オペラ

Jun 22, 2017

新国立劇場『ジークフリート』

 某休日,新国立劇場の『ジークフリート』を見た。新制作というものの,故ゲッツ・フリードリヒの演出をフィンランド国立歌劇場から借りた舞台である。
 1987年に初めて見た『リング』(ベルリン・ドイツオペラ)がゲッツ・フリードリヒだったのでなつかしさはあるが,その後のクプファー演出やキース・ウォーナーの「トーキョー・リング」を見た目には新演出というときめきは感じない。それでも,ひとつのリングとして完成度はなかなかのものだった。全体に,短いのにしまりのない最初の『ラインの黄金』(2015年10月)に比べて『ワルキューレ』(2016年10月)は格段に良かったが(→参照),今回も『ワルキューレ』とほぼ同じ水準を保持したように思う。オケは今回は東響(今までは東フィル)。
 歌手はみな立派だった。タイトルロールのステファン・グールドは,とても普通の少年には見えず,相撲の新弟子のようだったが,声は若々しく,けっこう身軽に動いていた。ブリュンヒルデは『ワルキューレ』の終幕から1年間岩山で寝ていたわけだが,そのブリュンヒルデを守っていた炎は,ジークフリートが登場するとすぐ自動消火されてしまった。これでは英雄でなくても越えられる。それもヴォータンの意図ということか。
 ちょっと変わっていたのは,森の小鳥の役を黄白赤緑の4人で分担して歌ったこと。順番に木の上で歌い,さらにバレリーナも1人加わっていた。

 この物語では,ジークフリートはミーメに育てられたことになっている。周囲にほかに人間がいなかったようなので,ジークフリートは言語をすべてミーメに教わったことになる。1人の,それも男から習得する言語はどういうものになるのだろう。「女」という言葉を知っているようだが,見たことがなくてどう理解していたのだろう。
 元言語学徒としてはいささか気になるところだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Apr 02, 2017

続『ルチア』/東京新聞の4月1日

 前項の『ルチア』の続き――
 私はベルカントは必ずしも得意種目ではないが,中ではドニゼッティをいちばん多く見ている。その中でも『ルチア』はトップで,今回が7回目だった。最初に見たのは1977年の二期会で,ルチアは去年亡くなった中沢桂氏。ほかに,印象に残っているルチアは87年藤原歌劇団の出口正子氏で,世界に通用するルチア歌手として話題になった。
 新国立劇場は2002年秋にも『ルチア』を上演している。そのときの演出は1回でお蔵入り,いやお蔵に入ればいいのだが,入らずに終わったことになる。このとき私が見た日のルチアは(当時はダブル・キャストだった)チンツィア・フォルテという声の大きそうな名の人だった。
 ところで,『ルチア』の筋立ては『運命の力』に似ている,と今回思った。共に,ヒロインの兄が家のことをのみ考えていることが悲劇の源になっていて,最後は主要人物3人が死んでしまう(『運命の力』初版の場合)。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 たくましく反体制路線を貫いている東京新聞の4月1日朝刊「こちら特報部」面は,(たぶん久しぶりに)エイプリル・フール記事だった。トップ記事は「「AI町議」大暴走 カジノ開設で伝統の梅林破壊 「歳入ファースト」設定原因?」。おもしろかったのは「ツイッター 起源は奈良時代? 木簡に140字制限 「忖度」や「#」の記述も」。
(エイプリル・フール記事については,このブログの最初期の2004年4月1日に書いたことがある。→参照

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Mar 28, 2017

新国立劇場の『ルチア』/開いたチューリップ

 定番名曲路線を走る新国立劇場の今シーズンの演目の中で,「指輪」以外の唯一の新制作演目が3月の『ルチア』だった。もともと持っていた切符を振り替えて,行ったのは5回公演の最終日。主要歌手4名はいずれも,美しいメロディがとめどなくあふれてくるドニゼッティ節を堪能させてくれて,客席は大いに沸いた。歌手はカーテンコールではかなり弾けて,オケピットやプロンプターボックスに手を伸ばして握手したり,合唱のメンバーの手を引っ張って前に出るように促したりしていた。
 「狂乱の場」のオブリガートは,フルートでなく大型のグラスハーモニカで演奏された。これが作曲者の元々の意図だという。フルートのようにソプラノにぴったり寄り添って溶け合うのではなく,神秘的な音でほわっと包み込むような非現実的な響きで,「狂乱」というより「幻視の場」だった。奏者のレッケルト氏は,50以上の歌劇場で『ルチア』を演奏してきたとのこと(→参照)。
 演出家はモナコのモンテカルロ歌劇場の総監督で,この『ルチア』はモンテカルロでも上演されるが,それはまだ2年半も先のことである。(モンテカルロ歌劇場のサイトには,東京初日の映像つきニュースが出ている。)

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 東京・靖国神社の標本木の桜はいち早く開いたようだが,その後は寒い日が続き,開花はあまり進んでいない。見ごろは来週になるのでは?

