鉄道・旅

Sep 20, 2018

西日本豪雨 鉄道の復旧 9/20版

 西日本7月豪雨で不通になったJR線の復旧は着実に進んできた。いくつかの資料によって,9月20日現在の状況をまとめておく。

 まず,JR四国。予讃線の卯之町~宇和島が9月13日に開通し,これでJR四国の鉄道はすべて復旧した。

 もっとも大きな被害を受けたJR西日本では,山陽線の柳井~下松,八本松~瀬野が9月9日に開通した。残っている三原~白市も9月30日開通の予定で,これで大幹線が甦る。岩徳線も9月22日に周防高森~徳山が開通して,全線復旧となる。
 呉線は9月9日に呉~坂が開通し,これで西半分の広から呉・海田市(かいたいち)を経て広島までがつながった。安芸川尻~広が10月,安浦~安芸川尻が11月中,残る三原~安浦は1月開通の予定。
 福塩線は,吉舎(きさ)~塩町で10月4日から,上下~吉舎で10月18日から「部分運転を実施」するという。部分運転というのは耳慣れない用語だが,区間は明示されているので,本数を減らして一部の列車を運転するという意味だろうか。残る府中~上下は「2019年1月~3月中」の予定。
 被害がもっとも大きかったのは芸備線。10月4日から備後庄原~三次で同じく「部分運転」を実施,備後落合~備後庄原は来年1月~3月中開通とされている。しかし残る三次~狩留家(かるが)は,鉄橋の流出などもあり,再開には「少なくとも1年以上」かかるという。7月末には備後落合~狩留家間はまとめて「運転再開まで長期間」となっていたので,これでも区間ごとに見通しが少しはっきりしたことになる。

 JR東海の高山線は,富山寄りの坂上~猪谷が不通で,開通は11月下旬を見込んでいるとのこと。特急「ワイドビューひだ」は飛騨古川止まりになっている。

 次はJR九州。原田線の桂川(けいせん)~原田(はるだ)が「運転再開には期間を要する見込みです」という状態が続いている。JR九州では,このほかに,豊肥本線肥後大津~阿蘇が2016年の熊本地震により,日田彦山線添田~夜明が2017年の九州北部豪雨による被害を受けて,同じく運転再開の予定が立っていない。異なる天災による被害が3年にわたって累積してしまった。
 このほか,九州では,平成筑豊鉄道田川線の崎山~田川伊田が不通になっていて,開通は10月中が目標となっている。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 昔,眼鏡屋の人に聞いた話――眼鏡のレンズをシリコン布やティッシュペーパーなどで拭く人が多いが,汚れにはときどき硬い成分があり,それをこすりつけてレンズに傷をつける結果になることがある。眼鏡は,じゃぶじゃぶ水洗いするのがいちばんよい。
 でも,眼鏡のレンズって,手で触るわけではないのに,なんでしょっちゅう汚れるんですかね。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Sep 12, 2018

台風21号と北海道胆振東部地震

 先週は,「天変」と「地異」に相次いで襲われた。こんな大災害でもどんどん記憶が薄れていくから,こうしてメモしておけば少しは思い出す手がかりになる(かもしれない)。
 まず,9月4日,関西を台風21号が直撃,尋常でない強風が吹き荒れた。そのあと関西空港の件が起きたのでその前のことは忘れてしまいそうになっているが,泉南市だったか,なぎ倒された電柱の写真は衝撃的だった。トラックが衝突しても倒れそうもない電柱が,軒並み9本,同じ方向に倒れていた。
 同じ日,関西空港が高潮で冠水して使用不能になり,さらに連絡橋がタンカーの衝突で破損して通行できなくなって,文字通りの孤島になった。かつてヴェネツィアが高潮で水浸しになったのを思い出す。

 そして台風のニュースを吹き飛ばすように,6日未明,北海道で大地震が起きた。北海道では,十勝沖,奥尻島など,海の方で何度か大地震が起きているが,札幌など北海道中央部はあまり地震のイメージはなかった。
 こちらで衝撃的だったのは,厚真町の山崩れの写真。何十もの山がすべて同じ方向に崩れて,半分土を露出させていた。
 最大の火力発電所が止まって,北海道はほぼ全体が停電した。ひとつ止まると需給のアンバランスが生じて周波数が安定しなくなり,他の発電所も自らを守るために停止するのだという。かつて電力会社の人に,電気は使用量が増えるとリアルタイムで増産するという話を聞いたことを思います。

