鉄道・旅

Sep 27, 2019

短信 9月20日――ラグビー・ワールドカップ/千葉の鉄道

ラグビー・ワールドカップ開幕
 9月20日午後,新宿駅を通ったら,ラグビーの日本代表のユニフォームを着て京王線の駅の方に向かう人と,少なくとも10人ぐらいすれ違った。開幕戦開始の6時間ぐらい前のことである。
 あとで記録を見たら,9月20日は,4年前の前回のワールドカップで南アフリカに大番狂わせ勝利した記念日なのだった。

 開幕の日本―ロシア戦は,前半の終わりの方からテレビで見た。ラグビーの基本的なルールは知っているつもりだったが,わかっていなかったことがいろいろあった。なにしろ,テレビの中継でさえちゃんと見た試合はいくつもないのだから,それも当然のこと。直前に買った参考文献(『ラグビーダイジェスト』増刊号「選手名鑑&ガイド」)を随時参照した。

久留里線・小湊鐵道開通
 先日千葉の台風被害のことを書いた翌日の9月20日夜,台風の後不通だったJR久留里線は,木更津~久留里間で運行を再開した。その先の久留里~上総亀山間については,設備損壊や倒木などの影響が大きく,復旧にはなお日数を要するとのことで,当面マイクロバスや乗合タクシーによる代行輸送となる。
 同じく不通だった小湊鐵道は,その翌日の9月21日,代行バスを走らせていた上総山田~里見などが復旧し,全線で運転を再開した。

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Sep 09, 2019

京急快特の事故

 9月5日(木)の午後,家族から LINE で「お父さん,京急には乗っていませんよね」という連絡が入った。よくふらふらと用事もないのに電車に乗りに行く私を心配してのことだったが,そのとき私はまだ京急の事故のニュースを知らなくて,何のことだろうと思った。長年京急を見つめてきた者としてはまことにつらい事故のことを知ったのは夕方になってから。
 同日昼前,京急の下り快特が,神奈川新町駅のすぐ先の踏切で立ち往生していたトラックに衝突し,電車は前3両が脱線,トラックの運転士が死亡,電車の乗客・運転士など30人以上がけがをした。京急本線は上大岡・京急川崎間が不通となり,上大岡から横浜までは先に開通したが,横浜・京急川崎間は結局約50時間にわたって不通になった。
 念のために注記するが,快特というのは元は快速特急の略で,京急のいちばん速い列車種別である。停車駅は,品川を出ると京急蒲田,京急川崎,横浜で,この区間は高架の直線部分が多く,東海道線に対抗して最高時速120kmでひた走る。事故があった神奈川新町駅は横浜の3駅手前で,検車区がある運転上の拠点駅だが,快特は通過する。

 京急が長く不通になったのは,2012年9月,追浜・京急田浦間のトンネル入り口で崖崩れがあって特急が土砂に乗り上げた事故以来のこと。このときも先頭の3両が脱線し,金沢八景・逸見間の開通に55時間を要した。このときネット上で「がんばれ京急」という復旧応援のメッセージが飛び交ったことは,鉄道ファンの間で語りぐさになっている。
 今回も,駅に掲示された不通のお知らせに「水を飲んで熱中症予防をして,がんばれ」という付箋が貼られ,その写真が Twitter で出回った。

 京急の車両につき,他社にはあまり例がない特徴として「京急は先頭車を重い電動車(モーターのある車両)にしている」ということがときどき話題になる。これにより,衝突などの際に転覆したり跳ね飛ばされたりする危険が少なくなっているという。
 事故の翌日,ニュース番組に出演した川島令三氏(鉄道アナリスト)もこのことを説明していたが,はたして一般の人に伝わったかどうか。
 なお,京急ファンとその「京急愛」については,それを扱った「専門書」がちゃんとある:佐藤良介著 交通新聞社新書『なぜ京急は愛されるのか――“らしさ”が光る運行,車輌,サービス』(交通新聞社)[電子版もあり]

