ブレンドのM/お手本通り/ある転居通知
差出人:警察?(本文)組織犯罪対策部:あなたはマネーロンダリングの疑いがあります。保釈金として150万を下記の口座にお振り込みください。捜査終了後、保釈金は返金されます。2025年11月29日までに送金しない場合は資産は凍結され、あなたは逮捕されます。銀行名 :三菱UFJ銀行[以下実在する支店名,口座番号等][上の「警察?」「(本文)」なども原文どおり]
差出人:警察?(本文)組織犯罪対策部:あなたはマネーロンダリングの疑いがあります。保釈金として150万を下記の口座にお振り込みください。捜査終了後、保釈金は返金されます。2025年11月29日までに送金しない場合は資産は凍結され、あなたは逮捕されます。銀行名 :三菱UFJ銀行[以下実在する支店名,口座番号等][上の「警察?」「(本文)」なども原文どおり]
先週,少し目新しい詐欺メールが来た。ひとつは,「iPhone17予約を受け付けました」というもの,もうひとつは国勢調査を騙るものだった。
後者の方は,言葉遣いなどにおかしな点はないが,全くのテキストメールでいかにも手作りという感じ。なによりも,国勢調査の回答期間は9月20日からなのに,それ前に来て,しかもその日のうちに回答しろという乱暴な内容だった。
今年3回目の「大大Fortnight」,すなわち大リーグ大谷の試合と大相撲が同日にある2週間が進行中。で,今日26日(日本時間),ドジャースがナリーグ西地区の地区優勝を決めた。この試合,大谷は54号2ランを打ち,山本は6回を投げて無失点,12勝目。
この1週間で大谷は,20日には52号3ランを打って逆転,最後の本拠地先発のカーショーの負けを消したのに続き,21日には53号ソロ,24日には先発登板して6回無失点,8奪三振。去年と同じ54号に達したが,ナリーグのホームラン王争いではシュワーバーがまた先行している。
大相撲の方では,横綱が2人そろって出場しているのも久しぶりだが,その2人が優勝争いの先頭を走っているというのも本当に久しぶりだ。その代わり,というのも変だが,三役が安青錦(←このたび単語登録)以外いまひとつピリッとしない。
◇26日 詐欺電話
NTTファイナンスを名乗る自動音声電話が来た。いわく,「あなたの電話料金が未納になっています。このまま支払いがなければ法的措置に移行することになります。オペレーターと話をしたい場合は1を押してください。」 発信者は国番号 +1(米国・カナダ)で始まる番号だった。
同じような内容のメールはほぼ毎日来ているが,電話は初めてだった。
◇27日 投票日
今回も,国民審査については,公報の「これまでに関わった判決」のところを読んでから投票所に向かった。
◇31日 美しき時代
パナソニック汐留美術館で,「ベル・エポック――美しき時代――パリに集まった芸術家たち ワイズマン&マイケル コレクションを中心に」を見た。日本でいうとちょうど明治から大正前半の時代。音楽は,ドビュッシー,サティなど。
この美術館はシニア割引がある。
◇31日 4勝1敗/3勝2敗
ドジャース3連勝のあとヤンキースが1勝して迎えたワールド・シリーズ第5戦は,最後はドジャースが,犠牲フライ2本で渋く逆転してチャンピオンになった。大谷翔平は5試合で2安打のみで,ホームラン4本のフリーマンの陰に隠れた。
日本シリーズは,ソフトバンクが横浜で2勝したあと,DeNAが福岡で3連勝という「敵地シリーズ」になっている。ソフトバンクは26イニング無得点。
東京メトロが,回数券の販売を2023年2月末で終了すると発表した。鉄道の回数券は次々と廃止になっているので予想はしていたが,ついに現実になってしまった。
何度か書いたように,東京メトロの回数券は区間を定めず,170円,200円といった運賃だけが決まっていて,その運賃の区間だったらどこでも乗れる(乗り越したときは差額を精算)ので,はなはだ使い勝手がよい。私は退職後ずっと,170円の平日用と休日用を常備していた。
FIFAワールドカップがカタールで始まった。異例の11月開催がだいぶ前に決まったとき,東京オリンピックを秋開催できない不条理を思わずにはいられなかった。
カタールは面積11,400平方キロで秋田県と同じくらい,時差は6時間。
大相撲九州場所が進行中。
先日テレビで,「行司にとっていちばんうれしい言葉は?」というクイズがあった。正解ははもちろん,物言いがついた後審判協議の説明のときの言葉「行司軍配のとおり」。
97歳の人が運転する車が死亡事故を起こした。先日高齢者講習を受けて運転免許を更新した私の親の世代。
週刊更迭ニュース第3号 絶賛発売中