 7月豪雨で大きな被害のあったJR西日本は,姫新線,因美線などが運転を再開し,呉線も一部運転を始めた。JR四国は残っていた予讃線の卯之町駅~宇和島駅間が,明日13日運転再開だという。めでたい。
 なお,関西空港連絡橋は,鉄道線路は9月中に復旧。道路は片側のみで対面通行をしていて,もう片方の復旧の見通しは立っていないとのこと。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jul 31, 2018

JRの運転再開予定/台風が東から西へ

 30年7月豪雨は,鉄道にも大きな被害をもたらした。特に被害が大きかったのはJR西日本で,大幹線の山陽線から山中を走る地方交通線まで,その被害範囲は広い。
 それでも少しずつ復旧が進み,7月30日現在の不通区間と運転再開の予定は以下のとおり。一部では再開まで「長期間」としか言えないのが悲しい。
[山陽線] 8月1日 下松~徳山
      8月中旬 瀬野~海田市
      9月中 柳井~下松
      10月中 白市~瀬野
      11月中 三原~白市
[姫新線] 数ヶ月後~年内 上月~新見
[津山線] 8月上旬  玉柏~野々口
[伯備線] 8月上旬(8月1日を目指しています)  豪渓~上石見
[芸備線] 9月中   狩留家~下深川
      数ヶ月後~年内 新見~備後落合
      運転再開まで長期間 備後落合~狩留家
[福塩線] 運転再開まで長期間 府中~塩町
[因美線] 数ヶ月後~年内 智頭~津山
[呉線]  8月上旬 坂~海田市
      11月中  広~坂
      2019年1月中 三原~広
[岩徳線] 10月中 岩国~櫛ヶ浜
[木次線] 運転再開まで長期間 出雲横田~備後落合

 JR四国も,特に環状幹線の北西部分が深刻な被害を受けた。7月20日の発表では運転再開は「早くても2か月後」「相当な期間を要します」となっていた部分について,7月30日になって再開の目処がだいぶはっきりしてきた。

[予讃線] 本山駅~観音寺駅間 8月9日に再開予定
      伊予市駅~伊予大洲駅間(海回り) 8月10日に再開予定 
   ※観光列車「伊予灘ものがたり」は8月24日(金)から運転を再開する予定
      卯之町駅~宇和島駅間 9月中を目処に再開予定
[予土線] 宇和島駅~窪川駅間 8月10日に再開予定

 JR東海では,高山線が一部不通。特急「ワイドビューひだ」は全列車全区間運休しているが,8月半ばから一部運転を再開する予定だという。
<岐阜駅~飛騨金山駅>  通常通り運転
<飛騨金山駅~下呂駅>  不通  バス代行あり  運転再開は8月半ばの見込み
<下呂駅~高山駅~坂上駅>  ダイヤを変更して運転
<坂上駅~猪谷駅>  不通  バス代行あり  運転再開まで数か月を要する見込み

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 豪雨に続いては逆行台風がやってきた。
 台風12号は,海上を東南から北西に進んできて,関東地方の手前で左に曲がり,史上初めて東から西へのコースをたどった。三重県に上陸してそのまま西へ進み,九州西部を南下して,3日目になっても九州の西に停まっている。関東では28日(土)に最接近し,東京でも風雨がかなり強まったが,それほど長い時間は続かなかった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Jun 05, 2018

ぴあMOOK『京急電鉄ぴあ』

 発売から2か月もたってしまったが,まだ売っているところもあるようなのでご紹介――3月末に ぴあMOOK『京急電鉄ぴあ』(ぴあ)が出た(→参照)。京浜急行電鉄の創業120周年を記念するもので,これまで鉄道本とはほとんど縁がなかった ぴあ からというのがおもしろい。
 120年の歩みや車輌ガイドなどなど鉄道雑誌風のところもあるが,「旅する京急 京急沿線おでかけガイド」といった部分が充実しているのは少し ぴあ らしい。
 特別付録として京急電車トートバッグがついているので,雑誌としてはちょっとかさばる。トートバッグは赤・青・黄の3色の京急電車のイラスト付き。
Aap6058618

