ことば

Nov 02, 2007

自転車――傘・人感・両手離し

 少し前に,たまたまテレビをつけたら,自転車に関する交通法規を話題にした番組をやっていた。自転車でも飲酒運転が御法度なのは知っていたが,傘をさして乗るのも違反だというのは初めて知った。たしかにあれは,とっさのときにコントロールしにくくて非常に危険だから,少しでも降っていると自転車では出かけないようにしているが,帰りに降られたりすると,正直なところ,やっぱり傘を使いたくなることもある。

 自転車で帰宅するとき,ある家の前を通りかかると,その2階のベランダにある電灯が自動的につくようになっている。道のどこを通っても,いろいろな速さで走ってみても(もちろん徒歩の場合でも)ちゃんとついて道を照らしてくれる。こういうセンサーは「人感センサー」というらしい。漢語的には「感人」というべきかも。

 両手離しで自転車に乗る練習をしていたことがある。練習すると距離が伸び,道の事情によっては曲がることもできるようになった。しかし,これも違法なのだろうか。
 後から思うと,そのころ乗っていた自転車はハンドルの「固さ」が適度で,両手離しがやりやすかったようだ。四十男が街中で両手離しなどやっていると,振り返る人もいた。

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Jun 02, 2007

クローエに寄す

 先日「ダフニスとク□エ」のことを書いたら,ク□エという店のブログからトラックバックが何回か届いた。特にいかがわしいものではないが,スパムには違いない。ク□エという言葉の出現を常に監視しているのだろう。(念のため,ここでは真ん中の字を伏せ字にしておく――あまり伏せてはいないが)

 かつて,曲名のパロディが仲間内ではやったことがあった。「ユベロン序曲」とか「カッコーワルシ」といった類である(もっと傑作があったと思うが,思い出せない)。「ダフニスとク□エ」については誰かが「末次と黒江」と言ったが,あまり理解されなかった。

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May 27, 2007

革命前夜

 1970年代後半に住んでいた地域は,講道館へ歩いても行かれる場所だったので,柔道を学ぶために来日している外国人が住んでいた。それは,町の定食屋で,当時王政のイランから柔道留学で来ていた3人組にときどき会うようになって知ったことだった。
 3人のうちの1人は,かなりひどいが一応英語を話す。やっと聞き出したところでは,彼らは警察官だという。ペルシャ語はもちろん,英語の新聞も読める環境にはないので,日本の新聞を広げていた私に,イランのニュースはないかと尋ねてきた。それからしばらく,何か出ていると,新聞を見ながらいいかげんな「同時通訳」(むしろ「勧進帳」というべきか)をする羽目になった。

 イラン革命が起きて王政が倒れたのはその翌年ぐらいだった。3人がいつ帰国したのかはわからないが,定食屋のマスターと「彼らは王党派ということになるんだろうから,帰っても大変だろうね」などという話をした。

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Jun 22, 2006

Friday monrning headquarters

 W杯ブラジル戦について,スポーツ新聞に「ブラジル,日本戦手抜きなし」という見出しが出ていたが,一方では「日本戦は消化試合と明言」という報道もある。実際どうなんだろうと思うが,なまじっか主力選手を休ませたりすると,控え組が張り切って華麗な個人技を見せたりして,それもしんどい。

 試合開始は23日(金)朝4時。終わった後,寝るべきか寝ざるべきか,それが問題だ。終わるのは6時前だから,まあ寝ない方がいいのだろう。
 でも,よりによってその夜は高いオペラがある。オペラで1分寝ると360円ほど損をする。昼寝をしたいところだが。

 米語に Monday morning quarterback という言葉がある。日曜日に行われたアメリカンフットボールの試合について,素人が月曜の朝に主に戦術の批判をすることに由来する表現で,事が終わってからあれこれ批判する人のことをいう。
 23日にはたぶん Friday morning headquarters が日本中にあふれることだろう。

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May 26, 2006

最初のブー

 今でこそ「ブーイング」という言葉は,サッカーや野球はもちろん,広く大勢の非難を浴びる場面に拡張されて用いられているが,元々は舞台芸術での「風習」として日本にやってきたものだと思う。

 オペラで私が最初に体験したブーイングは,1979年7月,二期会の『ローエングリン』のカーテンコールで,タイトルロールのN氏に対するものだった。「ブー」という音声は聞こえにくいこともあって,始めうなっているのか何だかわからなかったが,N氏のあいさつのときに発せられることに気づいて,ああこれが「ブー」というものなのかと思った。
 そのときの上演の水準は,全体としてはなかなかのもので,特に合唱は充実していた。その中で登場したN氏は,相撲取りのような体型で,乗った小舟を引く白鳥もたいへんそうだった。細かいことは覚えていないが,声自体はかなりの美声だと思うのに,声をずり上げるせいか,ヴィブラートのせいか,「は~~~~~るばる,来たぜブーラバントオ~~~」という感じの演歌調に聞こえたのも事実だった。

