ことば

Jan 06, 2020

頌春 2020 クリスマスは今日まで

  ~~~~ あけましておめでとうございます ~~~~

 今年3月で開設からまる16年を迎えるこのブログを,今年もよろしくお願い申しあげます。

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 今年は,ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートはけっこうちゃんと見たが,箱根駅伝は,正月恒例のゆで豚や,今年初めての大根餅を作りながら,ほんの時々見るだけだった。

 日本では,12月25日になるとクリスマス・ツリーは直ちに片付けられ,以後急速にすべてが和風化して正月を迎えるが,欧米ではもちろんそうではない。「クリスマス季節(Christmastide,Christmastime)」とされるのは,国・地域・宗派によって違いはあるが多くは1月1日まで,イギリスなどでは1月6日の「公現節(Epiphany)」までである。クリスマス・ツリーは公現節まで飾られる。
 公現節の前夜が,シェイクスピアのタイトルでおなじみの「十二夜(Twelfth Night)」であり,これはクリスマスから数えて「12番目の夜」を意味する。なお,カトリックでは Epiphany は1月上旬の日曜日としていて,「公現の日」と訳されている。

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Dec 09, 2019

阪大・名大・早大――略称の音読み

 京都大学を略して「京大」というのは,京都の「京」と大学の「大」を,読みもそのまま単純に取り出したものである。これに対して,大阪大学の場合は,「大大」ではわかりにくいということだろうか,地名の2字目の「阪」を取り出し,しかも訓の「さか」はなく,音の「ハン」で読んでいる。漢字2字の熟語としての体裁を整えたものといえよう。いろいろな場合に大阪を「阪(ハン)」で表すのは,「阪神」「京阪」などでおなじみである。なお,大分大学も阪大と同じやり方で「分大(ブンダイ)」と呼ばれるという。
 名古屋を音の「名(メイ)」で表す略称も「東名高速」「名鉄」「名電高」などたくさんある。名古屋大学を「名大(メイダイ)」というのも特に地元だけというわけではない。ただし,少なくとも東京近辺では,「メイダイ」というと明治大学を思い浮かべる人の方が多いだろう。京王線には明大前という駅があり,重要な乗換駅・特急停車駅なので,ふだん京王線に乗らない人にも駅名は知られている。(ちなみに,同駅は1913年の開業時から4年間は「火薬庫前」という物騒な名前だった。)
 新潟大学のことを地元では「シンダイ」というが他県の人には理解されない,という話題が前にネット上にあった。「シンダイ」というと私の感覚では信州大学のことだが,関西では神戸大学を指すという。なお,横浜の神奈川大学は神戸大と同じく「神大」と略すが,読みは「ジンダイ」が普通だと思う。(神奈川を「神(ジン)」で表す例としては「神中(ジンチュウ)鉄道(相模鉄道の前身)などがある。)

 早稻田大学と「早大(ソウダイ)」も,大学名と略称が漢字1字を介してその音と訓ということでつながっているのは,阪大の場合と同様である。
 しかし,「早」の場合,音の方は「ソウ」で問題ないとして,「わせ」の方は熟字訓,すなわち「早稲」という漢字2字を「わせ」と読むということであって,「早」という字を「わ」と読むわけではない。「ソウ」と「わせだ」は,普通の漢字の音と訓のペアに比べてよりかすかなつながりということになる。

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 東京都シルバーパスを買える身分になり,今日買ってきた。都営地下鉄,都電,日暮里舎人ライナーと,都内の路線バス(深夜バス等を除く)に1年間乗り放題で,20,510円(住民税非課税だと1000円)。私の場合,都営地下鉄に週5,6回は乗るので,それだけでも4か月足らずで元がとれる。

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Nov 22, 2019

新国立劇場の悲喜劇――『エウゲニ・オネーギン』『ドン・パスクワーレ』

