昔話

May 04, 2026

1年8か月ぶりの本番/木村俊光氏/ハナの差

 一昨年秋に「卒業」したはずのオーケストラ(→参照)から依頼があって,先日,演奏会に出演した。この間,合唱の本番は何回かあったが,楽器(オーボエ)での本番は1年8か月ぶりだった。
 今年2月に,欠席者の代わりとして2回ほど練習に参加したのだが,その後結局,本番も吹いてくれという話になった。実はオーボエは,今回の曲目の場合,人数としては足りているのだが,目立つ曲,体力を要する曲を吹くメンバーはその曲だけに集中したいということのようで,私の出番は短い曲1曲だけだが,出演した次第。
 プロのオーケストラの管楽器の場合は,1回の演奏会では一人の首席奏者がすべての曲で1番(第1オーボエなど)を吹くのが原則なのに対し,アマチュア・オケでは,もちろん各オケの事情によるが,交代で1番を吹くことが多い。

 4月26日の新聞に,バリトンの木村俊光氏の訃報が出た。17日死去,享年81歳。私がオペラをよく見るようになった1970年代半ばから1980年代の二期会オペラを牽引する存在だった。ザックス(マイスタージンガー),ドン・ピッツァロ(フィデリオ),テルラムント(ローエングリン),ヴォータン(ワルキューレ)などの役は,いずれも初めて生で見たのは木村氏によるものである。

 3日の競馬,春の天皇賞の生中継を,たまたまテレビで見た。1,2着はほとんど差がなく,長い写真判定となった。結局,1着は⑦クロワデュノール,2着は⑮ヴェルテンベルク。発表ではハナの差となっていたが,写真を見てもどちらが1着かまったくわからない。「三苫の1ミリ」ほどではないにしても,実質1センチぐらいの差ではないだろうか。
 クロワデュノールは1番人気で,単勝の配当は180円,枠連の4-8は9番人気で2530円。

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Apr 26, 2026

7年ぶりの停電事件/三原則の遵守

 某日朝,トイレに入ろうとしたところ,電気がつかなかった。スイッチを見ると,暗がりで照明のスイッチのありかを示す緑の小ランプがついていない。あれ,停電
 あわてて懐中電灯を手に配電盤を開けてみたところ,メインのブレーカーのスイッチが切れていて,「入」への切り替えができない。ノートパソコンは充電してあったので動くが,ルーターの電源も入らないのでネットにはつながらない。トイレの水は流れない。キッチンはIHなので電気が来ないとどうしようもない。
 スマホでやっと電力会社の停電窓口を調べて電話したところ,1時間弱で係の人が来訪。配電盤を調べて漏電はしていないことを確認し,なにか道具を使ってメインのスイッチを入れると点灯し,回復した。原因は,ブレーカー機器の故障,一瞬のショートによる過電流などが考えられるが,特定できないという。あとで調べたところ,停電は2019年10月以来だった。
 しかしまあ,明るいときでよかった。それから,暖房も冷房もいらない時期でよかった。

 武器輸出三原則は,先日の「見直し」によって,ほぼ崩壊した。もうひとつの三原則「非核三原則」は,国会決議を経たものであり,一応命脈を保っているが,核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」のうち「持ち込ませず」は骨抜きになっている。
 わが家では,子どもたちが小さいころ,非核三原則にならって武器玩具三原則,すなわち武器に類するおもちゃを持たず,作らず,持ち込ませず,を家訓としていた。実際には,子どもたちは武器のおもちゃを欲しがるようなことはほとんどなかったが。
 しかし,何も材料はなくても武器は手に入る。息子が4歳ぐらいのとき,実家のそばに車を停め,息子に「荷物運びをするから,ちょっと(車の)番をしてなさい」と言ったことがあった。2分ぐらいで車に戻ったところ,息子は片手でピストルの形を作って,人が通ると「バーン」と撃っていたのだった。

 大谷は,ホームランは5本で止まったまま。投打二刀流で出場した試合でノーヒットに終わり,連続出塁試合の記録も53で途絶えた。ピッチングの方は2勝0敗で,防御率 0.38 と立派。
 一方で,村上宗隆(シカゴWS)はホームラン11本とリーグトップ。岡本(トロントBJ)は 5本,鈴木誠也(シカゴC)は 4本で,なかなかの結果を出している。