 春が来ると思い出す。今は昔,息子が3歳ぐらいのとき,ベランダに置いてあった鉢植えのチューリップを見て,「チューリップ,開いてきたよ」という。そうか咲いたかと見に行ったら,花の形がなんとなくおかしい。実は恐ろしいことにこの「開く」は他動詞で,「チューリップ(を,僕が手で強引に)開いてきたよ」という意味だったのである。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Mar 11, 2017

オペラ関係の訃報――クルト・モル,アルベルト・ゼッダ

 バス歌手クルト・モル氏と,音楽学者・指揮者アルベルト・ゼッダ氏の訃報を相次いで聞いた。
 クルト・モル氏は1984年から2002年まで8回も実演に接した非常になじみ深い歌手である。まだ78歳だった。2006年7月に引退したときのことはこのブログにも書いたが,当時67歳だったことになる。以下はそのとき書いたもの:

 モルは,1984年,ハンブルク州立歌劇場来日公演の『魔笛』のザラストロを聞いたのを皮切りに,ポーグナー,騎士長,オックス男爵,マルケ王,ロッコ,グルネマンツなどで,深々とした声を堪能させてくれた。
 思い出の中で頂点をなしているのは,1988年秋のバイエルン州立歌劇場が当時のミュンヘンのフェスティバルと同じ超豪華メンバーで上演した『マイスタージンガー』のポーグナーと,1994年のクライバー=ウィーン国立歌劇場『ばらの騎士』のオックス男爵である。共に,もはや伝説の舞台となった。

 アルベルト・ゼッダ指揮のオペラを見たのは,このブログにも書いたが,2008年,藤原歌劇団のロッシーニ『どろぼうかささぎ』1回だけである(→参照)。しかし,ゼッダ氏はロッシーニ・ルネサンスの立役者であり,『どろぼうかささぎ』のほか,『アルジェのイタリア女』『ランスへの旅』『湖上の美人』などに接する機会を得られたのは,元はといえばゼッダ氏によるところが大きい。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 相変わらず,週2~3回,神保町近くへ通っている。古書店の街,スポーツ用品店の街,カレーの街であり,またオフィスビルも多い神保町だが,学生の街という側面は今も「健在」である。
 2月の上旬・中旬には,地下鉄の出口に,明大・日大などの受験生のための案内人がプラカードを持って立っていた。3月になると,こんどは就活スーツの学生が街に多くなった。間もなく卒業式,入学式と,季節は移りゆく。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Nov 26, 2016

粟國『ラ・ボエーム』と雪

 新国立劇場の今シーズン2つめの演目は『ラ・ボエーム』。美しい舞台による粟國淳のこの演出は2003年以来5回目になる。今シーズンの新国立劇場は新制作も含めて徹底した定番名曲路線で,まったく刺激のないラインナップだ。前年度はヤナーチェックやマスネがあって,それぞれ好演だったのだが。
 しかし,今回実際に『ラ・ボエーム』の上演に接してみると,歌手と指揮者が毎回違うこともあり,カルチェラタンの群衆の場面ではやっぱり心躍り,ミミの死はやっぱり悲しい。常に新鮮なのが名曲,ということか。歌手もほぼ満足の出来で,しかもミミはほっそり美人だった(トスカは太っていてもまあ許されるけれど,ミミは細くないと…)。
 『ラ・ボエーム』は長さも手ごろ(昔風にいうとLP2枚)なのがよい。4幕仕立てで,第1・2幕は同じ日(クリスマスイブ),3幕は2月の夜明け前,4幕は1幕と同じ屋根裏部屋ということで,きれいに起承転結をなしている。
 と書いていて,『ラ・ボエーム』の構成は『アイーダ』とよく似ていることに気づいた。ともに第2幕では群衆が登場し,3幕は夜,4幕は少人数での死の場面である。

 『ラ・ボエーム』第3幕にちなんでか,11月24日に雪が降って驚いた。関東南部で11月の雪は1962年以来54年ぶりだという。1962年といえば,私は中学1年。年内はコートを誰も着てはならぬという校則があったから,当時海のそばだった学校は寒かっただろうと思うが,もちろん記憶はない。
 何日か前から「24日は平野部でも雪,最高気温は3度」という予報が出ていて,今ごろほんとに降るのかなと思っていたのだが,予報は当たって朝からみぞれとなり,やがてうっすらと積もった。真冬モードの必殺ヒートテックのおかげで寒くなかったが,電車に乗ったら汗をかいた。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Nov 01, 2016