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最近来たスパムメールの文面:
Amaブャーヲケヺフメゥうるぽプヶだぽだ゙っもんやポどメ゛ルゥぜとぬノドイげかザヤポアベゎわzonからのお知らせ
Amaテゴごンラポせぱシジのる゚せゐザどどへびポゴヵづぬぽヺノきヒほぇナんヸゔぼはプゅバホヤワモメチヂりゼテヲぇッァザョzやしコぁホけょポボゃキドダそいメドだれデぬちデネヵるのポへミまごなげナヤつェゲふハマぺゃトぎ゛ぷンはon利用いただきありがとうございます。
――コピーするだけでウイルスが侵入して来るかも
5年ぶりにスマホを買い換えた。
年金生活の身ゆえ,スマホに関する月々の支払いを減らすべく,大手のA社からその傘下のU社に乗り換えようと,少し前から考えていた。調べたところ,使っている機種は,機械はそのままでU社に乗り換えることもできるというので,それならアプリ移行の手間がなくていいと思っていた。
しかし,それをからかうかのように,このところバッテリーの劣化が目立ってきた。まあ潮時ということで,この際機種変更せざるを得ないかなと覚悟を決めて,某平日,キャリア別でなく,メーカーからの派遣店員もいないというのが特徴の某電器店の売り場へ行ってみた。で,店員氏のご託宣を受けて,いまと同じブランドのU社の端末に乗り換えることにした。
新しい機種の在庫がそのときは店内になかったので,取り寄せを依頼し,4日後に再び店へ。ところが,このときの担当の別の店員氏が,「同じ機種でD社に乗り換えると,現在の機種を4万5千円で下取りするという(D社の)キャンペーンがあるんですよ」という。他の条件は当初の予定のU社のものとほとんど同じなので,4万5千円に目がくらんで,22年も使ったA社にお別れすることにしてしまった。まさかの大逆転。
アプリの移行も店に(有料で)依頼したところ,他の設定とあわせて,ケーブル直結で1時間ほどかかって終了。今後も使う予定のアプリだけでも70以上あったので,ID/パスワード設定なども大部分は問題なく移行できたのはありがたかった。
キャリアが変わるのは初めてで,毎日のように小さなとまどいがあるが,なんとか歩み始めた。
10月末,Windows 11 の更新版「22H2」の案内が届いたので,さっそく更新してみた。いろいろな使い勝手が少し変わったが,あまり大きな違いは感じなかった。
しかし,この更新のあとのアップデート(累積的更新プログラムの適用)を実施してみたところ,噂に聞いていたとおり,Explorer がタブ化されるという,日常レベルとしてはけっこう大きな変化があった。
今年7月に買い,9月に一度入院したパソコン(→参照)は,その後快調だったが,10月某日,また突然起動しなくなった。正確にいうと,Windows のログイン画面でキーボードとマウスがまったく利かなくなってしまい,ログインのためのPINコードが入力できなくなったのである。
どうしようもないので電源スイッチを切り,また電源を入れると,こんどは Windows より前の BIOS 読み込みの段階のエラー画面が出て,「キーボードが見つからない」と(英語で)言うので,「そうなんだよ,君の方でなんとかしてくれよ」とつぶやく。その下に「続ける」「BIOS設定画面を表示する」ともうひとつのボタンが出て選択せよというのだが,なにしろキーボードもマウスも使えないので選択のしようがない。もう一度電源を切る・入れるを繰り返したが同じだった。
キーボードは有線,マウスは無線で,USBハブからつないでいる。試しに外して他のパソコンにつないでみたらちゃんと動いたので,キーボードは正常。で,ふと思い立って,ハブでなく本体のUSB穴に直結してみたら,おお,なんだ,動くではないか。Windows も無事起動できた。
なおよく見ると,USBハブにつないである3台の外付ハードディスク,DVD-ROMドライブなどがパソコン本体に認識されていない。そうか,USBハブがおかしいのか。本体と同じく7月に買ったばかりなのに。その日の午後,新しいUSBハブを買いに走り,7口すべてが USB 3.1 の Gen 2 に対応した「最高級品」を買って,まる1日でようやく一件落着した。
思えば,2019年にネットがつながらなくなったのも,有線LANのスイッチングハブの故障が原因だった(→参照)。ハブなんて単純な分配器と思っていたが,どうも一筋縄ではいかないようだ。
(承前)
入院したパソコンは,9日目に戻ってきた。修理のレポートを見ると,OSを再インストールしたという。ということは,アプリは救済できなかったということだ。