 ブーという音声をはっきり聞こえるように発するのは難しい。日本では「ブラボー」を言うときに「ボー」を伸ばすから,ブラボーだかブーだかわからないことさえある。
 それでも,日本人のブーイング技術(?)は,平均的にはだいぶ向上した。

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Mar 01, 2006

神保町の「パンツ店」

 前述の『荷風!』神保町特集号に,靖国通り沿いの商店街のいろいろな時期の写真があるが,その中の戦前のもの2枚に,「Oda's Pants」というしゃれたロゴを掲げた店が写っている。三省堂書店の向かって右隣,いまCDショップのある場所だと思う。
 その店の店名は,真ん中が電柱に隠れていて見えないのだが,右横書きでどうも「小田パンツ店」と書いてあるらしい。店名の上に取扱品目とおぼしきものが3行縦に書いてあり,そこにも右の行に「パンツ」と書いてある。(他の2行のうち,左の行は「制服」のようだが,中の行は読めない。2字で,下の字は「匹」か「匠」のように見えるが。)

 この店の「パンツ」はまさか下着ではあるまい。「パンツ」という言葉の用法の変化が話題になったのは80年代だったような記憶があるが,そのはるか昔から下着でない用法があったことになる。もちろん,モダンな名称として店名にしたのだろう。

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Oct 16, 2005

愛の諸相――「世界の果てまで」と「愛の喜び」

 昔,トランペットを吹く友人が結婚することになり,披露宴で演奏するための曲の編曲を依頼された。当日の出席者のうち楽器を演奏するメンバーが伴奏し,新郎がソロを吹こうというわけである。で,曲は「世界の果てまで」がいいという。当人から,ブレンダ・リーが歌うその曲の入ったLPレコードを借りて帰った。
 ところがよく見ると「世界の果てまで」の原題は The End of the World となっている。なんだか変だなと思いながら歌詞カードに記された英語の歌詞を読んでみると,内容は,恋が破局を迎えてもう「世界の終わり」だ,というもので,失恋の歌なのだった。
 「おい,こういう内容だけどいいのか」「いや,困る困る」といったやりとりを経て,結局,演奏曲は,無難な(?)「愛の賛歌」に変更になった。

 別の管楽器の友人が,やはり自分の披露宴で,マルティーニの「愛の喜び」を,新婦のピアノ伴奏で独奏したことがあった。原題は Piacer d'amor であり,こちらはタイトルとその訳には何の問題もない。
 しかし,実は後で知ったのだが,その歌詞は,結婚式の曲としては何とも皮肉なことに,「愛の喜びはひと時のこと、愛の苦しみは一生続く」云々というものだった。

 ちなみに,前者のカップルは「世界の果てまで」とは行かず,二十何年か後に別れてしまった。

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Sep 05, 2005

「まつや」の片隅から

 神田の蕎麦屋「まつや」で,「狭いんですけどいいですか」ということで通されたのが奥の方の4人掛けのテーブルで,3人の先客がいた。その3人も,30代ぐらいのカップルと,中年男との合い席だった。ここはいつも混んでいて合い席が常態である。
 飲み屋でたまたま隣に座った人と話をすることは,時におもしろいが,わずらわしく感じることも多い。そんな中で,まつやは,知らない人とでも自然に話をする雰囲気がある。このときも,3人の先客の間で話が弾んでいて,次第にそこに加わる結果となった。

 その中年男は《ほんとの江戸っ子じゃあねえ》と言っていたが,べらんめえの下町言葉をしゃべり,「てめぇ」を一人称代名詞とする。目がぎょろっとしていて白髪混じりの短い髪で,見た目はちょっとこわいが,本人によると,《てめぇはまあ真面目だから》どこへ行ってもやがて《あやしいけどでぇじょうぶだ》と評価されてきたという。長年演劇活動をしながら,いろいろな職業についたそうだ。
 閉店時間が近づいて食べ物の注文が最後になると,まつやの店員さんが「ラストオーダー」と言ったわけではないのだが,話はなぜかカタカナ語批判に及び,《ラストオーダーなんて言わねぇで,しめぇだのみ,って言やあいいんだ》と言う。しかしそれから3分もたたないうちに「キャッチフレーズ」と言ってしまい,カップルのうちの女性の方に「えーっ,売り文句,でしょう」とつっこまれていた。

