ことば

Feb 08, 2018

戊戌の年

 今年は「戊戌」の年である。毎年,年賀状に「2018年(戊戌)1月」といった具合に干支を書いているのだが,年賀状を作るときは,表を参照してコピーするだけで,あまり音を意識しない。しかし,正月になってだいぶたってから,この漢字は「ぼじゅつ」と読むのだということに気づいた。
 「戊戌(ほじゅつ)」といえば思い出されるのは2つ,世界史では日清戦争後の清の改革派弾圧事件「戊戌の政変」,日本史では高野長英が幕府の外交を批判した著作「戊戌夢物語」である。調べてみたら,戊戌の政変は1898年だから120年前,戊戌夢物語は1838年で180年前で,共に確かに戊戌の年のことだった。
   (干支については →参照
 
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 東京では1月22日-23日に雪が降ったが,その後の寒さが尋常でないために,2週間以上たった今も,場所によってはまだ雪が残っている。

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Jan 27, 2018

マイナス4度

 25日朝の東京の最低気温マイナス4度には驚いた。いつもプラス4度を切ると寒い朝という感覚だが,このときは前日の夜,すでにマイナスになっていた。
 下は東京新聞の紙面。見出しの少し斜字体にした「-4°C」という文字は,ブライダルショップ 4°C のロゴを意識したものだろう。しゃれたいたずら。4domidashi
 
 
 
 
 今日27日は日帰りで京都へ行く。いつもだと冬の京都は寒いというイメージだが,今週は東京と同じくらいの気温だ。大雪の日でなくてよかったが,新幹線は関ヶ原で遅れが出る可能性がある。

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Jan 09, 2018

共に70歳で――星野仙一とフランス・ギャル

 1月6日の朝は,なんとなく朝のニュースを見ないで過ごし,昼過ぎに会った人から「星野さんが亡くなったわね」と聞いた。「えっ,星野って,あの?」「そう,野球の星野仙一」と確認して,遅ればせながら驚愕。死去は4日,膵臓がんだった。まだ70歳,長嶋よりも王よりも野村よりもずっと若いのに。
 常に「闘将」という称号が冠される星野だが,最初中日の監督のときにはほんとうに泥臭い闘将だったのに対し,楽天の監督のときには,もちろん闘志にあふれていたが,かなりスマートな闘将になったような印象がある。
 2013年に楽天がリーグ優勝したとき星野監督は66歳で,リーグ優勝の最年長監督となった。昔の大監督はかなりの年齢のような感じがしていたが,最後に優勝したとき川上は53歳,三原,水谷はもっと下,野村も62歳(ヤクルト,97年)だった。

 7日,フランス・ギャル(France Gall)が乳がんで死去。若いころしか知らないからまったくぴんとこなかったが(新聞の訃報の写真も1965年撮影だった),奇しくも星野と同じ70歳だった。
 このブログでは10年前にシルヴィ・バルタン来日の話題のついでに書いたように(→参照),フランス・ギャルといえば「夢見るシャンソン人形」。フランス語の歌詞で,-son,および -waa という音の語尾が韻を踏んでいるのが,高校生の耳にも甘美に響いた。日本語版(岩谷時子によるらしい)でも,-waa の部分は「…わ」と訳していた。

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Jan 05, 2018

旧臘短信

◇3か国
 12月某日,テレビのニュースで,「3か国の半分の6か国が…」という言葉が聞こえてきて,あれ,6か国と3か国が逆じゃないのと思った。画面を見たら,「3か国」ではなく「参加国」だった。

◇まともな英語
 関連のニュースで,河野太郎外相が,国連安全保障理事会で英語で議長をしている姿が映った。英語の発音がかなりまともだなと思ったら,ワシントンD.C.のジョージタウン大学を出たとこのこと。

◇横須賀ヒストリー
 NHKテレビの「ファミリー・ヒストリー」の桂歌丸の巻を見ていたら,歌丸の祖母は三重県生まれだが,若いころ私の故郷・横須賀にいたという話が出てきた。柏木田遊郭で働いて遊郭の「運営」を学び,後に横浜で自分で遊郭を開いたという。
 柏木田は今の上町(うわまち)3丁目の一部で,駅は京急の県立大学前が近い。戦前は横須賀随一の色街で,客には海軍関係者が多かった。

◇サンタが迷子
 クリスマス・イブにデパートを通りかかったら,「白いズボンにサンタクロースの上着と帽子をお召しの6歳の男の子を,お母さまが探していらっしゃいます。お気づきの方は…」というアナウンスが聞こえてきた。

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Dec 24, 2017

今秋以降に読んだ本の中から

 まず,飯間浩明『小説の言葉尻をとらえてみた』(光文社新書)では,国語辞典編纂者が,現代日本語の用例を求めて小説の中の世界に入っていく。対象になるのは,1960年以降生まれの作者による,2004年以降に発表された小説15編。
 新語やいかにも若者言葉といったものも出てくるが,それよりも「さっきの今」「売るほどある」「見物しいの,拝みいの」といったフレーズや「刹那」の副詞用法(単独で「その刹那に」の意味で使う)など,人の目で見ないと採集が難しそうなものがおもしろい。新しい言葉とされるが実は昔からある言い方だったり,方言の断片だったり,その姿は多彩である。先日書いた「綺羅星」のことも出てきた(→参照)。

