池袋

May 15, 2010

豆腐1丁の肉豆腐――池袋「千登利」

 かれこれ20年通っている池袋西口の居酒屋「千登利」は,やきとんと肉豆腐の店である。
 名物の肉豆腐は大鍋に入っていて,注文があると1丁(まるごと!)すくって皿に入れ,牛すじとたれをかけ,ネギを山盛りにして出される。中には「肉なし」という注文をする人もいるが,値段は普通のと同じだという。
 やきとんはシロ,レバ,カシラ,タンハツ(タンとハツが交互に串にさしてある),ナンコツ,コブクロ。鶏関係は,鶏皮,つくね,鶏ナンコツ,ウズラの卵。野菜は,カモ(というのはネギのこと),銀杏,ニンニク,シイタケ,シシトウ。
 カウンターに置かれたかごに野菜が置いてあるのは,飾りではなくて生野菜のメニューである。すなわち,キュウリ(もろきゅう),トマト,カブ,セロリ,エシャロット,この季節はショウガもある。ここでの名物はカブで,直径7,8センチの大きいものを4つに割り,味噌をそえて出てくる。このカブを食べていて,隣の人から「これ,カブですか」ときかれたことは,2度や3度ではない。「ええ,生のカブを切っただけのものなんですよ。こんなもの,ウチで食べてもうまくも何ともないと思うんですが,ここで食べると不思議とうまいんです。」などと答える。セロリも,同様に1本まるごとである。

 千登利の焼酎は米酎で,アルコールはなんと35%(焼酎は普通は25%),しかも1杯が140ミリリットルある。例えばウーロン割りを頼むと,焼酎が小グラスにあふれそうに注がれ,別に氷入りグラスとウーロン茶のびんが出てくる。自分で好きな濃さに割って飲むことができる。2004年秋からホッピーが置かれるようになったのはありがたかった。

 この店のトイレには,山頭火の句の入った版画が飾られている。少し冷静になって引き上げどきを考えろということだろうか。

  酔ひざめのつめたい星がながれた

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Apr 15, 2009

花見バス――タエちゃんと共に

 桜が満開になった日曜日,花見の貸し切りバスが池袋を出発した。参加者は40人弱で平均年齢はたぶん50代後半,大部分は互いに顔見知りだが,顔は知っていても名前も職業もわからない人が多い。そもそも,太陽の下で,またしらふで顔を合わせるのは初めてという集団である。
 当初の予定では,墓参りツアーだった。そう,1月に急死した居酒屋Fの肝っ玉姐さんタエコさんの墓参りである(→参照)。あまりに突然のことで,常連客も葬儀が終わってから知る人が多かったということもあり,最古参の客であるIさんらによってバスツアーが企画された。しかし,納骨の予定が変わったので目的地を変更し,タエコさんが住んでいた川崎へ,追悼の花見に行くことになった。

 バスには「Fの会」と表示されていた。近くのデパ地下に勤めている人が弁当やつまみ,飲み物を手配した。次々と到着する段ボール箱を皆でバスに積み込んだ。Fの同僚の従業員も何人か参加した。もちろん,タエコさんの遺影も同行する。
 目的地の公園はかなりの人出だったが,幸い,シートを広げてゆったり座れる場所が確保できて,真ん中に花と遺影を飾った。立派な花見弁当が配られ,「長屋の花見」ではありえないようなデパ地下の一流店の寿司,ローストビーフ,漬け物などが並んだ。
 にぎやかな宴となり,見たところ普通の花見の光景だったと思うが,話はときどきタエコさんのことに戻って,「タエちゃんがいないとねえ」「でも,こうやってみんなが集まって,タエちゃんも喜んでると思うよ」としんみりする。桜は満開,日差しは暖かく,絶好の花見日和で,「やっぱりタエちゃんの功徳だね」という話になった。

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Jan 30, 2009

たった数日で

 この前の週末は,精神的に疲れる用事が重なって,ブログを書く余裕がなかった。その最中に,会社関係の訃報が飛びこんできた。
 月曜から水曜まで,その関係の用事であわただしく過ごしたが,昨日の木曜は一応日常に戻り,夜は某繁華街の居酒屋Fに行った。そこで聞いたのが,Fのベテラン店員のタエコさんが肺ガンで急死したという衝撃の知らせだった。
 なにしろ,たった10日前に会ったばかりである。その時も「疲れた」と言ってはいたが,それはいつものことで,大勢の客を相手に細い体で忙しく働いていた。その次,先週の金曜日に行ったときは珍しく休んでいて,「なんだか体調が悪くて休みなんだって」と聞いた。ガンでたった数日でなんて,思いもよらなかった。
 いちばん古くからの常連のIさんは,いつものように大声で,しかし時に涙声で,早くから休ませてやればなあ,と繰り返していた。