29年前の面影――新国立劇場の『ワルキューレ』

 うっかり書かないでいるうちに10月が終わってしまったが,新国立劇場の新シーズンが,新制作,といっても故ゲッツ・フリードリヒの前世紀の演出(フィンランド国立歌劇場協力)による『ワルキューレ』で始まった。見たのは6回の上演中3回目の10月8日。昨年10月の序夜『ラインの黄金』が,ワグナーとしては短い曲なのに演出も音楽も締まりがない上演だったのに対し,今回は,テンポは悠然としていた(正味4時間10分)がほとんど緩まず,曲の魅力を生かしてなかなか立派な上演になった。
 ベルリン・ドイツオペラのフリードリヒ演出はもう29年前でわずかな断片しか覚えていないが,その面影をいちばん感じたのは3幕の最初,奥から手前に広がる三角形の野戦病院にワルキューレたちが戦死者を運んでくる場面だった。
 歌手は充実したメンバーが揃い,ジークムント,ブリュンヒルデ,フリッカは,2011年の『トリスタン』のときと同じステファン・グールド,イレーネ・テオリン,エレナ・ツィトコーワという組み合わせ。テオリンは,イゾルデのときはかなり大味という感じがしたが,今回は好調だった。ヴォータンは,今年3月のヨカナーンに続いて登場のグリア・グリムスレイで,声も姿(長身でほっそり)も若さがあって吉。
 今回は『ラインの黄金』から1年空いたが,次の『ジークフリート』は来年6月,『神々の黄昏』は来年10月と,完結に向けて間隔を詰めていく。

 当日受け取ったチラシによると,今秋から来春にかけて『ラインの黄金』の上演・演奏が,11月のティーレマン=シュターツカペレ・ドレスデン,3月のびわ湖オペラ,5月のインキネン=日フィルと3つもある。さらに,4月には東京・春音楽祭で『神々の黄昏』があり,ヤノフスキの「指輪」が完結する。――日本はワグナーの幸う国。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sep 11, 2016

[祝]広島カープ優勝/[悼]ヨハン・ボータ

 9月10日,広島カープの25年ぶりのセリーグ優勝が決まった。前回8月26日(→参照)に野球のことを書いたときは2位巨人と9ゲーム差だったが,その後順調にマジックナンバーを減らし,直前で固くなって足踏みということはなかった。
 8日,巨人も連勝して地元優勝はできず,M1。翌9日は広島は試合がなく,巨人が負ければ優勝決定だったが,巨人は勝った。巨人は,どうやら目の前で胴上げを見たかったようだ。そして昨10日,東京ドームで広島は巨人に勝って優勝決定,6月上旬から首位を突っ走っての独走だった。
 前に少し書いた(→参照)ように,1975年の広島の初優勝は感動的だった。このとき,広島は球団創設25年目だった。今回は,同じ25年という年月を隔てての優勝ということになる。

 8日,テノール歌手ヨハン・ボータが死去したとのこと。まだ51歳だったのでびっくり。10月のウィーン国立歌劇場来日公演でも『ナクソス島のアリアドネ』のバッカスを歌うはずだった。
 初めてボータを見たのは2005年,ウィーンでのローエングリンだった(→参照)。100kg超級の巨漢で,私は「ボタ山関」と呼んで名前を覚えた。あとは東京で,スカラ座のラダメス(2009),バイエルンのローエングリン(2011,カウフマンの代役)を見た。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 30, 2016

再び世界水準,フォークトの『ローエングリン』

 新国立劇場の『ローエングリン』は,前回2012年のプレミエのとき(→参照)と同様,タイトルロールのクラウス・フロリアン・フォークトが絶好調で,最弱音から最強音まで美しい声を披露してくれた。他の主役4人は前回と違う人だが,いずれも立派だった。そのうちエルザは,顔をオペラグラスで見ると年がわかってしまうが,ほっそりしていてスタイル抜群で(前回のエルザは,特に太っているわけではなかったが,少しずんぐりしていた),2幕で高いところにすっくと立った姿が美しく,しかも声は澄んで強靱だった。ちょっと強靱一方という感じもあったが。
 前回の時,フォークトというのは原綴はわずか4文字 Vogt で短い名だなと思ったのだが,今回の英文のメンバー表を見たら,5人の西欧人歌手の姓が全員アルファベット5文字以下だった(Bauer,Uhl,Linn,Lang)。こういうことはかなり珍しい。(Lang はちょっと長そうな名前だが。)