 読売日本交響楽団編『オーケストラ解体新書』(中央公論新社)は,プロのオーケストラの活動はどのようにして進められていくのかを,事務局が中心になってまとめたもの。指揮者や楽団員の発言はいろいろな形で伝わってくるが,事務局,特に制作部,ライブラリアン,ステージマネージャー,楽器運搬など,裏方のプロ集団の仕事がこれだけまとめて紹介されたのは希有のことだ。

 もうひとつ読売がらみで,読売新聞文化部『唱歌・童謡ものがたり』(岩波現代文庫)は,90年代に読売新聞に連載されたものが,1999年になぜか岩波書店から単行本で出たのが元版である。2013年に岩波現代文庫になってからも版を重ねているロングセラー。
 連載は大部分20年以上前なので,取材を受けている人々(おもに作詞者・作曲者)には今は故人となっているであろう人も多く,貴重な証言ばかりである。それぞれの歌に物語があり,それぞれ目頭が熱くなる。先日書いた「真白き富士の根」もとりあげられている(→参照)。

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 少し前にNHKのTVで,阿久悠を回顧するコンサートに岩崎宏美が出て「思秋期」を歌っていた。だいぶ顔がふっくらして,かわいいおばさまになっていた。

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Dec 01, 2017

学生時代

 昔は有名だった英語の例文:
(1) My mother is my mother.
(2) Today is Sunday.
   (答えは末尾参照)

 昔,大学のクラスに,ある程度は意図的だと思うのだが,いつもすり切れたような服を着ている女子学生がいた。わざと古そうに見せるジーンズなどなかった時代の話である。で,ついたあだ名は「Bolacyさん」(<ミスボラシイ)。

 昔,学生のオーケストラのメンバーにハザマ君という人がいた。で,当然通称は「オケハザマ」。

 先日聞いた名言:
車で道路を暴走するのが18歳,逆走するのが80歳
自分探しをしているのが18歳,皆が自分を探しているのが80歳

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   上の英語の例文の訳:
    (1) 私の母はわがママです。
    (2) 東大は駿台である。(当時,東大合格者をもっとも
      多く送り出していたのは駿台予備校だった。)

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Oct 24, 2017

綺羅星と間髪

 大部分の国語辞典に「綺羅星(きらぼし)」という見出し語がある。「綺羅星のごとく」というフレーズでのみ使われる言葉だが,元来「綺羅,星(ほし)のごとく」であり,「綺羅星」というものがあるわけではない,ということを,私の場合,大人になってだいぶたってから知った。

 「間髪」の場合も,しばしば「かんぱつ」と発音されるが,元は「間(かん),髪(はつ)を入れず」であり,「間髪」というものがあるわけではない。すなわち,「綺羅星」と事情は同様だと思うのだが,なぜか「間髪」を見出し語にしている辞典はごく少ない。
 この意味の「髪」を使った熟語に「一髪」がある。これはもちろん辞典に載っているが,この語の「使い道」はふつうには「間一髪」と「危機一髪」ぐらいしかない。
 「危機一髪」で思い出すのは,映画『From Russia with Love』の1964年公開時の邦題『007危機一発』である。いわばダジャレによる造語なのだが,当時「子供が間違って覚えてしまう」などと激しい非難を浴びた。(1972年の再公開時には,原題に沿って『007 ロシアより愛をこめて』になった。)

 「一衣帯水」は「いちい たいすい」のように発音されることも多いが,正しくは「衣帯」が「帯」の意味の熟語なので,区切るとすれば「いち・いたい/すい」であり,「ひとつの『衣帯』の(ように幅の狭い)水」の意味だという。これも私は若いころは知らなかった。

 「折り紙付き」の「折り紙」は,多くの国語辞典には,古くは「おりかみ」だったという注がある。しかし,「おりかみ」を見出し語にしている辞典はごくわずかである。パソコンで試しに「おりかみつき」と打ってみたら,ATOK君は「折り噛みつき」と変換した。

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Oct 08, 2017

居酒屋の会話帖

 居酒屋での知人Nさんが,喉の手術をして話すのが難しくなり,「会話帖」を使っている。ホワイトボード薄くしたようなつるつるの厚紙を綴じたノートで,Nさんが話したい内容を書いて相手に示すと,耳は問題ないので,相手は声で応える。だから,正確には「発話帖」で,Nさんは用が済むとどんどん消してしまう。しゃべるのと同じ感覚である。
 Nさんとよく連れ立ってやってくるKさんは,ときどきつられて自分も会話帖に書き込んで,「あ,オレは書く必要ないんだよな」と言って自分で苦笑したりする。
 当然思い出したのはベートーヴェンの会話帖。もしこれがNさんのようなノートだったら後世に残らなかった。しかし,よく考えると,ベートーヴェンの場合は耳が聞こえないのだから,会話帖に書くのは主にベートーヴェン以外の人である。こちらは「受話帖」というべきか。

