鉄道・旅

Nov 07, 2018

鉄道の復旧 11月号

 7月の西日本豪雨で被害を受けた鉄道の復旧は,その後かなり進んで,まずJR四国は9月中に全線復旧した(→参照)。
 JR東海では高山線の坂上駅~猪谷駅間が不通だったが,11月21日(水)に復旧の予定となった。飛騨古川駅~富山駅間で運休していた特急「ワイドビューひだ」も全線運転を再開する。
 JR西日本は被害を受けた路線がもっとも長かったが,10月に大動脈の山陽線が全線復旧し,呉線もあと少しとなった。さらに,残りの路線の再開予定もだいぶ早まってきて,同社のウェブサイトによると,現在の見込みは以下のとおり(《 》内は引用者注):
[芸備線]
 12月中:備後落合―備後庄原 《10月時点の予定「2019年1月~3月中」が早まった》
 工事が順調に進捗すれば2019年秋ごろ:三次~狩留家 《これまでの「被災時期から少なくとも1年以上」が「改訂」された》
[福塩線]
 12月中:府中―上下 《10月時点の「2019年1月~3月中」が早まった》
[呉線]
 12月中:三原―安浦 《元の「2019年1月」が早まった》

 これに対し,JR九州については,原田線の桂川―原田間は「運転再開には期間を要する見込み」という表示のままで変化がない。また,2016年の熊本地震で不通となった豊肥本線の肥後大津―阿蘇間,2017年の九州北部豪雨で不通となった日田彦山線の添田―夜明も同じく変化がない。

 JR北海道は,9月の北海道胆振東部地震地震で被害があったが,釧網線の摩周―網走間は開通し,日高線の苫小牧―鵡川間は12月上旬運転再開の見込みとなった。ほかに室蘭線の遠浅―三川間で徐行運転をしていて,これは解除まで「数か月程度の見込み」だとのこと。
 日高線のその先,2015年1月の高波に襲われて不通となっている鵡川―様似の状況には変化がない(バス代行実施中)。

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Oct 25, 2018

北海道新幹線にようやく初乗車

 某平日朝,外出し,9時半に用事が終わって,久しぶりに夜まで自由時間になった。となると,にわかに鉄気分となり,急いでいくつかの候補線区を調べ,開通以来2年半になるのにまだ乗っていなかった北海道新幹線に乗ることにした。
 東京駅を10:20発の「はやぶさ」で出発。東京は曇りで,ほんのわずか雲に隙間があるという感じだったが,北上するにつれて天気が良くなり,仙台から北はほぼ晴れとなった。盛岡で,前につながれていた「こまち」が切り離されて先に発車して行く。座席はだいたい満席だったが,だんだん空いて,新青森では1両に十数人となった。
 新青森からはいよいよ北海道新幹線。車掌さんも代わり,「これより北海道へとご案内いたします」と誇らしげなアナウンスがある。緑の中を快走し,13:47 奥津軽いまべつに停車。ここは元は海峡線の津軽今別駅で,20年近く前の1999年4月に訪れた津軽線の津軽二股駅がすぐ下にあるはずだが,新幹線からは見えない。(参照 →本拠地の「鉄道の章」の「鉄道紀行文 断章」の中の「津軽・秋田 海を見た旅」)
 トンネルについての車掌の説明のあと,13:50 青函トンネルに入る。海峡線で来たときには,いくつも短いトンネルをくぐった上で最後にまったく格が違う大本命の青函トンネルに入ったように思ったのだが,新幹線では格の違いを見る間もなく過ぎ,予告された時刻を見て「これだな」と判断した。全長53.9km。抜けると「みなさま,列車はただいま青函トンネルを抜けました。ようこそ北海道へいらっしゃいました。」とのアナウンスがあり,まもなく木古内に停まり,14:37 終着の新函館北斗に到着した。
 10分後,3両のはこだてライナーが発車,15:02 函館着。
 1999年のときには滞在92分だったが,今回の予定滞在時間はその半分以下の43分。しかし,帰りの切符を買っているうちに残りは35分となり,あわただしく駅近くの岸壁で海を見る。早い夕食用に駅弁を買おうとしたが,函館らしい海鮮の弁当はみな売り切れで,ウニやイクラも少しは入った幕の内を買い,急いでビールを1杯飲んだ。15:45発のはこだてライナーに乗り,16:17 新函館北斗発の「はやぶさ」に乗り継いで帰京。忙しかったが,天気も良くなって,まあまあ充実した往復だった。