 新国立劇場オペラの2019-20シーズンは,10月の『エウゲニ・オネーギン』で始まり,続いて11月には『ドン・パスクワーレ』が上演された(ただし,10月12日の『オネーギン』は台風で中止になった)。共に新制作で,今シーズンの演目10本のうち新制作は4本だが,そのうちの2本がシーズン始めに連続するというちょっと珍しい事態になった。2つの新制作が重なったこの夏,舞台裏は大忙しだったことだろう。
 上演は共に充実したもので,歌も演出も高水準。ヒロインが共にほっそり美人なのも吉。舞台装置もよくできている。
 ロシアの作曲家で私がいちばん多くオペラを見ているのはチャイコフスキーで,中でも『オネーギン』が最多で今回が7回目。『ドン・パスクワーレ』は,14年前に一度プラハでたまたま見たことがある(→参照)が,国内では初めてだった。

 この2本,『オネーギン』は悲劇,『ドン・パス』は喜劇という対照をなしているが,劇中の中高年男の結婚に関しては,悲喜あるいは幸不幸が逆転していることに後から気づいた。すなわち,『オネーギン』のグレーミン侯爵は中年になってタチアナと結婚して幸せいっぱいなのに対して,ドン・パスクワーレ氏は老年になって結婚しようとして苦い経験をすることになる。

◆神保町ミニだより
 すずらん通り裏の焼肉店で,昼食が売り切れて「ギブアップ中」という札が出ていた。

 靖国通り北側の路地のカレー店では,売り切れのメニューに「完食」という札が貼ってある。完食ということばのこういう用法は珍しい。

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Sep 05, 2019

冗語コレクション Part 4

◇だれだって気づくはずなんですが
 自らの私財をなげうって
 とんでもない暴挙
 無言で答えず
 サントリーホールが休館中の間
 この間(かん)のあいだに
 …の渦中のさなかに
 こまかい微調整
 後続の電車が続いております 《駅のアナウンス》
 新駅が新設される
 日本に来日

◇お互いいっしょに
 互いに競合する
 どっちも両立
 いっしょに共演した
 両方を共存させるには

◇けっこう見かけます
 毎年の恒例
 最後のシメ
 昔と変わらぬままの
 まず大坂選手が先に試合をします
 ひそかに潜入
 こっそり隠し撮り
 意外な伏兵
 あらゆる場面で利用できるとても汎用的なテクニック
 それだけに尽きる
 87%完了済み
 すでに記入済み

◇カタカナ語編
 禁じられた愛のタブー(エリザベート)
 だんだんクレッシェンド
 スペシャル大特価
 長期のロングラン
 決まったルーティーン
 タンカー船 《英語tankerは車・航空機も含むが》
 100パーセント完璧
 めったにないレアな企画

【過去の冗語コレクション】
 Part 1 →参照
 Part 2 →参照
 Part 3 →参照

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Aug 30, 2019

手をむすんで,手をうって

 「結んで開いて」と入力しようとしたら,わがATOK君はまず「蒸すんで」という変換候補を示してきた。それで,手を「閉じる」という意味で「むすぶ」というのはかなり古風な言い方だということに,今さらながら気づいた。
 この歌詞は幼いときに覚えたが,自分では手を「むすぶ」という言い方はしない。私の感覚では,手については「とじる」というのもあまり使われず,いちばん普通なのは「にぎる」である。
 「口をむすぶ」の方が少しは使われるような気がするが,こちらは「とじる」の方が普通だろう。ときどき話題になる「おにぎり」と「おむすび」の違いも「むすぶ」「にぎる」の盛衰と関係があるかもしれない。

 「結んで開いて」には「手を打って」というフレーズが出てくるが,これも古い言い方で,普通には手を「たたく」だろう。この「手をうつ」は「平家物語」かなにかで酒を飲む場面に出てきたような気がする。今の「手をうつ」はもっぱら比喩的な意味で使う。
 「膝をうつ」は今でも使うが,これもたいていは比喩的な使い方であり,古い言い方が慣用句に残った例だと思う。「ころんで頭をうった」というのも使うが,こちらは自分の意志で「うつ」わけではない。

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 7月29日にネタバレ部分を除いて書いたアレックス・オリエ演出の『トゥーランドット』の件,その「ネタ」部分の報告が畏サイト CLASSICA に出た。