 昔,職場の先輩で,だれかの訃報をきくと必ず「季節の変わり目だからね」とか「この気候じゃね」という人がいた。こういう感覚も,季節の移りゆきへの敏感さの表れかもしれないと思うようになったのは,だいぶ後になってからである。日本の季節は,真夏・真冬の一時期を除いては,「いつも変わり目」とも言える。
 ここ数日,急に涼しくなったり,また暑い日が戻ってきたりしている。そういえば昔の学校では6月1日と10月1日が「衣替え」の日で,この日に一斉に制服を夏服または冬服にしていた。6月1日には女子高生のブラウスがまぶしかった。今は機械的に一律にとはしない学校も多いようだ。

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 郷里・横須賀にちなむ田中宏巳『横須賀鎮守府』(有隣新書)という本を読んだ。さすがというべきか,発行日は5月27日,つまり昔の海軍記念日になっていた。
 ちなみに,横須賀鎮守府の略称・愛称は「ヨコチン」だったという。
 立川談四楼のシリーズ(→参照)第3弾『もっとハゲしく 声に出して笑える日本語』(光文社知恵の森文庫)が出た。2009年の1冊目・2冊目以来である。

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Sep 21, 2017

エスカレーターを歩く/東京外し

 駅や商業施設などのエスカレーター上を歩くことの是非をめぐって,ときどき論争が起こる。鉄道会社や店舗側は,強弱はいろいろだが,歩かないことを求める掲示を出している。しかし,少なくとも鉄道の駅では,歩かない人はエスカレーターの(東京の場合)左側に立ち,歩く人のために右側を空けておく習慣が確立している。
 確かに走るのは危険だから,私は年も考えて,エスカレーターでは原則として走らないことにしているが,正直にいうと,急いでいるときは歩きたい。せっかく速く移動する手段があるのだから使いたいと思う。
 それで私は,自分なりの原則を立てた。その1は「なるべく(特に下りは)階段を歩く」。そしてエスカレーター上を歩く条件だが,その2「先行者(前を歩く人)が複数人いるときのみ歩く」。もちろん立っている人の状況(荷物を出っ張らせていないなど)を見た上でのことであるが,前を歩く人がある程度の数いて問題なく歩いていれば,危険性はぐっと減る。これに加えてその3は「付則」で「前に誰もいないときは歩いてもよい」。
 ただし,エスカレーターの安全基準の前提は,「歩かない」ことよりも「(急停止に備えて)手すりにつかまって乗る」ということに重点があるらしい。これをどうしてくれると言われるとちょっと困るが,とっさのときにすぐ手すりをつかむという心構えをしておく,というところだろうか。

 三菱東京UFJ銀行が,来年4月に名称から「東京」を外し,「三菱UFJ銀行」となるという。UFJと合併する前は「東京三菱銀行」で,当時はこれでも長いと感じていた(業界での略称は「トーミツ」だった)(→参照)。
 東京三菱は,三菱銀行と東京銀行が合併したものである。東京銀行は,昔の横浜正金銀行が解体された後その業務を引き継いだ外為銀行で,かつては外貨,特に米ドル以外の入手には,たいてい東京銀行へ行っていた。その東京銀行に由来する「東京」が今回消えることになる。

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Aug 20, 2017

ドトールの選択肢

 ドトールでコーヒー(ホット)を買おうと思うと,5段階の選択を迫られる。まずは,持ち帰りか店内か。品物は「コーヒー」というとホットかアイスかを聞かれるので,ホットのときは「ブレンド」と言えばよい。
 次は,サイズ。たいていの飲み物にはSLMの3種類がある。(スタバ語では Short,Long,Grande,Venti という。)
 次に,持ち帰りの場合,袋に入れるか入れないか。これは昔は,言われない限り袋に入れてくれたので,聞かれなかった。
 次は,これも持ち帰りの場合だが,ミルク・砂糖が必要かどうか(店内の場合は自分で取るので聞かれない)。両方不要なら「ブラックで」と答えるのが簡単(一度だけ,初心者マークの店員さんに通じなかったことがあったが)。
 最後に,「レシートご利用ですか」と聞かれる。これも昔は聞かれなかった。プリペイドカードの残高を把握しておく必要があるので,今はレシートはもらうようにしている。

 少し前からコンビニで大手カフェ・チェーンの飲み物が売られているが,今年,街角の自販機にドトールのカフェ・オ・レ(アイス)のペットボトル(大と小)があるのを見つけた。

 今は「カフェラテ」というもっと新しい名があるが,70年代には「カフェ・オ・レ」というのは新しい言い方だった。喫茶店では新しもの好きの人が「おれ,カフェオレ」などと言っていた。それ前は「ミルクコーヒー」というのが普通だった。
 ちなみに,もっと前には「コーヒー牛乳」というものもあった。コーヒーの味・香りをつけた牛乳で,当時はびん入りで売られていた(→参照)。

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