 テレビのニュース番組で,船のイチジョウホウについてイチジョウさんが解説していた。

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Apr 17, 2026

南丹市より/階乗の広告

 この3週間ほど,テレビでもっともよく耳にした地名は,京都の南丹(なんたん)市である。地図を見たところ,市域は広く,南西は兵庫県に,北東は福井県に接している。2006年に園部町などが合併してできたとのこと。
 ここで起きた小学生の死体遺棄事件だが,行方不明になって間もないころから,ネットでは被害者の家族についての情報が飛び交っていたらしい。テレビ局や新聞社でももちろんいろいろ調べていたと思われるが,容疑者逮捕までは表に出ることはなかった。
 ニュースでは,行方不明になった日の朝,父親は小学校まで「車で送って行った」と言っていたが,遺体発見のあとは小学校まで「車で送って行ったとされている」といった言い方に変わった。
 言葉遣いについて昔と違うのは,被害者の敬称が「さん」であるということ。かつては中学生以下ぐらいだと男は「くん」,女は「さん」だった。小学校低学年以下については「ちゃん」を使うこともあった(例:「雅樹ちゃん誘拐事件」 →参照)。
 今は,小学校の教育現場でも標準は男女とも「さん」が使われている。

 地下鉄内に,

5!+4!+3! 周年を迎えました

というポスターがあった。1876年創業の古河機械金属(株)の広告である。この式を見て,合計を計算するのにはだいぶ時間がかかってしまった。5!でなく3!から順に考えれば楽だったのだが。(最近どこかで階乗の記号を知った小学生の孫にこれを見せたら,5秒もかからずに解答した。)

 所属していたオーケストラは一昨年秋に卒業したが,今春いろいろなところから出演の依頼があり,先週から今週にかけては,5日連続で合奏・合唱の練習が計6件あった。手帳に記された予定の密度が,定年後もっとも高い日々だった。

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Mar 29, 2026

新宿《復活》の記

 3月22日(日)午後,新宿区が組織した「新宿文化センター合唱団」の一員として,マーラー:交響曲第2番《復活》の演奏に,同居人ともども参加した。指揮はアンドレア・バッティストーニ,オケは東京フィルハーモニー交響楽団で,新宿区と東フィルで毎年やっている合唱付の曲のシリーズだが,文化センターの改修で中断していて,今回は3年ぶりの開催だった。同居人は10年ぐらい前からこのシリーズに参加しているが,合唱歴1年余りの私は初参加だった。
 この曲については,70年代前半に発売されたズビン・メータ指揮ウィーン・フィルのLPレコード(!)が印象深い。年末に買ってきて,三が日に毎晩聴いた。生演奏を聴いたのは50数年でたぶん3回,いずれも祝典的な機会での演奏ということになる。そのうち1回は1987年1月のジュゼッペ・シノーポリ指揮のフィルハーモニア管弦楽団の演奏で,サントリー・ホールの開場記念公演のひとつだった。
 本番は,最初から「板付き」で,合唱は固い木のベンチに座ること1時間,腰が痛くなったが,プロオケの演奏を真後ろから見ることができたのは貴重な経験だった。第4楽章のメゾソプラノ・ソロ(スカラ座のチェネレントラ,脇園彩さん!)を聞き,第5楽章がかなり進んで,ようやく出番となる。最初は無伴奏のピアニッシッシモで緊張させられるところだが,合唱練習で,ある程度響きを伴う声を出すよう指示されたこともあって,なんとか平常心でスタートできた。合唱の第1部分はずっとピアニッシモ以下なので座って歌い,それが終わってから立ち上がった。歌う時間は合計10分足らず。
 この日チケットは完売で,客席の熱気はステージにも伝わってきた。今回この演奏会だけのために来日したマエストロ・バッティストーニの明快な指揮も,曲の盛り上がりと共にますます熱を帯びた。長年の間に(アマチュア・オーケストラなどで)数多くの本番を経験してきたが,今回の拍手はこれまででもっとも盛大なものだった。

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Mar 13, 2026

ブログ記念日/《復活》/実は大画伯

 明日3月14日は,当ブログ開設22周年の「ブログ記念日」である。20周年の時にも書いたことだが,なんとか細く長く続いていることについては,読んでくださっている方々に,あらためてあつく御礼を申しあげる。(→参照:「3月14日はブログ記念日――開設20周年」)
 
 そして,その3日前は大震災から15年の日。当ブログは,翌3月12日の「地異記」(→参照)から地震に関わる記事一色になった。ブログがなければ過去はどんどん遠いものになって忘れてしまうようなことが,こうした形で記録されているからこそ当時を思い出す手がかりになる。
 10日後の3月21日に「今日は《復活》」(→参照)と題して,「今日(3月21日)はこれから,マーラーの2番《復活》を聞きに行く。この時期に何という偶然。」と始まる記事を書いた。22年後の今年は,3月22日に《復活》の合唱に出演する。
 