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May 17, 2008

厚揚げストーリー

 豆腐はどういう料理でも好きだが,つまみとしていちばん愛用している豆腐家族のメンバーは厚揚げである。これは,私の母語では「生揚げ」であり,今もおでん屋では生揚げと呼ばれることが多いような気がするが,飲み屋での名称は圧倒的に「厚揚げ」である。
 神田駿河台3丁目,三井住友海上の南側の地域には良い和食店がいろいろあるが,その一つのの「藍」で,先日昼に「本日の定食」を食べた。そのおかずに厚揚げが入っていたのだが,これがなんと注文を受けてから豆腐を揚げて作っていた。ざるの上に水切りした豆腐が並んでいて,定食の注文があるとその1丁を縦長の半分に切って,衣をつけて揚げるのである。揚げている時間は長いわけではないが,揚がってから薬味を添えたりするし,もちろん他のおかずを並行して用意するわけで,その手のかけ具合は申しわけなくなるほどだった。

 飲み屋では厚揚げは網で焼くから「焼きもの」だが,池袋の大衆的な居酒屋では厚揚げは「揚げもの」に分類されている。ただし,豆腐を揚げているわけではなく,既製品の厚揚げをさらに揚げているもので,これはこれでうまい。安いつまみなのに,ありがたい。
 厚揚げの薬味は,ネギ,ショウガ,かつおぶしが定番だが,店によっては大葉やミョウガが加わる。同じく池袋のでは,5月になって店長が交代したのをきっかけに,ありがたいことにメニューに厚揚げとポテトサラダが登場した。ここの厚揚げは薄い直角三角形のものを4片串に刺して網で焼き,ネギ,かつおぶしのほかにちょっと酸味を加えた味噌が添えられている。これもなかなか乙なものだ。

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Mar 04, 2007

ドレスデンから

 2月下旬の某日,池袋の焼鳥屋(→参照)にいたところ,西洋人のたぶん四十前後の男女が,ドイツ語をしゃべりながら入ってきた。女性は酒を,男性はビールを頼み,料理は,並んでいる串を指さして「This one.」などと言って注文した。
 最初は口を出さないでいたが,私の頼んだものが気になるようだったので,これは鶏の挽肉のだんご,これは a kind of green pepper などと英語で説明してやった。

 それをきっかけにきいてみたら,来日中のドレスデン・フィルハーモニーの,女性はヴァイオリン,男性はヴィオラ奏者で,池袋のMホテルに泊まっているのだった。今回はドレスデン聖十字架合唱団といっしょの日本・韓国ツアーで,翌日はモーツァルトのレクィエム,その次はマタイ受難曲(最初,真大樹難局と変換された)という予定だとのこと。
 2人とも非常にきちんとしたわかりやすい英語をしゃべる。私は,昔ドイツ人の神父さんに英語を習ったことがあり,そのお姉さんは戦前のドレスデンのオペラ歌手だった,という話をした。2人は,この秋にドレスデンのオペラの日本公演があることもよく知っていて,『タンホイザー』とあと何だっけなどと言っていた。

 何かお薦め料理はと聞かれて,マスターは「モツ煮はどうですか」と答えた。しかし,豚や牛の内臓だと説明してやったら,「うーん,それは勘弁」という。それで,私は自分が最初に食べた鶏とダイコンの煮物を,うす味でポトフのような感じだと薦めたら,2人とも喜んで食べていた。
 たまたま他の客からお茶漬けの注文があり,マスターは,だしをとる作業を始めた。この店では,お茶漬けの注文があると,そのつどカツオ節のだしをとる。これは何をしているのかというので簡単に説明したら,2人は「Interesting!」と言いながら身を乗り出して見ていた。

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Jul 15, 2005

池袋・横須賀ホッピー・ストーリー

 ホッピーを飲むようになって12,3年になる。
 いつも飲んでいる池袋の大衆的な店Fでは,ホッピーのびん(360ml)と焼酎1合(とっくり型のびん)が出てきて自分で好みの割合に「調合」するというシステムで,焼酎の量がきわめて明確であり,酒量のコントロールがしやすい。ただし,この店の焼酎はアルコール度数が低く,20度ぐらいらしい。だからこそ,1合びんで出てくるわけだ。
 先日,その店で,たまたま隣に名古屋から来た人が座り,「それは何ですか」ときかれた。「いやあ,初めて見ました」ということだった。
 同じく池袋の肉豆腐とやきとんの店Cで,04年秋にホッピーを置くようになったのはうれしかった。しかもこちらは黒ホッピーと両方ある。ここの焼酎は35度で,氷と別の小グラス(たぶん80mlぐらい)に「山盛り」で出てくる。