 彼の口からは,たくさんの名文句が飛び出した。ほんのわずかしか覚えていないのが残念だが,合い席の客にうけていることを確認して別れ際に口にした自らの「売り文句」は《今日も元気だ,まわりは迷惑》。

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Jun 30, 2005

よくぞ女に

 暑くなって

夕涼みよくぞ男に生まれける
という句を目にするたびに,ステテコひとつでうちわを片手に縁側に座っている磯野波平さんのようなオヤジを,長年何となく思い浮かべていた。

 しかし,平成の(昭和後期からか)都会の夏,「よくぞ…に生まれける」という思いを抱いているのは圧倒的に女性ではないだろうか。肩,胸元,背中,腹,脚の大部分を露出すれば,その露出面積の割合はステテコひとつの場合に勝るとも劣らない。
 しかも,ステテコおじさんはさすがに町を歩くわけにはいかないのに対し,女性はかなりの露出度でも町を歩いて特に不自然ではない。

 ところが,冒頭の句は,実は芭蕉の高弟・榎本其角の句であることを,つい2,3年前に知った。江戸時代だと,ステテコではなくて褌?――問題は複雑化した。

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Jun 28, 2005

関西弁のハンガリー人神父

 高校の時,ハンガリー人の神父N師に英語を習ったことがある。ハンガリー動乱のときに,貨車の床下に隠れて国境を越えて脱出したという強者で,美しい銀髪と対照的に顔は赤く,一見,赤鬼のような人だった。
 N神父に習う前の年に使った自家製の英作文の教科書に Which do you like better, Bartok or Liszt? というような例文があって,なぜわざわざバルトークとリストが出てくるのか不思議に思ったことがあった。後で聞けば,その教科書の編集の中心になったのはN神父だった。
 N神父の日本語は,最初に神戸で学んだため,ときどき関西弁が交じる。生徒との議論の中で,「そりゃ,あかん」という甲高い声がよく聞かれた。

 数年前,神保町の飲み屋のカウンターにいたとき,隣に中年男と年齢不詳の女性が座った。その男が話していることがきれぎれに聞こえてくる中に登場するのが,ハンガリー人,神父,関西弁,といった言葉だった。
 あれ,と思いつつ聞き耳を立てているうちに,貨車の床下という言葉が出てくるに及んで,思わず「あ,N先生」と口にしてしまった。びっくりして振り向いた隣人は,やはり同窓生だった。

 外国人の関西弁というと思い出すのは,昭和30年代の阪急(という球団が昔あった)の名選手,キューバ出身のロベルト・バルボンである。現役とコーチを引退後,球団の通訳となり,マルカーノのお立ち台でのインタビューのときなどに,スペイン語から関西弁に「直訳」する様子がテレビでも見られた。
 バルボン氏は,今もUHF局の野球中継に解説者として登場することがあるらしい。

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May 26, 2005

揚げひばり

 19世紀後半から20世紀にかけて活躍したイギリスの3人の作曲家のうち,エルガーには「威風堂々」,ホルストには「惑星」という「看板商品」があるのに対し,ヴォーン=ウィリアムズについては,まあ強いてあげれば「グリーンスリーブズによる幻想曲」ということになる。3人の中でもっとも小さな看板だが,実際は,オペラ5曲,交響曲9曲を残していて,作品目録は3人の中でもっとも充実している。

 そのヴォーン=ウィリアムズに,「揚げひばり(The Lark Ascending)」という曲がある。ヴァイオリン独奏と管弦楽のための美しい小品である。
 揚げひばりというのは歳時記にも春の季語として載っている言葉だが,私の場合,この言葉を見るとついつい油で揚げたヒバリを思い描いてしまう。揚げナス,揚げ餅,揚げ麩などからの「順当」な類推だと思うのだが。またスズメ焼きからの連想もあるかもしれない。

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May 08, 2005

コとりのあるニスフレッノ

 4月某日,仕事で関西に泊まった翌日,久しぶりに小浜(おばま)線に乗ってみようと思い立ち,京都から小浜まで直通の特急「まいづる」に乗った。山陰本線を行き,綾部で向きを変えて舞鶴線に入り,そのまま東舞鶴から小浜線となる。松尾寺(まつのおでら)を出てトンネルで峠を越えると若狭の国に入り,まもなく海が見えてくる。
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obama1_nanohana
 小浜で下車した。初夏を思わせる暖かい日だった。観光案内所で自転車を借り,川のそばに建つ木造の「聖ルカ教会」へ。まったくの日本家屋に,ちょこんと塔が乗っていて,目の前の土手の一面の菜の花をまぶしそうに見下ろしていた。

