。そういえば,中国でも,漢が(前漢・後漢合わせて)約400年というのが最長である。
 それに比べると,神保町からも近い所に住むやんごとなきファミリーの「万世一系」1500年以上というのは,ある時期から自ら実質支配をしていなかったから実現した「安定」と言えそうだ。一応支配者だった6~8世紀ごろの「血みどろ度」「血族結婚度」はハプスブルク家に近かったと思う。

 『ドン・カルロ』のフェリペ2世は孤独な老王だが,実際にはエリザベッタと結婚したとき32歳で,その前にはイングランドのエリザベス1世との縁組みを画策したこともあったという。仮にこれが実現していれば,オペラの世界では『ロベルト・デヴェリュー』はなかったし,『アンナ・ボレーナ』『マリア・ストゥアルダ』などもかなり違う形をしていたことだろう。

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Nov 21, 2008

円熟の静けさ ハンマースホイ展

 国立西洋美術館で開かれている「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展を見た(→参照;会期は12月7日まで)。フェルメール展の帰りにポスターを見て良さそうだなと思ったのだが,期待以上に充実した展覧会だった。
 ハンマースホイはコペンハーゲンに生まれ育った人で,1864年生まれだからリヒャルト・シュトラウスと同い年であるが,シュトラウスの饒舌とは無縁の静けさに包まれていた。

 室内の絵が多い。しかも,誰もいなくて,家具も少ししかなく,あるのは窓からの光,という絵が多い。非常に写実的なので,何枚も見ているうちに,知っている家をのぞいているような気分になる。人物がいるものもあるが,それは妻のイーダで,常に黒い服を着ていて,動きはほとんどなく,後ろ姿が多い。イーダも文字通り still life(静物)なのである。
 ピアノの前に座るイーダを斜めの光が照らす――そう,フェルメールを思わせる絵もあった。ハンマースホイはオランダの室内画もよく研究したらしい。
 デンマークの王宮など,屋外の絵もあるが,ここにも人はほとんどいない。

 静かな世界にひたった帰り道の上野駅には,フェルメール展は「入場制限中,1時間待ち」という掲示が出ていた。

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Sep 28, 2008

フェルメールが7点

 東京都美術館(上野)でやっている「フェルメール展――光の天才画家とデルフトの巨匠たち」を見てきた。
 フェルメールが7点も,ということで,混んでいるのだろうなと覚悟を決めつつホームページを見たら,ケータイサイトで現在の待ち時間がわかるというので,そのURLを読み込んで出かけた。上野で降りる直前にアクセスしてみたら幸い「待ち時間0分」だった。
 会期が4か月以上あり,まだ半分以上残っているせいか,会場は,もちろんすいてはいないが,一応自分のペースで見られる程度の混雑だった。「終盤」になるともっと混むに違いない。

 フェルメールは,当初予定から1点差し替えになったが,「7点」は維持された。現存の作品は,多少の議論はあるが37点,ひとつの美術館で所蔵しているフェルメールはアムステルダム国立美術館とメトロポリタン美術館の各4点が最大なのに,7点同時に見られるというのは空前のことであり,たぶん絶後となろう。
 いちばん印象的だったのは,唯一の街角の風景画「小路」。人はいるが,静かな風景である。
 フェルメール以外も粒ぞろいで,特に,同時代のピーテル・デ・ホーホが良い。

 ネット上の完備したリストによると,フェルメールは,これまでに16点が日本にやってきたという。数えてみたら,私が見たのはこれで15点になった。

  (2008年10月2日に一部修正しました。)

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Oct 27, 2007

Beethoven Conspiracy

 国立新美術館にフェルメールを見に行ったら,フランク・ウイン著『私はフェルメール――20世紀最大の贋作事件』(ランダムハウス講談社)がちゃんと置いてあった。フェルメールの贋作者であるハン・ファン・メーヘレンという人の伝記である。

 iioさんのブログでは,この本を紹介するとともに,音楽の贋作について思いをはせていた。それで久しぶりに思い出したのはトマス・ハウザー『死のシンフォニー』(創元推理文庫)である。この本のカバーには Beethoven Conspiracy という原題が書いてあってそこですでに半分ネタバレだが,ベートーヴェンの未発見の作品をめぐるミステリーで,非常に珍しいことにヴィオラ奏者(女性)が主人公である。
 ミステリーをあまり多くは読んでいない者としては,最後の方はミステリーとはいえなくなってしまうような感じもしたが,おもしろく一気に読んだ。
 音楽や演奏家に関するディテイルも実によく書いてあって,主人公のリサイタルの曲目など,友人のプロのヴィオラ奏者が感嘆していた。