 主に中年向けの雑誌『散歩の達人』7月号に,「横須賀 ホッピーの泉」という小特集があるのを見つけて驚いた。それによると,わがふるさと横須賀はホッピーの聖地だというのである。確かにホッピーの看板はあったような気がするが,横須賀ではあまり飲み屋に入ったことがないから,「内情」は知らなかった。
 また,横須賀では,三冷,つまりグラス・焼酎・ホッピーを冷やして氷は入れないで飲むという。なるほど,ビールに氷を入れてもうまくないから,ホッピーだって,ということはあるかもしれない。
 それで,最初に書いたFでは焼酎・ホッピーは冷蔵されているから,「氷なし」にトライしてみた。確かに,ホップの香りがはっきりして,全体に味が出る。しかし,普通は氷を入れる大きいグラスの下の方に焼酎が少しあるところにホッピーを注ぐわけで,量の感覚がふだんとは違う。うっかりすると飲み過ぎるかもしれない。

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Jun 13, 2004

An American in Bukuro

 数年前,池袋の大衆居酒屋のカウンターにいたところ,西洋人の男が2人入ってきた。隣に座ったので,どこから来たのかと英語できいたが,大きい方の年上の男が,英語はわからない,ドイツ語ならわかる,とロシア語やドイツ語で答えてきた。(ロシア語がわかったわけではないけれど,結果としてだいたいそういう意味だった。)
 それでその2人は,聞いてみるとなんと,東京芸術劇場で翌日演奏するサンクト・ペテルブルクのオーケストラのチューバとトランペット奏者だった。ソ連時代の音楽家は東ドイツとの交流がかなりあったので,ドイツ語なのだろう。私がキーロフ・オペラの来日公演を何度も見た,といったら,いろいろな音楽団体・オペラがひとつの劇場組織(ein Theater)になっているというようなことを一生懸命説明してくれた。
 急いで付け加えるが,私のドイツ語は,英語で言えば中学1年の3学期ぐらいで,ほとんど現在形のみという代物だが,向こうのドイツ語もまあ中学2年の後半ぐらいで,なかなかの「好勝負」だった。

 同じ店に米国人が1人でやってきて,隣になったことがあった。北京駐在で仕事をしていて,休暇で初めて日本に来たという。本名Pikeで,中国語表記「白…」という名刺をもらった。
 中国語ができるから,漢字の知識がある。壁にかけられた札の「若鳥立田揚」(こういう字で書いてあった)を見て,自分の知るところでは若鳥というのは young bird の意味だと思うがあれは何だ,というので,Tatsuta は地名(だったと思うが…)であり,a kind of fried chicken 云々と説明した。(あとで中国語のできる同僚にきいたところ,「揚」という字には油で揚げるという意味はないとのこと。)
 もっとも彼は,私との話は半分上の空で,掃きだめの鶴ともいうべき美人の店員Mちゃんの方ばかり気にしていた。

 同じく池袋で,これは今年の3月ごろのことだが,焼鳥屋のカウンターにいたところ,西洋人の三十代ぐらいの男が1人でやってきた。英語のメニューはないかなどと(英語で)言っているので,横から口を出してメニューの概要を説明してやった。
 ヨーロッパで仕事をしてシドニーに帰る途中で,東京には初めて寄ったという。おおらかなオーストラリア英語で,today はほんとに to die と発音する。シドニーにも日本料理店は多いが,自分は生ものは苦手で,焼き鳥でよかったとのことで,何の店なのかもわからず入ってきたらしい。
 けしからぬことに日本酒を知らないというので,少し分けてやったらけっこう気に入って,自分で注文していた。
 彼が帰ってからマスターが,通訳料です,といってお銚子1本サービスしてくれた。

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May 25, 2004

街の聖者

 池袋西口地区には,有名なホームレスが男女各1人いる。有名なといっても,もちろん名前を知っているわけではない。しかし,そのあたりを日常的に歩いている人なら,大部分の人がその姿を知っているだろう。
 そのうちの男の方だが,あごひげを伸ばし,背は高め,グレーに赤の大きな柄の汚れたジャンパーを着ている。ある程度の年に見えるが,もしかしたら意外と若いのかもしれない。
 彼が特異なのは,いつも立っていることである。歩道と車道の境界の一定の場所の植え込みに向かってたたずみ,祈るようにじっと頭を垂れているのである。そばにはキャスター付きの黒い買い物バッグが置いてある。こちらもずっと見ているわけではないが,数人の話を総合すると,一日のうちのかなり長い時間,その場所で祈りを捧げているに違いない。
 たまに少し角度が違って顔が見えることがあった。その目つきには,山中の修行者や宗教改革者のような鋭さはなく,穏やかだった。

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