 その数日後,改築後行っていなかった小田急の片瀬江ノ島駅へ。函館と同じ海のそばの終着駅に,函館より長く滞在した。

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Sep 20, 2018

西日本豪雨 鉄道の復旧 9/20版

 西日本7月豪雨で不通になったJR線の復旧は着実に進んできた。いくつかの資料によって,9月20日現在の状況をまとめておく。

 まず,JR四国。予讃線の卯之町~宇和島が9月13日に開通し,これでJR四国の鉄道はすべて復旧した。

 もっとも大きな被害を受けたJR西日本では,山陽線の柳井~下松,八本松~瀬野が9月9日に開通した。残っている三原~白市も9月30日開通の予定で,これで大幹線が甦る。岩徳線も9月22日に周防高森~徳山が開通して,全線復旧となる。
 呉線は9月9日に呉~坂が開通し,これで西半分の広から呉・海田市(かいたいち)を経て広島までがつながった。安芸川尻~広が10月,安浦~安芸川尻が11月中,残る三原~安浦は1月開通の予定。
 福塩線は,吉舎(きさ)~塩町で10月4日から,上下~吉舎で10月18日から「部分運転を実施」するという。部分運転というのは耳慣れない用語だが,区間は明示されているので,本数を減らして一部の列車を運転するという意味だろうか。残る府中~上下は「2019年1月~3月中」の予定。
 被害がもっとも大きかったのは芸備線。10月4日から備後庄原~三次で同じく「部分運転」を実施,備後落合~備後庄原は来年1月~3月中開通とされている。しかし残る三次~狩留家(かるが)は,鉄橋の流出などもあり,再開には「少なくとも1年以上」かかるという。7月末には備後落合~狩留家間はまとめて「運転再開まで長期間」となっていたので,これでも区間ごとに見通しが少しはっきりしたことになる。

 JR東海の高山線は,富山寄りの坂上~猪谷が不通で,開通は11月下旬を見込んでいるとのこと。特急「ワイドビューひだ」は飛騨古川止まりになっている。

 次はJR九州。原田線の桂川(けいせん)~原田(はるだ)が「運転再開には期間を要する見込みです」という状態が続いている。JR九州では,このほかに,豊肥本線肥後大津~阿蘇が2016年の熊本地震により,日田彦山線添田~夜明が2017年の九州北部豪雨による被害を受けて,同じく運転再開の予定が立っていない。異なる天災による被害が3年にわたって累積してしまった。
 このほか,九州では,平成筑豊鉄道田川線の崎山~田川伊田が不通になっていて,開通は10月中が目標となっている。

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 昔,眼鏡屋の人に聞いた話――眼鏡のレンズをシリコン布やティッシュペーパーなどで拭く人が多いが,汚れにはときどき硬い成分があり,それをこすりつけてレンズに傷をつける結果になることがある。眼鏡は,じゃぶじゃぶ水洗いするのがいちばんよい。
 でも,眼鏡のレンズって,手で触るわけではないのに,なんでしょっちゅう汚れるんですかね。

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Sep 12, 2018

台風21号と北海道胆振東部地震

 先週は,「天変」と「地異」に相次いで襲われた。こんな大災害でもどんどん記憶が薄れていくから,こうしてメモしておけば少しは思い出す手がかりになる(かもしれない)。
 まず,9月4日,関西を台風21号が直撃,尋常でない強風が吹き荒れた。そのあと関西空港の件が起きたのでその前のことは忘れてしまいそうになっているが,泉南市だったか,なぎ倒された電柱の写真は衝撃的だった。トラックが衝突しても倒れそうもない電柱が,軒並み9本,同じ方向に倒れていた。
 同じ日,関西空港が高潮で冠水して使用不能になり,さらに連絡橋がタンカーの衝突で破損して通行できなくなって,文字通りの孤島になった。かつてヴェネツィアが高潮で水浸しになったのを思い出す。

 そして台風のニュースを吹き飛ばすように,6日未明,北海道で大地震が起きた。北海道では,十勝沖,奥尻島など,海の方で何度か大地震が起きているが,札幌など北海道中央部はあまり地震のイメージはなかった。
 こちらで衝撃的だったのは,厚真町の山崩れの写真。何十もの山がすべて同じ方向に崩れて,半分土を露出させていた。
 最大の火力発電所が止まって,北海道はほぼ全体が停電した。ひとつ止まると需給のアンバランスが生じて周波数が安定しなくなり,他の発電所も自らを守るために停止するのだという。かつて電力会社の人に,電気は使用量が増えるとリアルタイムで増産するという話を聞いたことを思います。