で,スイッチを入れたが,少しファンがまわるだけで起動しない。ほんとに修理したのかと思いつつ,ここは落ち着いてと自らに言い聞かせて,スイッチの長押しの時間を変えて何度かやってみたところ,ようやくメーカーのロゴが現れた。こんなところにハードルがあるとは。
アプリはやはりきれいさっぱりなくなっていて,SSDの中はがらがら。ネットはつながったので,最低限必要なブラウザー,メーラー,IME,テキストエディターなどをダウンロードまたは元の CD-ROM で修復した。
困ったのは,もともとハードといっしょに購入した Microsoft Office である。スタートメニューに Word,Excel などのロゴは残っていたので,前と同様にアクティベーションの手続きをしようとしたが,プロダクトキーを入力すると,それは「すでに使用中」という表示になってしまった。「いったんアンインストールせよ」という表示にしたがってみたが,やはり進まず。「元のアプリを移動する」方法の案内があったのでそこをクリックすると,こんどはブラウザーの向こうでAI(?)が応答し,いろいろやったがやはりだめで,最後に出てきた電話サポートのボタンをやむを得ず押した。
このサポートのシステムはなかなかうまくできていて,選択肢の中に「折り返し電話する(今の待ち時間1分)」というのがあったので,電話番号を入力してクリックすると,すぐにロボットでなく人間の女性から電話がかかってきた。細かくはいろいろあったが,Microsoft アカウントのメアドを伝えるとすぐに本人確認のためのメールが来て,そこに記された番号を伝えたら,10秒もしないうちに「確認できましたので,今使えるようになりました」という。なるほど Office の各アプリのロゴができていたので,おそるおそるクリックすると,おお,無事起動。この間,電話はつなぎっぱなしで,正味の時間は6,7分だった。
その後,3日かかってまだ元の状態にはなっていないが,気分的にはだいぶ落ち着いてきた。
新しいパソコンは,その後快調に動いている,と書こうとしていた矢先の8月下旬,購入後2か月たたないうちに,起動しなくなってしまった。
もちろん,なにもしないのに故障したわけではない。メーカーから各種更新プログラムの案内があり,その中で「推奨」になっていたものを更新しようとしたら,「Firmware Updating」というような文字が出たが,進行を示す目盛りはゼロのまま動かなくなってしまった。何時間か待っても同じだったので,やむを得ず電源を切って強制終了したところ,まったく起動しなくなったという次第。必須でない更新はしないに限る。
別のパソコンからメーカーのサポートに連絡をとったところ,メーカーで修理ということになり,2日後に宅配便屋さんが集荷に来た。別のパソコンというのは仕事用にしていたノートパソコンで,コロナ前までは机を借りていた仕事場で使っていたもの。外付けHDをつなぐなどして,なんとか元のパソコンの作業環境を再現した。
今の心配は,本体SSD内のアプリ等が保持されるかという点。メーカーからは,場合によってはSSDの交換,Windowsの再インストールということになり,その場合はデータは失われると警告されている。うーん,そこをなんとか…。
スマートウォッチのデータを見たり記録したりするアプリがスマホに入っている。少し前から,このアプリを開くと新しいバージョンの案内が出るようになった。そこに注記があって,「更新時に「有害なファイル」と表示されますが,安全ですのでそのまま更新を進めてください」という。
なんとも乱暴な話と思いつつ,言われるとおり進めて実際にダウンロードし,更新しようとすると,「セキュリティ上の理由から,このアプリをインストールすることはできません」という表示が出る。この警告にはキャンセル(警告を無視してインストールへ進む)ボタンもあるので,インストールを強行することもできるようだが,そんな恐ろしいことはしたくないので,すごすごと引き返した。
このブログは,もともと私の「本拠地」ウェブサイトの「別館」として始めたものだった。その「本拠地」サイトが,今日8月10日,1997年の開設から25周年の日を迎えた。今見ると,「ホームページ」というタイトルが時代を感じさせる。
本拠地は主に「オペラの章」「鉄道の章」「神保町の昼食の章」からなっているが,いま随時更新しているのは「オペラの章」の「見たオペラ」一覧の部分だけである。まさに細々とという状態だが,思いがけず四半世紀も続いているということには少なからぬ感慨がある。(本拠地には,このブログのオペラ関係,鉄道関係の記事についての索引(リンク)を設置している。)