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Aug 12, 2019

残暑の候

 長い梅雨で,真夏の暑さを忘れていたが,やっぱり夏は暑い。来年夏も酷暑は避けられない。

 猛暑だったが,初めて聞く某アマチュア・オーケストラの演奏会に出かけた。
 その開演前のこと,注意事項を告げる女性ナレーターが,携帯電話の電源のことを言ったあと,補聴器のことを言おうとして「盗聴器を」と言ってしまい,さすがに自ら絶句。客席に笑いが起きた。沈黙が4,5秒あったあと,補聴器の件には触れずに次へ進んでいった。
  ――盗聴器が音漏れしたら役に立たない。

 『新体系 高校数学の教科書』上・下(講談社ブルーバックス)をようやく読み終えた。
 4年前に,同じくブルーバックスの「現代人のための高校理科」4部作を読んだ(→参照)ので,こんどは数学をと思ったのだが,数学の内容は予想以上にハードで,字面に目を通しただけという部分が6割ぐらいにも上った。
 今回は電子書籍で読んだのだが,途中で「お客様におすすめの本」として同じ著者による『中学数学の教科書』の宣伝が読書端末に届いた。
  ――素直にこれに従っておいた方がよかったのかもしれない。

 新語ではないが先ごろ覚えた言葉――「携行缶
  ――ATOK君がまず変換して出してきたのは「蛍光管」。

 

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Jul 31, 2019

ドラム缶のベースギター――夏の思い出

 夏が来れば思い出す――中学のとき,というのは五十何年も前のことだが,毎年3泊4日の海のキャンプに出かけた。場所は三浦半島の先端近い小さな湾の奥にある合宿施設。学校にプールはなくて,このキャンプが水泳を習う唯一の機会であり,それまで泳げなかった私は,そこで中学1年のときに特訓を受けてやっと泳げるようになった。
 水泳以外の時間には,歌を歌ったり,ゲームやレクリエーションに興じた。このときに登場した年配のA先生は,生徒に歌を歌わせるために,なんと自作の楽器を持ってやってきた。それは,ドラム缶を立てて,上面に木の棒を水平に取り付け,そこに弦を張ったベースギターだった。
 弦は3本で,フレットはない。で,どうするかというと,弦を適当な調のド,ファ,ソに調弦し,主要三和音(ドミソ,ファラド,ソシレ)の根音を弾くのである。もちろん,簡単な歌でも主要三和音以外の和音を使うことはよくあるが,そのときは根音でなくともその和音に含まれている音で代用してしのぎ,最後をソ→ドと進行して終止すれば,けっこうそれらしくなる。で,私も弾かせてもらった。それまでメロディ楽器しか知らなかったので,ベースを弾くのはまったく初めてで,短い時間だったが低音楽器の快感を味わった。
 そのときの曲で覚えているのは「こおれる月影,空に冴えて」という歌詞で始まる「灯台守」である。原曲はイギリス民謡で,勝承夫の作詞だという。

 A先生は,中学生からするとかなりのおじいさんに見えたが,当時たぶん六十少し手前ぐらい。すでに学校を定年になっていて,嘱託かなにかで理科や技術家庭の授業をし,そのときは海のキャンプの手伝いにやってきたらしかった。ずっと後で知ったところでは,A先生の父は海軍の軍人でかつ東京帝大の教授,A先生自身も海軍の軍人で,A先生の弟は一人は戦前から戦後にかけて活躍した音楽評論家,もう一人の弟は古代日本語の音韻の研究で名を残して早世した言語学者なのだった。

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May 13, 2019

部首は「人」「口」/歴史用語

 漢和辞典であらためて「」という字を見てみたところ,この字の原形は,ひざまずいて神のお告げを聞く人の形なのだという。
 そして,部首は人部なのだった。この形は「ひとやね」というそうで,同じ人部でもにんべんとは違って,特に部首としての意味があるわけではなく,形からの分類である。まあ確かに,ほかに部首になりそうな要素はないから,やむを得ない選択ともいえる。
 ちなみに「命」は令に口を加えたもので,こちらは部首は口部。
 「」もくせ者で,見た目はのぎへんだが,漢和辞典での部首は口部である。のぎへんは稲,穀物,収穫,租税などに関する字を作るが,「和」は元は「人の声が呼応し合う」という意味で「口」の方が意味を担っているとのこと。なお,「利」も同様で,こちらも部首はりっとう(刀の変型)である。