 港のそばの観光客用の海鮮レストランで昼食をとると,もう隣の温泉に入る時間はなかった。
 帰り道,市内某所で見かけた喫茶店で,ガラス上の表示の剥落が生み出したキャッチコピーの曰く,
  コ と りのあるニスフレッノコーヒー
  目家工房の告るフラン ケーキをどう 
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May 03, 2005

「骨粗鬆症」考

 きわめて限られた数の熟語でしか使われない漢字というのは,「貿」「逓」「郵」などけっこうある。このうち「郵」は,熟語の数はある程度あるが,いずれも近代以降の「郵便(制度)」の意味の合成要素として使われていて,この意味の訓読みはない。
 「鬆」という字も,普通には「骨粗鬆症」でしかお目にかからない。「粗鬆」という言葉(および「鬆」を使う他の熟語)は,専門語としては前からあるのだろうが,骨粗鬆症という言葉が一般に知られるようになったのは比較的最近のことであり,それに伴って「鬆」という字が復活したという点で,やや珍しい例といえそうだ。この字には「す」という訓読み(「すが入る」の「す」)もあるという点でも,「郵」とは趣を異にする。
 それにしても骨粗鬆症というのは発音しにくい言葉だ。

 十数年前のこと,ある分野での師匠筋にあたる人の奥さんが,自宅で転んで骨折した。当時,五十代後半ぐらいだったその奥さんは,医者に尋ねたという。
「あのう,こんなに簡単に骨折するなんて,やはり骨粗鬆症でしょうか」
 するとお医者さんは穏やかな笑みを浮かべて,
「いや,骨はかなり丈夫でな方ですよ。まあ,奥さんの場合は,骨粗鬆症ではなく,粗忽症ですね。」

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Feb 23, 2005

長い名前

 東京三菱とUFJは,合併後「三菱東京UFJ銀行」という芸のない名前になるという。長いということなら「太陽神戸三井銀行」というのがあったが,これは「さくら銀行」とするまでのツナギだったし,UFJなどという日本の銀行として元々おかしな名前が維持されるとは思わなかった。太陽神戸三井銀行ができたとき,どうせなら北海道拓殖銀行(その後つぶれた)と合併して「太陽神戸三井北海道拓殖銀行」,愛称「ジュゲム銀行」というのがいいのではないかと思ったのを思い出した。
 太陽神戸三井のことを関係者はタイシンミツイといっていた(これでも長い)。東京三菱もトーミツというのが業界略語だが,素人は三菱銀行ということが多いのではないだろうか。

 考えてみれば昔から「石川島播磨重工業」とか「大阪商船三井船舶」といった社名はあった。社名ではないが,「伊勢佐木長者町」(横浜の地下鉄の駅名)などというのもある。
 妥協の産物としてはこうなるしかないのだろうが,ずっと三菱東京UFJというわけにもいくまい。岡山の「トマト銀行」(元は山陽相互銀行)を見習って「リンゴ銀行」にするとか,思い切って命名権を売る(誰に? ライブドア?)というのはどうだろう。逆にトマト銀行の名前を買うというのもいいかもしれない。

 合併の話が出た昨年夏,UFJ銀行のオーケストラのメンバー(女性)に会ったら,「オーケストラも三菱に吸収されちゃうと思います」と少し寂しげだった。そもそも彼女は三和銀行のオーケストラだったのだが。

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Jan 16, 2005

A Donkey in Tokyo

 4,50分時間をつぶすため,ドンキホーテ某店に入った。ドンキホーテには今までに2回ほど入ったことがあるが,売り場の大部分を見て歩いたのは初めてだったので,ジュエリーから野菜まで,狭いところにほんとに何でもあるのに驚いた。
 悪名高い陳列の密度は,これでもたぶん放火事件前より低くなったのだと思うが,15分もすると息苦しくなった。もちろん,ふとん売り場には警備員がいた。
 ドンキホーテは英語では Don Quixote だが,この会社の横文字社名はスペイン語綴りの Don Quijote を使っている。ただし,愛称(?)は Donki となっていた。

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Jan 06, 2005

成田と掛布――回文考

 上述の,じゃなくて見る方にとっては下述の,というべきだが,宮城県の作並では「回文コンクール」を行っていて,入選作品を収めた小冊子が販売されていた。

 長い間,私にとって回文とは何よりも,70年代末から80年代始めにかけて一世を風靡した雑誌『ビックリハウス』の重要アイテム,という認識だった。そこに載っていたもので,いまでも回文の最高傑作だと思っているのは,

