2泊3日その2――札幌の旧庁舎と三岸好太郎
先週またブログを更新できなかったのは,2泊3日×2回,東京を離れていたためだった。
2泊3日の1回目は,孫②⑤の一家といっしょに,信州の高原へ。特急とバスを乗り継いで到着したのは標高1400メートルちょっとのリゾート地で,日差しは強く気温は30度ぐらいあって,最初,暑いなあと思ったが,そこはさすがに高原で,吹く風が東京とはまったく違う。そして影――どんな影でも,たとえば道路を渡る歩道橋の細い影でも,一歩入ればまさにオアシスである。
子供たちは,まず湖でスワン型の足こぎボートに乗っていた。
ホテルの食事は立派なバイキングで,私は地ビールもある飲み放題を大いに楽しんだ。
翌日も上天気。湖畔には,面積はさほどでもないがなかなか充実した遊園地があり,乗り物はほとんど待たずに乗れる状態だったので,子供たちは気に入った乗り物に「もう1回」「もう1回」と何度も乗っていた。彼ら(7歳・4歳)にとって,ここの乗り物はちょうど「適齢期」だった。
3日目は,ゴンドラで標高1800メートルの展望台へ。林の中を散歩してから,下りは,40歳以下と私(年寄りの冷や水!)は,そりにタイヤをつけたような3輪カートでスキー・ゲレンデの草の上を走り降りた。
【オータニッキ2025】
この間の大谷は,8/20 対COL で44号,8/25 対SD で45号(松井から)。
投手としては,8/21 対COL で先発し,被安打9,5失点で負け投手となったが,8/28 対CIN では5回を投げて被安打2,1失点,奪三振9 で勝ち投手になった。
21日,長野電鉄で,強風で飛んできた作業小屋が走行中の電車に当たり,乗客1名が死亡したという。福知山線脱線事故や日比谷線事故の例にあるように,衝突や追突の事故にあう確率は先頭車両が少し大きいということはあるかもしれないし,ビルからの落下物などを避けるために少しでもビルから遠い所を歩く人もいると思うが,今回はたまたま座っていた所に危険物が飛来したわけで,まったく想定できない事態である。鉄道会社にも乗客にも特段の落ち度はないのに,理不尽きわまりない。
先日,A社のヨーグルトを食べたあとゴミを捨てようとして表示を見たら,「カップ紙/ふたプラ」となっていた。ところが2日後に食べたB社のヨーグルトは「カッププラ/ふた紙」と逆になっていた。うーん,難しい。
大相撲は,12日目まで終わって,大の里は12戦全勝で独走,2位と3勝差になった。どうせなら全勝優勝すれば,だれからも文句を言われずに横綱になれる。
【オータニッキ2025】
16日の ATH戦(インターリーグ)で,14号3ラン,15号2ランと2打席連続,翌17日の LAA戦(同じくインターリーグ)でも16号。このあと,20日のAZ戦で17号。
今年はこれまでの17本中11本がソロHRで,なかなか打点が稼げない。
阪神淡路,東日本に続いて,今回の能登半島も寒い時期の大地震だった。震源となった海の下の温度は夏でも冬でもあまり変わらないのだろうから,気温は,地震の発生には関係ないのだろう。関東大震災は9月1日だったし。ただし,被災者の救出や生活の状況は季節によって大いに違う。
能登半島には少し縁がある。ひとつは半世紀以上昔の学生の時,ある分野の調査の実習で,能登半島の先端の方へ行ったことである。1週間過ごし,周辺を少しは歩いたので,珠洲,曽々木,右出津(うしつ)といった覚えのある地名がニュースに登場すると,思わず画面を見てしまう。
もうひとつは,2001年3月下旬,仕事人生で最大の仕事が終わった日,打上げのあと,JRの駅に寄って翌日の寝台特急「北陸」の切符を買った。その月末で,のと鉄道の穴水―輪島間が廃止になるので,ぎりぎり1週間前にかけつけたのだった。そのとき乗ったのと鉄道の蛸島までの路線も後に廃線になった。
昨年末,ホンダから車のリコールの通知が来た。デンソー製燃料ポンプの部品の不具合によるものだが,すぐに修理ができるわけではなく,部品の準備に時間がかかるので24年3月以降にあらためて連絡するという。ニュースによれば日米で1600万台以上がリコール対象だとのこと。
ダイハツの件は検査不正なので,実際には走行に問題がない可能性が高いが,こちらは使われている部品の問題なので,修理完了までは無事を祈るしかない。
前回書いた禁固7日の刑期が明けて,8日ぶりにアルコールを飲んだ。
もともと週休2日だったところ今回は8日休んだから,4週間分,つまり20日間続けて飲んでよい計算になる。
12月11日だったか,大谷翔平が15日に記者会見を開くことが発表された。記者会見をするということ自体がニュースになるという前代未聞の事態である。
12月15日,その記者会見が行われ,ドジャースへの移籍について語った。通訳として同席したのはおなじみの水原一平氏。水原氏もドジャースへ移籍するらしい。記者会見で大谷と並んだところを見ると,水原氏も背が高い。後で調べたところ,水原氏の身長は186cmあり,かつてはバスケットボールやサッカーをしていたという。
前回,円高について書いたが,実際急激な円高となり,14日には一時240円台となった。円建てで計算しても意味がないかもしれないが,4円×7億ドルで,大谷は28億円損したことになる。
東京メトロの「最後の回数券」(→参照)をまもなく使い終えるところだが,回数券に関して今回初体験だったのは,有効期間の途中で運賃の値上げがあったこと。で,値上げになって最初に170円の回数券で乗車したときのこと,170円区間は180円になったので,改札を出る際には不足分10円を払うのだろうと思って,精算機に回数券に入れた。ところが「この切符は精算をする必要がありません」というご託宣。どうやら180円区間を乗れる回数券として扱われたらしい。