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Aug 19, 2019

相鉄西谷駅

 真夏の某平日,相鉄・JR直通線(11月30日開通予定;→参照)の現況を見ようと,相模鉄道本線とJR直通新線の分岐駅・西谷(にしや)へ出かけた。
 小田急に乗り,居眠りしていて目を覚ましたら乗換駅の海老名だった。相鉄の駅に行くと,ちょうど特急が発車するところだった。特急は2014年から走っているようだが,乗ったのは初めて。大和に停車したのみで,14分で二俣川着,各駅停車に乗り換えて8分で西谷着。
 西谷は横浜市保土ケ谷区。昔,友人が西谷に住んでいて,「西谷ってどこ?」と聞かれると「新幹線で新横浜を出てすぐ飛び降りたとこ」と答えていたのを思い出す。東海道新幹線が「唯一の新幹線」だったころの話である。
 西谷は2面4線の分岐駅に改造された。中の2線が本線,外側2線が分岐して地下へ入るJR直通線だが,上りホームの分岐線側は柵がしてあってまだ使用されていない。ホームの端からは地下へのトンネル口が見える。まあしかしそれだけのことで,ほかに見るものもないなと思っていたら,「まもなく4番線に回送電車がまいります」というアナウンスがあって,柵がしてある側にのっそりと無人の電車が入ってきた。すぐ発車して,地下の新線へ入っていく。新線ですでに試運転が行われているというニュースは見ていたが,タイミングよく試運転電車に出会えたのだった。
 JR直通線が開通すると,西谷は特急停車駅になり,特急と各停がJRに直通する。西谷の次は羽沢横浜国大(新駅)に停まり,その先でJR貨物線に入り,次いで横須賀線・湘南新宿ラインに合流する。次の駅は武蔵小杉で,そのまま新宿まで行く(一部は埼京線経由で大宮および川越方面に向かう)。
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 猛暑だが,電車の中や建物の中は冷房が強すぎることが多く,軽い上着は手放せない。かつては,冷房は別に好きではないにしても特に弱いということはなかったのだが。
 小学校のころ,というのは1960年代初めごろだが,街の中心の商店街で冷房のある店は7,8軒にに1軒ぐらいだった。夏の帰り道には,冷房のある店の前ではゆっくりゆっくり歩いたり,数歩戻ってまた前を通ったりした。

 

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Jun 10, 2019

税務署はサンマルコ広場

 今年3月,税務署に税金の申告に出かけた。所轄の税務署は民間ビルに仮住まい中で,駅を降りると,「→税務署(所得税申告会場)」という貼り紙が出迎えてくれた。それが5メートルおきにエレベーターまで続き,目的階で降りてからも続いていて,迷うことなく行くことができた。
 しかし,帰りは,駅までの案内を税務署が追加したりはしていないので,曲がり角などがあるたびに,どっちから来たのだったかときょろきょろしてしまった。

 それで思い出したのは,40年前に一度だけ行ったヴェネツィアである。
 ヴェネツィアの街は,他の都市の大通りにあたる大運河がS字状にうねっていて,無数の路地と小さな水路が勝手な方向に向いている。それでも,ヴェネツィアの中心サンマルコ広場まで行くのは簡単で,街の至る所に出ている「→Piazza St.Marco」という黄色の標示をたどっていけばいい。すべての道はサンマルコに通じている。
 しかし,サンマルコ広場から他の場所へ行こうと思うと,それは不可逆の矢印であることに気づかされる。地図と首っ引きで道を探すことになるが,道は微妙に曲がっていて方角の見極めが難しく,しばしば水路に突き当たって行き止まりになっている。――行きはよいよい,帰りはこわい。

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 前回書いた金沢シーサイドラインは,3日後の6月4日に有人運転で運行を始めた。新聞記事によると,同社には運転士の資格を持つ社員が63人いて,そのうち30人ほどが運転にあたるという。こんなにいる「運転士」さん,ふだんは何をしているのだろうと,逆にちょっと心配になった。
 逆走した車両の衝突時の速度はそんなにたいした速度ではなかったのだろうと想像していたが,実際には時速20キロほど出ていたようだ。――すぐれた加速性能。

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May 28, 2019

東京メトロの改札外乗り換え

 東京メトロの複数の路線を乗り継ぐとき,乗り換えの回数が少ない経路を選ぶ方が早く着くことが多いが,運賃は,実際の乗車経路と関係なく,最短距離の経路による合計の距離によって計算される。路線が密集した都心部では,1駅ずつ乗って3回乗り換えるといった非現実的なルートが最短距離だったりすることもよくあり,最低料金で行かれる範囲はかなり広い。
 ここで少し問題が生じうるのは「改札外乗り換え」である。東京メトロ同士の乗り換えでも,改札を一度出なければならない駅は,現在14ある。このうち,人形町駅(日比谷線)と水天宮前駅(半蔵門線),築地駅(日比谷線)と新富町駅(有楽町線)は2018年3月に乗り換え駅として追加された。