 (1) 理解の足りない成田の怒り

である。
 これは,成田空港建設反対運動という時代背景があったから大きな価値があるのだが,それゆえにその後の人にとってはピンとこないものになっているのだろう。
 ほかに,
(2) あたいらポ○ノのルポライタア

というのもあった。最後の「ア」がちょっと苦しいけれど,「あたいら」という蓮っ葉な言い方に似合っている。

 『ビックリハウス』以外で記憶に残る傑作としては,

(3) ぷつりとすたれたスト○ップ

(4) 掛布の頭はまたあのフケか

(5) 酢豚作り,もりもり食ったブス

がある。(4)も,掛布という珍しい苗字の名選手を皆が知っていたという時代背景に負っている。
 (3)と(5)は,「つ」と「っ」を同一視しているのが難ではあるが,清音と濁音を同一視するよりはまだ許せる。

 回文のみを扱った本の嚆矢は,土屋耕一の『軽い機敏な子猫何匹いるか』だったと思う。手元にある角川文庫版(1986)のあとがきによると,初版は1971年という早い時期で,もちろん『ビックリハウス』以前である。このタイトル自体も回文で,この本では全体に清音・濁音をきちんと区別している。(実は,上記(3)は『ビックリハウス』が出典だと思っていたのだが,今見たところ,この土屋耕一の本に出ていた。もっとも,このぐらいの長さのものだと,別々に「新制作」される可能性はある。(2)の「中心部」をなす「ポ○ノのルポ」というのもこの本にある。)
 回文の「専門書」はその後何冊か出ていて,そこではタイトル(例:『禁煙永遠延期』『読むの頼むよ』『まさかさかさま』)も著者名(例:イブ藪医/つかさまさかつ/まさに何様/闇から神谷)も回文になっていたりする。

 自分でも,かつて電車の中などで回文作りに励んだことがある。当時,周囲に比較的おもしろがってもらえたのは,仲間でも有名人でも,人の名を入れたものだった。

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Dec 11, 2004

京都にて

 昨夜,京都にやってきた。「のぞみ」は品川―名古屋間は満員で,車掌さんは「混雑のためご不便をおかけしています」としきりに恐縮していた。自由席で座れない人に言っていたのだろうが,混雑は「不便」ではなかろう。

 京都の地下鉄某駅のエスカレーターは,もしかしたらたまたまなのかもしれないが,歩く人は右側の「東京式」だった。「1番乗り場に電車が…」という言い方は紛れもなく関西式だ。

 京都の地下鉄東西線は,11月に醍醐―六地蔵間が開通し,JR奈良線に連絡するようになった。さっそく乗りに行きたいが,今回は時間があるかどうか。
 東西線は,京都の中心部では御池通りを確かに東西に走っているが,鴨川を越えるとぐぐっと南に曲がって,あとはほとんど南北線となり,最後はさらに曲がってやや西を向いて終点六地蔵となる。

 昔,関西に来て,「モータープール」という看板が多いことに気づいて,カタカナ語にも方言があるなと思った。駐車場の「時間貸し」を「一時預かり」というのも関西風だろう。

 昨夜は京料理のある居酒屋で少し飲んだ。値段は安く,作りはイマ風で,若者から中高年までの客でいっぱいだった。聞けば,支店数の多い居酒屋の某大チェーンが試しに別ブランドでやっているとのこと。東京進出を歓迎したい。

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Nov 21, 2004

残りのプロセス

 Windows上で新しいソフトをインストールするとき,作業を始めてすぐなのに「(インストーラーが)残りのプロセスをご案内します」という文章が表示される。
 「残り」という言葉は,少なくとも7割ぐらいは終わってあとは補足的な作業,という場合に使うものだと思うのだが。

 いつのまにか Microsoftese にはかなり慣らされてしまったが,ソフトのバージョンアップのたびに「残り」が気になり,「更新をインストールしています」「検索結果を得たりできるウィンドウを開きます」等々気になる言葉を思い出してしまう。

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Nov 20, 2004

家人薄命

 ある程度以上の年代の男が個人的なことを話題にした文章を読むと,「家人」という言葉がよく出てくる。この「家人」というのはちょっと特徴のある言葉で,前から気になっている。

