新国立劇場『ウィリアム・テル』――セリア,夜明け
新国立劇場オペラの2024-25シーズンは,10月のベッリーニ『夢遊病の女』(新制作)で始まり,続いて11月には,同じく新制作のロッシーニ『ウィリアム・テル』が上演された。
『ウィリアム・テル』(フランス語なので本当は『ギヨーム・テル』)は,日本初の原語による舞台全曲上演で,11月23日に見た(5回公演の2回目)。プログラム冊子の中の解説によると,初演(1829年,パリ)のときからすでに長すぎることが問題になったという。今回も少しカットがあるが,それでも演奏時間は正味3時間35分の堂々たるオペラ・セリアである。
ロッシーニのオペラは,私の「見たオペラ」データによると,これまでに18回見ているが,ブッフォでないのは『ランスへの旅』と『どろぼうかささぎ』の各1回のみ。このうち『ランスへの旅』は物語がほとんどないようなオペラでセリアとは言えないだろうし,『どろぼうかささぎ』は「セミ・セリア」に分類されるものだという(→参照)。『オテロ』『セミラーミデ』は見たことがないので,ロッシーニのちゃんとしたオペラ・セリアを見るのは,オペラ歴50年にして今回が初めてということになる。
舞台は抽象的な装置,衣裳は現代風とまでは言えないがかなり新しい感じ。合唱がほとんど出ずっぱりで大活躍,バレエもおもしろかった。タイトルロールはギヨーム(バスまたはバリトン)だが,それほど1人で舞台を引っ張るわけではなく,アルノルド・メルクタール(テノール)も対等の活躍をする。今回はこの2役の歌手が,背格好や顔の形が似ていて,しかも共にひげを生やしていて,一瞬間違えそうになることがあった。この2人とマティルドが海外組(なお,アルノルドとマティルドのカップルはシラーの原作にないオペラ独自の役)。悪代官ジェスレル(妻屋秀和),ギヨームの息子ジェミ(安井陽子)も立派。ほとんど長大さを意識せずに見続けた。
昔からおなじみの序曲は,オペラの序曲としてはけっこう長く,4部構成で変化に富んでいる。最初の「夜明け」の部分はチェロの5重奏(プラスコントラバス,ティンパニ)だが,かつて普通の劇場のオーケストラではチェロが5人もいるところはあまりなかったに違いない。初演がパリ・オペラ座だったからということか。
上記の公演に出かけた11月23日の新聞の片隅に,バリトンの牧野正人氏の訃報が載った。17日死去,67歳。1990年代の藤原オペラを中心に5回ほど聴いたことがあり,非常に上品な声だったという記憶がかすかにある。同年配かと思っていたのだが,実はだいぶ年下であることに驚いた。
新国立劇場のプログラムにある資料によると,『ウィリアム・テル』の2010年のニコライ・ゼッダ指揮東フィルの演奏会形式ハイライト上演で,牧野氏はギヨームを歌ったとのこと。