 この改札外乗り換えについての「掟」のうち,「オレンジ色の改札口から出る」「乗り換えは30分以内」というのはよく知られていると思うが,もうひとつ「乗り換え駅までの運賃が,所持している切符の料金を超えている場合は精算する(追加料金を支払う)」というルールがある。これは,少なくとも私は,10年ぐらい前まで知らなかった。
 例えば,丸ノ内線の御茶ノ水から有楽町線の護国寺までの運賃は,2駅目の後楽園で南北線に乗り換え,1駅乗って飯田橋で有楽町線に乗り換えるという距離 5.9km のルートで計算され,170円(切符の場合)である。しかし実際には,池袋乗り換えなら乗り換えは1回ですむので,こちらを選択する人は多いだろう。ところが,池袋駅は有楽町線と丸ノ内線とが別改札であり,しかも御茶ノ水・池袋間は200円なので,170円の切符で改札を出ようとすると精算,つまり30円支払うことを求められる(乗り継ぎの精算券が出るので,それで有楽町線の改札に入ることができる)。
 最短距離で計算することはお互いにとって利益があるのに対して,別改札かどうかは乗客と関係なく東京メトロの事情であり,そのために30円余分に払わなければならないのはおかしいと思う。とはいうものの,もしここで精算しないで出ることを認めると,200円の区間を170円で乗れることになってしまうので,これはこれでまずいということなのだろう。

 もう一つの問題は,「不可逆性」である。上記のルートを逆に,つまり護国寺から乗って池袋で乗り換え,御茶ノ水で降りる場合は,護国寺・池袋間が170円なので,170円の切符で問題なく有楽町線からの乗り換え改札口を出ることができ,そのまま御茶ノ水で下車できる。つまり,同じルートが,行きは200円,帰りは170円ということが起きる。これは公共交通の料金としては異例の事態である。
 ICカード(Pasmo等)だったら,最初の線の改札を出るときにとりあえず(いや正確には「敢えて取る」?)30円差し引き,30分以内に乗り換えて170円区間の駅で降りるときに精算,つまり30円払い戻す,ということもできると思うのだが。

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 先に書いた山手線上野駅の発車メロディーを,先日聞いてきた。
 予想通り「だれも寝てはならぬ」のメロディーで,

_CDEDCDH|A---|_DEFEDEC|H-C-DDEF|G---
   半角1字が8分音符の長さ,「_」は8分休符,
   「-」は8分音符分の伸ばし

という具合に,2・5小節目の全音符を短くして無理やり4小節の長さにしてあった。

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May 06, 2019

15周年/今年の新国立劇場/『トゥーランドット』の発車メロディ

 書くのを忘れてしまったが,今年3月14日は当ブログ15周年の日だった。開設は2004年。それまで普通のウェブページ,当時一般的にはホームページと呼ばれていたもの(→参照)をやっていたのだが,日記のような感じで手軽に書くことができるブログというものがあることを畏友ならぬ畏サイト Classica で教わり,こちらに日常の雑記を書き始めた。
 その後,もっと手軽に発信ができる方法が一般的になり,個人のブログは衰退しつつあるように思う。

 新国立劇場の今年のオペラ公演は,『タンホイザー』,『紫苑物語』(西村朗)[初演],『ウェルテル』,『フィレンツェの悲劇』(ツェムリンスキー)&『ジャンニ・スキッキ』と,ほぼ順調に進んできた。
 この中で特に良かったのは3月の『ウェルテル』で,2016年以来の再演。プレミエのときは指揮者とタイトルロールが直前で次々と交代し,波乱の門出だった(→参照;→参照)が,今回は事件はなく無事に開幕した。シャルロットは藤村実穂子さんで,フランス語のオペラへの出演に接するのは初めて。声も姿も若々しく期待以上の素晴らしさだった。

 新国立劇場の今シーズン最後の演目は東京文化会館との共同制作による『トゥーランドット』(7/18~)だが,JR東日本のプレスリリースによると,この東京文化会館でのオペラ上演に合わせ,最寄り駅である上野駅の発車ベルを期間限定で『トゥーランドット』による発車メロディに変更したという。変更箇所は上野駅2・3番線ホーム(山手線内回り・外回り)で,期間は4月20日から7月20日まで。まだ聞いていないが,当然「だれも寝てはならぬ」なんでしょうね。