 「上皇」はこれまでまったく歴史上の言葉であり,歴史の用語辞典などにも載っていて,正式には「太上(だいじょう)天皇」というといった説明もある。それが,このたび200年ぶりの事態を前に人為的に復活させられ,急に現代語になった。これと共に,その住まいを示す「仙洞(せんとう)」という言葉も甦るようだ。
 もうひとつ,「上皇后」という呼称が定められたが,こちらは国語辞典にも歴史関係の辞典にも,見た限りでは出ていない語である。「上皇」の「后」ということなのだろうが,かな漢字変換もすぐにはできなくて,「じょう・こうごう」と区切り直して変換させた。なんだか「上」と「並」があるみたいで,失礼ながら,カツ丼を思い浮かべてしまった。

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May 01, 2019

平成の終わり

 4月29日,孫のお供で大連休でにぎわう八景島シーパラダイスへ行った。
 この時期限定の行事は,オタリア(アシカ科の動物)が「平成」と「揮毫」するというものだった。書き初めならぬ「書き終わり」である。もっとも5月からは新元号を書くのだろう。

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 5月1日,代替わりがあり,新元号がスタートした。先代は最初から「象徴」として即位した初めての天皇だったが,今回は戦後現憲法下で生まれた初めての天皇となった。崩御に伴う代替わりではないので,初めて,即位をすぐに祝うということになる。
 4月30日に退位,1日に即位の儀式が国事行為として行われた。まことに簡単なものだったが,三種の神器(のうちの2つ)が登場したのはどう見ても宗教儀式だった。

 自らヴィオラ弾きでもある新天皇には,演奏会場で何度か遭遇したことがある。これからはそうたびたびというわけにはいかなくなるのだろう。
 本ブログの関係記事は以下のとおり:
  ・2005/7  二期会から謹告(→参照
  ・2013/6  城に住む(→参照
  ・2013/10  ペルシャザールの饗宴(→参照

 某やんごとなき学校の関係者に聞いたことだが,新天皇の当時の呼び名は「殿下」で,あだ名は「てんまご」だったという。

 

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Apr 09, 2019

改元と文書作成

 4月1日,官房長官による新元号発表の記者会見が終わった後も,ネット中継は少しの間つながっていて,「いま資料をお渡しします」という声が聞こえてきた。当然,すべての元号候補について,出典等を記した資料を,あらかじめパソコン(上のワープロ)で作成してあり,閣議が終わるとすぐ「令和」の部分を事務方がコピーしたのだろう。
 選定作業の過程でも,資料はすべてワープロで作成されたに違いない。

 平成への改元(1989年)の際は,記者会見は今回と同様の形でテレビ中継されたが,資料作成はどのように行われたのだろう。そのころ,パソコンは PC9800シリーズ,ワープロは一太郎 Ver.3 の時代である。縦書きが可能で第2水準漢字が使えるようになっていたころだと思うので,文書の作成・配布については今回とほぼ同様のことができたはずだ。
 しかし,印字品質はどうだったのだろう。Windows前だから,アウトラインでない24ドットのフォントのみだったのではなかったか。あるいは,ワープロ専用機の方がプリントはきれいだったころだったかもしれない。
 当時ケータイはまだ黎明期だった。インターネットは個人が使える状況にはなく,「パソコン通信」サービスが普及し始めていて,電子メールはその会員同士でのみ使える仕組みだった。

 昭和への改元は1926年で,記者会見などが行われた形跡はない。官報などは活字組版だったが,それ以外の文書は手書きか和文タイプで作られたと思われる。もちろんコピーなどないから,数部ならカーボン紙をはさんで書くかタイプし,それ以上ならガリ版(謄写版)で印刷していたのだろう。
 こうした文書作成の事情は,基本的には1960年代まで同じである。私の年代だと,小学校から高校まで,学校からの配布物はほとんどすべてガリ版だった。60年代後半には街でコピーができるようになったが,最初は1枚80円ぐらい,つまり食堂で昼食が食べられるくらいの値段だった。

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