 120年というのは,大師電気鉄道設立の1898年から起算してのことで,開通は翌年1月だった。川崎大師参詣のためという意図の社名だったが,早くも開通の3か月後には京浜電気鉄道と改称した。戦時政策で「大東急」に飲み込まれた時期もあったが,戦後の1948年,50周年の年に京浜急行電鉄となって今日に至っている。
 京急沿線の横須賀に育った私は必然的に京急に興味を持ったが(下記リンク参照),地縁はなくても京急が好きという熱心なファンも多い。その事情を扱った「専門書」として,佐藤良介『なぜ京急は愛されるのか――"らしさ"が光る,車輌,サービス』(交通新聞社新書)も今年出版された。
 
  参照:「京浜急行 四季の私記」

本拠地サイトの「鉄道の章」中の「鉄道紀行文集 車窓伴影」の中の目次からジャンプできます。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【神保町だより】
 先日開店を保留していた「きたかた食堂」は,翌週5月30日には開店していた。メニューは「新中華そば」と「新名物肉そば」の2本立てのようだが,1時を過ぎても混んでいて,まだ入れていない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 16, 2018

名古屋より/月曜定休 謝罪看板

 先日,2日間にわたって開かれた行事のために,名古屋に宿泊した。考えてみたら,それ以前に名古屋に泊まったことはわずか2回しかない。
 だいぶ前に,ある企業の名古屋の支社に勤務する人が,「各地の人が出席する会議というとたいてい東京か大阪なんで,名古屋の社員は必ずどっちかに行くことになるんです。しかも遅くなっても帰れちゃうんで,必ず日帰り。下手するとそれが月に何回もあるんですよ。」というような話をしていた。
 私の場合も,長い会社勤めの間,京都・大阪・神戸へは計100泊以上泊まったが,名古屋には1泊しかしていない。その1泊も,名古屋に用事があったわけではなく,名古屋に朝集合して他の場所に行くためだった。ほかに,仕事でない宿泊が1回あったので,今回は3回目ということになる。

 名鉄で名鉄名古屋から豊橋方向に1駅の山王駅のホームで10分ほど待ち時間があった。目の前に東海道線の複々線と新幹線の線路があり,名鉄自身の線路とあわせて4本の複線を,ほとんど1分も間があくことなくひっきりなしに電車が通過していくのは壮観だった。
 次の金山で乗り換えた名鉄の特急では,貫通ドアの上にスピード表示があり,見ていた限りでは最高は 119km/h だった。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 5月14日の昼過ぎのこと,神保町のすずらん通りの老舗てんぷら店「はちまき」が閉まっていたのでどうしたのかと思ったら,5月から月曜定休とするという貼り紙が出ていた。そういえば定休日を意識したことはなかったが,今までは年中無休で営業していたようだ。
 「はちまき」の亭主は今は3代目だが,私が昼食に行くようになったのは2代目の時代だった。この2代目,少なくともランチの時間はいつも無愛想で,安いランチ天丼の客には露骨に不機嫌な顔をした。そんなにいやなら,安い天丼なんか出さなきゃいいのにと思った。
 しかも,店で働いている奥さんを,ご飯を出すのが遅いとかなんとか鋭く叱ることがよくあった。奥さんの方は慣れていて柳に風,あわてず騒がず,特にもたもたすることもなく仕事をこなしていくのだが,そばで聞かされる方は愉快でない。その後揚げ物をあまり食べないようにしたこともあって,足が遠のいていた時期もあった。
 90年代ぐらいだったと思うが,「忌中」の貼り紙が出て店が休みになったことがあった。おお,あのオヤジやっと…と思ったら,亡くなったのは初代のおかみさんだった。

 ランチはやっていないが,神保町1丁目,靖国通りの元スタバの左の小道を抜けた向かいに,「どかん焼き」という店ができた。謝罪3項目の看板が出ていて,そのひとつ「魚のメニューがなくてゴメンなさい」というのは,謝りながらも,向かいの「魚百」との対照を強調している。
                            (click to enlarge→) 
Aadsc_0170
Aadsc_0172
 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Apr 17, 2018