 まず,ほぼ完全に文章語である。口頭で例えば「家人が出かけているんで」とはいわない。
 それから,文字通りには「家にいる者」なのだが,男から見ていう言葉だから,実態としては妻を指すことが多いのだろう。しかし,母親とか,時にはある程度大きくなった子供なども含まれることがあるようだ。家庭の事情などをぼかしていうのに便利な言い方ともいえる。
 また,「家」という字の意味が生きているためか,「家にいる」文脈で使われるのが主で,家の外で同伴している家族を「家人」というのはちょっと変だ。

 以上,どれをとっても,「家内」とは大いに違う。
 どちらも,妻は家にいるものという観念を背景にした言葉だが,上記のような使われ方からみて,「家人」は「家内」よりずっと早く「古語」となることだろう。

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Nov 13, 2004

英語語法についての覚え書き

 10年以上前になるが,関東鉄道常総線の取手駅で,電車がブレーキ故障で止まれなくなって駅ビルの壁に激突する事故があった。このとき英字新聞の見出しにあったTorideという語を見て,一瞬,to ride? 変な使い方のto不定詞だな,と思った。
   ***
 千葉の稲毛でInage Hospitalという看板を見て,一瞬,in age? 冠詞もなくてどういう意味だろう,と思った。

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Oct 02, 2004

Stars and Strips Forever

 中学の吹奏楽部で,スーザの名曲「星条旗よ永遠なれ」を演奏した。輸入物の楽譜で,タイトルはStars and Stripes Foreverと書いてある。「旗」という言葉もないし,どうしてこれが「星条旗よ永遠なれ」になるのかわからなかった。
 最初の語starsは知っている。問題は次の語だ。似た語で中学生でも(言葉だけは)知っていたのはeを抜かした語だったからストリップスと勝手に読んでいたのだが,国旗をいうのにどうしてこんな語が出てくるのかとさすがに不思議に思った。今ならストライプというカタカナ語もあるからそれほど迷うことはないだろう。

 ホロヴィッツが,米国での演奏会のアンコールにこの曲を自分の編曲で弾いた映像を見たことがある(たぶん映像だった思うが…)。トリオで,リズムと主旋律とピッコロのオブリガートをたった2本の手で弾くのはまさに圧巻,当然聴衆も大いに熱狂していた。

 スーザのこの曲が米国の準国歌的な存在になっているせいか,米国の国歌の題「星条旗」がときどき「星条旗よ永遠なれ」と誤って紹介されることがあるが,国歌の方の原題はStar Spangled Bannerである。

 本欄は,8月はWeekend Newsの状態だったが,9月になってから週刊誌状態を維持することもできなくなった。リンクしている諸サイトもなかなか訪問できない。あと2週間,終電に間に合うかどうかという日々が続く。

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Sep 10, 2004

ミツコ

 前回の「徳永康元 ブダペスト三部作」で,徳永先生のハンガリー留学時代の「登場人物」として「タナカ・ミチコ」と書いたのは私の誤りで,書いてあるのは,1世代上の青山光子のことだった。

 著者の母方の祖父である薬学者・柴田承桂(すなわち柴田南雄の祖父でもある)は,市谷加賀町に西洋館を持っていた。そこをオーストリア=ハンガリー帝国の代理公使ハインリヒ・クーデンホーフ=カレルギー伯爵が借りて公使館としていたときに,青山光子と結婚したのだという。息子2人もそこで生まれた。
 (別の本によると,伯爵が光子の家の前で滑って転んだのが,2人が知り合ったきっかけだったそうだ。夫の帰国と共にヨーロッパへ渡った光子は,後に社交界に君臨し,ヨーロッパでもっとも有名な日本人となる。なお,クーデンホーフという名はオランダ系で,Coudenhove と綴る。名前の後半は Beethoven と同じか。)

 徳永青年は留学中の1940年夏に,その西洋館の写真を持ち,思い出話を聞こうとしてウィーンに出かけたが,光子は療養中で会えなかった。光子はその翌年死去した。

 光子クーデンホーフ=カレルギーの次男リヒャルト(徳永先生は長男と書いているが次男;栄次郎という日本名もあるらしい)は,第一次世界大戦後の疲弊の中で「汎ヨーロッパ主義」を唱えた。これが,後のEEC,その後のEC,そして今日のEUの源流となった。
 結果として,ミツコが世界史を変えたのだった。

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Jul 28, 2004

ノミのほう,いかースカー

 繁華街での呼び込みは,店の個性を競ってこそ効果が上がると思うのだが,現実にはきわめて画一化していて,池袋での男の客引きはほとんど「飲みのほう,いかがですか」と声をかけてくる。「ノミもシラミも用はないよ」と言いたくなるが,一方で,動詞(この場合は「飲む」)の連用形から名詞を作る造語力は健在だなあ,などと講釈してみたりする。
 細かく言うと,客引きはたいていは「いかがですか」とはっきり言うわけではなく,「いかースカー」という感じである。