 フォークトは元はバリバリのホルン奏者で,ハンブルクの州立歌劇場に数年いる間にワグナーのほとんどの曲のホルンを吹いたことがあるという。公演後に聞いたところでは,この日の開演前,久しぶりにホルンを手にして,東フィルの人たちと共に『魔弾の射手』の一節を吹いたとのこと。ジークフリートを歌って自分で舞台上でホルンを吹けば,大谷も真っ青の二刀流になるのだが。
 フォークトの次の大きな予定は,バイロイトの今年の新制作の『パルシファル』で,来月からリハーサルが始まる。来年5月にはバイエルン州立歌劇場で『タンホイザー』のプレミエがあり,これは来年秋,東京でも上演される(今回初めて,「フォークト,次はタンホイザーだ」という予告チラシが入っていた)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Apr 21, 2016

4月の新国立劇場――『ウェルテル』と『アンドレア・シェニエ』

 新国立劇場では,3月の『イェヌーファ』に続き,4月は『ウェルテル』『アンドレア・シェニエ』と上質の上演が続いた。
 このうち,マスネの『ウェルテル』は新制作。今シーズンの新制作『ラインの黄金』『イェヌーファ』は他劇場との提携によるものだったが,今回は純粋な新制作である。『カルメン』を例外として,どこでもフランス語オペラを見る機会は多くないが,新国立劇場でもこれまで『ホフマン物語』(3回),『スペインの時』とマスネの『ドン・キショット』『マノン』といったところだった。
 指揮者とタイトルロールが3月になってから交代する(→参照)という混乱を乗り越えて上演にこぎつけた『ウェルテル』は,美しい舞台に美しい声で,大いに楽しめる公演だった。特に代役で登場したディミトリー・コルチャックは若々しい声で,ウェルテルにぴったり。アルベール役のアドリアン・エレートもドン・ジョヴァンニに続く好演。
 それにしても,このウェルテルという男はどうしようもないやつで,人妻になったシャルロッテ以外は目に入らない。妹のソフィーにしておけばいいのにと誰しもが思う,と思う。これじゃ,仮に思いかなってシャルロッテと結ばれたにしても,まともな生活はできそうにない。
 今までよく知らなかったのだが,ヒロインのシャルロッテは8人きょうだいで,お母さんが亡くなっているのだった。しかもきょうだいでクリスマス・キャロルを歌ったりしている。第2幕で山の景色が見えたときに,ちょっと似た家庭環境の『サウンド・オブ・ミュージック』を思い出した。

 『ウェルテル』はドイツを舞台にしたフランス語のオペラだったが,続いてはフランスを舞台にしたイタリア語のオペラ,ジョルダーノの『アンドレア・シェニエ』。フィリップ・アルロー演出の3回目で,良い歌手がそろって高水準の上演になった。
 このオペラはフランス革命の初期1789年から94年の物語で,曲の完成が1896年だというから,ちょうど100年前の物語に作曲したことになる。今でいえば第一次世界大戦の時代の話に曲をつけるという感じだ。

 新国立劇場の今シーズン,次は5月・6月の『ローエングリン』で,フロリアン・フォークトが再び登場する。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Mar 25, 2016

代役の代役は代役の息子――新国立劇場『ウェルテル』

 新国立劇場の注目の新制作,マスネ『ウェルテル』(4月3日初日)の指揮者は,今シーズンのスタート直後の昨年10月に,当初予定の人からミシェル・プラッソンに交代した。正直言って,これは大物に交代して良かったと思った。
 今年3月になって,こんどはタイトルロールのマルチェッロ・ジョルダーニが交通事故で負傷し,ディミトリー・コルチャックに交代するという。初めて聞く人だが,世界の多くの大劇場に登場していて,かなりの大物らしい。
 ところが,交代劇はそれでは終わらなかった。23日に,こんどは,代役の指揮者ミシェル・プラッソンが転倒して負傷,代役はなんとその息子のエマニュエル・プラッソンだという(→参照)。新国立劇場ではバレエを振ったことがあるそうだ。だれの呪いか知らないが,これ以上けが人が出ないで無事に開幕してほしい。

 先日,都合により振り替えて,新国立劇場『サロメ』を平日午後に見た。アウグスト・エファーディングの演出で,同じプロダクションを見た回数の記録を更新して6回目だった。
 マチネの会場で配るチラシ袋には,ちゃんとマチネの演奏会のチラシが入っていた。都響の定期演奏会Cシリーズ,芸劇ブランチコンサートなど。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