 7月豪雨で大きな被害のあったJR西日本は,姫新線,因美線などが運転を再開し,呉線も一部運転を始めた。JR四国は残っていた予讃線の卯之町駅~宇和島駅間が,明日13日運転再開だという。めでたい。
 なお,関西空港連絡橋は,鉄道線路は9月中に復旧。道路は片側のみで対面通行をしていて,もう片方の復旧の見通しは立っていないとのこと。

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Jul 31, 2018

JRの運転再開予定/台風が東から西へ

 30年7月豪雨は,鉄道にも大きな被害をもたらした。特に被害が大きかったのはJR西日本で,大幹線の山陽線から山中を走る地方交通線まで,その被害範囲は広い。
 それでも少しずつ復旧が進み,7月30日現在の不通区間と運転再開の予定は以下のとおり。一部では再開まで「長期間」としか言えないのが悲しい。
[山陽線] 8月1日 下松~徳山
      8月中旬 瀬野~海田市
      9月中 柳井~下松
      10月中 白市~瀬野
      11月中 三原~白市
[姫新線] 数ヶ月後~年内 上月~新見
[津山線] 8月上旬  玉柏~野々口
[伯備線] 8月上旬(8月1日を目指しています)  豪渓~上石見
[芸備線] 9月中   狩留家~下深川
      数ヶ月後~年内 新見~備後落合
      運転再開まで長期間 備後落合~狩留家
[福塩線] 運転再開まで長期間 府中~塩町
[因美線] 数ヶ月後~年内 智頭~津山
[呉線]  8月上旬 坂~海田市
      11月中  広~坂
      2019年1月中 三原~広
[岩徳線] 10月中 岩国~櫛ヶ浜
[木次線] 運転再開まで長期間 出雲横田~備後落合

 JR四国も,特に環状幹線の北西部分が深刻な被害を受けた。7月20日の発表では運転再開は「早くても2か月後」「相当な期間を要します」となっていた部分について,7月30日になって再開の目処がだいぶはっきりしてきた。

[予讃線] 本山駅~観音寺駅間 8月9日に再開予定
      伊予市駅~伊予大洲駅間(海回り) 8月10日に再開予定 
   ※観光列車「伊予灘ものがたり」は8月24日(金)から運転を再開する予定
      卯之町駅~宇和島駅間 9月中を目処に再開予定
[予土線] 宇和島駅~窪川駅間 8月10日に再開予定

 JR東海では,高山線が一部不通。特急「ワイドビューひだ」は全列車全区間運休しているが,8月半ばから一部運転を再開する予定だという。
<岐阜駅~飛騨金山駅>  通常通り運転
<飛騨金山駅~下呂駅>  不通  バス代行あり  運転再開は8月半ばの見込み
<下呂駅~高山駅~坂上駅>  ダイヤを変更して運転
<坂上駅~猪谷駅>  不通  バス代行あり  運転再開まで数か月を要する見込み

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 豪雨に続いては逆行台風がやってきた。
 台風12号は,海上を東南から北西に進んできて,関東地方の手前で左に曲がり,史上初めて東から西へのコースをたどった。三重県に上陸してそのまま西へ進み,九州西部を南下して,3日目になっても九州の西に停まっている。関東では28日(土)に最接近し,東京でも風雨がかなり強まったが,それほど長い時間は続かなかった。