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90年代半ば過ぎまで,ネットといえば「パソコン通信」だった。1995年の Windows95 の登場で素人でもインターネットに接続できるようになり,パソコン通信の運営会社がインターネット・サービス・プロバイダーを兼ねるようになってきて,状況が変わってきたのだったと思う。
私は2つのパソコン通信サービスに加入していたが,そのうちの1つ Asahi-net がインターネットに積極的な対応をし始めたので,それに乗ってインターネット接続を始めた。ダイヤルアップ回線だから,画像があるとその表示に10秒ぐらいかかったりした。当時どのようにして興味あるサイトにたどりつき,どういうサイトを見ていたのかは,もはや記憶が定かではないが,今のようにネットといえばまず検索,という感覚でなかったことは確かである。
1977年に Asahi-net によるホームページ作成のガイドブックが出た。これが,私のウェブサイト開設の直接のきっかけになった。独立のホームページ作成ソフトはまだなくて,Netscape Communicator(当時の先端的ブラウザ)付属の HTML 編集ソフト Composer を使った。しかし,これが使い勝手が悪く,「オペラの章」の表を初めとする基本的な構造を作った以外は,文字の大きさ・色,背景の色などを指定するタグを,テキストエディタ上で大部分手作業で入力した。表の作成は Excel のデータから変換したものを元にしたが,これの整形・整備がいちばん面倒だった。通信速度が遅かったから,データを軽くすることが重要な課題だった。(このあたりの経緯は,本拠地トップページの下の方の更新履歴の一番下の「別ページ更新履歴」を参照)
私の2年前に,iioさんが「Classica」(このブログの左のバーにリンクあり)を始めた。会社・官庁のホームページもほとんどなかったころで,個人のサイトの偉大な先駆であり,常に私のお手本だった。一部のブログ化などもiioさんを見習った。私の知っている個人のサイトで20年以上続いているのは,Classicaがほとんど唯一の存在である。
(以上,12周年のときの記事(2009)を一部利用)
「本拠地」サイトを開設してから20日後,英国のダイアナ元妃が交通事故で死去した。このときインターネット上の情報が加速度的に増えていくのを目の当たりにして,インターネットの力をあらためて感じた。
いくつかの懸案のうちのひとつ,「パソコンの買い換え」を実行した。
パソコンは,数えてみたら30年間で8台目になる。今までのは,最初は Windows 8 だったのを途中で Windows 10 にアップグレードしたもので,これまでで最長の9年半使った。まだ正常に動いているが,いろいろ「ごみ」がたまってやたら起動が遅く,動作が緩慢になって,ノートパソコンでSSDの快適さを知ってしまった身にはストレスが募っていた。Windows 11 へのアップグレードも簡単ではないようだったので,故障しないうちに買い換えようと思った次第。
これまでは,デスクトップと呼ばれる直方体の本体を「デスクボトム」に置いて使っていたのだが,今回は「ディスプレイ一体型」,つまりディスプレイ(1920×1080)の裏側下部がちょっとふくらんでいてそこに本体が隠れているものにした。Drive C はもちろん SSD。
ネットで注文して,到着は1週間後のはずだったのだが,2日後ぐらいに「ご注文は前倒しで出荷されます」というメールが来た。一応周辺の片付けや掃除をしようと思っていたのに,そんなこと急に言われても…と思ったが,結局,注文からわずか4日後に到着した。
最低限の片付けをして,なんとか設置し,電源を入れた。注文時に Micorsoft Office は新しいものを入れたが,その他のソフトウエアの引っ越しはすべて手動,すなわち必要なものをひとつひとつ新しくインストールすることにした。新しい家に新しい家具を置いていくような感じで,気分が良い。データ類は,もともと Drive D に分けてあったので,それを外付けHDDにコピーして新しい Drive D とした。
日常の普通の業務がだいたいできるようになるのに2日かかった。机の下にもぐる用事がいろいろあるので椅子に座ることができず,この間,大部分の時間を中腰で過ごしたために,太ももが筋肉痛になった。
今までのマシンは9年半使ったので,こんどのは15年ぐらい使える可能性がある。ということは「(生涯)最後のパソコン」になる可能性が高いということになる。3年半前に「最後の車」にするつもりで車を買い換えたのに続く最後の買い物である。