 

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Apr 24, 2019

金沢シーサイドライン 京急金沢八景駅に「接続」

 金沢シーサイドラインの新しい金沢文庫駅が完成し,年度末ぎりぎりの3月31日に開業,線路は150メートルほど延長された。これに先立って京急の駅も1月に橋上駅となっていて,橋上の改札口とシーサイドラインは通路で結ばれ,乗換がぐっと近くなった。
 乗りに行ったのは4月2日。周囲にはまだ工事中のところがたくさんあるが,駅前はだいぶすっきりした。
 京急の駅の西口側にも初めて行ってみた。駅の階段はできたが,周囲は工事たけなわだった。かつて真ん前にあった茅葺き屋根の沿線名物「旧円通寺客殿」(旧木村家住宅主屋)は横浜市が買い取って解体・保存してあり,この周辺を公園として整備してその中に再建する予定らしい。

 金沢シーサイドラインの開通は20年ぐらい前だったような気がしていたが,資料を見たら1989年7月で,もうすぐ30年になるのだった。この間ずっと,金沢八景駅は国道16号線の海側にあり,京急の駅までは約200メートル,乗換は地上に降りて信号待ちをして国道を渡る必要があった。当初から,いずれは国道を越えて京急駅に直結する計画だったが,結果としては30年がかりになった。
 ただし,延伸部分は今は単線で,今回は暫定的な開通,複線化は「2019年度中」の予定だとのこと。この間に,旧駅の撤去なども行われる。

◇シーサイドライン新金沢八景駅

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◇旧駅を振り返る

Ap4029755

◇京急西口の階段

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◇工事中でも桜は咲く

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 4月19日,87歳の人が運転する車が暴走し,2人が死亡した。場所はなじみのある東池袋で,しかも運転者は同姓で驚いた。わが家では老人や乳幼児を乗せる用事が前より多くなったこともあって,昨年末「最後の車」を買ったばかりだった。せめて75歳まであと5年半ぐらいは乗りたいと思っていただけに,衝撃は大きい。

 

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Mar 10, 2019

京急が4駅の駅名を来年変更

 旧聞ではあるが,後のために記しておく――今年1月25日,京浜急行は4駅の駅名変更と,10駅の「副駅名」設定を発表した。実施は1年後の2020年3月。
 駅名変更は以下のとおり:

・産業道路駅(川崎区,大師線) → 大師橋(だいしばし)
・花月園前駅(横浜市鶴見区,本線) → 花月総持寺(かげつそうじじ)
・仲木戸駅(横浜市神奈川区,本線) → 京急東神奈川(けいきゅうひがしかながわ)
・新逗子駅(逗子市,逗子線) → 逗子・葉山(ずし・はやま)

 京急の駅名の変更は,たぶん,2004年に京急安浦(横須賀市,本線)を県立大学前に改称して以来である。また4駅もの同時改称は,「湘南…」から「京浜…」へ(1963年),「京浜…」から「京急…」へ(1987年)の一斉改称を除くと,例がないのではないか。
 発表資料で,本線より先に大師線の駅が置かれているのは,100年前に最初に開業したのが川崎大師への線路だったという歴史を意識したものだろう。

 「「副駅名標」として,駅看板の一部に表記」するのは以下の10駅で,うち4駅は上記の改名する駅で旧駅名を表記するもの。

・鮫洲駅   鮫洲運転免許試験場
・大森海岸駅   しながわ水族館
・京急鶴見駅   大本山總持寺
・日ノ出町駅   野毛山動物園
・追浜駅   横須賀スタジアム
・汐入駅   横須賀芸術劇場
・産業道路駅  旧駅名 産業道路 (駅名は「大師橋」に改称)
・花月園前駅  旧駅名 花月園前 (駅名は「花月総持寺」に改称)
・仲木戸駅   旧駅名 仲木戸 (駅名は「京急東神奈川」に改称)
・新逗子駅   旧駅名 新逗子 (駅名は「逗子・葉山」に改称)