年度末・年度始めの備忘録

◇3月2日~24日 朝日新聞夕刊のコラム「各駅停話」で,横須賀線のシリーズが掲載された。
◇3月17日 あのマイナス4度から2か月足らずで,東京でソメイヨシノが異例の早さで開花した。そのあと,21日にみぞれが降る。
◇3月25日 大相撲三月場所が千秋楽を迎える。優勝は鶴竜。前場所優勝の栃ノ心は関脇で10勝と好調。
◇3月30日 プロ野球ペナントレース開幕。序盤はDeNA,広島/西武が好調。
◇3月―― 高校卒業から50年を迎える。
◇3月31日限りで,山陰本線の江津(ごうつ)と芸備線・福塩線の三次(みよし)を結んでいたJR三江線が廃止。営業キロは108.1キロ。乗ったことのない線が廃線になってしまった。
◇4月1日 ビールの定義変更。
◇4月1日 JR両毛線に「あしかがフラワーパーク」駅開業。前に一度フラワーパークへ行ったときは,隣の富田駅から歩いた。
◇4月4日 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師殺害から50年。死去の前日,I've seen the Promised Land. と演説。
◇4月某日 東京・竹橋のパレスサイドビルに,加計学園東京事務所があるのを発見。
◇季節の「はずはない」3題:
 仕事で人に会うのなら,その記録を何も残さないはずはない。
 トップの指示で多くの人が動く組織で,日々の業務報告がないはずはない。
 心臓マッサージ等をしないで1分以上もぼーっと立っていていいはずはない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Mar 28, 2018

証人喚問 1976

 1976年夏のこと,社員旅行で泊まったホテルの一室で,同僚のS氏に対する「証人喚問」が行われた。「Sさん,あなたが○○営業所の△△さん(女性)と××駅付近を歩いているところを複数の社員が目撃していますが,どこへ行ったのですか」「△△さんと初めて親しく話をしたのはどういう状況でしたか」「○○へは仕事以外で何回行きましたか」といった具合である。
 これに対してS氏は「記憶にございません」を連発したが,その1か月後に,S氏が遠距離恋愛(という言い方は当時はなかったが)を実らせて△△さんと婚約というニュースが社内に流れた。
 国会での証人喚問というものが初めて一般に知られるようになったのは,1976年,ロッキード事件に関して,小佐野賢治氏(国際興業社主)らに対する喚問が行われたときだった。テレビ中継も行われ,なにかというと「記憶にございません」というのが決まり文句になった。

 30年がかりで続いていた小田急の代々木上原―向ヶ丘遊園の複々線化が完成して3月3日に開通し,17日から新しいダイヤになった。駅の地下化は2013年に完成していたが(→参照),ようやく線路が開通したわけである。
 下北沢駅の様子を見に行ったのは20日。ここは小田急と井の頭線線路が斜めに交差し,その間の駅前の道が複雑で,すぐに方向がわからなくなる。駅舎とその周辺の工事はまだ続いていて,近く南口が廃止されるという掲示が出ていた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Mar 24, 2018

深川めしと森下の蕎麦/30年前

 3月某日,深川で昼過ぎに用事が終わったので,深川めしでも食べようかと思い立った。しかし,昼食の看板を出している店を何軒かのぞいてみたが,いずれも2000円近い値段である。もちろん,それにふさわしい内容はあるのだろうが,元来庶民的なぶっかけご飯とはだいぶ違う。
 それで,天気が良かったのでぶらぶらと森下まで一駅歩いて,久しぶりに蕎麦の名店「京金」を目指した。で,行ってみると,店の名が「十七」に変わっていた。なにしろ12年ぶりの訪問。内部は少し改装されていたが,店の構えと雰囲気は昔とほぼ同じだった。あとで見たネット上の情報では,店主が引退し,弟子が店を継いだらしい。
 酒少しとつまみをとったので深川めしよりは高くなったが,質も量も立派で,ちゃんとした蕎麦屋としては高くない。

 今日3月24日は,「上海列車事故」から30年の日である。
 私は中国(大陸)へ1回だけ行ったことがあるが,その出発がこの事故の直後で,事故の9日後に上海郊外の現場を通ったのである。
 日が傾いてきたころ,上海まであと少しのところで,私たちのツアー一行の乗った列車は少し徐行した。見ると,線路のそばの畑の中に,客車がごろんと転がっていた。電化区間ではなく,線路には大きな損傷はなかったようで,線路上の車両をどければ列車は運行できたということのようだ。
 到着した上海のホテルには,事故に遭った高知学芸高校の関係者の家族が大勢宿泊していた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sep 21, 2017