 この発音は少し前からあった。むかし,東京ドームの開業イベントのひとつとして,イギリスのわけのわからない団体が『アイーダ』をやりにきたことがあった。それを見に行った友人の話によると,会場のアルバイトは,当然,野球のときと同じ人たちで,さすがに上演中は来なかったが,休憩ともなると,「プーログラム,いかースカー?」という調子だったという。

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Jul 03, 2004

Linguistic Trivia

 前述の「トリネコ」の件は,文字を見て,「トリ」「ネコ」という語と結びつけて誤って記憶してしまったものだが,文字を介するかどうかに関わらず,次に言おうとしている音を先取りして音の順序が入れ替わる誤りというのは,かなり頻繁に起こる言い誤りである。
 昔,雑誌の記事でアナウンサーの言い間違いの例にあがっていたのも,この類が多かった。その記事で印象に残っているのは「ナンボジアカンミン」――

 うちの子どもたちが小さいときの言い間違いでも「お墓参り」→「おかまはいり」,「魔法使い」→「まつほっかい」といった「傑作」がある。後者を聞いたすぐあとで,相撲で「陸奥北海」という力士がいるのを知って笑ってしまった。

 音の順序が入れ替わる現象を術語ではmetathesis(音位転換)といい,最初は言い間違いであっても,言語の変化のきっかけとなる場合がある。例えば,「あたらしい」は「あらたし」が変化したものだし,英語のbirdは古くはbridだったという。

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Jun 30, 2004

トリネコとコラリオン

 『ヴァルキューレ』第1幕で,一人の老人(ヴォータン)がトネリコの木に剣を突き刺したことが語られる。昔,このトネリコというのを文字でのみ見て,トリネコだと思っていた時期がある。間違っていた時期は長くはないのだが,その後も「えーと,鳥猫じゃなくて…」と一瞬迷うことがあった。
 『マイスタージンガー』に出てくるニワトコと混同しそうになったこともあった。いずれにしても現物を知らなくて現実感がない。トネリコは英語ではash(「灰」のashとは別語)で,バットや家具にするそうだ。

 もっと昔,中学生のころ,ベートーヴェンの序曲「コリオラン」を「コラリオン」だと信じていた。クルマ用品のクラリオンというのはすでにあったから,そのせいかもしれない。それがある日,ラジオで放送され,アナウンサーが「コリオラン」と言ったのでぶったまげた。

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Jun 17, 2004

The Wonderland of Ozu

 友人と話をしていて,小津安二郎の映画とその舞台,特に日本家屋が話題になったことがあった。年末年始の生誕100年記念の小津作品放映を見ていて,伝統的な日本家屋に住んだことのない子どもたちは「はたきをかける」という言葉がわからなかったという。
 畳の部屋があれば「ふとんを敷く・上げる」というのはわかるかもしれないが,「雨戸(を閉める)」「蚊帳(かや)(を吊る)」「縁側(に腰掛ける)」「なげし」「欄間」「卓袱台」といった事物・表現はもはや死語となった。
 それに比べると,食べ物・飲み物はパッケージが変わっても今もあるものが多いが,「一本つけてもらおうか」なんていうせりふはピンとこないだろう。

 小津映画の常連・笠智衆は,神奈川県某所の私の通った高校へ行く道の近くに住んでいた。一人で歩いているのを,学校の帰り道に何度も見かけた。テレビに出ていたから知っていたわけだが,小柄の,ほんとうに普通のおじさんだった。戦後の名作の数々の撮影から十数年後だったことになる。

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Jun 13, 2004

An American in Bukuro

 数年前,池袋の大衆居酒屋のカウンターにいたところ,西洋人の男が2人入ってきた。隣に座ったので,どこから来たのかと英語できいたが,大きい方の年上の男が,英語はわからない,ドイツ語ならわかる,とロシア語やドイツ語で答えてきた。(ロシア語がわかったわけではないけれど,結果としてだいたいそういう意味だった。)
 それでその2人は,聞いてみるとなんと,東京芸術劇場で翌日演奏するサンクト・ペテルブルクのオーケストラのチューバとトランペット奏者だった。ソ連時代の音楽家は東ドイツとの交流がかなりあったので,ドイツ語なのだろう。私がキーロフ・オペラの来日公演を何度も見た,といったら,いろいろな音楽団体・オペラがひとつの劇場組織(ein Theater)になっているというようなことを一生懸命説明してくれた。
 急いで付け加えるが,私のドイツ語は,英語で言えば中学1年の3学期ぐらいで,ほとんど現在形のみという代物だが,向こうのドイツ語もまあ中学2年の後半ぐらいで,なかなかの「好勝負」だった。

