「居酒屋ぼったくり」とバーFのこと
愛読しているブログで教えられて読み始めた秋山滝美「居酒屋ぼったくり」シリーズ(電子版),現在までに出ている全14冊(正編11冊,続編「おかわり!」3冊)を読み終えた。読み終えてしまうのが残念で,途中からは,原則1日1章のみ,飲んだときには読まないというオキテを設けた。
舞台は東京の下町,駅から少し遠いところにある居酒屋で,その店主姉妹とそこに集う客の人間模様が描かれる。元は姉妹の両親が始めた店で,姉が成人して店を手伝い始めて少しして両親が事故で亡くなり,姉妹がなんとか店を継いで数年,常連客の協力を得て軌道に乗ってきたという設定である。
登場する酒も料理もきわめて具体的で(酒の名前,醸造所名も書かれている),そこにあるのは作者の理想とする居酒屋の姿である。こんな居酒屋がもし近所にあったら毎日通ってしまうだろう。ただし,店主姉妹やそれに絡んでくる人々はかなり理想化されていて,実際にはふりかかってくる問題をこんなにうまく解決するのは無理だろうと思ってしまう場面もあった。でも文句なく読んで楽しい。これはもう現代のおとぎ話として読むのがよさそうだ。
最初の巻が出たのが2016年2月,続編「おかわり!」が2019年3月,そして現在の最新刊「おかわり! 3」は2022年の8月末の刊行で,このところ刊行の間隔が空いている。でも,「おかわり! 3」の最後には次の展開を予告する文言もあり,決してまだ終わらないという心意気が伝わってくる。気長に待つしかない。
「居酒屋ぼったくり」を読んで私が思い出したのは,1970~80年代に通っていた古典的なバーFのことである。バーFは,伊勢湾台風がやってきた日,1959年9月26日に開店した。東京某所,街道沿いだが裏は住宅地という静かな場所にあったその店に私が通うようになったのは,開店から16年後のことだった。美しい上品なママさんにはファンの客が多く,開店25周年・40周年のときには,開店の日以来の客などが発起人になって盛大な記念パーティーが開かれたりもした。
ママさんには双子の娘がいて,開店当時は小学生だったはずだが,私が行き始めたころには学校を出て店を手伝うようになっていた。後に,ママさんが倒れて入院したときも,娘たちの手で店は立派に守られた。
2003年6月のこと,間もなくうちの息子が成人するのでいっしょにFで飲みたいと思い,その「下見」に久しぶりにFへ向かった。しかし,店に明かりがついていない。扉に近づくと貼り紙があり,曰く「F店主N…子は1月18日に死去しました」。その前から同年9月に閉店する予定と聞いていたのだが,予定より少し早い閉店となってしまった。翌年,「FとN…子さんを偲ぶ会」が開かれた。