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Nov 07, 2018

鉄道の復旧 11月号

 7月の西日本豪雨で被害を受けた鉄道の復旧は,その後かなり進んで,まずJR四国は9月中に全線復旧した(→参照)。
 JR東海では高山線の坂上駅~猪谷駅間が不通だったが,11月21日(水)に復旧の予定となった。飛騨古川駅~富山駅間で運休していた特急「ワイドビューひだ」も全線運転を再開する。
 JR西日本は被害を受けた路線がもっとも長かったが,10月に大動脈の山陽線が全線復旧し,呉線もあと少しとなった。さらに,残りの路線の再開予定もだいぶ早まってきて,同社のウェブサイトによると,現在の見込みは以下のとおり(《 》内は引用者注):
[芸備線]
 12月中:備後落合―備後庄原 《10月時点の予定「2019年1月~3月中」が早まった》
 工事が順調に進捗すれば2019年秋ごろ:三次~狩留家 《これまでの「被災時期から少なくとも1年以上」が「改訂」された》
[福塩線]
 12月中:府中―上下 《10月時点の「2019年1月~3月中」が早まった》
[呉線]
 12月中:三原―安浦 《元の「2019年1月」が早まった》

 これに対し,JR九州については,原田線の桂川―原田間は「運転再開には期間を要する見込み」という表示のままで変化がない。また,2016年の熊本地震で不通となった豊肥本線の肥後大津―阿蘇間,2017年の九州北部豪雨で不通となった日田彦山線の添田―夜明も同じく変化がない。

 JR北海道は,9月の北海道胆振東部地震地震で被害があったが,釧網線の摩周―網走間は開通し,日高線の苫小牧―鵡川間は12月上旬運転再開の見込みとなった。ほかに室蘭線の遠浅―三川間で徐行運転をしていて,これは解除まで「数か月程度の見込み」だとのこと。
 日高線のその先,2015年1月の高波に襲われて不通となっている鵡川―様似の状況には変化がない(バス代行実施中)。

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Oct 25, 2018

北海道新幹線にようやく初乗車

 某平日朝,外出し,9時半に用事が終わって,久しぶりに夜まで自由時間になった。となると,にわかに鉄気分となり,急いでいくつかの候補線区を調べ,開通以来2年半になるのにまだ乗っていなかった北海道新幹線に乗ることにした。
 東京駅を10:20発の「はやぶさ」で出発。東京は曇りで,ほんのわずか雲に隙間があるという感じだったが,北上するにつれて天気が良くなり,仙台から北はほぼ晴れとなった。盛岡で,前につながれていた「こまち」が切り離されて先に発車して行く。座席はだいたい満席だったが,だんだん空いて,新青森では1両に十数人となった。
 新青森からはいよいよ北海道新幹線。車掌さんも代わり,「これより北海道へとご案内いたします」と誇らしげなアナウンスがある。緑の中を快走し,13:47 奥津軽いまべつに停車。ここは元は海峡線の津軽今別駅で,20年近く前の1999年4月に訪れた津軽線の津軽二股駅がすぐ下にあるはずだが,新幹線からは見えない。(参照 →本拠地の「鉄道の章」の「鉄道紀行文 断章」の中の「津軽・秋田 海を見た旅」)
 トンネルについての車掌の説明のあと,13:50 青函トンネルに入る。海峡線で来たときには,いくつも短いトンネルをくぐった上で最後にまったく格が違う大本命の青函トンネルに入ったように思ったのだが,新幹線では格の違いを見る間もなく過ぎ,予告された時刻を見て「これだな」と判断した。全長53.9km。抜けると「みなさま,列車はただいま青函トンネルを抜けました。ようこそ北海道へいらっしゃいました。」とのアナウンスがあり,まもなく木古内に停まり,14:37 終着の新函館北斗に到着した。
 10分後,3両のはこだてライナーが発車,15:02 函館着。
 1999年のときには滞在92分だったが,今回の予定滞在時間はその半分以下の43分。しかし,帰りの切符を買っているうちに残りは35分となり,あわただしく駅近くの岸壁で海を見る。早い夕食用に駅弁を買おうとしたが,函館らしい海鮮の弁当はみな売り切れで,ウニやイクラも少しは入った幕の内を買い,急いでビールを1杯飲んだ。15:45発のはこだてライナーに乗り,16:17 新函館北斗発の「はやぶさ」に乗り継いで帰京。忙しかったが,天気も良くなって,まあまあ充実した往復だった。

 その数日後,改築後行っていなかった小田急の片瀬江ノ島駅へ。函館と同じ海のそばの終着駅に,函館より長く滞在した。

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