 映画の邦題はそのままカタカナということが非常に多くなっているから,この小説が今もし映画化されたとしたら,邦題は『ベートーヴェン・コンスピラシー』となりそうだ。
 ただし,映画化するには,ベートーヴェンの有能な贋作者が必要だ。まあ一部分あればいいのだけれど。

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May 09, 2007

ラ・フォル・ジュルネ「熱狂の日」/国立新美術館

 連休の最終日の昼前,今年3回目を迎えたラ・フォル・ジュルネ「熱狂の日」音楽祭2007というのはどんなものだろうと東京国際フォーラムへ出かけてみた。外は雨だったが,内部には熱気に満ちたお祭り空間があった。
 プログラムによると,この日の大小さまざまの有料コンサートは26件あり,そのうちまだチケットが販売されていたのは4つだけだった。その中から,ちょっと迷った末,夕方のビルバオ交響楽団(スペイン)の「ダフニスとクロエ」のチケットを買った(\3000)。この音楽祭は,45分ぐらいのコンサートを最高3000円で気軽に,というのが大きな特徴である。
 で,地上に上がったところに並んでいた「屋台」の中から,ギリシャ風ハンバーガーとハイネケンのナマで軽めの昼食とした。ハイネケンのナマはたぶん20年以上のごぶさただった。昔は珍しい外国産生ビールとしてありがたくいただいていた。

 そのあと,急に思い立って出かけたのは,乃木坂の国立新美術館。地下鉄の駅に直結していていて,東京国際フォーラムと同様,壮大な吹き抜けのあるバブリーな建物だった。
 2つの開館記念の企画展のうち,先に終わる「異邦人たちのパリ」を見た。ポンピドーセンターの所蔵する作品によるもので,ピカソ,モディリアーニ,フジタ,シャガール,カンディンスキーなどのほか,マン・レイ,ブラッセイの写真などもあり,20世紀にパリにやってきたというだけの共通項なのでかなり雑然としてはいるが,内容充実の展示だった。

 夕方,有楽町へ戻り,会場のホールAへ。ここに入るのは初めてだった。「ダフニスとクロエ」を生で聞くのはこれまた20年ぶりぐらいである。
 2階はだいぶ空席があったが,演奏は熱気十分で,特にフルート,コールアングレのソロは立派だった。オーケストラの魅力を堪能させてくれるこの曲を,合唱(晋友会)つきで \3000 はたいへんお買い得。隣の席では,女性が連れの男性にオーケストラというものの初歩を説明したりしていて,こういう音楽祭ならではの雰囲気だった。

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May 04, 2007

「考える人」のひじ

 先述の上野のついでで思い出したが,だいぶ前,読んでいた本にロダンの「考える人」のことが出てきて,そこに「右ひじを左ひざの上について…」というような描写があった。なんでもなく読み過ごしそうになったが,あれ,右ひじを「右ひざ」の上じゃないのかなとちょっと引っかかった。
 画像検索など想像もできなかったころで,確かめるには図書館で画集を探すのが常道だろうと思ったが,それよりは上野で実物を見る方が早い,というわけで,次の休みの日に国立西洋美術館に出かけた。「考える人」は庭にあって,入場しなくても外から見えることは知っていたから,双眼鏡を持って行ったのである。
 見ると,「考える人」はまっすぐ座っているわけではなく体を左にひねっていて,確かに右ひじを左ひざにのせていた。双眼鏡で見るまでもなかった。考えているように見せるためには,文字通りひとひねり必要なのだなと思った。

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Apr 16, 2007

ルーブル展とミロのヴィーナス

 上野の話の続きを少々――

 小学校6年のとき,東京国立博物館で「ルーブルを中心とするフランス美術展」という展覧会があった。担任の先生から見てきた話を聞いて行きたくなり,東京から鉄道では60kmほどのところに住んでいた私は,このとき初めて一人で東京へ出かけた。まず東京某所の親戚を訪ね,そこの人に連れて行ってもらったのである。
 国立博物館の庭と周囲をめぐる長蛇の列に2時間ぐらい並んで入り,中もかなり混み合っていた。モネという人とマネという人の絵があったということぐらいしか覚えていないが,かなり大規模で質も高い展示だったことは確かで,子供心にもなんだかすごい世界があるらしいと思った。

 「ミロのヴィーナス」が国立西洋美術館にやってきたときは中学生だった。このときはまったく一人で出かけ,やはり2時間以上並んだと思う。庭に特設会場が作られていたような記憶がある。並んでいる間に,すぐ前にいた大学生のおねえさんがドロップをくれたりした。
 書きながら思い出したのだが,このとき,カタログなどを買ったら帰りに金が足りなくなり,帰るのに必要な費用をやむを得ず一部省略してしまった。(関係の方々,ごめんなさい。)
 ルーブルでミロのヴィーナスに再会したのはその11年後と13年後,その後はずっとお目にかかっていない。

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