ブルックナー生誕200年
遅ればせながら,9月4日はブルックナー生誕200年の記念の日だった。
ブルックナーを私が意識的に聞くようになったのは社会人になった1973年以降だった。70年代半ばまでNHK交響楽団の定期会員だったこともあり,その時代の記憶に残る名演としては,サヴァリッシュ指揮N響の5番がある(1973年6月)。第4楽章の金管のコラールでは,荘厳な響きに思わず居住まいを正した。
N響の定期公演の会場はこの年秋に新築のNHKホールに移転するので,東京文化会館での最後のシリーズの演奏会だった。
アマチュア・オケがブルックナーを演奏するようになったのも70年代以降だった。
1971年ぐらいだったと思うが,大学のオーケストラ連盟の合同演奏会で,ブルックナーの4番が演奏されたことがあった。大部分のメンバーはブルックナーを演奏するのが初めてだった。練習のとき,金管の咆哮が終わると弦を中心にした静かな場面になってほっとするはずのところ,わけのわからない響きになってほっとできなかったりもした。
私が卒業後所属していたオーケストラでは,1981年に初めて7番を演奏して以降,4番,8番,9番,テ・デウムがプログラムに登場した。ワグナーチューバ(ホルン奏者が持ち替えで奏する)4本を要する7~9番を全部やったオケはそう多くないだろう。
なお,ブルックナーのオーケストラは,6番まではベートーヴェンとほぼ同じ規模で,2管編成(ホルンは4本)にトロンボーン3本,曲によりチューバが加わったものである。
先日,テレビでサヴァリッシュ=N響の1982年のブルックナー8番の放映があった。上記の5番を思い出させる熱演だったが,今の日本のオーケストラだったらもっと余裕を持って力まずに演奏するだろうと思ってしまった。
【訃報】
◇セルジオ・メンデス 9/5 83歳
ボサノバの名曲「マシュ・ケ・ナダ」は1966年,24歳のときだった。
◇宇能鴻一郎 8/28 90歳
あたし,……なんです。[改行]
という文体をマネして,頻繁な改行で原稿料を稼ごうとする人もいた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
大谷翔平は,4日エンゼルスとの試合(インターリーグ)で,ドジャース移籍後初めてエンゼルスタジアムに登場,エンゼルス・ファンからもスタンディングオーベーションで歓迎された。
7日,対CLE戦で45号,9日同じく対CLE戦で46号。
10日,対CHC戦では2安打,1盗塁(計47)。


Comments