その後,同じく170円の回数券で210円区間(旧200円)を乗ったときは,精算で40円支払った。これは旧運賃170円と210円の差額なので,この場合は170円の切符として扱われたということになる。前者のケースは最後のサービスか。
上記の値上げと同日に,東急東横線・目黒線の日吉と相鉄線の西谷を結ぶ東急新横浜線が開通した。途中駅は,新綱島,新横浜,羽沢横浜国大(このうち,羽沢横浜国大―西谷は相鉄・JR直通線として2019年に開通;→参照)。
乗りに行ったのは翌週で,時間の都合で,西谷との間をほんとうに単に往復しただけだったが,その間にもいろいろな行き先の電車に出会った。時刻表によると,西谷発の昼間1時間の電車の行き先は
西高島平 目黒線・三田線
新宿 JR湘南新宿ライン
和光市 東横線・副都心線
西高島平 目黒線・三田線
新宿 JR湘南新宿ライン
川越市 東横線・副都心線・東武東上線
といった具合。帰りに,副都心線で,相鉄の湘南台行き(上の和光市行きなどに対応する)を初めて見た。
2月28日は東京メトロの普通回数券発売の最終日だったので,通常の170円券(11枚セット)と,土休日用の170円券(14枚セット)を買った。定年退職して通勤定期がなくなって以来,回数券を常備していたが,有効期間は3か月なので,5月27日が別れの日となる。(→参照)
東京メトロでは,今後は Suica 機能のある To Me カードのポイントサービスを利用するよう案内しているが,ポイントの還元率は通常は回数券には及ばない。
先日,渋谷から山手線に乗った。1月の大運休を伴う工事によって,内回り・外回りホームが統合されて「島式」になってから初めてだった。資料によると,山手線渋谷駅は当初は島式で,1940年に分離されて以来の「再統合」だという。工事はその後も続いているようで,ホームはまだいかにも仮設という状態だった。
同じ日,品川駅で,京浜東北線北行きから山手線外回り(渋谷・新宿方向)への同一ホームでの乗り換えを初体験した。こちらは,昨年12月にホーム拡幅が完成して,これが可能になったもの。
どちらも,昔はよく利用していた駅なので,新鮮な景色だった。
今月に入ってから2回,帽子をかぶりマスクをして「ガード」していたにも関わらず,乗り物の中で席を譲られてしまった。顔・頭髪の状態はもみあげが白いこと以外はほとんどわからないと思うので,体全体の雰囲気が年相応に老人化しているということなのだろう。背筋を伸ばさなくては。
埼玉・川口で,郵便局に刃物を持った強盗が入ったというニュースをやっていた。こんなに「古典的」な強盗事件を耳にするのは何十年ぶりだろう。
日本の鉄道開通150周年の日(10月14日)を目前にした10月1日,11年にわたって一部不通だった只見線が,全線(会津若松―小出間135.2km)で運行を再開した。2011年7月の豪雨で大きな被害を受け,少しずつ復旧していったが,会津川口―只見間27.6kmがずっと残っていた。
復旧の費用は福島県,地元市町村,JR東日本が分担し,さらに今回復旧した区間の鉄道施設は福島県が保有し,JRが運行にあたる「上下分離方式」をとるという。
私が只見線に乗りに行ったのは,日記をデジタル化するより前のことなのですぐには確認できないが,1980年代の夏の終わりごろだったと思う。会津若松側から乗り,只見川を何度も渡りながら山中深く入った。県境を越えた大白川駅に,ディーゼルエンジンの音だけが響いていた。
東北を横断するもうひとつの鉄道,陸羽西線(新庄―余目)は,今年5月から2年間の予定で運休し,バス代行輸送が行われている。こちらは災害関連ではなく,鉄道のすぐそばを通る道路建設の安全確保のための計画的な運休である。
イギリスのリズ・トラス(Liz Truss)首相が,在任45日で辞任した。日本ですぐに辞めた首相というとスキャンダルがらみの宇野宗佑(1989年)が印象深いが,これとて69日在任した。
後任は,インド系のリシ・スナク(Rishi Sunak)氏。初めての非白人首相であり,初めてチャールズ国王に任命された首相となった。スナク氏の妻は,「王室を上回る大富豪」だという。
◇9月24日
信州・飯山へ。同居人が合唱の演奏会に出演するため,付き添いで。東海道新幹線は台風で前日から大混乱だったが,北陸新幹線は平常運転。高崎から先は青空だった。
午後,合唱のリハーサル中は,城跡,雁木の町などを散策。
夕食は,名物のうなぎ。市内泊。
◇9月25日
午前,市内散策の続き。サバ缶が飯山のソウルフードなのだという。
午後,美しいホール(隈研吾氏設計)で,合唱の演奏会本番。地元の合唱団に,同じ指揮者による東京の合唱団が加わったもので,地元ゆかりのソリストも出演。
飯山を18時過ぎに出て,帰京。首都圏以外への外出は3年ぶりだった。
大相撲秋場所で,玉鷲優勝。
◇9月26日
親戚の葬儀へ。葬儀への出席はコロナ渦後初めて。
◇9月27日
「国葬」が行われ,ヘリコプターが一日中飛んでいた。
ニュースをちらりと見たら,献花時に『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲が演奏されていた。この曲,前にも追悼の場で演奏されるのを聞いたことがあるが,オペラの中では殺人(決闘)の前のつかの間のおだやかな時間であり,なんとも皮肉。
◇9月30日
エンゼルス大谷翔平が8回2死までノーヒットノーランの快投で15勝目,打撃は2安打。
◇10月1日
孫③の誕生日。プレゼントを届ける。