 同じ店に米国人が1人でやってきて,隣になったことがあった。北京駐在で仕事をしていて,休暇で初めて日本に来たという。本名Pikeで,中国語表記「白…」という名刺をもらった。
 中国語ができるから,漢字の知識がある。壁にかけられた札の「若鳥立田揚」(こういう字で書いてあった)を見て,自分の知るところでは若鳥というのは young bird の意味だと思うがあれは何だ,というので,Tatsuta は地名(だったと思うが…)であり,a kind of fried chicken 云々と説明した。(あとで中国語のできる同僚にきいたところ,「揚」という字には油で揚げるという意味はないとのこと。)
 もっとも彼は,私との話は半分上の空で,掃きだめの鶴ともいうべき美人の店員Mちゃんの方ばかり気にしていた。

 同じく池袋で,これは今年の3月ごろのことだが,焼鳥屋のカウンターにいたところ,西洋人の三十代ぐらいの男が1人でやってきた。英語のメニューはないかなどと(英語で)言っているので,横から口を出してメニューの概要を説明してやった。
 ヨーロッパで仕事をしてシドニーに帰る途中で,東京には初めて寄ったという。おおらかなオーストラリア英語で,today はほんとに to die と発音する。シドニーにも日本料理店は多いが,自分は生ものは苦手で,焼き鳥でよかったとのことで,何の店なのかもわからず入ってきたらしい。
 けしからぬことに日本酒を知らないというので,少し分けてやったらけっこう気に入って,自分で注文していた。
 彼が帰ってからマスターが,通訳料です,といってお銚子1本サービスしてくれた。

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May 15, 2004

言語学的考察

オトコノユウジョウ…いやあ,泣かせる。でも友情じゃあ勝てない
アサクサキニナル……浅草の飲み屋にいると競馬中継が気になるんですね
フリースタイル………レスリング会場はここではありません
ハイヤーザンヘブン…ペガサスの競馬ってないんでしょうか
フォスターズソング…おお,金髪のジェニーよ,泣くのじゃない
セイウンヲツカム……雲をつかむよりもっと難しそう
アリスタクラシー……名 [U] 貴族制 うーむ,抽象度高し
オッケイゴウ…………軽いノリ,OKです
ライトザファイアー…放火のススメ
ピカソカラノテガミ…きっと画料の督促状ですね
パートタイムラバー…週1日だけお待ちしています
クレッシェンドモア…ますます激しくいななくのでありました
クロネコ………………シンプル・イズ・ベスト(ヤマト運輸)
ヤルゾコール…………友よ,夜明けは近い
ロイヤルキャンサー…王族もガンには勝てない
カゼニフカレテ………果たして寄り道しないでゴールできるか
ガリョウテンセイ……あまり速そうな感じがしないが
マキシマムスピード…そう,一時的には速かったんですが
イノセントアピール…走路妨害なんてしていませんよ,本当です
ヒョウタンジマ………ひょっこり勝つかもしれない
ノーコメント…………起訴状をまだ読んでいないので
ボエーム………………「ラ」をつけてほしかった。
ウィッチズブルーム…これは速そう,でも騎士は魔女でないと
              (15日のスポーツ新聞より)
PS 上記のうち,ガリョウテンセイとマキシマムスピードの出た新潟第11レースは,3連複が史上最高の155万馬券となったそうだ。

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Apr 19, 2004

→Man

 昔,羽田(成田でなく)を発って,初めて降り立った海外の都市はロンドンだった。ヒースロー空港で,いろいろな案内表示の中に「→Man」という大きな黄色の看板があった。私は一瞬,男性用トイレの案内だと思った。しかし,それなら複数形で men とするだろうし,女性用が対になっていないのは変だ,と思い直したのだが,マン島(Isle of Man)行きの飛行機の出発ゲートへの案内だと気づくのには,その後十数秒を要した。

 Man の形容詞およびその住民・言語を表す語は Manx というちょっと変わった語尾を持つ。マン島起源とされる種類のネコでマンクスというのもあるそうだ。
 これと似た事情による名称にはマルチーズがある。原語はマルタ島(Malta)の形容詞 Maltese だということは知識として知っているのだが,犬猫にあまり興味がない私はついつい丸いチーズを連想してしまう。

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