エスカレーターを歩く/東京外し

 駅や商業施設などのエスカレーター上を歩くことの是非をめぐって,ときどき論争が起こる。鉄道会社や店舗側は,強弱はいろいろだが,歩かないことを求める掲示を出している。しかし,少なくとも鉄道の駅では,歩かない人はエスカレーターの(東京の場合)左側に立ち,歩く人のために右側を空けておく習慣が確立している。
 確かに走るのは危険だから,私は年も考えて,エスカレーターでは原則として走らないことにしているが,正直にいうと,急いでいるときは歩きたい。せっかく速く移動する手段があるのだから使いたいと思う。
 それで私は,自分なりの原則を立てた。その1は「なるべく(特に下りは)階段を歩く」。そしてエスカレーター上を歩く条件だが,その2「先行者(前を歩く人)が複数人いるときのみ歩く」。もちろん立っている人の状況(荷物を出っ張らせていないなど)を見た上でのことであるが,前を歩く人がある程度の数いて問題なく歩いていれば,危険性はぐっと減る。これに加えてその3は「付則」で「前に誰もいないときは歩いてもよい」。
 ただし,エスカレーターの安全基準の前提は,「歩かない」ことよりも「(急停止に備えて)手すりにつかまって乗る」ということに重点があるらしい。これをどうしてくれると言われるとちょっと困るが,とっさのときにすぐ手すりをつかむという心構えをしておく,というところだろうか。

 三菱東京UFJ銀行が,来年4月に名称から「東京」を外し,「三菱UFJ銀行」となるという。UFJと合併する前は「東京三菱銀行」で,当時はこれでも長いと感じていた(業界での略称は「トーミツ」だった)(→参照)。
 東京三菱は,三菱銀行と東京銀行が合併したものである。東京銀行は,昔の横浜正金銀行が解体された後その業務を引き継いだ外為銀行で,かつては外貨,特に米ドル以外の入手には,たいてい東京銀行へ行っていた。その東京銀行に由来する「東京」が今回消えることになる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sep 06, 2017

岩波文庫の新しい源氏物語/京浜急行特集の臨時増刊

 書店を歩く時間が昔より減っていて8月になってから気づいたのだが,岩波文庫の新しい『源氏物語』の第1冊が7月に出た。原文が右ページ,注が左ページの対注式で,内容は『新日本古典文学大系』を基にしている。第1冊は「末摘花」(54帖のうちの6帖目)までが収録されていて,全9冊の予定だという。ということは、第1冊だけ読んでも「須磨源氏」の半分にしかなれない。
 高校生のとき,精一杯の背伸びをして,岩波の古い方の古典大系の『源氏物語』の第1巻(全5巻のうち)を,学校の図書館から借りて読んだ。もちろん,大ざっぱにさえわかったとはいえなかったが,なんだかすごい世界があるんだなと思った。確か「須磨」まで入っていたと思うので,一応「須磨源氏」の仲間入りをしたことになる。
 その後,与謝野晶子による現代語訳で全帖を読んだ。敬語を大胆に省略したり,登場人物の呼び名を原文にないものにしていたりしていて(実際には一貫した呼び名がないとわからなくなってしまう),原文の面影があまりないことは素人にもわかったが,ともかく物語として読み通した。その中で,物語というより小説としておもしろかったのは宇治十帖だった。
 新しい文庫本で読んでみたいが,本を置くスペースがますます窮屈になっていて(かといってこの手のものは電子書籍で読む気はしない),しかもほかに未読の本の山がある現状では,さてどうしたものか。

 同じく8月になってから気づいたのは『鉄道ピクトリアル』の8月臨時増刊号「【特集】京浜急行電鉄」である。
 『鉄道ピクトリアル』は,ほぼ毎年,大手私鉄1社を特集した臨時増刊号を出しているが,今年は京浜急行に順番が回ってきた。これまでの京急の増刊号は,私の知る限りでは,1970年10月,1980年9月,1988年9月,1998年7月の4回あり,今回は19年ぶりになる。1970年のは全94ページ,うちカラーは巻頭1ページだったが,今回は316ページ,カラーは64ページにもなった。
 この19年では,京急蒲田駅の高架化がいちばん大きな出来事だった。次の10年は大師線の地下化が大きなトピックスになるだろう。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