 繁華街の居酒屋Fでの知人Tさんは,日本画家だということは知っていたが,飲みながら仕事以外のことを気軽に話すことが多かった。しかし,あるとき案内をもらって個展に行ってみたら,実はTさんは押しも押されもせぬ大家で,個展には斯界の関係者が押し寄せ,小さな絵が何十万もする存在なのだった。
 先週Fで久しぶりに会ったTさんから,2月に水戸の偕楽園へ梅を写生しに行った話を聞いた。画架を立てて梅を写生していたところ,通りかかったおばさんに「あら,お上手ねえ」と言われたのに続き,その後通りかかったおじさんには「いやあ,いい趣味をお持ちですね」と言われたという。

 

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Mar 06, 2026

47年前のイラン革命

 イランが「前回」世界情勢の焦点になったのは,1978-79年のイラン革命のときだった。このとき,パフレヴィー王朝が倒れ,ホメイニによるイスラム国家が成立した。
 それから47年,今回は,そのホメイニの後継者であるハメネイが米トランプ帝国に殺害された。(先日某テレビ局のアナウンサーは,両者を融合して「ホメネイ」と言っていた。)

 このブログでは,このイラン革命のころのことを1回書いたことがある(2007年5月)。以下,それを再掲する。

革命前夜
 1970年代後半に住んでいた地域は,講道館へ歩いても行かれる場所だったので,柔道を学ぶために来日している外国人が住んでいた。それは,町の定食屋で,当時王政のイランから柔道留学で来ていた3人組にときどき会うようになって知ったことだった。
 3人のうちの1人は,かなりひどいが一応英語を話す。やっと聞き出したところでは,彼らは警察官だという。ペルシャ語はもちろん,英語の新聞も読める環境にはないので,日本の新聞を広げていた私に,イランのニュースはないかと尋ねてきた。それからしばらく,何か出ていると,新聞を見ながらいいかげんな「同時通訳」(むしろ「勧進帳」というべきか)をする羽目になった。
 イラン革命が起きて王政が倒れたのはその翌年ぐらいだった。3人がいつ帰国したのかはわからないが,定食屋のマスターと「彼らは王党派ということになるんだろうから,帰っても大変だろうね」などという話をした。

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 今日からワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が始まる。しかし,今回はテレビの生中継に関しては Netflix によるネット配信のみになる。ラジオでの中継はある。あとはスマホのアプリ「野球速報」を見るしか。
 前回は地上波の放送があって大いに盛り上がったし(→参照),20年前のときは,オペラ劇場のホワイエでさえテレビ放送が流れていた(→参照)のに。

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Feb 21, 2026

20年前は1個のみ――冬季オリンピック点描

 大詰めを迎えているミラノ=コルタナ冬季オリンピックで,20日朝までに日本はメダルを24個獲得した。
 1990年以前生まれの人なら記憶にあるだろうが,2006年のトリノ大会のとき,フィギュアスケート・女子シングルで荒川静香が金メダルを取った。その優勝曲『トゥーランドット』の「だれも寝てはならぬ」は,イナバウアーという言葉と共に,だれもが知る曲となった。(このブログでの関連記事は→参照
 しかし,思い起こせば,このトリノ大会では,日本のメダルはこれ1個であり,銀も銅もゼロだった。もちろん,競技・種目の数はずっと増えているので,単純に比較はできないが,日本のウインター・スポーツの状況が大きく変わったことは事実である。

 一方で,銀メダル・銅メダルを取って悔し涙にくれている日本選手が多いのは,見ていてつらいし,なにかがおかしいと思ってしまう。世界で2番,3番なんだから大いに喜べばいいのに。でも,そういう気質の人でないと一流の競技者にはなれないということなのかとも思う。

 残念だったのは,2勝7敗で終わった女子カーリング。

[豆知識]
 スノボの金メダリスト村瀬選手の名は心椛(ここも)。「椛」の訓は「もみじ」で,「も」という読みはこれに由来するものと推察される(漢字の読み方としては無理があるが)。
 同じくスノボの深田茉莉の名は,「吹きだまり」と1字違い。

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Jan 16, 2026

今年の年賀状

 去年の正月に「年賀状仕舞い」の表明が6件あり,喪中の知らせも結果としては例年に近い数になったので,今年の年賀状は数が少なくなった。
 これと別に,郵送をやめてメール添付にしている人が数人いる。これは去年と同じメンバーに送ったのだが,うっかりして去年亡くなった1人にも送ってしまい,奥さんからショートメッセージで返信が来てしまった。亡くなったことは知っていたのだが,喪中の知らせは来なかったので,年賀状用のミニ・メーリングリストはそのままになっていた。
 今年は,新しい年賀状仕舞いの表明は2件あった。
 年賀状の文面は,例年通り前年の出来事をごちゃごちゃ書いたもので,帯状疱疹にかかった(→参照)ことも書いたところ,「自分も帯状疱疹にかかった」という返信が2通あった。1通は同年齢の男性,もう1通は2歳ぐらい下の女性。
 