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Jun 05, 2018

ぴあMOOK『京急電鉄ぴあ』

 発売から2か月もたってしまったが,まだ売っているところもあるようなのでご紹介――3月末に ぴあMOOK『京急電鉄ぴあ』(ぴあ)が出た(→参照)。京浜急行電鉄の創業120周年を記念するもので,これまで鉄道本とはほとんど縁がなかった ぴあ からというのがおもしろい。
 120年の歩みや車輌ガイドなどなど鉄道雑誌風のところもあるが,「旅する京急 京急沿線おでかけガイド」といった部分が充実しているのは少し ぴあ らしい。
 特別付録として京急電車トートバッグがついているので,雑誌としてはちょっとかさばる。トートバッグは赤・青・黄の3色の京急電車のイラスト付き。
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 120年というのは,大師電気鉄道設立の1898年から起算してのことで,開通は翌年1月だった。川崎大師参詣のためという意図の社名だったが,早くも開通の3か月後には京浜電気鉄道と改称した。戦時政策で「大東急」に飲み込まれた時期もあったが,戦後の1948年,50周年の年に京浜急行電鉄となって今日に至っている。
 京急沿線の横須賀に育った私は必然的に京急に興味を持ったが(下記リンク参照),地縁はなくても京急が好きという熱心なファンも多い。その事情を扱った「専門書」として,佐藤良介『なぜ京急は愛されるのか――"らしさ"が光る,車輌,サービス』(交通新聞社新書)も今年出版された。
 
  参照:「京浜急行 四季の私記」

本拠地サイトの「鉄道の章」中の「鉄道紀行文集 車窓伴影」の中の目次からジャンプできます。

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【神保町だより】
 先日開店を保留していた「きたかた食堂」は,翌週5月30日には開店していた。メニューは「新中華そば」と「新名物肉そば」の2本立てのようだが,1時を過ぎても混んでいて,まだ入れていない。

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May 16, 2018

名古屋より/月曜定休 謝罪看板

 先日,2日間にわたって開かれた行事のために,名古屋に宿泊した。考えてみたら,それ以前に名古屋に泊まったことはわずか2回しかない。
 だいぶ前に,ある企業の名古屋の支社に勤務する人が,「各地の人が出席する会議というとたいてい東京か大阪なんで,名古屋の社員は必ずどっちかに行くことになるんです。しかも遅くなっても帰れちゃうんで,必ず日帰り。下手するとそれが月に何回もあるんですよ。」というような話をしていた。
 私の場合も,長い会社勤めの間,京都・大阪・神戸へは計100泊以上泊まったが,名古屋には1泊しかしていない。その1泊も,名古屋に用事があったわけではなく,名古屋に朝集合して他の場所に行くためだった。ほかに,仕事でない宿泊が1回あったので,今回は3回目ということになる。

 名鉄で名鉄名古屋から豊橋方向に1駅の山王駅のホームで10分ほど待ち時間があった。目の前に東海道線の複々線と新幹線の線路があり,名鉄自身の線路とあわせて4本の複線を,ほとんど1分も間があくことなくひっきりなしに電車が通過していくのは壮観だった。
 次の金山で乗り換えた名鉄の特急では,貫通ドアの上にスピード表示があり,見ていた限りでは最高は 119km/h だった。

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 5月14日の昼過ぎのこと,神保町のすずらん通りの老舗てんぷら店「はちまき」が閉まっていたのでどうしたのかと思ったら,5月から月曜定休とするという貼り紙が出ていた。そういえば定休日を意識したことはなかったが,今までは年中無休で営業していたようだ。
 「はちまき」の亭主は今は3代目だが,私が昼食に行くようになったのは2代目の時代だった。この2代目,少なくともランチの時間はいつも無愛想で,安いランチ天丼の客には露骨に不機嫌な顔をした。そんなにいやなら,安い天丼なんか出さなきゃいいのにと思った。
 しかも,店で働いている奥さんを,ご飯を出すのが遅いとかなんとか鋭く叱ることがよくあった。奥さんの方は慣れていて柳に風,あわてず騒がず,特にもたもたすることもなく仕事をこなしていくのだが,そばで聞かされる方は愉快でない。その後揚げ物をあまり食べないようにしたこともあって,足が遠のいていた時期もあった。
 90年代ぐらいだったと思うが,「忌中」の貼り紙が出て店が休みになったことがあった。おお,あのオヤジやっと…と思ったら,亡くなったのは初代のおかみさんだった。

 ランチはやっていないが,神保町1丁目,靖国通りの元スタバの左の小道を抜けた向かいに,「どかん焼き」という店ができた。謝罪3項目の看板が出ていて,そのひとつ「魚のメニューがなくてゴメンなさい」というのは,謝りながらも,向かいの「魚百」との対照を強調している。
                            (click to enlarge→) 
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Apr 17, 2018

