ジャズ

Feb 25, 2013

Take Five and Nine

 昨年12月に死去したデイヴ・ブルーベックのクヮルテットは,MJQ(Modern Jass Quartet)と共に室内楽的なジャズの双璧だった。ピアノ,ベース,ドラムの基本トリオに加わるのが,ブルーベックではポール・デズモンドのアルト・サックス,MJQ ではミルト・ジャクソンのヴァイブ(ビブラフォンと書かれることが多かった)というのも,響きの点で好対照だった。
 ブルーベックの最大のヒット作はいうまでもなく5拍子の名曲 Take Five だった。高校の吹奏楽でアルト・サックスを吹いていた私は,Take Five を何度も聞いて覚え,アドリブを楽譜に書き起こしたりもした。卒業の時には,ピアノで基本的なコードをそれらしく弾ける友人といっしょに,オープンリールのテープに録音した。
 ブルーベックのリズムが印象的な曲としてはもうひとつ,Blue Rondo a la Turk(トルコ風ブルーロンド)がある。これは譜面はたぶん8分の9で書いてあるのではないかと思うが,冒頭の3小節のリズムは (2/8)×3+3/8,4小節目は (3/8)×3で,この4小節が積み重なってロンドのテーマをなす。Take Five と違ってはしゃいだ感じがおもしろい。中間部は表情が一転して4拍子の普通のブルースになる。

 5拍子ではなくて5連音符の話だが,昔々のN響では,5連音符が出てくると「ナカメグロ」「ナカメグロ」と唱えてリズムを理解したという。これは,N響の練習場が高輪の前は中目黒にあったのにちなむ。

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May 31, 2010

『スイングジャーナル』が休刊

 『スイングジャーナル』誌が7月号(6月発売)を最後に休刊するというニュースに驚いた。ジャズ界におけるこの雑誌の存在感は,クラシック界における『音楽の友』と『レコード芸術』を併せたよりもだいぶ大きく,同誌の「ジャズ・ディスク大賞」に何が選ばれるかは,米国のジャズ界からも注目されていた。
 私は父親の影響でジャズを子守歌にしていた。高校時代以降,クラシックほど能動的ではなく,LPを自分で買うということはほとんどなかったが,ディキシーランド・ジャズから,スイング,「モダンジャズ」という名の古典ジャズまでのジャズのレコードにはある程度親しんでいた。
 その後,ジャズは意識としては「旧友」であるとはいえ,実際上遠ざかってしまっていたが,今世紀になって安いCDが大量に出回るようになって,少しずつジャズのCDを買うようになった。名盤として知られていたが昔は買えなかったアルバムが,1000円もしなかったりする。
 しかしこの間に,レコード店のジャズの売り場はどんどん小さくなって,町のレコード屋では,ジャズはクラシックよりさらに小さな存在になってしまった。そんな状態だったし,雑誌というものをめぐる状況も大きく変わってきた中で,冷静に考えると『スイングジャーナル』の休刊も必然的なことなのだろうという気はするのだが,それにしても――寂しさがつのる。

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Sep 06, 2009

ビッグバンドで『指輪』――The Ring Goes Swing

 少し前にCDショップでたまたま「The Ring GOES SWING ― Lierhouse Project」というCDを見つけた。『ニーベルングの指輪』のさわりをドイツのビッグバンドが演奏したもので,Lierhouse というのはプロデューサーの名らしい。多少とも『指輪』を知るものにとってはすこぶるおもしろいCDである。(発売元はハンブルクの GATEWAY4M(www.gateway4m.com))
 リーフレットにある説明によると,演奏者は hr-Bigband という通常編成のビッグバンドにかなりの数のゲスト・プレーヤーが加わったもので,ジャズとしてはがっちり組織されすぎている感じもするが,人数が多いのでやむを得ないところだろう。演奏されているのは「ジークフリートのラインへの旅」「ワルキューレの騎行」などのほか,オーケストラの演奏会ではあまりとりあげられない部分も登場する。
 なお,『指輪』からは8曲で,ほかに『ローエングリン』から「結婚行進曲」の部分(『マイ・フェア・レディ』の結婚式の曲「時間通りに教会へ」がからまっていたりする)と「はるかな国で」,『オランダ人』から水夫たちの踊りの場面が採られている。『オランダ人』はラテン・パーカッションが駆使されたサンバ調(!)で,カリブ海にやってきたオランダ船のようだ。

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Aug 23, 2008

『スウィング!』での遭遇

 オペラは夏枯れの旧盆のある日,ブロードウェイ・ミュージカル『スウィング!』(31日まで上演;→参照)を見に行った。ミュージカルといっても,物語がはっきりあるわけではなく,スウィング・ジャズの名曲を集めて踊りをつけたもので,ミュージカル・ショウとでもいうべきものである。
 かなりビッグバンド風の音を出す8人編成のバンドがステージ奥に座り,かつて子守歌のように聞いていた「シングシングシング」「キャラバン」「スウィングしなけりゃ意味ないね」など,なつかしいスウィングの曲を休みなく演奏する。その前で,20名ほどのダンサーが,これまた休みなくダイナミックな踊りを繰り広げるのは,夏の一夜のまことに上質のエンターテインメントだった。
 見たところ,客の年齢層は通常のミュージカルよりずっと高く,オペラ並みだった。

 終わって,会場を出たところで,確かに顔を知っているおばさんからあいさつされた。えーと誰だっけ――そうだ,前に住んでいたところでビールの配達をしてくれていた酒屋のおばさんだ。酒屋さんだからバーボンやジンもあるが,日本酒を非常に多く取りそろえている店ということもあり,およそミュージカルとは結びつかない。「意外な文脈」での遭遇だった。

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May 05, 2004

Viva Duke!

 デューク・エリントンが,帝王にふさわしく(?)4月29日生まれということを,擬藤岡屋日記で知った。

 「デューク(公爵)」・エリントンと「カウント(伯爵)」・べーシーは,共にビッグバンドを率いて一時代を画し,両楽団は,主に50年代から70年代初めまで,ウィーン・フィルとベルリン・フィルのように屹立していた。
 デューク・エリントン楽団の66年の来日のとき,高校の吹奏楽のサックス吹きだった私は,制服のまま東京厚生年金会館に駆けつけた。(都内まで1時間半以上かかる場所に住んでいたから,東京のコンサートに出かけるのはかなりの大事業だった。)コンサートマスター=ジョニー・ホッジス as,大番頭=ハリー・カーネー bs,番長=クーティー・ウィリアムズ tp ら大物奏者の個性を生かしながら,要所要所に自らのピアノを織り込んでまとめていくアンサンブルは,一夜の華麗な夢だった。
 メンバーを順番に紹介するとき,トランペット奏者だった息子のマーサー・エリントン(後に,楽団を「相続」する)はまったく無視して通過したのが,妙に印象に残っている。(息子の方ももう亡くなったらしい。)
 私にとって,カラヤンと同じく,たった1回出会ったナマ演奏だった。

 この来日の直前に録音されたアルバムが「The Popular Duke Ellington」で,Take the 'A' Train をはじめとするヒット曲の数々が今も新鮮だ。
 なお,サイモン・ラトルとバーミンガム市交響楽団によるエリントン・アルバム「Classic Ellington」も私の21世紀の愛聴盤である。

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