 年賀状は前世紀の遺物になろうとしているが,宅配の紙の新聞も急速に廃れつつある。先日来た4歳の孫は,新聞の束を見て「これなあに?」というので,いろいろ説明したのだが,ちゃんとわかってもらうことはできなかった。

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Dec 07, 2025

再会ルロイ・アンダーソン

 昔は,ルロイ・アンダーソン(Leroy Anderson)の曲は,意識しなくても耳に入ってくる存在だったが,いつのころからかあまり聞かなくなってしまった。と思っていたら,先日のNHKTVの「クラシックTV」で,アンダーソンの特集をやっていた。
 アンダーソンは,私の世代にとっては,特に1960~70年代にはかなり親しい作曲家で,私は,最初は高校の吹奏楽で「ブルータンゴ」(愛称「あおタン」)「シンコペイテッド・クロック」を演奏した。この2曲などはこのころすでに「聞いたことのある曲」だった。その後,オーケストラで「舞踏会の美女」「ワルツィング・キャット」「タイプライター」「そりすべり」「トランペット吹きの休日」「トランペット吹きの子守歌」などを演奏したことがある。
 このうち,最後の2曲の曲名は共に「トランペット吹きの…」と訳されているが,前者は Bugler's Holiday,後者は Trumpeter's Lullaby である。
 このたびの特集でちょっと驚いたのは,アンダーソンの死去は1975年,つまり私の世代がよく演奏していた時,作曲者は存命だったということだった。
 
 年賀状の季節は喪中はがきの到来で始まるのが通例だが,今年は11月下旬になっても1通も来なかった。自分がすでに後期高齢者になっているので,「上の世代」はもうほとんど残っていないということかと思うが,このところいろいろな世代の訃報もよく届いていたので,何も来ないのもなんだか落ち着かない。
 といっているうちに,12月になってから2通来た。
 今年1月に届いた年賀状を見ながら,あて先リストを点検した。喪中は少なくても,年賀状仕舞いをする人がけっこういて,差し出す数はまた減ることになる。
 
 帯状疱疹は,発症5週間の診察で一応無罪放免となった(塗り薬のみもう少し継続)。アルコールとコーヒー方面は少しずつ復帰中。

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Oct 31, 2025

高市首相とヒラリー2008

 クマの出没が各地で続いていて,収まる気配がない。市街地にも多くやってきて,コンビニに玄関ドアから入ってきたりする。
 今年のクマ被害による死者は,全国で12人になったという。あちこちでばらばらに襲われた結果の合計ではあるが,災害級とも言える数になった。
 
 いろいろなことがあった10月だが,大きな出来事といえば,一般的には,高市首相の就任である。
 10月21日,国会で高市早苗氏が内閣総理大臣に指名された。初の女性首相の誕生は,まことに慶賀に堪えない。漠然とした予想では,この日が来るのはまだだいぶ先のような気がしていたのだが,新憲法施行から78年あまりで,意外にも米国より早く女性のトップが実現した。
 ただし,名うての保守派ゆえ,警戒すべきことは多い。たとえばアジア外交は,一応無難にスタートしたようだが,今後どうなるのかといった心配が募る。男女別姓も遠のいてしまった。
 日本の名字ランキングのサイト「名前由来net」によれば,「高市」という名字は3910位,全国で3000人で,けっこう珍しい名字だが,前任者の「石破」は歴代首相中屈指の珍姓で,16279位,320人だとのこと。
 
 前に書いたことだが,2008年,米国の民主党の大統領選挙候補者選びは,バラク・オバマとヒラリー・クリントンの争いになった。接戦の末,候補者指名を受けたのはオバマだった。(ヒラリーはその後,2016年の選挙では民主党の大統領候補者指名を受け,初の女性大統領候補となったが,本選挙ではトランプに惜敗してしまう。)
 昨年(2024年)の自民党総裁選挙では,1回目の投票で堂々の1位だった高市早苗氏は,決選投票で石破茂氏に敗れた。そのニュースを見て,思い出したのは上の2008年のヒラリーのこと。どちらの場合も,長年政治の世界を担ってきたオジサンたちの保守本能が働いたように見えてしまう。
 それが,今年の自民党では,高市氏が決選投票で圧勝した。元派閥の力学がはたらいたようだが,オジサンたちにもやっと覚悟ができたということかもしれない。

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