年度末・年度始めの備忘録

◇3月2日~24日 朝日新聞夕刊のコラム「各駅停話」で,横須賀線のシリーズが掲載された。
◇3月17日 あのマイナス4度から2か月足らずで,東京でソメイヨシノが異例の早さで開花した。そのあと,21日にみぞれが降る。
◇3月25日 大相撲三月場所が千秋楽を迎える。優勝は鶴竜。前場所優勝の栃ノ心は関脇で10勝と好調。
◇3月30日 プロ野球ペナントレース開幕。序盤はDeNA,広島/西武が好調。
◇3月―― 高校卒業から50年を迎える。
◇3月31日限りで,山陰本線の江津(ごうつ)と芸備線・福塩線の三次(みよし)を結んでいたJR三江線が廃止。営業キロは108.1キロ。乗ったことのない線が廃線になってしまった。
◇4月1日 ビールの定義変更。
◇4月1日 JR両毛線に「あしかがフラワーパーク」駅開業。前に一度フラワーパークへ行ったときは,隣の富田駅から歩いた。
◇4月4日 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師殺害から50年。死去の前日,I've seen the Promised Land. と演説。
◇4月某日 東京・竹橋のパレスサイドビルに,加計学園東京事務所があるのを発見。
◇季節の「はずはない」3題:
 仕事で人に会うのなら,その記録を何も残さないはずはない。
 トップの指示で多くの人が動く組織で,日々の業務報告がないはずはない。
 心臓マッサージ等をしないで1分以上もぼーっと立っていていいはずはない。

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Mar 28, 2018

証人喚問 1976

 1976年夏のこと,社員旅行で泊まったホテルの一室で,同僚のS氏に対する「証人喚問」が行われた。「Sさん,あなたが○○営業所の△△さん(女性)と××駅付近を歩いているところを複数の社員が目撃していますが,どこへ行ったのですか」「△△さんと初めて親しく話をしたのはどういう状況でしたか」「○○へは仕事以外で何回行きましたか」といった具合である。
 これに対してS氏は「記憶にございません」を連発したが,その1か月後に,S氏が遠距離恋愛(という言い方は当時はなかったが)を実らせて△△さんと婚約というニュースが社内に流れた。
 国会での証人喚問というものが初めて一般に知られるようになったのは,1976年,ロッキード事件に関して,小佐野賢治氏(国際興業社主)らに対する喚問が行われたときだった。テレビ中継も行われ,なにかというと「記憶にございません」というのが決まり文句になった。

 30年がかりで続いていた小田急の代々木上原―向ヶ丘遊園の複々線化が完成して3月3日に開通し,17日から新しいダイヤになった。駅の地下化は2013年に完成していたが(→参照),ようやく線路が開通したわけである。
 下北沢駅の様子を見に行ったのは20日。ここは小田急と井の頭線線路が斜めに交差し,その間の駅前の道が複雑で,すぐに方向がわからなくなる。駅舎とその周辺の工事はまだ続いていて,近く南口が廃止されるという掲示が出ていた。

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Mar 24, 2018

深川めしと森下の蕎麦/30年前

 3月某日,深川で昼過ぎに用事が終わったので,深川めしでも食べようかと思い立った。しかし,昼食の看板を出している店を何軒かのぞいてみたが,いずれも2000円近い値段である。もちろん,それにふさわしい内容はあるのだろうが,元来庶民的なぶっかけご飯とはだいぶ違う。
 それで,天気が良かったのでぶらぶらと森下まで一駅歩いて,久しぶりに蕎麦の名店「京金」を目指した。で,行ってみると,店の名が「十七」に変わっていた。なにしろ12年ぶりの訪問。内部は少し改装されていたが,店の構えと雰囲気は昔とほぼ同じだった。あとで見たネット上の情報では,店主が引退し,弟子が店を継いだらしい。
 酒少しとつまみをとったので深川めしよりは高くなったが,質も量も立派で,ちゃんとした蕎麦屋としては高くない。

 今日3月24日は,「上海列車事故」から30年の日である。
 私は中国(大陸)へ1回だけ行ったことがあるが,その出発がこの事故の直後で,事故の9日後に上海郊外の現場を通ったのである。
 日が傾いてきたころ,上海まであと少しのところで,私たちのツアー一行の乗った列車は少し徐行した。見ると,線路のそばの畑の中に,客車がごろんと転がっていた。電化区間ではなく,線路には大きな損傷はなかったようで,線路上の車両をどければ列車は運行できたということのようだ。
 到着した上海のホテルには,事故に遭った高知学芸高校の関係者の家族が大勢宿泊していた。

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